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第百六十八話

 酷い荒らされ様だ。
 机という机はひっくり返っているし、イスも壊されている。窓も割れていて、カーテンもビリビリに引き裂かれていた。ここまで徹底的にやられると逆に感心するな。

 無駄だろうなと思いつつも魔力を探ってみるが、やはり感知出来ない。

 明らかに物理的な何かでやられてるからな。とはいえ、この教室の備品はかなりの耐久力がある。長年使うことを前提としているせいだ。
 そうなると、犯人はそれなりの攻撃力を持っていることになる。となると、レアリティもそれなりに高いと思うべきだろう。となると、怪しいのはクラスメイトの連中だ。

 まぁ、やる理由がないと思うんだけど。

 それでもクラスメイトの中にも犯人がいる可能性がある以上、どうしたものかと思っていると、担任がやってきた。

「おい、お前ら何やってんだ……って、なんだこれ」

 クラスメイトたちをかきわけた担任も、教室の惨劇を見て眉を寄せた。

「これはヒドいな……。ここは使用禁止だ。お前ら、臨時教室の方へ行け。三号棟の二階、Fの教室だ」

 事態をすぐに悟った担任は、手早く指示を下した。
 俺たちは素直に従って移動教室を始めた。すると、素早くエッジとアマンダがやってきた。

「おはよう、グラナダ。何か分かったか?」
「俺は名探偵か何かか?」

 早速訊いてくるアマンダに、俺は苦笑しながらツッコミを入れた。
 確かに頭脳は大人、見た目は子供だけどさ。ハッキリ言ってあんな鋭い推理なんて出来ないし、知識もあるわけじゃないし。ついでにバケモノみたいなキック能力もない。

「魔力が探知出来たワケじゃないから、何も分かってねぇよ。ただ、それなりに高いレアリティじゃないとあんなの出来ないだろうってのと、学園の関係者じゃないと無理ってことぐらいかな」

 この学園のセキュリティはかなり高い。侵入者なんてまずいない。そもそも湖に囲まれてるしな。
 そうなると内部犯行の可能性しかなくなる。それでいて、クラスメイトが犯人を目撃していないことから、早朝から登校していても問題ない連中に絞られる。
 確か、この学園には寮もあったよな?
 ってことは、寮に入ってる連中か? いや、でもそういう連中はレアリティが低い。貴族レベルの連中は俺と同じエリアに住んでるはずだしな。嫌がらせ目的なら早起きくらい平然としてきそうだ。

 うーん、考え出すと可能性があり過ぎて無理だな。

 そもそも俺が推理してどうなるんだって話だ。
 気分が悪いことは事実だが、しっかりと学園側が対応してくれるだろう。もし協力を求められたら応じるぐらいのスタンスで良い。

「なるほどなぁ、さすがグラナダ」
「何がどうさすがなんだ……」

 少し考えれば分かることだろ。いや本気で。

「それよりも、今日早朝から来てたんだろ?」
「ああ。学園祭の順位発表があったから」
「大々的に発表はしないんだな?」
「順位は学園祭でも重要視されてないしな。俺たち学生は最重要課題だけど」

 なるほど、そういうことか。

「で、結果は?」
「ぶっちぎりの一位だった。歴代最高記録らしいよ」
「どんな方法使ったんだって問い詰められそうだったぜ」

 いつの間にか反対の隣に来ていたエッジが、後頭部で手を組みながら愚痴る。
 っていうか歴代最高記録ぶち抜いたのか。それなら確かに色々と聞かれそうだな。ちょっとやり過ぎたかもしれん。

 などと思っていると、教室に辿り着いた。

 すぐに自習の通達があったが、やることはしっかりとあった。
 それは、旅行先の選択である。
 ぶっちぎりの一位なので、色々と選べるようだ。候補地はどれもこれも一等級らしく、担任から渡された候補地をアマンダとエッジが黒板へ書き出す度に「おお」と声が上がった。

 ぶっちゃけると俺はこの辺り全然分からん。

 俺、地理には全く詳しくないからな。学園の授業でちょっとずつ覚えてるってのが現状だ。
 その関係でぼーっと趨勢を見守っていると、フィリオがちらちらと俺を見てきていた。どうやら俺も意見を出すべきらしい。

「グラナダは何かないのか?」

 そしてこのタイミングで話がやってくる。さっきから一言も話してないから、アマンダが配慮してくれたんだな。
 それにしたって、そんなこと言われてもな。

「うーん、俺は土地名に詳しくないし……なんか、条件的なのでも良いのか?」
「もちろん」

 しっかり言質を取ってから、俺は考える。
 まぁ夏だもんな。だったら夏っぽいトコが良いよな。生前、夏らしい風景なんてテレビでしか見たことがない。毎年やってたよなぁ、グアムとかハワイとか。国内じゃあ湘南とか白浜とか。
 有名な芸能人が楽しそうにしている番組を、いつも指咥えてみてたっけ。

 じゃあそれが叶うなら、そっちに行きたいよな。

 俺はそう決めた。

「じゃあ、白い砂浜に、綺麗な海と空のビーチ。やっぱ美味しい屋台とかもあると良いよな。他にはピクニックとかも出来るような森っていうか岩清水とかあれば良いし、ちょっとした山とかがあるとハイキングとかも出来るよなぁ」

 とりあえず願望を全部垂れ流してみることにした。

「あーでも日帰りできるレベルが良いよな。やっぱ夕日が海に落ちるところを、コテージとかから眺められたら最高だし、フルーツとかもあれば良いけど、うまいメシも欠かせないよなァ。新鮮な魚介類とかその他諸々」

 確か、前世でもそういうトコあったよな。一泊するだけで凄まじい金額だったけど。
 ぶっちゃけてアレはかなり憧れた。

「あ、後、コテージの床の一部がガラスとかになってて海の中が見えたり、コテージから直接海に飛び込めるとか良いよなァ。なんかゆっくり出来るリゾート感ってヤツ?」

 そこまで言い終わると、教室がシンと静まり返っていた。ってなんですか?
 居心地悪くて思わず周囲を見渡すと、全員が呆けた表情になっていた。ほわほわとした雲っぽい何かを出して思いっきり妄想しまくってる感じだな、アレ。

 あ、エッジやアマンダまで妄想入ってる。

 こりゃちょっと言い過ぎたかな? ちょっと罪悪感。とはいえ、このままだと話が進まないので、俺は手をぱんぱんと叩いて皆を現実に引き戻す。

「とまぁ、こんな感じなんだけど、そんなトコあるか?」
「あ、ああ。ちょっと待って欲しい」

 我に返ったアマンダがリストを見返す。

「あった。ここだ。南国の楽園、チヒタ島。ここならグラナダの言う条件は満たせると思う」

 おお、思いっきりタヒチだな。そうだそうだ、テレビでもタヒチって言ってたぞ。
 名前からして期待値が高い。ちょっとワクワクした。

「みんなは……言うまでもない感じだな」

 アマンダの苦笑の通り、クラスメイトの誰もが反論する気がなさそうだった。

「それじゃあチヒタ島で決定ってコトで。先生には俺とエッジから報告しておくから。とりあえず班分けでもしておこうか」

 お、なんかこれも修学旅行っぽいな。
 色々と旅行のために決めていくことって何か新鮮だよなぁ。そういうのとはホント縁遠い人生だったからな。仕方ないといえば仕方ない。ここは思いっきり楽しんでおこう。

 それから始まった班分けは、あっさりと決まった。

 例の如く、俺はSSRエスエスレア連中の班である。
 なんだかんだで一番仲良しだし、俺としても気心知れてるから安心だ。

 後は島の情報誌を見ながら、どこに行って何をするかを延々と話し込んだ。
 結局、自習時間が長引いたこともあって、俺たちは一日で準備を終えてしまった。ついでにこの取り決めは付き人であるメイたちにも告げられる。
 今回はメイたちもしっかりついて来れるので、俺としても安心だ。

「そういえば、俺たち以外の順位ってどうだったんだろうね」

 そんなことを言い出したのは、フィリオだった。

「あー二位が二年の特進科だったぞ。まぁ順当と言えば順当かもな」

 エッジの話によると、毎年特進科は上位を取るらしい。
 ちなみに三年生は冒険者になるための大詰めでもあるので、そこまで力を入れないそうだ。よって、毎年二年の特進科が一位を取るんだとか。今年はぶっちぎってしまったけどな。

「これでやっかみ受けないと良いんだけどな」
「大丈夫だろ」

 楽観的に言ったのはもちろん俺だ。
 理由は単純である。そのクラスの連中、というか、トップを俺が潰してるからな。

「そんなの受けても大丈夫と思うわよ。そもそも二年は不作の年って言われてるからね」
「そうみたいですねぇ。とはいえ、SR(エスレア)さんばかりですから、あくまで例年と比べて、ですけど」

 アリアスの言葉に、セリナが同意した。
 基本的にSR(エスレア)以降は強力な戦力として数えられているからな。よっぽど腐らない限りは大丈夫だろ。ていうか、腐ってても需要はある。あのヴァーガルみたいに。

「ま、その辺りは気をつければ良いだろ」

 出発まで一週間くらいはある。休みの日もあるし、必要なものはしっかりと買い揃えられるだろう。そもそも俺は王都から生活費が支給されてるしな。
 何を買うのか、帰ったらメイと相談しよう。

 気がかりは教室を荒らした事件だが、担任からは「調査中」とだけ説明があった。ついでに修復工事を施すそうで、あの教室へ戻れるのは旅行が終わってからだそうだ。
 まぁ、あそこまで痕跡消されてたら簡単じゃないわな。とにかくトラブルに発展しないことを祈るばかりだ。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 そして、一週間後。
 王都はあっという間に夏を迎え、学園は本格的な夏休みに入った。
 修学旅行は夏休みを利用して行われる。そのため、夏休みは比較的長いようだ。

 旅のしおりなんて初めてもらった俺は、バッチリと準備を済ませてある。

 ここから島までは特殊な馬車で一週間かかるそうだ。
 その特殊な、というのは、いつも移動手段で使っている馬ではなく、魔物だからだ。スタンピート・サラブレットという魔物で、無尽蔵に近い体力と、馬の三倍はあろうかという体躯、いぶし銀の肌が特徴だ。
 強い上に貴重な魔物でテイムが難しく、王都では過去にテイムさせたものをずっと繁殖させているとか。

 かなり威厳があるそうなので、ちょっと期待していたのだが。

「はぁ?」

 早朝の集合場所へ向かう途中、その報せはやってきた。

「スタンピート・サラブレットが逃げた?」
「はぁ、はぁ、はぁ。そうみたいだ」

 走って俺の所へ報せに来たエッジは、汗を拭いながら焦燥を口にした。

「マズいぞ、このままじゃ、出発が出来ない」

 その一言は、俺にとってとんでもない衝撃だった。

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