第百七十話
そして揺られること、一週間。
俺たちはようやくチヒタ島に辿り着いていた。
道中はなんの妨害も受けなかった。全く平和なもので、のんびりと過ごして、途中の休憩場所でアリアスが集合時間を間違えてどっか戻ってこなくて置いてけぼりくらったり(しれっとポチに頼んで迎えにいってもらった)、途中の宿泊場所でアリアスだけ荷物が多すぎて預かりを拒否されたり(そこで荷物整理させて要らないものは捨てさせた)、ナンパしてきた奴等を罵倒しすぎて何故か「豚と呼んでください!」と変なナニカに目覚めさせたリ(これはさすがに放置した)、くらいだ。
っていうか、すごくね?
海が本気で青い。なんだこの透明感のあるブルーは。マジですげぇ、太陽の光を眩しく反射しまくってるし。それに砂浜もヤバい。これ、真っ白じゃん。すくってみるとサラサラだし、よく見たら砂粒だけじゃなくて、本当に細かい貝殻ばっかだった。星みたい。
星の砂ってこういうことを言うんだな。
本気で感動していると、俺たちはコテージに案内された。
とてつもなく豪華なことに、主人と付き人は同室だが、一部屋与えられるのである。
「「おおおー」」
完璧に南国作りのコテージは海にせり出していて、テラスから海に飛び込める仕様だ。さらにリビングの床はガラス張りになっていて、そこはもう海の中、透明感のあるブルーの海水のおかげで、魚が泳いでるのが良く見える。
うわー、うわー、うわーっ、マジですげぇ、マージーですげぇっ!
チェアの手編みで作られていて、程よく弾力があって気持ち良い。ベッドもふっかふかだし、あかん、これもう本気であかんヤツや。
この世界では非常に珍しいことに、魔法道具マジックアイテムである冷蔵庫がある。
中にはトロピカルなドリンクが入っていて、思わず唸ってしまった。
「テ、テーブルにもフルーツがナチュラルに置いてあります、ご主人様っ。こ、こここ、これって食べて良いんですかね!?」
「お、おお落ち着けメイ。たぶん食べて良いぞ。あ、でも追加料金かかるかもしれん」
「そういう時は法外な値段を取られるってフィルニーアさんから学びましたよっ!?」
いったいいつ学んだ、そんなもん。
とはいえあながち嘘でもない。こういうのは慎重に探すべきだ。俺はテーブル辺りにある、ホテルの約款やらが書かれているだろう本を探す。
ほどなくして見つけた。
えっと、何々?
『冷蔵庫、及び室内にある食べ物は全て無料サービスとなっております。追加が必要なお客様は――』
「メイ。無料だぞ」
「食べます」
もしかしてこういうのを貧乏性とか言うんだろうか。いやそんなことはない。きっと。うん。
思いながら、俺はメイが果物を切ってくるのを待つ。
ああ、このフルーツ、持って帰れないかなぁ。あ、でも無理か。腐っちゃうな。
「お待たせしましたっ!」
メイが小走りで持って来てくれた。メイもすごく食べたいんだろう。
テーブルに置かれたのは、濃厚なオレンジ色の、マンゴーみたいな果物だ。見るからに瑞々しくて、柔らかそうな果肉だ。
綺麗にカットされているので、一つフォークで刺して食べる。
「ん〜っ、うまっ」
一瞬で溶ける果肉は柔らかく、次々と果汁を出してくる。その濃厚な甘さはしつこくなく、スッキリと口の中から消えてくれる。こ、これは後引く美味さだっ。
俺はすぐに二つ目を口に入れた。
んー。なんか濃厚なマンゴーって感じが一番近いかな? でもマンゴーよりあっさりしてて、後味はリンゴとか梨みたいな爽やかさだ。これは幾らでも食べられるぞ。
「お、おいひぃでふっ、ごしゅじんさまっ」
「ああ、美味しいな」
こんなの初めて食べた。
王都に出回らないってことは、南国ならではの果物なんだろうなぁ。こりゃ定期的に来たくなる。
ひとしきり果物を堪能した後は、海だ。
俺とメイは早速水着に着替える。
しおりにもバッチリ書かれていたので、用意はしてある。
メイはいつものようにスクール水着にフリルがついたタイプだ。メイの脇腹には奴隷紋があるので、それを気にしてのことなのだろう。俺は気にしないけど、世間が気にするって言うのがメイの言葉だ。
「わぁ、こんな大量にある水も初めてです」
「俺もだよ」
海はテレビとかでしか見たことないんだよな、俺も。
海水も初めてなので、ちょっとドキドキだ。プールよりも浮くんだっけ?
泳ぎそのものはフィルニーアから習っているので平気だけど。メイも体力をつける訓練の一環で教えてある。バタ足くらいだけどな。
「よーし、入るか」
ざぶんっ、と俺は勢いよく飛び込んだ。おお、海の中超キレー。サンゴ礁とかもあるぞ。
水面に顔を出すと、ほどなくメイも顔を出してきた。
「ごしゅじんさまっ! すっごーいっ!」
かなり感動したらしく、メイは目をきらきらさせていた。
でも分かる。完全に幻想的別世界だもんな。俺だってテレビの中でしか見たことのない世界がパノラマで、目の前で広がって感動しまくってるし。
つか、ウミガメっぽいのもいた、ウミガメっぽいの。
さすがリゾート地だけあって、周囲には脅威となるような魔物はいないらしい。よっぽど沖合いに出れば別らしいが。つまり好きなだけ泳げるってことだな!
「ご、ご主人様……」
とことん楽しんでやろうと思っていたら、メイがどことなく不気味な雰囲気を醸し出しながら俺の腕を掴んできた。
どうした、と、訊こうとしながらメイの視線の先を追うと、なんかいた。
なんだ、スキューバダイビングでもするのか、あれは。
完全防備も良いとこなので誰かは判断しにくいが、たぶんアリアスだろ、あれ。すっげぇ飛び込むの躊躇してるな。
実は泳げないとか?
疑問を浮かべていると、アリアス(たぶん)は「とぅっ」とか言いながら海に落下した。
中々海に優しくない音を立てて海に潜り、アリアスはそのまま浮かんでこない……って!?
まさかあれか、またもや無駄に装備しまくって重くて沈んでいくってパターンか!?
「ご主人様、まずい気がします!」
「分かってる!」
俺は慌てて海へ潜り、沈んでいくアリアスへ向かう。潜水って結構技術がいるので、俺もそこまで深くは潜れない。
ステータス任せに水をかき、高速でアリアスに追い付く。
のろのろと手足をばたつかせるアリアスの腕を掴み、俺はその重さに驚いた。っていうかこの感触、金属じゃん!
俺は腕を引っ張りあげて水面へ浮かぶ。
「ぶはあっ」
「アリアス、とりあえずそのアホな鎧脱げっ!」
叱りつつ俺は冑を剥ぎ取る。それだけで結構重いんですが。
なんとか全身にフィットするような鎧を外し、アリアスは水着姿になった(っていってもダイバースーツ)。
「お前バカなの!? っていうかバカだろもう!」
「いきなり何を言うのよ失礼ねっ!」
立ち泳ぎしながら怒ると、アリアスは顔を真っ赤にして反駁してくる。そんなこと言える立場じゃねぇっつうの。
「フツー分かるだろ、あんなクソ重たいもん付けてたら沈んでいくことぐらいっ! 思いっきり溺れやがって!」
「し、仕方ないじゃないっ! 海って何が起こるか分からないし、毒を持ったクラゲとかいるって聞くし!」
「だからって沈んだら本末転倒だろ!」
「ぐぅっ!? 痛いとこ突かないでよ!」
「そこを突かなかったら反省しないよね!? つかそもそもホテルで要らないモノとか捨てたよな!?」
「そんなのもう一度買いなおしたに決まってるじゃない!」
「決まってるとかじゃないからね!? っていうか死にかけたのを自覚しろ!?」
ほんとーにこういうとこはポンコツだな。
呆れながら俺はため息をつく。
「た、たたた、助けてもらったことには、お礼、言うわよ。あ、ありがと……」
だからなんでそっぽ向きながら言うのか。
少しくらい人の顔見ろよな。まぁ素直じゃないから仕方ないかもしれないけど。
「ま、無事ならそれで良いけど。少しくらい考えろよ」
「……わかった、わよ」
「つか、そう言えばセリナは? 同室だよな?」
アリアスもセリナも付き人を付けていないので(付き人になりたいって希望者は山ほどいるようだが)同室になっている。
セリナだったら間違いなく注意してくれているはずだが。
「セリナならビーチの方へ行ったわよ。砂浜を見に行きたいって」
「……なるほど」
それで暴走を止められなかったのか。
「砂浜って、あのサラサラの?」
「そうだな。見に行くか? 星の砂だから、記念に少し集めても良いと思うし。小さい瓶に入れるとキレイだぞ」
旅の記念品としても丁度良いしな。
「うわぁ、それ良いですね! いってみたいです」
「じゃあ行くか。アリアスは?」
「わ、わわわわ私っ!? し、仕方ないわね、行ってあげても良いわよ?」
「行きたくないなら別に良いんだけど」
「行くわよ! 行くったら!」
別に無理する必要はないんだけどな。
まぁついてくるって言うなら別に断る理由ないしな。
俺たちは海から上がって、ささっと着替えてから砂浜へ繰り出した。
砂浜へは専用の馬車に乗って一〇分くらいだ。完全に送迎用で、乗ってるだけでステータスになってるような、そんな感じの馬車だった。
っていうか、降りたら視線集めてたし。
ビーチは宿泊者専用のビーチと、一般にも開放されているビーチの二種類があった。
言うまでもなく宿泊者専用ビーチは優雅で人が少なく、ゆっくりとしていられる。一般開放の方は、人がそこそこ多くて賑やかだ。屋台とかも出ている。
俺たちはそっちへ行くことにした。
屋台で何を売っているのか、素直に気になったからだ。
「へいへいいらっしゃーいっ、チヒタ島名物、カットフルーツだよー!」
「こっちはアルガルス牛の串焼きだよー!」
「どうだいどうだい、イエルツィ貝の浜焼きだぁー!」
おお、賑やかだけど、それだけじゃないな。
良い匂いに釣られ、俺のお腹が鳴った。滞在中は問題さえ起こさなければ自由時間である。特別課題とかもないので、本当に自由に過ごせる。まぁ、生存報告とかはしないといけないけど。
つまるところ、食事の時間も自由なのだ。
俺とメイとアリアスは屋台をぶらつく。
「昼御飯にはちょっと早いけど、軽くつまむか?」
「そうね、少しくらいは買っても良いかもですねぇ」
「おう、……ってセリナっ!?」
振り返ると、そこにはセリナが串焼きを持って立っていた。いつからいたんだ、いつから。
質問したら絶対はぐらかされそうだ。
「どうぞ。ここに来たらまずこれを食べないといけませんねぇ」
「これは? 鳥っぽいけど」
見た感じ、大粒の焼き鳥だ。匂いも香ばしいタレだし。
「フィード鳥です。この辺りの特産ですねぇ」
そうなのか。早速いただくとするか。
俺は濃厚なタレ色の肉を齧る。柔らかい。んでもってめっちゃジューシー! うわ、脂が垂れるっ! その脂がめっちゃうまい! 肉も弾力あって、噛めば噛む程旨味が出てくるぞ。
「う、うまっ」
「そうでしょう。まだいくつか買ってあるので、砂浜へ行ってゆっくり食べましょうねぇ」
「良いアイデアね。ここだと人が多いから」
セリナの提案に、みんなが頷いた。
砂浜は屋台がある通りの少し向こうにあって、すぐに辿り着いた。砂浜と道の間の階段に腰かけ、俺たちは屋台の味を楽しもうと決めた。
海を見ながら食べるのも良いよなー。浜風も全然ベタつく感じがしないし。っていうか海が近いのに湿気もそんなに高くなくて、気温がそこそこ高くても割と快適だ。
「ん? あれは?」
腰かけたタイミングで、俺は視界の端に見慣れたものを見つけた。
背の高いネットを中心としたコートが砂浜に刻まれている。あれって、確か……。
「ああ、マジックビーチバレーですねぇ」
「マジックビーチバレー?」
「何よ、知らないの?」
おうむ返しに訊くと、アリアスが意外そうな表情で言ってきた。
フィルニーアに田舎で育てられてきたからな。そういう世間には疎いんだ。メイも知らないので、首を傾げている。
「今、大流行しているスポーツですねぇ。魔力の籠められるボールを使った、二対二のビーチバレーですわ」
軽く物騒な予感がするな。まぁ気になるけど。
思っていると、早速プレイヤーたちがコートに入っていった。って、あの二人、ニコラスとセルゲイじゃねぇか? なんか浮かない顔してるな。
怪訝になりながら相手を見て――俺は納得した。
アイツ、学園祭の時、俺にボコされた上級生だ。
なーんでこんなトコにいるんだ?
一応曲がりなりにも二位だから、奴等も来れたってことなんだろうか? なんか不正かダダをこねたかしてやってきた可能性も考えられるけどな。
「それじゃあ、ヤるか」
その上級生がニヤニヤしながらボールに魔力を籠める。さすがに訓練されているだけあって、中々の密度だ。特進科だろうからSRエスレアだし、当然なんだろうけど。
「行くぞっ! 《エアロブラスター》っ!」
上級生はボールを上げ、サーブを打つと同時に魔法を放つ! ってアリかよ!? あれ上級魔法だぞ!
思わずセリナとアリアスを見るが、二人とも問題ないと頷いた。
けど、問題なのは――
ボールは凄まじい勢いでニコラスとセルゲイのコートに突き刺さり、周囲に砂煙を撒き散らした。
二人は反応すら許されない。
「おら、どうしたよ。レシーブしねぇとゲームにもならねぇぞ?」
「そ、そんなこと言われたって……僕たち、そんなに慣れてないのに……」
「あぁ? 試合するっつったろうが?」
小声でセルゲイが非難するが、上級生は脅しをかける。
あー、なんとなく読めた。これは、あれか。アイツらがビーチバレーで遊んでたニコラスとセルゲイを強引に試合へ連れ出したんだな? どこまでも腐った連中め。
「ちょっとアレはマズいわね」
焦燥を見せつつ、アリアスは言った。目線を向けると、セリナも同じ様子だった。
「あの二人、マジックビーチバレーの大会で、入賞常連組よ」
「確か、プロも目指せるって言われてるはずですねぇ」
「マジかよ」
「勝てるはずないわ。何を考えてるのかしらね」
アリアスは不快感を表に出しながら言った。
コレはアレだな。アイツら、一位を取られた腹いせをしようとしてるんだな。
俺は内側に沸き起こる怒りを覚えた。
これは、お仕置きが必要だな。