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第百三十話

「何をすればいい?」

 俺はすぐに意識を切り替える。もう今更ウダウダと交渉するつもりはないし、アイシャだって俺だから可能だろうと判断して話を持ち掛けてきたのだ。
 俺としてはヅィルマの脅威がある以上、そうそう表には出られないのだが、背に腹は代えられない。

「アストラル結晶。知ってるかい?」
「ああ。知ってる。死霊魔導師(リッチ)のなれの果て、だろう」

 答えると、アイシャは満足そうに頷いた。
 アストラル結晶とは、朽ちた魂の光と、膨大な魔力が集って出来る結晶だ。非常に貴重なものである。そもそも元となる死霊魔導師(リッチ)が少なく、さらにそのなれの果てとなればとてつもないものだ。
 それ故に、発見例さえ少ない。
 だが、その秘めたる魔力はとんでもないもので、様々な効果があるという。魔法使いであれば喉から手が出るくらい欲しいものだ。

「それを手に入れたら、あたしは限界突破できるんだィ。そして、その在処が最近分かってね。近々依頼を出そうと思ってたんだよ」
「良く分かったな」
「占い師の情報網なめるんじゃないねィ。それで、その場所が思いのほか危険な場所なんだ」
「どこにあるんだ?」
「王都の北の森――アスクルという砦にあるらしい」

 王都の北の森、と聞いて、俺はため息を吐きそうになった。
 確か、そこ辺りは王都に反乱した魔法使いが立てこもっていた辺りだ。優秀な召喚士で、数々の強大な魔物を召喚していた。確か、ハインリッヒに始末されたはずである。
 なるほど、それだけの大物なら、死霊魔導師(リッチ)をも召喚していた可能性がある。
 その死霊魔導師(リッチ)が結晶になったのだとしたら。 

「そこに行けばいいのか?」
「ほんとはこっそりとあたし一人で行くつもりだったんだけどねィ。けど、凶悪な魔物がうじゃうじゃいるらしくて、断念してたんだィ」

 強力な魔物がうじゃうじゃ、か。
 そこならヅィルマも追ってこないだろう。今のところ、俺の気配探知にも引っかかってないので、そもそもいない可能性が高いしな。
 加えて、今ならクータもいる。戦力的にも申し分はない。一応、念のためと思って魔石をはめ込んだダガーも持ってきてるしな。

「わかった。いつ行くんだ?」
「出来るだけ早い方がいいんだけどねィ」
「じゃあ今からだな」
「は?」

 俺がしれっと言うと、アイシャが間抜けた声を出した。

「今なら戦力も揃ってる。さっさと行ってさっさと取りに行こう」
「え、いや、え? あんた本気かィ?」
「当然だ。早い方が良いんだろ?」
「そりゃそうだけど……ええィ、分かったよ。今から行こう。限界突破したいしね」

 アイシャはそう言った。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 上空。
 俺たちはクータの背中に乗って北へ向かっていた。ハンナはお留守番である。
 さすがに王都からドラゴンが現れると大騒ぎ間違いなしなので、王都から出てクータの変身魔法を解除し、高く飛び上がっている。雲さえ見下ろせる高度だ。

「はー……とんでもないヤツと思ってたけど、ドラゴンだったとはねィ。グラナダ、あんたこんな大物どうやって手に入れたんだ?」
「フィルニーアから譲り受けたんだよ」
「あの伝説の英雄からかィ!?」
「言ってなかったか? 俺はフィルニーアの弟子だよ」

 驚くアイシャに返すと、アイシャは愕然と口をぱくぱくさせた。

「な、なるほどねィ……それならあんたの強さにも納得ってもんだ。頼りにしてるよ」
「その魔物の群れの規模なんだけど、情報は確かなんだろうな?」
「ああ。変異型のキマイラが二体を中心として、後はゴブリン、コボルト、オーク、ブラックドッグ、オーガといった種類だねィ。数は凄まじくいるみたいだけど」

 厄介なのはキマイラか。恐らく魔物を統率している二匹だろう。普通であれば派遣を巡って諍いでも起こしていそうだが、そうでないということは、番か。
 その二匹さえ仕留めれば、後は有象無象だ。クータとポチに任せておけば大丈夫だろう。
 問題は砦の中だ。
 さすがにこの中の情報はないので、戦力を確かめながら探索することになる。願わくは、強い魔物がいないことだ。

「じゃあ行くぞ。クータ、高度を下げてくれ」
「ぐるぁっ!」

 俺の言葉に従い、クータは姿勢を斜めにしながら高度を下げていく。
 眼下はすでに森だらけで、その先に砦が見えた。
 俺は少し強めの《アクティブ・ソナー》を撃つ。返って来た反応はまさに無数で、俺はその中でも強い魔力を持つ反応を探す。――……見つけた。

「クータ、もう少し左だ」

 俺は魔力を高めながら指示を下す。

「ポチ、クータ。俺が全力で魔法をぶっぱなす。そこを起点にして暴れまわれ。無理はするなよ」
『主はこのような雑魚どもに、我らが屈すると思っているのか?』

 既に戦闘態勢モードになったポチが、威厳を露わに言う。その体躯は巨大な虎サイズになっていて、綺麗な毛並みが荒々しくなってプラズマを迸らせていた。

「ま、有り得ないわな。それじゃあ行くぞ。メイ、アイシャをしっかり捕まえててくれ」
「分かりました、ご主人様」
「え? ちょっとどういうことだィ?」

 アイシャの疑問を無視して、俺はクータの背中を蹴って飛び出した。
 ふわ、と、浮遊感と、強烈な風圧。俺はそれに負けないよう姿勢を維持しつつ、高めた魔力を解き放った。

「《真・神威》っ!!」

 放った雷が、空気を切り裂き、キマイラを中心とした魔物を一瞬で屠っていく。その衝撃波は落下スピードを殺し、俺をもう一度持ち上げる。
 バリバリと音を立てた破壊は一瞬にして木々さえも薙ぎ払い、一帯を焦土と化した。
 ディレイを起こす俺を、後ろからやってきたメイが掴んだ。

「風王剣っ!」

 そしてアイシャと俺を一時的に放り投げ、大剣を抜いて風を解き放つ。その風は纏うように俺たちを包み、軟着陸させた。
 僅かあってから、クータとポチが着地する。
 周囲には魔物が群れをなしているが、いきなりのことで唖然としている。チャンスは未だ。

 アイコンタクトは一瞬だけで良い。

 クータとポチの魔力が一気に高まる。

「るがあああああああああっ!」
「アォォォォ――――――――ンッ!」

 瞬間、雷とレーザーブレスが炸裂し、周囲を薙ぎ払う!
 凄まじい爆裂音が響く中、阿鼻叫喚がたちまちに巻き起こり、俺たちは紛れるように走り出した。

「《エアロ》っ!」
「風王剣っ!」

 俺が暴風を撒き散らして魔物どもを吹き飛ばして道を作り、割り込んでくる魔物はメイが次々と切り伏せていく。アイシャはただついてくるだけだ。

「はー……何かこう、無敵の馬車に乗ってる気分ね」

 それに答えてやる暇はない。
 俺は次々と魔法を解き放ちながら道を作り、砦へと向かう。
 砦と言えど、そこはちょっとした城クラスの大きさがある。王都が小さかった頃、ここを拠点としていたらしいが、今は使われなくなっている。
 破棄されて軽く一〇〇年は経っているはずだが、随分と堅牢なようで、ほとんど朽ちていない。今でも砦として活用できるだろう。

「ご主人様!」
「飛び越える!」

 メイの声に俺は即答した。
 砦の壁は高く、さらに目の前の門も閉じられて久しい様子だ。
 もちろん魔法でぶち抜くことは簡単だが、魔物が入って来たら面倒だ。
 俺はさっさと高速飛行魔法を唱え、メイとアイシャを連れて飛び上がって一〇メートル近い高さの塀を乗り越える。さすがに二人を抱えて継続飛行は出来ないが、これぐらいなら可能だ。

 俺は地面に軟着陸し、砦の正面入り口を睨んだ。

 その、刹那だ。
 朽ちかけた木製のドアがけたたましい音をたてて開き、その奥から蠢く闇の風を吐き出してくる!

「《エアロ》っ!」
「風王剣っ!」

 俺とメイはほとんど同時に牽制を撃つ。更に俺は《ベフィモナス》を発動させて土を隆起させ、簡易的な盾を生み出した。

「な、何だィ!?」

 ドン、と衝撃が盾を襲い、一瞬で無数の亀裂を走らせる。これは、持たないな!
 俺は即座に魔力を高める。

「《クラフト》!」

 俺の防御魔法が発動し、すかさずメイがアイシャ連れて俺の真後ろへ逃げ回った。
 言わなくても意図を察するこの辺り、さすがだな。
 内心で褒める間に土の盾が破壊し、勢いを大分削がれた闇の風が襲いかかる。

「この感じ……すごくイヤだねィ」

 アイシャの言葉に俺は同意して頷いた。
 この肌から感じる、なんとも穢されてしまうかのような感覚。俺はそれを知っている。魔族だ。
 まさか、こんなトコにいるとは。

 風が収まるのを待って、俺は即座に行動へ移す。

「《フレアアロー》っ!」

 放ったマグマ色の火矢は吸い込まれるように扉の奥へ入り、ボッ、と炸裂する。

『……! やってくれるっ!』

 奥から、腹の底を震わせるような声がやってくる。
 どうも怒っているようで、ソイツは姿を見せた。

「コイツは……」

 姿を見せたのは、一言で言えば朽ちた上半身だけの魔法使いだ。
 脊髄が見えていて、何とも生々しい。高貴な出身なのだろうか、その豪奢な服もボロボロで、その顔は闇色に染まっていて見えない。
 だが、それ以上に俺は背筋を凍らせられるものを見た。

 まさに上半身だけのアンデッドと言えるバケモノ、その服に纏うマント。

「ライフォード王家の、紋章……!?」

 覚醒的に記憶が蘇る。

「まさか、グリエイト・ライフォード!?」
『! さよう。我が名を知っているとは……キサマ、なにものだ?』

 思わず名前を口にすると、ソイツはあっさりと肯定した。
 おいおい、これ、どういうことだよ。

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