第百六十話
咆哮。同時に魔力が烈風となって周囲に吹き荒れる!
俺はその中で地面を蹴り、間合いを詰めてから刃を繰り出した。相手は巨大だ。たぶん、サイクロプスくらいはある。ざっと俺の五倍くらいか?
つまり、それだけ的が大きいってことだ。
『アアアアアアアッ!』
グランゴは下半身を引きずりながら腕を振り上げる。
刃は高速でグランゴのその腕を切り裂いた。バラバラと飛んでいく服と破片。だが、その勢いは弱まらない!
「ちっ!」
俺は即座に後ろへ跳び下がった。
ずん! と地響きを轟かせ、腕は地面を穿った。うわ、ヒビ入ったぞ!
「グラナダ!」
「大丈夫だ!」
飛んでくる心配の声に返しつつ、俺は着地してグランゴに意識を集中させる。
「《フレアアロー》っ!」
空中を舞う刃からマグマ色の炎の矢が吐き出され、次々とグランゴを襲い掛かる。
炎が青白いグランゴの身体に直撃し、溶かしていく。だが、すぐに再生した。
『アアアアアアアッ!』
だが苦痛は感じているようで、グランゴは痛みに呻き、悶える。
そのたびに魔力が溢れ、烈風となって吹き荒れる。なんて膨大な魔力なんだ。
「アザゼルのヤツ、一体何をしやがった……!」
魔力に当てられて、周囲を徘徊するゴーストでさえ消し飛んでいっている。
これだけ垂れ流せるなんて、とんでもないことである。
考えている間に、軋音を立て、グランゴの口が開かれた。
一瞬で光が収束し、放たれる。
それはレーザーとなって周囲を薙ぎ払う!
あっぶねぇっ!
咄嗟に跳んで、俺は辛うじて回避する。僅かでも反応が遅れてたら消し飛んでたぞ!
『アアアアガガガガガアアアアッッッ!』
地面を滑りながら着地の勢いを殺していると、グランゴが本格的に暴れ始める!
その巨大な腕を伸ばし、天井を殴りつけて破片を落下させてくる。まさか、この地下牢を破壊して上へ行くつもりか! くそ、こんなのが表に出たら大惨事になる! しかも真上は城だぞ!
俺は即座に切り札を使うことにした。
「――《真・神威》っ!!」
魔力が吸い上げられ、同時に稲妻が空気を駆け抜ける。
――ばぢばぢばぢばぢばぢばぢばぢっ!!
雷轟が響き渡り、グランゴをひたすらに叩きのめして炭化させていく。悲鳴がたちまちに上がるが、轟音はそれさえもかき消した。
圧倒的な破壊は空間にさえ及び、壁や地面も炭化させていった。一瞬だけ倒壊を恐れたが、なんとか持ってくれたようだ。
「な、なんて威力っ……」
振り返ると、耳を塞ぎながら唖然としているアリアスがいた。
こんな所にまで俺は下がっていたのか。いや、当然と言えば当然かも知れないけど。
「けど、まだ……!」
その声に驚いて、俺はダルい身体を引きずって振り返る。
《神威》の直撃を食らい、全身を炭化させて崩れ落ちていたはずのグランゴが、徐々に再生を始めていた。
うげ、マジか。
思いながら俺は《ソウル・ソナー》を撃って確認する。
見えたのは、蠢く数多の魂だった。な、なんだそれ。
「どうしたの?」
「あいつ、とんでもない数の魂と同化してやがる……」
訝るアリアスに、俺は唸りながら答えた。
確か、アザゼルがここにいたグランゴは魂の残りカスみたいなもんだって言ってたな。ってことは、活動するに耐えうる魂にするため、色んな魂を強引にくっつけたのか。
探ると、魔物の魂が大半だった。
魂を、ここまで弄ぶか。
外道の極みとも言える所業だが、結果、俺の《神威》さえ凌ぐ耐久力を手にしている。
正確に言えば、活動の源となる魂の核が無数に存在しているせいで《神威》によって滅ぼされてもすぐに代替の魂が核になっているだけだが。
とはいえ、あれだけの数となると、《神撃》でも突破は無理だな。《神破》でもあの魂を消し飛ばすだけの威力は期待できない。そもそも核を直接攻撃出来る環境じゃないと威力発揮できないしな。
となると、とにかく魂を分離してやる必要があるな。
俺はディレイから回復させつつ、グランゴを睨む。
「魂の同化って、フツーそんなことしたら自我なんて……いえ、存在そのものだって」
「実験とか言ってたからな。何か試してたんだろ。資料がない以上、詮索したって無駄だ。今は目の前の相手を処理しないとな」
「処理って言っても……どうするのよ。今の術は連発出来るものじゃあないんでしょ?」
「休憩挟めば何回かは行けるけどな……」
もちろん、連発したところで俺の魔力が枯渇する方が早い。
故に、相手の弱体化がまず重要だ。俺は《アクティブ・ソナー》で空間を感知する。予想通り、魔族の瘴気が染み込んでいて汚染されている。そしてその瘴気は、もれなくグランゴに染み込んでいた。
おそらく、この作用があの無数の魂を繋ぎ止めていることに一役買っているのだろう。
だったら、まずは除染からだな。
ディレイから回復した俺は魔力を高める。
「《心の随意》《狭間の波間》《鬱と光の彼方》」
地面に両手を這わせ、俺は魔力を注ぎ込んで魔法陣を生み出す。
「《クリア・フィール》」
広がったのは、光の波紋だ。それはこびり付いた瘴気を払いのけていく。
「これは、浄化魔法……? いや、違うわ、何これ……!?」
「光魔法だよ」
俺は端的に答え、さらに魔法を放って除染していく。
アリアスが知らないのも無理はない。何せ、この術は開発されたは良いけど、使い手がいない術としてあっさり
ちなみに浄化との違いは明らかで、聖属性で強制的に上書きし、清めるのが浄化、光属性で洗い流して流れを元に戻すのが俺の魔法である。
ちなみにこの魔法の要求スキルレベルは八なので、本来俺が使えるものではない。だが、《シラカミノミタマ》の効果で使えるようになっていて、田舎村の除染は全部この魔法でちまちまやっていた。
今はヴァータの加護によって俺は光魔法ならスキルレベル一〇で、この魔法の威力も上昇している。
「でも、そんなことをして……」
アリアスが疑問を言い終えるより早く、グランゴに異変が起こった。
びくん、と大きく身体を震わせ、そのまま痙攣しながら動きを止めた。
「な、何、どういうこと?」
「魂を強引に合わせてたのが瘴気だったんだ。それを取り除いてやっただけだよ」
混乱するアリアスに説明してから、俺はふう、と息を整える。魔力はまだ十分だ。
俺は意識を集中させ、魔力をフェロモンに変換する。狙いは、あの大量の魔物の魂だ。
「《屈服》」
発動させると、今度はグランゴの動きが完全に停止した。返ってくる手応えにほくそ笑む。
ある意味賭けだったけど、上手く行ったみたいだな。
俺が発動させたのは、《ビーストマスター》の能力だ。グランゴを支えている多数の魂が魔物のものであれば、何とかなると思ったのだ。結果は成功である。使われていた魂が弱い魔物で良かった。
安堵しつつ、俺は《屈服》から《威嚇》へと移行する。
『ッガァアアアッ!?』
魔物の魂が全力で逃亡をはじめ、グランゴが大きく揺れる。
結合が弱くなると同時に、グランゴの青白い巨大な体躯が薄く、端から散っていく。
それでも核周辺にはまた光が集まり出す。
なりふり構わず、ゴーストの思念を集めだしたか!
俺は即座に地面を蹴った。
──遅い。だったら!
「《アジリティ・ブースト》」
加速の魔法をかけ、俺は刹那で駆け抜ける。
グランゴの懐へ潜り込み、刃で切り刻んでから最高速で拳を核に叩き付ける。
「《真・神破》っ!」
発動させたのは、《神威》の威力を一点に集約し、爆裂させるスキル。局所破壊にはちょうど良い。
──ずぅん!
ただ重い打撃音が炸裂し、グランゴの核が破壊力に負けて砕けて散っていく。キラキラと虹色に輝く無数の破片が周囲にばら蒔かれた。
それは確実にグランゴの核を破壊した証明だ。
気を緩めた瞬間、俺は体力がごっそりと削られるのを自覚した。《神破》は魔力を消費する代わりに体力を消費するスキルだ。かなりスタミナを削られるので、使い勝手は悪くない。
ただ、一点突破という点において限れば、この上ない威力が発揮される。
グランゴの体躯が、弾け飛び、青白い粒子の塊になる。直後、それは収束し、突風を伴って爆散した。
室内が暗くなり、俺の展開した《ライト》の明かりだけが周囲を照らした。
な、なんとか倒した、か。
ぎし、と、俺は《アジリティ・ブースト》の反動を全身で味わって膝を追った。
「グラナダ!」
少しだけ遠くで声が聞こえ、足音がやってくる。それを待つことが出来ずに姿勢が傾くが、途中でキャッチされた。
あ、何か良い香り。
グランゴを倒した安堵から、俺は意識を失いそうになる。ヤバいな。
俺は即座にポチへ迎えに来てもらうようテレパシーを送る。
「大丈夫、グラナダ!」
「ああ、身体がメチャクチャ痛いけど……」
「回復魔法が必要ね。すぐに助けを呼ばないと」
「いや、大丈夫。今、ポチがやってくるから」
俺を抱きかかえるアリアスが心配そうにしてくれた。
「まったく、ムチャしすぎよ」
「……ムチャした自覚はある」
これは本音だ。とはいえ、そうするしか無かったから仕方ない。アリアスとの勝負の件もあるしな。
「とりあえず、一人で何とかして見せたぞ。これで俺の勝ちで良いよな?」
「そ、そ、そう、ね……死ぬほど悔しいけど、し、仕方ないから認めるわ」
確認すると、アリアスは顔を赤らめながら目をそらして言った。
「とりあえず、立つよ」
俺はそう言って、アリアスの手を借りながら起き上がる。少しふらついたが、歩くぐらいなら大丈夫だろう。久しぶりに使ったせいもあるが、《アジリティ・ブースト》の影響も強いな。これは今後の出力調整が課題としておこう。
内心で魔法の研究を始めつつ、俺は周囲を見渡す。
「ねぇ、あれ」
アリアスが気付くのと、俺が目に留まったのとは同時だった。
ずっとグランゴが佇んでいたせいで見えなかった壁だ。そこの一部だけ、僅かだが色が違う。
「ああ、見るからに怪しいな」
「……どうする?」
アリアスは、少し怯えつつも俺にそう訊いた。