第百三十一話
グリエイト・ライフォード。
王国お抱えの魔法使いであり、王族であり、離反した人物。そして、ハインリッヒによって倒された人物。そんなヤツが、なんでそんな恰好で?
いや、恨みを持ちに持って、死霊と化したのなら分かる。
だが、相手からは明らかに魔族の雰囲気がある。さすがに困惑していると、一つの情報が脳裏に浮かんだ。まさか。
疑って思考停止するよりも、確かめる方が早い。俺は即座に魔力を高めた。
「《エアロ》っ!」
放った魔法は、上から押し潰す風だ。グリエイトはそれに気付くのが一瞬遅れ、見事にプレスされる。
骨が砕ける生々しい音と軋音が重なり、グリエイトの上半身は見事に潰された。
――が。
ややあってから、その体躯が再生されていく。
アンデッドであれば有り得ないことだ。やはり、コイツは魔族――否、魔族と契約した人間、《死魂喰い》だ! くそ、とんでもねぇのがいやがったな!
『くそっ……! ここでは力が及ばないのか! 逃げるしかないな』
再生させたグリエイトは、苦虫を潰したような声色で言う。表情は闇色の顔のせいで分からない。
《死魂喰い》が厄介なのは、その特性だ。魔族クラスの魔力を有し、人外の身体能力を持つ。その上で、魂を吸った分だけ蘇ることが出来る。
つまり、俺は今グリエイトを二回仕留めたが、魂を二つ消費して再生しているのだ。
ストックがどれくらいあるか、によるが、下手をすると魔族より厄介な存在になる。
「ここで仕留める! メイ!」
「はい!」
俺の声に応じ、メイが飛び出す。その大剣には炎が宿っていた。
合わせて俺もカバーのために地面を蹴った。
斜めから挟撃する形だ。グリエイトはすぐに狙いを察したか、舌打ちしながらバックする。
早い!
俺は妨害してやろうと魔力を高めるが、それよりも早くグリエイトが両手を突き出して魔法を放つ!
またあの黒い風か!
「《エアロ》っ!」
俺は即座に暴風を放って牽制する。
今度は相手も焦って放ったからだろう、威力はかなり低く、俺の一撃で霧散させられた。
とはいえ、相手は逃がしてしまったが。
「い、今のってなんなんだィ……? かなりイヤな感じがしたけど」
「正解だ。あれは魔族になりきれない魔族だからな。アレを相手にするとなったら、ちょっと骨が折れそうだな」
「あんたをしてそこまで言わせる相手かィ」
相手の元々の強さにもよるが、警戒しすぎて損はない。
「ここからは慎重に進もう。メイ、アイシャの護衛を頼む。俺が先導するから」
「分かりました」
俺は《アクティブ・ソナー》を撃ちながら砦の中へ入った。
石造りの中は道幅が広くない。
それでいて構造的には迷路のようになっていた。
なるほど、侵入者対策なのだろう。だが、俺には関係のない話だ。
俺はぼこぼこした石の壁に手を触れる。少しだけ魔力を流して反応を確認する。うん。魔法を妨害するようなものは、多少含まれてはいるが、これぐらいなら大丈夫だろう。
俺は壁に手をつく。
「《ベフィモナス》」
魔法を発動させ、俺は壁に穴をあける。
俺はその穴をくぐり、また壁に穴を開けていく。
「……な、なんだろう、すごい相手の努力を無駄にしているような……」
「相手じゃなくて造り手だろ? アイツが作ったわけじゃないし」
「いや、そりゃそうだけどねィ。さっき慎重に進むとか言ってなかったかい?」
「進んでるぞ? 罠とかは避けてるし、ショートカットしてるし」
ちゃんと《アクティブ・ソナー》を改良して罠がないかを確認してから進んでいる。まぁそれでも見抜けない罠もありそうなので、進むのは慎重だ。
「う、うん。色んな意味で規格外だねィ」
「ご主人様ですからね……」
揃いも揃ってどういう意味だ。
問い詰めたい気分だが、今はそれどころではない。逐一罠を確認し、魔物は駆逐して進む。
この手の砦はスペースが限られているので、ぐるっと大回りして中心へ辿り着くといった構造を取ることが多い。故に俺は中心へ向けて突き進んでいった。
程無くして、俺は上へ向かう階段を発見した。
『くっくっく……この先はこの死霊騎士であるヴァガール様が通さぬ。命が惜しければ』
「《クリエイション・ダガー》、《エンチャント》、《フレアアロー》」
『はがあああああああっ!?』
錆びた剣をゆっくりと抜きながら何やら言っていた死霊へ俺は聖属性を付与したダガーに火矢を纏わせて投擲、一撃で仕留める。
もちろん最大限に
からん、と持ち主を失った剣が地面を転がる。俺はそれを回収しつつ階段に足をかけた。
「見も蓋もないねィ」
「今は急いでるからな」
「どうしてだィ?」
「あいつは、外じゃあ力が及ばないって言って中に逃げ込んだんだ。そして中にはあの結晶がある。単純に考えれば、確実にその結晶の魔力を使うつもりだ。もしそれで時間が経過するたびに強くなっていくんだとしたら、厄介なことになる」
ただでさえ《死魂喰い》は消費する命がある限り再生するのである。本体そのものが強化されるのであれば、かなりしんどい戦いになる。
俺は色々と作戦を立てつつ階段を上っていく。
警戒しながら上りきると、めのまえは一本道で、どうやら先は左右に分かれているようだ。ちなみに通路幅は狭く、思いっきり罠がありそうである。
俺は即座に後ろを振り返った。
「《ベフィモナス》」
放った魔法は壁を打ち砕き、壁の向こう、三階へ続く階段を露わにした。
「……良く分かるねィ?」
「こういう造りはデフォルトなんだよ。もし何かがあって高速で移動しないといけない時、いちいち自分たちも迷路を突き進んでたら意味ないだろ? だからこういう感じで作って、隠し通路とかを用意しておくものなんだよ、フツー」
「そんな知識、どこから手に入れたんだィ」
「フィルニーアから」
これは本当である。
もちろんメイも習っているので、頷いている。
「なんだろう、もうフィルニーアの弟子って言葉だけで片づけられるのが凄いし、もう何が起こっても不思議じゃないって思えるのも凄いね」
「それがフィルニーアさんですから……」
「否定できないトコがなんだかなぁ」
もしフィルニーアが草葉の陰から見ていたらしばかれている気がする。
上級魔法の一発や二発くらい飛んできそうだ。
「砦の規模からして、次が最上階っぽいんだけどな」
俺のカンは当たっていた。
上がるとそこは大きなホールのようだった。
砦の最上階らしく、周囲は窓で仕切られていて、夜空が良く見える。
そんなホールの最奥、ステージのようになっている場所に玉座はあって、キラキラと虹色に輝く結晶が座していた。間違いない。あの結晶から、とんでもない魔力を感じる。
それは純度の高い魔石でさえ比較にならないような密度だ。まるで空気が魔力になったかのような感覚にさえ襲われてしまう。
あれが、アストラル結晶か。
『あのさ』
見とれていると、その玉座の足元に影が現れる。グリエイトだ。
『せっかく人が魔力を大量にまびいて作った迷宮をあんな卑怯な手段で突破してくるとかどういう了見だ! 様々に趣向を凝らして罠も張ったっていうのに!』
「知るかんなもん! なんで敵の都合に付き合ってやらにゃあならんのだ!」
アホらしい怒りに俺はしっかりと言い返す。
『迷宮を必死に作った人の気持ちにもなってみろ! ここで迷うなぁとかここで罠発動させたら驚くだろうなぁとか、落下したら血塗れ、槍にさされて血塗れ、魔物に襲われて血塗れ! 次々と散っていく仲間! そんなこと思いながらやってるんだぞ!』
「そんな血腥いモノなら余計に切り捨てるってぇの!」
『この迷宮クラッシャーめ! くそ、予定より時間が短いけど、ここにいる以上、俺様は無敵! 貴様なんて一ひねりだ!』
言いながら、グリエイトはその身体から夥しいまでの魔力を迸らせる。
瞬時に俺は意識を切り替える。
この魔力は、明らかにアストラル結晶からの魔力を吸い込んでいる。
「メイ、アイシャを守れ」
「分かりました」
メイは頷き、アイシャを連れて下がっていく。合わせて俺は前に出て間合いを詰めていく。
相手は上半身しかない。その上に脆弱。間違いなく魔法で攻撃を仕掛けてくるはずだ。だったら、一気に間合いを詰めて接近戦を仕掛け、仕留めていくのが定石だ。
俺は全身に魔力を高めて構える。
『死ねェェェェッ!』
その奇声が合図だった。
「《ヴォルフ・ヤクト》っ!」
俺は魔法道具マジックアイテムに魔力を発動させ、用意していたダガーを空中に浮かばせる。
「《エンチャント》!」
さらに聖属性を付与し、俺はステータスを活かして間合いを詰めた。
『近寄れると思うなっ!』
グリエイトはパチンと指を鳴らす。
瞬間、床が盛り上がり、いくつもの泥人形のようなモノを出現させた。
これは、全員アンデッドか!?
伝わってくる魔力から異様なものを感じ、俺は舌打ちしつつ刃を向ける。
幾つもの斬撃音が重なり、泥人形はあっさりと駆逐された。
だが、その場ですぐに再生が始まる!
『はっはっはっは! 奇妙な技を使うようだが、ソイツには無意味! 核を貫かない限り、無限に再生するぞっ!』
その発言を聞いて、俺は確信した。
――こいつ、バカだ、と。