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第百四十話

 学園祭、というのは忙しい。毎日の授業をしっかりとこなした上で進めなければならないので、ここ最近は日が暮れてから帰ることが多かった。
 ヅィルマの脅威が何回かあったが、なんとかやり過ごしつつ、俺はようやく学園祭前日を迎えた。

 店舗の設営はほぼ終わっていて、食材の準備もバッチリだ。後は当日を迎えるだけである。
 当日は朝から動くことになるので、今日は早めに下校する運びとなった。

 だが、俺にゆっくり休む時間はない。ヅィルマだ。油断するとすぐにやってくる。特にここ最近は頻度が高い。

 故に、俺はいつものようにメイを連れ、ポチとクータを護衛にしながら家路に着いていた。人の往来が少ない道へ入り、しばらく談笑しながら歩く。
 すると、唐突に《ソウル・ソナー》に反応が生まれた。この反応は、間違いなくヅィルマだ。
 俺は一気に全神経を集中させる。

 確か、今日が期限の最終日だったな。いよいよなりふり構わなくなってきたか?
 思いながら、俺は腰のホルスターに収納しているハンドガンに手をかけた。この武器はもう完成している。すでにアイシャからゴーストを受け取っていて、ハンドガンに移植していた。
 試射も済ませているので、後は実戦でどこまで使えるか、の段階だ。

 気配のする方を俺は睨むと、建物の上に黒い影がいた。

「いよぉ、姿見せるのは久しぶりだな」
「……そうだナ」

 挑発的に声をかけると、ヅィルマは静かに返事をした。
 やはり余裕がないのだろうか、気配が雑然としている。どこか苛立っているようにも見えた。
 俺はそこにかなりの違和感を覚える。何せあのヅィルマだ。最凶とまで言われる暗殺者が、期限が近いからといって、ここまで取り乱すものだろうか?

 もしかして偽物か? 本物がどっかにいる? いや、だが、感知するこの波動は間違いなくヅィルマ本人のものだ。

 とにかく今は目の前のアイツに集中だな。
 こんな街中で戦うのは気が引けるが、言ってられない。アイツが本気で攻撃してきたら、俺も本気を出さざるを得ない。ステータスでは俺が有利だが、それをカバーして有り余る暗殺と戦闘の技術がある。

「期限は今日までだぞ」
「ああ。だからこうして目の前に現れてやったんダ」

 たん、と、ヅィルマが床を蹴り、地面に着地する。俺の間合い、ギリギリ外だ。
 こういう所が本当にいやらしいな。
 即座に俺が構え、メイも戦闘態勢を取って剣を抜く。ポチとクータも威嚇に唸る。

「そう敵意をむけてくれるナ。用事があるのは、そこの小僧だけダ」

 どこか無感動に言い放った直後、ヅィルマの体内から異常なまでの魔力が膨れ上がる!
 それは明らかに今までのヅィルマのそれとは異質で、不気味ささえ覚えた。

 これは、なんだ?

 思った瞬間、世界が歪む。

「だから移動するゾ」
「これは、まさか――」

 時空間転移魔法!?
 そう口にするより早く、俺は全身をかき回されるような感覚に襲われ、視界が途切れた。
 ほんの一呼吸する間もなく世界は一変し、俺は空中に投げ出される。すぐ近くは背の低い草が目立つ地面だった。

「くっ!」

 辛うじて受け身を取ったが、衝撃が身体を貫いてくる。
 だが、それに溺れている暇はない。ごくごく僅かな殺意を感じ取り、俺はそのまま地面を転がる。
 軽い音を立てて、黒いダガーが地面に次々と刺さっていく。
 俺は飛び起きながら地面を蹴り、距離をかなり取った。そこにダガーが飛来してくる。

「《エアロ》っ!」

 夜に紛れてかなり見えにくい。俺は広範囲に風を吹き荒らし、ダガーを追い払った。

「ほう、躱したカ」

 地面に何本ものダガーが落ちる中、黒ずくめのヅィルマはゆっくりと地面に着地した。
 その全身からは夥しい魔力が迸っていて、戦闘態勢は完全に出来上がっている様子だった。
 凄まじいまでの殺意を浴びせられ、俺は息苦しさを覚えながらも気合を籠める。魔力を籠めて殺意を跳ねのけながら、俺は気付く。

「あんた……っ!」

 この纏わりつくような魔力。感じるだけで不快感を消せないこの感覚。
 間違いない。これは、魔族のものだ!

「まさか、《死魂喰い》になったのか!?」
「下らなイ。そんな愚かな存在になるはずがないだろウ?」

 ヅィルマは嘲笑って否定した。

「そもそも《死魂喰い》は低級から中級の魔族が行う乗っ取り契約ダ。そんなものにこの俺が加担するとでも思ったのカ? 随分と心外だナ」
「けど、お前から出てる魔力は、魔族のそれと同じだぞ」
「ああ、分かるのカ。さすがだナ。褒めてやろウ」

 指摘すると、ヅィルマは愉悦を噛みしめるように言い、両手を広げる。
 刹那。
 空中に火の球が幾つも出現すると同時に高速で迫ってくる!
 俺は素早く地面を蹴って回避行動を取る。直後、きゅどんっ! と爆発音が響いた。
 それは一度に留まらず、何回も起こる。
 幾つもの火球が互いにぶつかり、爆発を起こしているのだ。

「さぁ、これはどうすル」

 ヅィルマは次々と火球を生み出しながら俺に向けて打ってくる。
 その狙いも速度もタイミングも! ヤバいくらい正確だな!
 俺は舌打ちしつつ、回避に翻弄される。どうやって予測しているのか、不規則に回避しているはずなのに次には火球が迫ってきていた。

「《エアロ》っ!」

 俺は魔法を放ち、火球の軌道を乱し、互いに衝突させて誘爆を引き起こす。
 次々と爆音が響き、赤い光芒が重なる中をヅィルマが突っ切ってくる! よくもあんな爆発の中を突っ切ってきやがる!

「っしゃあっ!」

 ヅィルマは炎を纏いながらも、どこから取り出していたのか、黒いダガーを何本も投擲してくる。
 俺はバックステップしながら高めた魔力を解放する。

「《ヴォルフ・ヤクト》っ!」

 発動と同時に、背中へ収納していたダガーが空中におどりでる。淡く虹色に輝く、半透明の七つの刃。アストラル結晶を原材料にした刃だ。
 それらは軌跡を残しながら黒いダガーを撃ち落としていく。

「待っていたぞ、それをっ!」

 ヅィルマは自身の周囲に黒いダガーを展開して浮遊させる。
 まるでその様は、《ヴォルフ・ヤクト》そのものだ。
 って、まさか!
 予感も何もない。ヅィルマは俺に飛びかかりながら、空中のダガーを繰り出してくる!
 しかもその軌道はうねるようで、まるで蛇。迎撃するのは難しい。おそらく、ダガー系のスキルを使っているのだろう。
 これはヅィルマ版の《ヴォルフ・ヤクト》だ。俺はそう判断し、いったん後ろへ下がった。

「はっはっは! どうだ、模倣された気分ハ!」
「そうだな、中々気持ち悪いな」

 俺は冷静に言い返す。内心も大して動揺していない。
 もちろん色々と気になっている。俺の《ヴォルフ・ヤクト》は俺専用の魔法道具(マジックアイテム)で初めて発動するもので、そう簡単に再現は出来ないからな。
 だが、現実としてヅィルマは使用している。
 まずはその原理を探るところからだ。俺は素早く《アクティブ・ソナー》を撃って探りを入れる。

「死ねぇぇぇぇェェ!」

 ヅィルマの咆哮に反応し、ダガーたちが一斉に襲いかかってくる。その軌道は相変わらず先を読ませない。
 だが、二回目ともなれば、少しぐらいは目が慣れるというもので、俺は即座に刃を反応させて迎撃する。何本かはやはり回避されるが、すぐにイメージを修正し、刃を再び向けて撃ち落とす。
 幾重にも金属音が重なり、ダガーが次々と地面に突き刺さっていく。

 よし。反応速度も精度も格段に上昇しているな。

 俺は確認しつつも、ヅィルマへ向けて攻撃を仕掛ける。

「ほウ!」

 歓喜の声を上げつつ、ヅィルマは空中を歪め、黒いダガーを生み出す。あれは《クリエイション》系の魔法じゃない。強引に魔力を圧縮させて物理的に顕現させている。
 とんでもないな。こんな芸当、人間で出来るはずがない。
 っていうか、《死魂喰い》でも出来るか? 魔族でも相当なレベルにないと不可能だぞ。

「はぁぁぁぁぁァァ!」

 俺の高速の刃を、ヅィルマは気合でダガーを操作して迎撃する。
 速度や出力では俺の方が上だろうが、それを技術と経験で見事にカバーしてきている。油断すると反撃まで仕掛けてきそうだ。

「は、はは、ははあ、ハハ。やっと、なじんできたゾ」

 ぼこり。
 と、ヅィルマの片腕が跳ね上がり、肩あたりが膨張する。
 直後、服が破れ、真っ赤に染まった腕が露呈する。その禍々しさと、内包する膨大な魔力にあてられ、俺は肌が焼かれそうになった。
 たまらず後ろに下がって距離を取りつつ、俺はその腕を睨みつける。

 あの、炎は。

「ヅィルマ。なんでお前がそれを持っている?」

 俺の問いかけに、ヅィルマはただ嗤うだけだ。

「それは、魔神、エキドナの力だぞ!」

 言い放つと、ヅィルマは更に愉悦な表情に口と目を歪めた。

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