第百六十九話
このままだと、旅行に行けない?
そんなの我慢してられるか! 俺は即座に行動へ移すことにした。
「なんで逃げたんだ?」
「はぁ、はぁ。分からねぇ。けど、今朝方になったら厩にいなかったそうだ」
なんだそれ。
スタンピート・サラブレットは代々繁殖させていて、人間に慣れている。つまりテイムされているワケではないので、何かちょっかい掛けられたら逃げ出すのかもしれないな。
でも、そんな貴重な魔物なら厳重に管理されてるはずだけど?
「基本的にスタンピート・サラブレットは王都の管理地で放牧されてるんだよ。夜は厩にいるけど、それ以外は広い敷地で自由にしてる。運動不足は大敵な魔物だからな」
「だったら尚更、厳重に管理されてるだろ」
「確かに場所は秘匿にされてて、森に囲まれてるから、ほとんどの連中は知らないと思う。俺だって実際、どこにあるかは知らないし……」
言いながらエッジは息を整えていた。
ふむ。ってことは、関係者しか知らないってことか? いや、でも何かあるな。
例えば、学園の関係者。そんな貴重な馬車を借りるなら、必ず現地に出向いているはずだ。その時にこっそり尾行していたとしたらどうだろう? 可能性としては有り得る。
何せ学園の教師陣は、全員が全員冒険者ではない。もちろん事務方の人たちだっているのだ。
まぁともあれ、これは明らかな妨害行為だ。しかも犯人は確実に内部。大分犯人も絞れてきた。
俺の予測では十中八九ってとこだけど、今はスタンピート・サラブレットの確保が最優先だ。
「なんとかして確保するしかないな。手っ取り早いのはテイムか……セリナは?」
セリナは《ビーストマスター》持ちだ。なんとかテイム出来るんじゃないか?
「セリナへはアマンダが向かった。たぶん、もう出てる頃だと思うけど、ただ、スタンピート・サラブレットを探知出来るかどうか分からないし、そもそもあの魔物はかなりの駿足なんだ。キマイラぐらいじゃあ多分追いつけない」
なるほど。確かにそうだ。そこで俺の出番ってことか。ここでゴネるワケには行かないな。何せ旅行がかかってるんだ。
俺はすぐに頷いた。
「分かった。大体どこにいるのか、見当ついてるのか?」
「南に逃げたことは分かってるみたいだけど……」
「ポチ、分かるか?」
『気配を探知するだけなら可能だが、特定させるのは厳しいな。魂の波動を知らないから、スタンピート・サラブレットの気配がどれなのかが分からん。ただ、速度勝負なら問題ないと思うが』
じゃあ上空から捜索するか。
確か、南側は平原が続いてるから、上空から探せば見つかるだろ。ポチは目も良いし。
「分かった。じゃあ俺がなんとかするから、エッジは集合場所へ向かっててくれ。スタンピート・サラブレットを捕まえたらセリナと合流してそっちに行くから。全部で何体いるんだ?」
「四体だ。分かった。事情は説明しておく」
「頼んだ」
俺のやりたいことを察したらしいエッジは、強く頷いてから踵を返した。
俺がセリナと合流して、と付け加えたのは、セリナにテイムさせるつもりだからだ。俺がテイムしても良いけど、それだと色々と騒がれる可能性あるしな。
「ポチは王都の外で合流な」
『承知した』
隠蔽魔法をかけると、ポチが駆け出す。
俺はメイとクータを連れて空へ飛んだ。ある程度の高度に達したところでクータをドラゴン形態に戻して飛行だ。
一気に加速して王都の外に出て、ポチを拾ってまた空へ。
めんどくさい作業だが、ポチまで連れて空を飛べないから仕方がない。
さて、と。
まだ霧がうっすらとかかっているせいで、視界はそこまで良くない。でもポチは問題なさそうだな。
「ポチ、クータ、頼むぞ。メイは援護準備」
「はいっ」
『任せろ、主』
「グガァァっ」
メイが魔力を高めて行くのを感じつつ、俺は《ビーストマスター》の能力を起動する。
まずはセリナを探すことからだな。
俺は《アクティブ・ソナー》を放って周囲を探る。
すぐに魔力反応が返ってくる。が、かなり雑然としていた。なんだこの無数の魔力反応は。
「いひゃあああああああっ!」
そして上がったのは、セリナの悲鳴だった。
声は真下――この強い魔力反応か! 周囲にも魔力反応が多数ある。感じからして魔物か? だが、魔力が小さいな。強くはなさそうだが。
って言ってる場合じゃないな!
「《エアロ》っ!」
俺は即座に魔法を放つ。解放したのは強風の魔法で、広範囲の霧を吹き飛ばす。
開けた視界の中心にセリナはいて、その周囲には無数のでっかいカエルがいた。ずげげっ、キモっ。
思わず怖気がやってきてしまった。
見た目はガマガエルそっくりだ。色は紫と緑と赤のマーブル模様。いかにも毒持ってますよって主張してるようだ。身体もイボイボだらけだし。問題はその大きさで、俺の半分くらいはある。
そりゃ悲鳴の一つや二つあげたくなるわ。
反応からして雑魚の魔物だろうが、セリナがあそこまで縮まってるのを見る限り、一方的に攻撃される恐れがある。そうなる前に助けないと。特に毒に侵されたら厄介だ。
「クータ、急降下! ポチ、頼む!」
『承知だ』
俺の指示に従い、ポチが加速しながら飛び出す。応じてクータも姿勢を傾けて急降下を始めた。同時にメイを抱き寄せ、その落下に耐える。
ぐん、と加速する中、俺は魔力を高めていた。
ポチが一足早く着地し、セリナの周囲に迫ってきていたカエルどもを電撃で焼き払う。
「――これはっ! グラナダ様っ!?」
ポチの登場でセリナは我に返り、上にいる俺を見上げて来た。
俺はメイを抱きかかえたままクータの背中を蹴って跳んで着地。
「クータ、頼むっ!」
「グルガァァァァアァアアアアッ!」
呼応し、クータは吠えながらレーザーブレスを放つ。地面が抉れ、破壊と爆音を撒き散らしながら次々とカエルを蒸発させ、巻き上げていく!
おお、なんか威力上がってねぇか?
思いながらも、俺はクータの反対側に立ち、魔法を放つ。
「《ベフィモナス》っ!」
広範囲に魔法陣を展開し、土の槍を無数に生み出す。
鋭く腹から突かれ、カエルどもは悲鳴を上げながら絶命していく。
通常なら、ここまで仲間がやられたら逃げるはずだが、カエルどもは怯むどころかむしろ増える始末だ。
「なんだ、こいつらっ……!」
『ギュスタフガエルだな。猛毒を持つ群れるカエルだ。確か、一つのコミュニティで万を超える』
「何その規格外な数」
『個体としては強くないがな。だが毒だけは浴びるなよ。死ぬぞ』
「了解した」
俺は即座に《ヴォルフ・ヤクト》を起動した。
刃を展開すると、カエルどもが野太く低い声で泣きながら飛びかかってくる。俺はそんな連中に容赦なくハンドガンを向け、撃ち落としていく。
その銃火をくぐりぬけてきた連中は刃で応戦だ。
「《エアロ》っ!」
俺はさらに魔法を放つ。刃に魔法が伝播し、次々と風の塊を放ってカエルどもを潰していく。
確かに弱い。一撃で余裕で屠れる。
動きだって決して早いワケじゃないし、確かに時々毒液を放ってくるが、予備動作が見え見えだし、簡単に躱せた。だが、キリがない! これはスタミナ勝負か? まったく、旅行初日、しかも旅立つ前だってぇのに勘弁なんですけど。
「メイ、セリナ! フォロー頼む!」
俺の近くで戦っていた二人を呼び寄せ、俺は魔力を高めた。
「――《真・神威》っ!」
解放したのは広範囲を薙ぎ払う一撃!
空気が戦慄き、一瞬で無数の光が駆け抜けて破壊を撒き散らす!
――ばぢばぢばぢばぢばぢばぢばぢっ!!
とてつもない轟音が響き、地面を焼き焦がしながらカエルどもを次々と破壊していく。
断末魔さえ許さない一撃はあっという間にカエルどもを殲滅していく。かなりの数を削ったが、それでもまだわらわらと湧いてくる。
俺はディレイに陥り、その場で動けなくなる。
すかさずセリナとメイが前に出た。
「風王剣っ!」
「みんな、お願いしますねぇ」
メイが近寄ってくるカエルを切り伏せ、セリナのテイムした魔物たちがカエルを屠っていく。
後ろではポチとクータが大暴れだ。もう数千くらい倒したんじゃねぇか?
「……よし、復活! 二人とも下がれ! いくぞっ、《真・神威》っ!」
俺が言うと同時に二人は左右に散開し、俺は《神威》を解放する。
また大地が焦げ揺らぎ、周囲に凄まじい雷鳴が何重にも轟く。とてつもない破壊はまたカエルを次々と炭化させて焼失させていった。
これで、かなり削れたはず。
と思ったのも束の間、どこからともなくワラワラとカエルがまた湧いてくる。どうなってんだこれ!
『どうも群れが幾つもあるようだなっ』
「ガアアアアアッ!」
雷撃を放ちながらポチがテレパシーを送ってくる。
『これは、どこかに群れ同士を統率するカエルがいるな』
「そうなのか?」
『複数の群れがこうまで協力しているところを見るとな。だが、ここまでいるとどれがそのボスか皆目見当もつかん』
確かに、これだけ数がいると《アクティブ・ソナー》も混線しまくって上手く把握出来ない。
これは困ったな。
すでに戦いは消耗戦になっていて、このままだと確実にこっちのスタミナが切れる。クータに乗って離脱するか?
撤退を考えたところで、俺にアイデアが下りてくる。あ、そうか。
「――《屈服》、《主従》」
俺は《ビーストマスター》の能力を発動し、すぐ傍にいるカエルの中でも比較的魔力が高い連中をテイムする。主従させたところで、俺はボスを倒してこいと命令を下した。
俺たちには分からなくても、統率されている方のカエルなら分かるだろ。
そしてそのカンは当たって、しばらくしてからカエルの悲鳴が上がった。
同時に、カエルどもの動きが一気に止まる。やがて、カエルどもは我先にと逃げ始め、あれだけ無数にいた群れはあっという間に姿を消した。
統率を失って、恐怖がようやく勝ったのだろう。
『ほう、考えたな、主』
「俺だってたまには知恵絞るんだよ」
言い返しつつ、俺は苦笑した。
結構疲れたけど、このまま休むワケにはいかない。スタンピート・サラブレットを探さないと。
俺はセリナを連れてクータに乗り込み、上空へ飛び上がった。
俺とメイの魔法で霧を払いながら周囲を探る。
『気配がある。四つだ』
しばらくすると、ポチが反応を見つけた。
『森の中だな。カエルの襲撃に恐れをなしたか、一塊になっているようだ。それなりに強いぞ』
「確認した。たぶんだけど、スタンピート・サラブレットだな」
『どうする?』
「スタンピート・サラブレットは臆病な魔物でもありますねぇ。正面から近寄れば全力で逃げられます。キマイラちゃんでも追いつけません」
セリナの情報に、俺は少しだけ考えた。
「よしポチ。隠蔽魔法をもう一度かけるから近寄れ。んで電撃で一撃麻痺だ」
『承知した』
隠蔽魔法をかけてやると、ポチは勢いよく落下し、地面を走った。
回り込むようにして森へ入り込むのを見て、待つことしばし。
森の中で一瞬だけ眩しい光が見えた。
『終わったぞ』
ポチの言葉を聞いて向かうと、見事な馬が四頭、痺れて倒れていた。
おお、なんていうか、スッゲェ立派なサラブレットって感じだな。肌もシルバーで綺麗だ。
とはいえじっと見ているワケにはいかない。
早速セリナにテイムしてもらい、俺たちは何とか時間ギリギリで集合場所へ戻れた。
まぁ、手加減していたとはいえ、スタンピート・サラブレットの治療やらがあって、出発が少し遅れてしまったけどな。
セリナは担任からメチャクチャ感謝されていた。王都からの借り物でもあるので、何かあったら大変だったらしい。下手したら学園の上層部のクビが飛んでいたらしい。物理的な意味も含めて。
怖すぎだろ。
「グラナダ様が褒められないのは癪なんですけどねぇ」
とはセリナの弁だが、俺としてはオッケーだと思ってる。
無駄に目立ちたくないのは今でも変わってないからな。
けど、恐らくあのカエルの群れの襲撃も妨害に違いないだろうな。これはちょっと前途多難な気がする。まぁ、犯人と出くわしたらボッコボコにしてやるつもりだけど。
俺は高速で動いていく景色を馬車の窓から覗きながら、密かに誓っていた。