第百七十二話
劇的な勝利を飾った俺たちだが、次の試合で棄権した。
俺たちの目的は上級生どもをぶちのめすためであって、大会を荒らすことではない。
運営の方も正直に助かっている様子だったしな。
本来和気あいあいとした雰囲気でやる大会なのだ。ガチ勢が荒らして良い大会じゃない。今後はガチ勢のための大会も用意されるらしいが。
これで上級生へのお仕置きは終わり、なはずがない。
俺とメイは、キッチリとボロボロになって降参した二人の前に姿を見せてやった。目の前で仮面を外してやると、上級生が驚愕した。
「お、お前はっ……! お前だったのか! よくも人の邪魔をしやがって!」
「邪魔って、自分自身が邪魔でしょうが」
俺は冷たく言ってやった。
「そこそこ強いかどうか知りませんけど、あんなほんのりしたノリの大会に出て荒らして、何が楽しいんですか? っていうか、ウチのクラスのニコラスとセルゲイもイジメてくれましたしね?」
「うるせぇっ! 俺が楽しいんだからそれで良いんだよ! 大体弱いのが悪いんだ!」
あ、そう。そう言う。
ここで素直に反省するなら、俺は何も言わないんだけど。ちょっとこれはいけないだろ。
「そうか、弱いのが悪いのかよ」
「当たり前だろ?」
だったら、と、俺は一歩前に出た。
「じゃあ俺が今ここで先輩をぶっ飛ばしても、それは先輩が弱いから悪いってことになりますよね?」
「は? お前いきなり何言ってんだ?」
「だって先輩は、自分が楽しい思いをしたいがために、ニコラスとセルゲイと強引に試合したり、大会に出場していたぶったりしたんでしょ? じゃあ、俺は誰かがぶん殴られてぶっ飛ばされて、海に落ちていくのを見たいです。俺、そういうの楽しいから」
俺が真顔で詰め寄ると、上級生はたじろいでその分下がっていく。
「そ、それが先輩に対する態度か!」
「先輩だ先輩だって言うんだったら、先輩らしい後輩に憧れられるような態度の一つや二つ取ってみせろって話だ」
「あーだこーだ言いやがってっ……! 人様の邪魔をするテメェは何様のつもりだ!」
吠えながら上級生が飛びかかってくる。その速度は、ハッキリ言って遅い。
素早くメイが迎撃しようとするが、俺はそれを制して地面を蹴った。相手より勝る勢いで懐へ飛び込んだ。
「なっ!?」
「この前の時で凝りませんでしたか?」
俺は思い出させるように、ボディへ一発見舞う。軽い一撃だったが、見事に鳩尾を捉えたようで、上級生は身体をくの字に曲げて倒れこみ、思いっきりむせ返る。
「げほっ、がはっ! て、てめっ……」
「物を盗む、迷惑行為を繰り返す。最悪ですよ、本気で」
「先輩に手を挙げるクソ後輩の方が、よっぽど最悪だっ! 《エアロ・ブレッド》!」
至近距離で中級魔法だぁ!? 殺す気か!
「《クラフト》」
放たれた暴風の塊を、俺は防御魔法で防ぐ。耳を圧迫されるような音の後、風は散った。
「なっ……光魔法で防いだ、だと!?」
驚くのは分かる。本来、《クラフト》は脆弱な魔法だからな。とても中級魔法を防ぐ力はない。
けど、
それにここ最近、激戦が続いていたせいか、地味に魔力を練り上げる力が上昇していて、より効果が上がってるし。
「この、おかしいだろお前っ!」
「どう言ってもらっても構いませんけどね。少し考えた方が良いですよ」
何せこれから、アンタは俺にぶん殴られてぶっ飛ばされるんだからな!
俺は低く構え、ようやく立ち上がった上級生の懐へ再び潜り込む。反応なんて出来るはずがなく、俺は伸びあがるようなアッパーカットを見舞った。
「うぎゃあああああぁぁぁぁぁぁぁ………………っ」
顎を射貫かれた上級生は、情けない悲鳴をあげながら弧を描き、ざっぱーんっ! と海に水柱を作った。
ん、中々の飛距離。
「な、な……!?」
「というわけなんだけど、あんたも海に飛び込みます? 知ってるかもですけど、気持ち良いですよ?」
「ごめんなさい」
笑顔で言ってやると、上級生の仲間は素直に頭を下げた。だが、下げるべき相手は俺ではない。ニコラスとセルゲイである。大会でボコボコにした人たちにも、だな。
俺は謝罪行脚をするように提案すると、やります! と敬礼してから全力で海へ向かっていった。上級生を回収するつもりなのだろう。
これで懲りるかどうか……。
中々性根が腐っていらっしゃる様子なので、簡単ではなさそうだ。ヴァーガルみたいだな、ホント。
呆れながら様子を見ていると、アマンダがやってきた。
「見てたよ、グラナダ。お疲れ様」
「アマンダ」
「まさか上級生も来てるとは思いもしなかったな。この島は本来、一位じゃないと選択できないリゾート地だったのに」
腰に手を当てながら、アマンダもため息を漏らす。
聞くと、どうやら生徒同士でちょっと問題が起きていたらしい。俺たちならともかく、
それを知ってたらもっとぶちのめしたのに。
「悪さをしてるのは上級生でも一部のグループだけみたいで、向こうに苦情は入れてきた。グラナダなら大丈夫だとは思うけど、一応気を付けて。俺はエッジと一緒に見回りするから」
学園祭の実行委員としての責務なんだろうか。何にせよ、大変そうだな。
「手伝おうか?」
「いや、グラナダをずっと頼りにするのもダメだと思うし、ここは頑張って見るよ」
殊勝な心掛けだな。って俺が偉そうに言える筋合いないけど。
とはいえ、本人がやる気出してるのなら、それを尊重するべきだよな。
「分かった。無理だけはするなよ」
「もちろんだ。任せてくれ」
アマンダは爽やかな笑顔さえ浮かべて言い切り、駆け足で人込みの中へ消えていった。
ほとんど入れ替わりのタイミングで、アリアスとセリナがやってくる。その後ろにはフィリオもいた。
「ここにいたのね、もう。探したわよ」
なんでちょっと不満そうなんだ。別にアリアスと待ち合わせしてたワケじゃないんだけど。
腰に手を当てて、頬を膨らませるアリアスにため息を付きながら、俺とメイは三人の元へ向かう。
「グラナダ様。見てましたわ、見事な大岡裁き。改めて惚れ直してしまいましたねぇ」
ぽ、と頬を赤らめながらセリナがうっとりとした目で言ってくる。うん、なんだか危険な気がするからちょっと引こう。
「ま、自業自得ね。もっと立ち直れないくらいやっちゃえば良かったのに」
「俺は悪鬼羅刹か何かか?」
アリアスに俺はツッコミを入れた。
必要に迫られたらもちろんそう言うこともするけど、俺は好きでやってるワケじゃねぇぞ。ぶっちゃけ、俺はそんな偉い人間だと思ってないし。
すると、フィリオが苦笑しながら俺とアリアスの間に入ってきた。
「まぁまぁ、とにかくお疲れ様。上級生の得意とするフィールドで真正面から戦って倒すなんて、見事としか言いようがないよ」
「ん、ありがとな」
「まぁ私たちが手解きしたからだけどね」
「それはその通りだから礼を言っとく。ありがとな」
素直に言うと、何故かアリアスの顔面が爆発したように真っ赤になった。湯気出てるぞ、湯気。
「そ、そそそそ、それほどでもあるんだからねっ!」
あるんかい。
「まぁまぁ。それで、グラナダ。この島には温泉もあるんだよ」
「何っ!?」
温泉、と聞いて俺は過敏に反応した。
当然だ。温泉と言えば日本人の心である。この異世界で温泉に入ったのはスフィリトリア以来だ。ここはリゾート地なんだから、温泉設備も期待が出来そうだな。
んー、なんかスッゲェ入りたくなってきたぞ。
「これから行こうと思うんだけど、グラナダも来るかい?」
「言うまでもなく!」
「は、鼻息荒いよ、グラナダ……」
当たり前だ! 久しぶりの温泉だぞ! 鼻息荒くならない方がおかしいってもんだ! あー、久々にワクワクするな!
「温泉って、あの大きいお風呂のことですよね?」
「ああ、そうだぞ」
「わぁっ! 私も行きたいです、ご主人様!」
「と言うことだ。フィリオ、案内頼む」
目をきらきらさせるメイは、全身でうずうずを表現していた。
「そ、それじゃあ行こうか」
なんだろう、フィリオに若干引かれてる気がする。うん、気のせいだろ、気のせい。
そんなこんなでフィリオの案内で温泉へ向かっていると、屋台街に出くわした。温泉地が近いらしく、売られているメニューがガラリと変わっていた。
「へぇ、温泉串焼きだって」
というか、火山口の火を使って炙ったって宣伝してるな。ちょっと香ばしい串焼きって感じだな。
早速買ってみることにした。
「ん、美味しい」
俺が買ったのは、鳥の皮だ。ぷるぷるしてる上に、タレが甘いのと香ばしいのが同時にやって来て、舌で美味さが踊るってやつだ。
しっかり堪能していると、ディアブポークのレモン焼きを食べていたメイがじっと見てくる。
「食べるか? メイ」
「良いんですか?」
「もちろん。あ、でもそっちも一口くれ」
言いながら串を差し出すと、メイは小さい口をあけて、はむっ、と串焼きを齧った。もむもむと口を動かし、メイの目が感動で光り出す。うん、美味しいよな。
「あ、ご主人様、どうぞ。あーん」
「ん」
差し出された串焼きを、俺も一口する。
おお、柔らかい豚肉だ。脂が美味しい。しかもレモン焼きだからさっぱりだ。うん、イケる。
「あ、ずるいですねぇ。グラナダ様。私の串焼きも召し上がってくださいな」
言いながらセリナが差し出したのは、キノコの串焼きだ。うわ、良い香りだな。
遠慮なく一口いただく。うん。もきゅっ、て食感と、溢れてくる旨味がたまらんな。
お返しにとセリナにも串焼きを一口あげた。
「ぐ、グラナダ」
アリアスが視線を微妙に反らしながら呼んでくる。アリアスも串焼きを持っている。出来立てのようで、ほっかほかの湯気が立つ肉だ。
「なんだ?」
「あ、ああ、ああ、あああ、ああ、あげても良いわよ?」
「へ?」
「さぁありがたく食べると良いのよっ!」
「あっづうううう――――っ!?」
突き刺すように向けられた串焼きは、鬼のような勢いで俺の頬を焼いた!
あつい! めっちゃあつい!
「ちょっと! ちゃんと食べなさいよ!」
「お前だってちゃんと人を見て串焼きを差し出せ!? っていうかそんな熱いもんを勢いよく向けてくるんじゃないの! しかも串焼きだぞそれ!」
下手したら刺さるっつうの!
「あはは、グラナダはモテモテだなぁ」
ぎゃーぎゃー言い合いしてると、少し寂しそうにフィリオが言った。
「なんだ、あんたも欲しいの? だったらそう言えばいいのに。はい」
すると、近くにいたアリアスが串焼きを差し出した。おお、なんて男前な。
「え、いいの?」
「要らないの?」
「いるっ!」
怪訝な調子のアリアスにフィリオは即答し、ごくりと一つ息を呑んでから串焼きを一口した。
「うん、美味しいよ」
「串焼きだもの、当然でしょ」
「そ、そうだね……」
何故かちょっぴりフィリオは項垂れながら言った。
それから坂道を登っていくと、小型犬モードのポチが駆け寄ってきた。ポチはこの島に眷属がいるらしく、ずっと会いに行っていたのだ。ちなみにクータは海がいたく気に入ったらしく、沖合いで遊んでいる。
『主』
「おお、ポチ」
ポチを抱き上げてやると、ポチは嬉しそうに尻尾を振った。
『済まなかったな、しばらく開けてしまって』
「いや、大丈夫だよ。ここじゃあ羽根伸ばしてるし」
それにポチの力が必要なトラブルには見舞われてないし、見舞われる予定もないし。
「それよりも、眷属と会って来たんだろ、どうだった?」
ポチの種族――雷の神獣の眷属は世界中に散らばっているらしい。自由を好む性質だかららしい。
『うむ。久しぶりに旦那と会って来た』
……………………はい? 旦那?
意味が分からず目を点にさせていると、ポチは嬉しそうに鳴く。
『おそらくだが、子供を宿したぞ』
……………………えぇ? 子供?
ぶっ飛び過ぎた申告に、俺は完全に戸惑っていた。っていうか、メスだったのかよ、ポチ。
『おそらくだが、明後日には産まれる』
「産まれるまで早すぎだろ――――っ!?」
さすがに大声を上げると、全員が不審な目を向けて来た。
一応、ポチと意思疎通が出来ることはみんなに伝えてあるので、そこを疑われているワケではない。
「どうしたんですか、ご主人様」
「あ、ああ、ポチなんだけど……その、子供が出来たって」
「「「えええっ!?」」」
当然、驚愕の声が上がる。
「んでもって、明後日には産まれる……らしい」
「「「はあああっ!?」」」
衝撃の言葉を放つと、やっぱりみんなが叫んだ。
え、これ、マジ? どうなるの?
目の前が真っ暗になった気分で俺はいた。