第百四十一話
バカな。いったいどこでどうやって手に入れた。魔神の、エキドナの力なんて!
俺はじわりと距離を取る。腕から放たれる威圧に負けているからだ。
「良く気づいたナ。まずは褒めてやろウ」
ヅィルマは好戦的な笑みを浮かべて――いつの間にか黒ずくめのマスクが取れている――そう言い放ち、更に炎を強く宿してくる。
この威力、とんでもないな。
「その通りダ。俺は今、魔神エキドナの一部を取り込んでいル」
「……どうやってそんなものを手に入れた」
俺は探る。
まさか、もうエキドナが復活したのか?
だとすれば由々しき事態である。
「簡単ダ。貴様らがエキドナと戦っていた時サ」
「……何?」
「貴様のせいで片腕が消滅したからナ。俺は暗殺が失敗だと判断して撤退しタ。応急処置も回復も必要だったからナ。だが、アリアスはどうにか殺せないかと思って接近したが、エキドナと戦闘を始めていタ」
聞きながら、俺は思い出していた。
初めてヅィルマと対峙し、撃退した時のことだ。俺の《神撃》を受けておきながら、どういう理屈でか、片腕を失っただけで終わらせたのである。
あの衝撃は今でも忘れられない。
「片腕を失った状態で、バカみたいに魔力を垂れ流すエキドナのせいで近寄ることさえ出来なかっタ。その上でハインリッヒが現れたからナ。もうほとんど諦めていたんだガ、偶然にもハインリッヒが切り刻んだエキドナの破片が手に入ったのサ」
ずず、と、這い寄るような音を立て、ヅィルマは炎を呼び起こす。
「驚いたヨ。僅かな破片の癖に、再生しようとしていて、その上でとんでもない魔力を内包していタ。俺はすぐに取り込むことにしたサ。失った片腕を取り戻すためにナ」
「魔神を取り込むなんて、どうなるか分かってんのか?」
「さぁナ。だが、こうして俺はまだ俺を保っていて、ちゃんと片腕も再生したゾ?」
濁った目で、ヅィルマは俺を睨み付けてくる。とても生気があるとは思えない。
おそらく、もうヅィルマはヅィルマではない。魔神エキドナに意識のほとんどを殺されていると言ってもいい。残っているのは、おそらく強すぎる感情の残りかす。
いつ魔神エキドナがヅィルマを食い破って来てもおかしくはない。
「まぁ、手懐けることには苦労したがナ。おかげで満足にお前さんを殺すことが出来ず、時間稼ぎするしかなかっタ」
「……! ゲームって言ってたのは、そういう裏があったのか」
「満を持してお前さんを殺したかったからナ」
「それで魔族に身を落とすとか……バカげてるぞ」
「魔族になったつもりはないがナ……だがまぁ、存在は魔族に近くなったと言えるカ? おかげで……」
瞬間、ヅィルマの全身が歪んだ。
その姿が消えた直後、背後に気配が生まれる!
「ちっ!」
「こういうことも出来るようになったからナ!」
即座に俺は振り返りつつ、ダガーを操りながら突っ込んでくるヅィルマに向けて刃を繰り出す!
一直線に迎撃するのが二本、左右から挟み込むように二本ずつ、そして、上から一本。
一瞬の軌跡を残して刃はヅィルマに迫る。だが、黒いダガーが盾のように展開し、その身を砕くながら防いだ。それだけに終わらず、背後から熱がやってきた。
さっき展開していた炎かっ!
もちろん存在を忘れていたわけではない。
俺は空中に飛び上がって、背後からの炎を回避する。
「《エアロ》っ!」
同時に魔法を放ち、暴風で火炎同士を衝突させて誘爆させる。
その爆風に乗って俺は距離を取った。本気でぶつかりあって、勝てるかどうか。確証はないが、おそらく大丈夫だ。
まだヅィルマの中のエキドナは覚醒しておらず、ヅィルマもその膨大になった魔力を扱い切れていない。だったら、《神威》を一発ぶちこめば良い。
だがそうすると、ヅィルマからアリアスを狙う組織の情報を手に入れられなくなる。
くそ。この条件、ホントーにヅィルマを守りやがる。
だからこそ、俺はなんとしてもヅィルマを倒すのではなく、屈服させなければならないのだ。
なんとかしたい所だが、簡単ではないだろう。
「ひゃあああアアっ!」
爆風の中からヅィルマが突っ込んでくる。
その速度はさっきよりも上がっている。同時に、魔族としての気配も濃厚になりつつあった。
「さぁ、終わりダ! ここで死ネ!」
「断るっ!」
俺は言い返しながら、多角的に攻撃してくるダガーを次々と撃ち落としていく。だが、そこにヅィルマはダガーと火炎の投擲を混ぜこんでくる。
ち、厄介な!
俺は舌打ちする暇もなく魔力を高める。
「《アイシクルエッジ》!」
放ったのは、大量の氷の矢だ。一つ辺りの威力は低いが、だからこそ数が展開できる。それらを投擲スキルでばらまいた。
無数とも言える氷の矢は、ダガーを捉え、火炎を凍らせていく。それだけでなく、ヅィルマ本体へも襲いかかる。
「──小賢しいゾ!」
ヅィルマは全身から真っ黒な魔力を衝撃波として放ち、氷の矢の群れを打ち砕いた。
ぱらぱらと破片が地面に落ちる中、俺は着地して魔力を高めていく。
迫ってくるダガーを迎撃し、魔法を放つ。
「《エアロ》!」
渦を巻くそれは、一直線にヅィルマへ向かう。直撃すれば全身の骨が砕け散る程の威力を籠めたが、ヅィルマはまた黒い魔力を放って分解した。
──なるほど。
分析を終えた俺は距離を取りながら確信した。
ヅィルマはまだ、魔族としての力を完全に使いこなせてはいない。おそらく、まだ力をもて余している。だからこそ、身体能力そのものは大きく変化していない。
まぁ、反射関係は上昇しているようだが、完全に膨大な魔力に頼った立ち回りだ。ダガーも魔力任せだしな。
だとすれば、勝ち筋は幾らでも見付かる。
何故なら、俺がもっともヅィルマに対して脅威を感じているのは、その得たいの知れない暗殺の技術だからだ。
「どうした、さっきから逃げてばっかりだゾ!」
「なぁ、ヅィルマ」
自分の周囲に赤熱の球体を無数呼び起こしたヅィルマに威圧をかけながら言う。
「ゲームをしようぜ?」
「……なんだト?」
俺は敢えて余裕を見せつけるように笑って見せる。
「これから俺はお前を圧倒する。なす術もなく、地面を這わせてやる。それが出来たら、お前の負けだ。暗殺を中止し、俺との条件を果たしてもらう。もし出来なかったら、俺を殺せ」
「……ほウ?」
「制限時間は、そうだな。一分あれば十分だな」
「随分と安っぽい挑発だナ? だが、それに乗るのもまた一興ダ」
じり、と、ヅィルマは構える。
つまり了承ってことだな。俺は魔力を練り上げる。
「じゃあ、スタートだっ!」
俺が宣言をした瞬間、ヅィルマの全身から漆黒と深紅の魔力が爆発する!
それは衝撃となり、空気を押し出しながら周囲を吹き荒らす。
「
俺は体内を巡る魔力経絡を最大限にして能力を高める。もちろん、それだけに終わらない。
「《アジリティ・ブースト》」
俺は自分自身にバフ魔法をかける。キラキラとした光の粒子が俺を包み、能力が増大する。
瞬間、俺は地面を蹴った。
爆裂的に地面が弾きだされ、その粉塵が舞う中、俺はヅィルマの背後に回り込んでいた。
「――なんだト!?」
驚愕しながらも、ヅィルマは振り返りながら空中に浮かんだダガーを繰り出す。
遅いな。
そのダガーが俺の残像を通過する頃には、もうヅィルマの背後に回り込んでいる。合わせて刃を閃かせ、ダガーの全てを撃ち落とす。
「なっ……!?」
その瞬間、ヅィルマがまた振り返る。だが、俺は既に横手へ回り込んでいた。
ほとんど反射だろう、ヅィルマは地面から次々とダガーを生み出してくる。俺はその全てを刃の閃きで蹂躙し、ヅィルマに肉薄した。
ギギギ! と、不快に重なりあう金属の悲鳴が遅れてやってくる。
「なめるナっ!」
刹那、ヅィルマが吼えながら魔力を迸らせ、全身に炎を宿す。
触れれば全てを焼き尽くしそうな威力が籠められている。だったら、消してやるまでだ。
「《アイシクルエッジ》!」
放ったのはただ氷結だけに特化した魔法だ。
ぱきんっ、と音を立ててヅィルマは氷に鎖されるが、一秒と持たずにその氷は砕け、ヅィルマは上空へ飛びあがった。ダメージは少なからずあったようだ。
俺はリボルバー式のハンドガンを抜く。
ゴーストが俺の意思に呼応し、氷系の魔法をシリンダーに魔法を展開していく。
俺は両手にハンドガンを構え、狙いをつけると同時に撃った。
「――っ!?」
弾きだされたのは、氷の軌跡を残す弾丸の魔法。それは一瞬の加速でヅィルマに突き刺さった。魔法が炸裂し、その傷口から氷結を始める。
俺はさらにそれを何発も放ち、ヅィルマを撃ち落とした。
「がはっ……!?」
身体中を氷に鎖されながら、ヅィルマは墜落する。俺は一瞬でそこに移動し、刃を繰り出した。
その閃く刃は鋭く加速し、ヅィルマがダガーを生み出すより早く、その全身を切り刻んでいく。
「《エアロ》」
そして、俺は最大限に
骨を粉砕する乾いた音が重なり、軋音も響き渡る。
「っがっ……!」
「ほら、圧倒したぞ」
起き上がることさえ出来ず、ただ地べたを舐めるしか出来ないヅィルマの頭元に立ち、俺は宣言した。
「き、キサマッ……」
「文字通り地面舐めてんじゃねぇか。それを認めないってのは、ちょっと情けないぞ?」
最後に言葉で攻撃すると、ヅィルマは血反吐を撒き散らしながら頭を地面に沈めた。