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第百四十二話

「さて、改めて聞くけど。まず勝敗は俺の勝ちで良いな?」

 確認に質問すると、ヅィルマは悔しそうにしながらも、小さく頷いた。否定するかと思ったが、意外とこういう所は素直らしい。……──いや、何かあると考えるべきだな。
 俺は《エアロ》を解除する。同時にヅィルマは再生を始める。魔族ならではの再生速度だな。

「じゃあ吐いて貰うぞ。アリアスの命を狙う組織。それはなんだ」
「……秘密結社ガルヴァルニア。国籍を持たない集団ダ。特定の住居も持たず、目的も不明。神出鬼没の組織とも言われていて、存在そのものが秘匿。ただ、魔族や様々な地下組織の暗躍の陰にいル」

 文字通り影の組織ってことか。
 しかも国籍を持たない、ということは、どこにでもいるという意味でもあり、どこにいるか分からないという意味でもある。せめて本拠地が分かればとは思うのだが、恐らく常に移動しているのだろう。
 フットワークが軽いとも言える。
 だが、そんな組織がなんでアリアスの命を狙うのか。

「我ら暗殺者でも仕事を引き受けないこともあル。奴等はそれだけ危険ということダ」
「でも、お前は引き受けたみたいだがな?」
「ハッハッハ! 当然ダ。俺は最凶だゾ。それに俺はあくまで個人との契約だからナ。組織がどうの関係ないのサ」

 ぼこぼこと全身を震わせ、ヅィルマは全身の再生を終える。
 魔力はかなり消費した様子だが、それでも油断はできない。何せ魔族だからな。

「ということで、俺の知っている情報は以上ダ」

 言いながら、ヅィルマはぬるりと身体を起こした。
 同時に漲る、殺意。それも単純なものではない。黒いものが醸成された、魔族特有なものだけでなく、ただ一点を貫いてくる、刺すような殺意――暗殺者としてのそれも含まれていた。
 こっからが第二段。たぶん、本番だな。

「さぁ、始めようカ」

 まるで沼から抜き出すように、地面から黒いダガーが次々と姿を見せてくる。
 今までのとは濃度が違う。
 魔力を大量に消費したことで、冷静になったってところか? いや、加えて時間稼ぎしていたな。情報提供を犠牲にして。
 だがそれは俺の望むところでもある。これで遠慮なく全力で潰しにかかれるというものだ。

「ここからが、本当の殺し合いだ」

 直後、ゆらり、ゆらりと頭を左右に振ったヅィルマが加速した。
 踏み込む瞬間さえ読ませないそのトリッキーな動きと、一瞬にトップスピードに乗るアジリティ。どっちも破格の性能だ。
 俺は即座に空中を踊っていた刃を閃かせる。
 だがそれは、残像を斬っただけで終わる――って、残像!?

 気配はすぐ右。俺は反射的に振り向きながらハンドガンを跳ね上げて防御に使う。

 飛んできたのは一振りのダガーだ。
 ほんの僅か早く、銃身が防御に間に合い、ダガーを受け止めて弾く。

 ヅィルマは特に何か言うでもなく、左右にステップを刻みながら次々とナイフを投擲してくる!
 ──早いっ。
 俺は目線だけでイメージを起こし、刃で迎撃していく。それでも間に合わなさそうなものは、銃で打ち落とす。
 そんな火線の行き交う間合いで、ヅィルマは確実に間合いを詰めてくる。くそっ、いちいち視界に入ってきて鬱陶しいな!

「知っているぞ。お前さん、さっきのような加速はもう出来ないだろ」

 少し舌足らずだったはずの口調が戻っている。滑らかにヅィルマは指摘してきた。

「その魔法、かなりの負荷がかかるはずだ。さっき、お前さんは俺に一分で十分だと言ったが、違う。持って一分だったからそう言ったんだ」

 ──……お見通しかよ。
 俺は思わず苦笑いする。《アジリティ・ブースト》は、敏捷性特化のバフだ。飛躍的な向上が見込めるが、身体にかかる負荷は凄まじい。だから身体能力強化魔法(フィジカリング)で耐久度を上げたのだ。
 それを初見で見抜いてくるとか、いよいよこいつ、ヅィルマだな。
 魔力を浪費したことで、魔族としての部分を殺し、自我を復活させたのか。

「ほら、動きが鈍っているぞ」

 ヅィルマが斜め下から潜り込むように接近してくる。
 素早く一枚の刃を反応させるが、予測していたのだろう、手に持っていたダガーで弾かれた。

「終わりだっ!」
「うるせぇっ、終わるのはそっちだ!」

 叫ぶヅィルマに吠え返し、俺は強引に地面を蹴ってバックステップ。更にハンドガンを両手から撃って、弾丸の雨を食らわせる。
 弾丸は次々とヅィルマの顔面に炸裂し、風船が割れるように頭が吹き飛ぶ。だが、弾けた血が地面に落ちるより早く頭は再生した。

「甘いぞ」

 こいつ、魔族の能力を使いこなしてる!
 けど、甘いのはそっちだ!

「《真・神威》っ!」

 俺が放ったのは、広範囲を焼き付くす雷轟。
 空気が無惨に切り裂かれて悲鳴をあげる中、無数の雷鳴は周囲を薙ぎ払っていく。
 もたらした破壊は周囲を焦土と化し、もちろんヅィルマでさえも焼き付くす──はずだったが。

 俺は感知したヅィルマの気配に驚く。こっちはまだ動けない。

「【秘術、転身の儀】──まさか、二度も使わされるとは思わなかったな?」

 佇んでいたのは、片腕を失ったヅィルマ。
 消耗はしているようだが、とても《神威》を受けた直後とは思えない。俺は舌打ちを入れつつも仕切り直しをする。
 どうやらアレは固有アビリティだな。
 受けたダメージを身体の一部に集約させる。おそらく黒い風を纏って姿を消すのもそうと思って良いか。

 分析していると、ずるりと音を立ててヅィルマの腕が再生された。炎を纏っているのは、エキドナの魔力をふんだんに使用したからだろう。

「単純に使いどころのないものだと思っていたが……再生が可能なら、この上なく便利な能力だ。そうは思わないか?」
「こっちからすれば鬱陶しいことこの上ないけどな」
「言えてるな。では──」

 空気がざわついたのを感知した瞬間、黒い風がヅィルマを包む。

「遠慮なく、活用させていただこうか」

 一陣の風はヅィルマの姿を消し、周囲に気配を拡散させた。
 警戒して意識を研ぎ澄ませると、周囲に黒い風が生まれ、何体ものヅィルマが出現した。って、マジかおい!

 素早く《ソウル・ソナー》を放つが、どれもが本物の反応だった。つまり、魂の分割か?
 そんなことをすれば自ら大きく弱体化し、いずれは消滅してしまう。それこそエキドナクラスの化け物でなければ、維持さえ出来ないのである。
 ヅィルマどもは、見事と言うしかない動きで俺を囲んだ。

「何を感知しようとしているか知らんが」
「俺はもう魔族と同化している」
「魔族とは、全て一つであり、一つで全て」
「つまり我らも一つ」

 口々に言いながら、ヅィルマどもは炎を周囲に展開する。
 ──落ち着け。どれも本物の反応だからって、全員が魂を持っているとは限らない。
 アガルバスの時もそうだった。
 あれは結局、もともと複数いたものが一つになっていただけだった。だとするならば、ヅィルマも生み出したのだろう。
 自分と同等の存在を。

「いくぞ」
「「「死ねっ!」」」

 ヅィルマが一斉に仕掛けてくる!
 あるものはダガーを投げ、あるものは接近を、あるものは炎を。まさに誰もが自律行動をしている。
 捌くのは無理だ。だったら──!

「《エアロ》っ!」

 俺は魔法を伝播させ、周囲に展開していた刃から魔法を放つ。
 暴風が刹那にして全方位に吹き荒れ、周囲を薙ぎ払う。

 音さえ撹拌する風は次々と炎を誘爆させ、ダガーをかきみだし、接近してくるヅィルマを拒む。

 俺はその間に空へ逃げ、高めた魔力を解放した。

「《真・神威》!」

 ──ばぢばぢばぢばぢばぢばぢばぢっ!

 轟音が凄まじく響き、世界を穿っていく。同時にヅィルマたちを黒焦げにしていった。
 ほとんどが炭化して消えていく中、一人だけまた片腕を犠牲にして生き残るヅィルマがいた。

「ほう」
「人形をいくら量産したって、中身まで完全にコピーは出来ないはずだからな。特に固有アビリティなら尚更だ」
「……見抜いていたのか。慧眼だな」

 薄く笑いながら、ヅィルマは構える。その手にもつダガーの切先にまで、濃厚な殺意が溢れる。
 それは行き場のない怒りのようにも見えて、俺はどこか戸惑いを覚えた。

「ふん。俺は嫌いなんだ。お前さんのような光が」
「……光?」

 分からず問い返すと、ヅィルマの顔から笑顔が消えた。

「そうだ。表舞台の真ん中を堂々と歩いていける人生。それだけ強ければ、貴族だろう? あれだけ見事な豪邸にも住んでいて、付き人までいるのだから当然だ。やがて冒険者になり、大きな功績を出すことだろう」

 端から見れば、俺は確かにそう映るだろう。
 実際は違ったとしても。まぁ俺は裏の世界には足を踏み入れていないからな。

「それが憎い。俺だって、本当はそちら側だったはずなのに」

 それは、ヅィルマの本音なのだろう。

「世界は残酷だ。俺のような存在を生み出すのだから。だから俺は憎む。世界に認められ、守られる貴様らが」
「……お前……」
「俺が光を殺すのは、俺なりの復讐なんだ。世界に対しての」

 ヅィルマの怒りだろうか、黒いオーラが滲み出てくる。

「だから俺はお前さんも憎い。この力は、そのための力だ」

 言い放った瞬間、俺を中心とした地面がいきなり沈む!
 どろり、とぬかるんだ地面に足を取られ、たまらず膝をつくと、その大地は真っ黒に濁っていた。
 これは、この嫌な感じは──!?

「──穢れた魔力……瘴気か!」
「遅い」

 ヅィルマが言う。

「《絶禍炎舌(ゼッカエンゼツ)》」

 刹那、視界が真っ赤に染め上げられた。

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