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第百五十九話

 かつん、かつん、と、階段を降りていく。
 湿った石壁に囲まれているせいか、響く音もどこか湿気っていた。その中を、俺とアリアスは魔法の明かりだけを頼りに進んでいた。
 ここは、今では使われなくなった王城の地下牢へと続く螺旋階段だ。
 そのせいで松明さえなく、空気もやけに黴臭い。

「ちょ、ちょっと、ぺぺぺぺペース、はは、早い、んじゃない、の……?」

 無意味に内またで俺にしがみつきながら、アリアスは声を奮わせながら言ってくる。いや、むしろ引っ付かれて歩きにくいからペース遅いんですけど。
 もしかしなくても、アリアスはこういう系苦手なのか?

「あのさ、アリアス」
「ななななな何よっ! わ、わわわわ私は怖いものなんて平気なんだからねっ! こるるぇっっぽっちも怖くなんてないんだからっ!!」
「アッハイ」

 巻き舌になりながら熱弁するアリアスに気圧され、俺は口をつぐんだ。
 っていうか自爆したな、明らかに。今。
 思いながら俺は階段を降りていく。ようやく見えてきたのは、錆びついた鉄扉だった。一目でかなりの長い期間使われていなかったのが良く分かる。
 これ、ちゃんと開くんだよな?
 思いながらも、俺はグレゴリウスから手渡された鍵を握る。

 情報によれば、ゴーストはこの周辺で良く出現するらしい。
 問題はその出現頻度、というより、復活してくる、という点だ。

 ぎっ、と重い音を立てて扉が開かれる。蝶番辺りはちゃんと油が差されていて、案外簡単に開いた。
 早速中へ入ろうとすると、ぎゅっと背中が掴まれる。
 言うまでもなくアリアスである。

「ちょちょちょちょっと、そそそそんな無警戒に行くことはないんじゃないの!?」
「微妙に言葉間違えてるし顔青いしなんだったら噛みまくってるぞ」
「そ、そそそそそんなことないですし!」

 もはや唇まで青い勢いである。
 俺は辟易の息を吐き、やんわりとアリアスの手を掴み取った。相当震えているようで、冷たい。

「大丈夫。ちゃんと周囲は警戒してるから。後、まだ信じられないかもしれないけど案ずるな。俺はこう見えて強いから」
「グ、グラナダ……?」
「ちゃんと守ってやるよ。俺の命に代えてもな」

 ぼんっ。と音がして、アリアスの顔が真っ赤に染まる。だが、それっきり何も言わない。
 ん。これなら大丈夫か。
 俺はさっさと踵を返して牢屋の中へ入っていく。

 そこはまるで入り組んだ迷路だ。
 あらゆる場所に分岐点があり、牢獄が作られている。所々に、壊れた装置があったり、甲冑らしきものが転がっていたり。牢屋の中にも朽ち果てた白骨死体があったりもした。
 それ以上に、空気が重いと感じる程の魔力にも満ち溢れている。
 なるほど。ここならゴーストが出てきてもおかしくはない。

「な、なんで王城の地下に牢屋なんて……」
「色々と用途があるんだろ」

 少しは調子が戻ったらしいアリアスは、まだ怯えの色を出しつつ言う。
 確かに俺も疑問には思うが、戦争捕虜を閉じ込めていたり、まだ王都が小さい頃は罪人を投獄したりと色々と使っていたのだろう。あまり深く考えることじゃない。
 俺は逐一周囲を《アクティブ・ソナー》で探りつつ、強い魔力を感じる方角へ進んでいく。

「アリアス、離れろ」

 角を曲がる前に俺はそう言って、魔力を高める。
 気配を察したアリアスがさっと後ろに下がり、直後、白い靄が現れた。老人のような顔面以外は、まさに霧といっても差し支えない。ゴーストだ。
 俺は素早く背中に差している七つの刃を解放し、腰のホルスターに収めているハンドガンを握り取る。これはまだまだ回収中でハンドガンとしての機能は期待できないが、スキルの使用は出来る。

「《ヴォルフ・ヤクト》」

 ふわり、と俺の魔力に感応して刃が浮遊する。

「《エンチャント》!」

 そして聖属性の魔法を付与し、俺は刃をゴーストに向けて放つ!
 俺の思う軌道をそのまま描き、刃が次々とゴーストを切り刻む。

『グオォォォオオ……っ!』

 あっという間にゴーストは消し飛び、姿を霧散させる。
 同時に俺は《アクティブ・ソナー》を撃ってその靄の行方を感知する。
 通常であれば散っていくだけなのだが……やっぱり、そうか。

 微かに誘導されるように一点へ集まっていく魔力を感知し、俺はその方角へ歩き出す。

「ちょ、ちょっと?」
「見つけた」
「……何をよ」
「ゴーストの親玉」

 一言で返し、俺は僅かな魔力を追跡していく。

「通常、ゴーストってのは単独で動く。魂とか残留思念に強い魔力が貼りついた結果だからな。けど、中にはゴーストを生み出すゴーストがいる。所謂、上位のアンデッドだ」

 代表例は夜の王とも言われる吸血鬼(ヴァンパイア)死霊魔導師(リッチだ)な。他にも亡霊王骸(キングワイト)なんかも該当する。どちらにせよ、厄介なことこの上ない相手だ。
 この手の連中は、己の魔力でゴーストを生み出す。
 なんでそんなバケモノが王城の地下にいるのか不思議ではあるが――。

「そんな、危険だわ」
「けど、ここで下がったらその親玉がどこにいるのか分からなくなる。手に負えないにしろ何にしろ、情報は可能な限り取っておくべきだ」

 まぁ、もちろんそのままぶっ潰す予定だけど。
 俺が展開しているこの刃は、アストラル結晶で出来ている。魔力との親和性が高く、聖属性を付与すればアンデッドにもかなりの効果があるのだ。
 アリアスが黙ったのを確認してから、俺はさらに奥へ進んでいく。
 やがて辿り着いたのは、処刑場だろうか、広い空間だった。

「《ライト》」

 俺は幾つもライトを展開して上へ放つ。
 天井もかなり高いな。まるでドームみたいだ。

『ダレゾ……』

 周囲を明るくさせたところで、声が響いた。まるで深淵からのようで、戦慄する。

『ワレヲ……ワレヲ……!』

 魔力が集結する。
 身構えると、それは暴風を伴って出現した!

 ――くっ! なんだ、これは!

 息さえ封じてくるような中、俺は後退する。
 現れたのは、巨大な青白い、白骨死体に王冠とマントを携えた亡霊だった。だが、その両手や体躯は鎖で縛られていて、その鎖は地面に突き刺さっていてビクともしない。
 その青白い光だけで周囲が照らされ、威圧していく。
 すると、吸い寄せられるようにゴーストが大量に出現してくる。

「な、何、コイツ……!」
「たぶん、だけど、亡霊王骸キングワイトか……?」

 いや、でも何か違う気がする。
 亡霊はその骸骨の目に赤い光を宿し、更に威圧的な魔力を解放していく。ヤバいな。これ、俺の魔力よりずっと強いぞ!

「あーあー、気付いちゃったんだ、もう」

 気圧されていると、上から声がやってきた。
 見上げると、そこには紫の髪に灰色の体躯、そして黒と藍色の天使の翼――アザゼルがいた。

「せぇーっかく面白い素材を見つけて、色々と実験してたトコだったのになぁ」

 足を組んだ状態でふわふわと浮きながら、アザゼルは俺を見下ろしながら言ってくる。

「アザゼル、テメェっ……!」
「まぁ実験データはしっかりと集まったから良いんだけどねー。後は盛大に花火をぶち上げて、王都を襲わせるつもりだったんだけど。ホント、君ってカンが良いんだね」

 敵意を向けると、アザゼルはそれから逃げるように飛び、頭を地面に向けながら言う。

「特別だから教えてあげようかなぁ。彼はグランゴ。苗字は剥奪されたからないけど、昔、この王都の王位継承権を持っていた人間だったんだよ。ただ、罪を犯して投獄され、そのまま死んだ。魂のほとんどは悔い改めて昇天したみたいだけど、一部はこの辺りに汚染されて残ってたみたいだね。それから彼はこの牢獄でずっと燻っていたんだ」

 そのグランゴの周りを飛びながら、アザゼルは言う。

「だから僕が起こしてあげたんだ。偉いでしょ、偉いでしょ? ちゃんと復讐の手伝いをしてあげるんだからさ」
「何が偉いだ。ふざけたことを!」
「そうよ! 死人の思念になんてことを!」

 俺とアリアスが非難すると、アザゼルは口の端を嬉しそうに歪めた。

「関係ないよ。君たちの義憤は道徳から来ているんだろうけど、その道徳は所詮多数決で決められたものだろう? 僕はたまたまその多数にいないってダケだし、僕は悪いことをしたとも道徳に反したとも思ってないんだけどなぁ。だって、復讐したいって思っているモノを手伝うって、そんなに悪いこと?」
「ふざけた理論だな」
「まったくもって。だから話し合いはここでおしまい」

 一言で切り捨てて、アザゼルは姿を薄くさせる。

「ま、同時に時間切れなんだけどね。この城は色々と施されてるから、僕ぐらいじゃあごくごく短時間、それも力の一部しか出現させられないんだよなぁ」
「アザゼル!」
「言ったでしょ。データは集まったからもう良いの。後は頑張ってね。グランゴも解放してあげるからサ」

 そう言って、アザゼルは指を一つ鳴らしてから消えた。
 同時だった。
 ばちんっ! と、弾ける音を次々と立てて、鎖が千切れていく。

 膨らんだのは、異常なまでの魔力と、敵意。

「アリアス、下がれ!」
「でも、私だって戦わないと、これは幾ら何でも!」
「大丈夫だから、俺を信じろ!」

 強い口調で言い放ち、俺はアリアスを黙らせてから構える。

『アァァ……コロス、ホロボス、ツブス、アァァアッッ!!!!』

 瞬間、戦闘は始まった。

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