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第百六十一話

 俺は即座に《アクティブ・ソナー》を撃った。
 扉の向こうに気配は感じない。念のため《ソウル・ソナー》も放つが、同じ結果だった。

「行ってみるか」
「ちょっと、大丈夫なの?」

 ふらつく足取りの俺を支えつつ、アリアスが言う。

「もう少ししたらポチも来るからな。大丈夫だ」

 それに戦闘が起こる可能性はほぼないし。グランゴが消えてゴーストたちの気配も消えている。
 俺はなるべくゆっくりとした足取りで壁に近寄って、ペタリとそれに触れる。感触は冷たく、フツーの石の壁と変わらない。

「罠ってことはないわよね……?」
「そんな感じはしないから大丈夫。ちょっと下がってろ」

 アリアスを少し下がらせて、俺は魔力を高めた。

「《ベフィモナス》」

 発動させた魔法は、あっさりと壁を変化させ、ボロボロと崩れ落ちていく。露になったのは、狭い通路だった。
 念のために《ライト》を飛ばすと、通路は短く、すぐに空間へと繋がっているようだ。

『主』
「ポチ」

 振り返ると、大型になったポチがいた。どうやらかなり急いで駆け付けてくれたらしい。
 すり寄ってくるポチに、俺は遠慮なく体を預けた。

『随分と疲れている様子だな』
「かなりなー……」
『相変わらず主は無茶をする。そのうち、取り返しのつかないことになるぞ』

 疲れた声で返すと、ポチから呆れられた。
 無茶は承知だ。どう足掻いても俺は本質的にR(レア)だ。光を除けば魔法だって初級しか使えないし、スキルだって癖の強いものが多いし。そして習得できるスキルにも限りがある。
 俺はその選択肢を切り開きながら根性で戦っているのだ。

「それは憂慮する」
『しばらく休め。私の波動を受ければ回復も促進するはずだ』

 俺にはパッシブスキルに自動回復Exを持っている。それが促進されるなら願ったり叶ったりだ。このスキルがあるからこそ、俺は無茶をしていられるんだけど。

「ねぇ、さっきからなんか言ってるけど、もしかしてこの魔物の犬と話せるの?」
「ああ。向こうからはテレパシーだけどな」
「凄いわね……」
「こう見えて《ビーストテイマー》持ちだからな」

 しれっと言うと、アリアスは絶句していた。
 ちなみにセリナもテイムした魔物とは意思疎通が可能だ。とはいえ、ポチは神獣だから特別だけど。
 そうこうしている間に、俺たちは狭い通路を抜けた。
 視界が広がり、目に入って来たのは、ただの湿気った石の空間だった。だが、その中心には青い光が明滅していて、周囲を不気味に薄明るく照らしていた。

「何……? ほとんど魔力を感じないけど……」
「感じとしてはグランゴの魔力の残骸を集めてるって感じだな」

 問題は何の核がそうしているのか、だ。

『特に害意はないな。それ故にかなり弱弱しい』

 感知能力の高いポチがそう言う。ポチはナチュラルに魂の波動を感知出来るからな。信頼性はかなり高いし、俺も敵意とかは全く感じられない。
 アリアスもそれを違和感を覚えているようで、それでも警戒心からか剣を抜く。

『ああ、やっと、やっとだわ……』

 青い光はまだ明滅を繰り返しながらも女性を象る。
 歳の頃はアリアスより少し上くらいだろうか。長い髪に憂いのある切れ長の目が特徴的だ。服はどこか神官めいた感じだ。
 そんな女性はどこか虚ろに映る目で、俺たちを見つけた。
 視線に敵意は無い。

「あなたは、誰?」

 アリアスはいつでも剣を向けられる距離を取りつつ質問する。

『私はネェル。魂としてずっとここに閉じ込められていたの。ようやく魔力を集められたわ』
「ネェル?」
『はい。感謝するわ。ずっとあのバケモノが魔力を独占していたから、私は漂うことしか出来なかったから。貴方たちが倒してくれたのでしょう? ずっと感じていたわ』

 ということは、この人はグランゴよりも後にここにやってきたのか? よく吸収されなかったな。
 感心しながらも俺は話の続きを待つ。

「それで? 姿を取り戻した今、あなたは何かをしたいの?」

 アリアスの質問は当然だ。
 もしそれが叶えてやれる願いであれば、叶えるだけで成仏する。現状、ネェルは地縛霊になりかけの浮遊霊だからな。強引に魂を壊すよりよっぽど有意義だ。

『私の願いは……ただ一つ。妹のカトラスを止めて欲しいだけ』

 その一言に、俺とアリアスは完全に硬直した。

 ――……カトラス?

 おいおい、幾ら何でもタイムリー過ぎるだろ。いや、違うか? 考えても見れば、ここはアザゼルが研究に使っていた場所だ。グランゴの研究だけでなく、他に何かの狙いがあってもおかしくない。例えば、自分に不都合なものを隠しておく、とか。
 グランゴくらいの大物ともなれば、倒せばそれだけで終わりそうだからな。

『カトラスは今、ガルヴァルニアという組織によって操られているの』

 憂いのある声に、俺は確信する。ビンゴだ、これ。

『いたずらに復讐心を煽られ、ただ実験に晒され続け、あの子はもう限界を迎えてる。いつ壊れてもおかしくないくらい……。このままじゃあ、世界に破壊を振り撒く存在になってしまうわ。向こうの私も、そろそろ限界が近かったから、あなた達に会えたのは本当によかったわ』
「向こうの、私?」
『アザゼルよ。あの魔族によって、私は魂を二つに分断され、なけなしの魂を混ぜられて、強引に安定化させられたの。同時のそのせいで《神託》の力を奪われたわ』

 訝るアリアスに、ネェルは答える。
 少しまとめるのが難しいな。どういうことだ。
 アリアスには悪いが、俺は切り込むことにした。

「……悪い。俺たちはそのカトラスのこと、ある程度は知ってる。ハインリッヒさんとも知り合いだし、ガルヴァルニアのことも危険な組織だってのも認識してる。あんた……ネェルさんだっけ。学園でハインリッヒに殺された一人だよね?」

 ポチの背中から起き上がって言うと、ネェルは息を呑むように目を見開いて驚く様子を見せる。

『……そこまで知っているのなら、話は早いわ。ええ、そうよ。私はかつてのSSR(エスエスレア)で、ハインリッヒによって殺された一人。でも、私は恨んでないの。いえ、今はその話は良いわね。あなた達にとって重要なのは、今でしょうから』
「そうしてくれると助かる」
『それならば、質問形式を取った方が良さそうね』

 ネェルの進言に俺は頷いた。そちらの方がありがたい。

「まず、時系列からだな。ネェルさんはハインリッヒに殺された直後、アザゼルに捕まったのか?」

 問いかけに、ネェルは頭を振った。

『いいえ。最初はカトラスを見守るために魂だけの存在でいたわ。でも、カトラスが復讐に囚われて、それで組織に拉致された時に捕まったの。それが、私の葬式が終わってから一年くらい経った時かしら』

 なるほどな。
 どちらにせよ、そんな前から相手は動いていたのか。だとしたら、今回表に出て来たってことは準備がほぼ終わったと思って良いな。

「それで、捕まってから二つに引き裂かれたんだよな? どうして?」
『理由は様々あるけど、一つはカトラスの安定化ね。カトラスを色々と強化するために、様々な魂を合成しているのだけど、その魂を安定化させるために私が使われているのよ。そして、もう一つは《神託》の二重継承だと思う。魂を強引に合成することで実現化させたのね』

 なるほど、《神託》の二重継承。それが《完全神託》か。
 聞けば《完全神託》のせいでハインリッヒは今回の事件に関する《神託》が全く使えないようになっているらしい。そもそもハインリッヒの《神託》はいつ降りてくるか分からない代物ではあるが、それを完全に妨害している形だ。
 だが、ネェルから聞く限り、かなり危険なようだ。

『そもそも《神託》は世界の逆鱗に触れるようなもので、危険を伴うの。それを二重に継承して、あまつさえ自在に操るなんて……人に過ぎたるスキルよ。魔族でもそんな能力は持てないわ』

 確かにその通りだ。ぶっちゃけ《神託》は最上級にチートである。

「それで、ネェルさんはどうしてここに?」
『私の魂が完全な状態だと、カトラスに《神託》を使わせられないから、幽閉されていたのよ。もし、向こうの私――カトラスと合成させられた私がダメになったら、代替品として使う意味もあるんだろうけどね』

 聞くだけでイライラしてくるな。本気でアザゼルはムカつく。
 密かに機嫌を悪くしていると、ポチが身体をゆっくりと摺り寄せてきてくれた。巨大化したらもふもふ感もアップしてるから、不思議と落ち着かせてくれる。

「そうか。大体わかった。ありがとう。それで、ネェルさん、カトラスを止めてくれって言ってたけど」
『ええ。――……もうあの子は助からない。片割れの私から定期的に情報が来るけど、さっきも言ったわね。限界を迎えているの。自我も、もうほとんど残っていない』
「……それで?」
『だから、殺して欲しい。あのバケモノを倒し、ガルヴァルニアの被害を受けている貴方たちにならお願い出来ると思うの』

 ぽとり。と、ネェルは一粒の涙を落として、静かにそう言った。

『あの子を殺して、救ってあげて……お願い』

 その言葉に、俺は胸が締め付けられる思いがした。

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