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第百二十九話

「アイシャとハンナさんって……確か、あの?」
「そうだ」
「どうしてまた? 占ってもらうんですか?」

 怪訝な様子で訊ねてくる。
 俺は頭を振ってから角を曲がる。夜道はさすがに人の往来が少ないので、俺たちはかなりの速度で移動していた。この速度にヅィルマがついてこれるかが分からないが――。
 いや、ついてくるだろう。
 アイツもSSR(エスエスレア)と呼ばれてるんだ。それぐらいはやってのけるだろう。

「いや、俺のハンドガンが完成するために必要なんだ。二人の、いや、親衛隊の力がな」
「親衛隊?」
「ああ。ゴーストだよ」

 そう言って、俺は足を止める。
 ベッドタウンの中でも特に入り組んだ道。それでいて不気味な魔力に満ちていて、すすんでは誰も近寄らないであろう一帯だ。
 そんなどこか紫色みたいな雰囲気の中、俺は歩を進めていく。

 暗いが、俺は見覚えのある建物で足を止めた。
 この辺りではポピュラーなアパートメントだ。俺はメイと視線を交わしてから建物の中に入る。

「アイシャ、ハンナ。いるか?」

 特徴的なドアの前で俺はノックして声をかけた。気配は感じているので、いるのは分かっている。
 しばらく待つと、ぎぃ、と遠慮がちに扉が開いた。

 ハンナだ。

 俺は手を挙げて会釈する。すると、ちらりとしか姿を見せていないハンナが扉を開ける。
 相変わらず白い肌に紫の髪。んでもって無表情だな。

「よっ」
「……! アイシャ、グラナダ、きた」

 ハンナはぱたぱたと家に戻りながら声を出し、アイシャを呼びつける。

「ふが、ぐがががふがふーがっ!」
「よし何言ってるかわかんねぇぞ、アイシャ」

 やってきたのは、なぜか猿轡かまされた上に全身を縛られたドレッドヘアの気の強そうな女――アイシャだ。なんだっけ、あの縛り方。たしか、亀……忘れた。
 というかとりあえず出鼻から危険な香りを出さないでほしい。メイが力の限り引いている。
 一応非難の視線は送るが、アイシャに気にする様子はない。

「がふっ、あがががふーふーっ!」
「とにかく、家に、入る」

 通訳するタイミングでハンナがいうので、俺は家の中へ入った。メイも後ろについてくる。かなり警戒しているようだが、護衛としての役割は果たそうとしていた。
 ちなみにクータはあくびしていて、ポチものんびりとついてきている。

 どうやらヅィツマはいなさそう、だな。

 警戒は解かないままリビングに入ると、例の連中がやってきた。

「える!」
「おー!」
「ぶい!」
「いー!」
「「「「あ、い、しゃ────────っ!」」」」

 そしてこのかけ声である。
 ご近所迷惑甚だしいが、実際、こいつらのこの雄叫びは室内にしか響かない。魔術的にそう結界を展開しているらしい。
 まぁそうじゃないとアパートから追い出されるわな。
 ここ、壁薄そうだし。前だって──……あれ、なんだっけ。何かあったような気がするが……思い出せないな。

「それで、なんの用事だぃ」

 とりあえず猿轡だけは解除されたアイシャは、縛られたまま器用に椅子へ座って言う。
 この変態っぷりに惑わされてはいけない。アイシャはまごうことなく変態なのだ。
 俺はテーブルを挟んで向かいあう形で椅子に座る。

「ああ、ちょっと相談があってな。占いとかじゃないんだ」
「占い師に占いじゃない相談って何だぃ? まさか記憶除去とかかい!?」
「なんでいきなり顔を青ざめて言うんだ。除去してほしい記憶なんてないっつーの」

 ジト目で睨みながら言うと、これ以上となく動揺していたアイシャはほっとしたようにため息を漏らした。
 なんなんだ、もう。

「じゃあ、どんな用事だぃ? はふはふエクスタシィタイムが短くなっちゃうのは勘弁なんだけど」
「グラナダ、好きなだけ、削る」
「ハンナっ!?」

 ハンナは無表情で、アイシャにとっては無情な発言をする。
 このやり取りはある意味で面白いが、これ以上はやってられないな。

「いや、実は、そのゴーストについてなんだけど」
「ゴースト? ああ、親衛隊のことかい」
「そいつら、俺でも操れるようになるか?」

 ストレートに聞くと、アイシャが怪訝になった。

「……不可能、ではないね。優れた魔力があれば良い。培養もこっちでやれば性格まで色々と決められるよ」
「幾らかかる? 依頼としてお願いしたい」

 真っ直ぐ見据えながら言うと、アイシャはますます怪訝になった。

「……何に必要なんだぃ? あんたのことだから悪用するとは思えないけどサ。万が一があったら困る。それに高いけど構わないの?」
「俺が俺を強化するのに必要なんだ。蓄えだったらある程度ある」
「ふむ。成る程ね。魔術的に防御が施されていた屋敷を滅茶苦茶に出来る強さがありながら、まだ求めるのかィ?」
「冒険者になるからな」

 俺は端的に返す。アイシャは俺を見透すように見てきてから、ふうと大きく息を吐いた。

「嘘じゃなさそうだねィ。良いよ、作ってやる。で、どんなのがお望みなんだ? いっとくけど、あんたの隣にいる子犬やコウモリみたいな強いのは無理だよ」
「こいつらが規格外なのは分かってるから大丈夫」

 何せ《神獣》とドラゴンである。そんなクラスのゴーストがそうぽんぽんと出来たらたまったもんじゃない。

「ならいいけどねィ。隠しているようだけど、さっきから変な力を感じてるからね。グラナダ、あんたホントーにちょっと見ないだけでとんでもない奴になってないか?」
「気のせいだ気のせい」

 俺は手を振りながら誤魔化した。
 自慢ではないが、色々と研究しているし、修行もしている。故に確実な強さを手にしている自信はあった。ハインリッヒからも鍛えてもらっているしな。

「まぁいいよ。それじゃあ地下においで」
「地下?」
「研究所があるんだよ。まぁ勝手に作ったんだけど」
「勝手にかい!」
「だから大家に言うんじゃないよ」

 俺のツッコミを受け流し、アイシャは悪怯れる様子もなく言ってのけた。この胆力、どこかフィルニーアに通じる所があるな。フィルニーアのが規格外だけど。
 なんてことを思いながら、俺はアイシャの後をついていく。さすがに縄はほどいているので、すぐに辿り着いた。
 まさかトイレの壁から隠し通路があるとは思わなかったけど。

「《ライト》」

 真っ暗闇の中、アイシャは光魔法を使って室内を照らした。
 いったいどうやったか知らないが、荒々しく掘削したのだろう、壁も床もガタガタだ。ただ、広さだけはあるので(それも歪なサイズだが)色々なものが置かれていた。
 その中でも特筆的なのが、俺でもゆったりと入れるくらいの大きさがある培養基だった。

「すげぇな、これは」

 触れると、ガラスで出来ている。もちろん、綺麗な面ではなく凹凸があるが、それでもこの世界ならかなり高価なはずだ。
 それだけでなく、培養基にはチューブのようなもので色んなものに繋がっている。どこかのマッドサイエンティストの研究所みたいな感じだ。

「ここでゴーストを生成するのか」
「正確に言うと、あの親衛隊はゴーストじゃないんだィ」

 培養基よりも更に奥へ向かい、何やら色々と取り出しているアイシャは言う。

「ゴーストは行き場のない魂や残留思念に高密度の魔力が付随してはじめて発生する。それは知ってるね?」
「もちろん」
「けど、こいつはちょっと違うんだィ。核となるのは持ち主の一部。そこに魔力と、この素材たちを投入して安定化させるんだよ」

 両手いっぱいにモノを抱えてアイシャは戻ってくる。
 って、なんだその薬草やら鉱石やらの数々は。どれもこれも高いものばかりだぞ。こんなのふんだんに使うとか、どんだけお金かかるんだ?
 密かに財布事情の心配をしていると、アイシャは容赦なくぼこぼこと培養基へ入れていく。そして聖水だろう、清められた水をだばだばと入れて満たした。

「後はエーテルとエリクサーをちょろ、と入れて、と。後はあんたの一部、体液があればいいね」
「体液?」
「そう。特にリビドーに満ちていて濃厚でドロっとしていて、アツいものなら最高だねィ」
「じゃあ血液だな」
「ホントーに面白くないね、こういう時は!」

 不満を露わにするアイシャを無視し、俺は指を齧って切り、血を滲みださせる。

「ちゃんと血液に魔力を籠めるんだよ」
「わかった」

 俺は椅子を使って培養基の上から血を垂らす。
 しっかりと魔力を籠めた血液を一滴落とすと、培養基の中の液体が僅かに光を放ち始めた。

「これで、大体一週間くらいだねィ」
「そんなにかかるのか?」
「魔力の安定化は簡単じゃないんだよ。それにアンタの要望を叶えるための操作もしないといけないしねィ」

 アイシャへは、自我が強くなく、俺の魔力を元に魔法を発動させることと、命令を理解できる程度の知能という条件を付けている。
 これは素早く弾丸を放つために必要な措置だ。

「それで、値段なんだけどねィ。二体で五三〇〇万するんだけど」

 ぴき、と、俺は硬直した。
 ご、ごごごご、ごせんさんびゃくまん?

「これでもかなり割引してるんだけどねィ。ほぼ原価だし」
「家が数軒建つんですがそれは」
「本来なら億単位で取るんだけどねィ。魔法を使えるとまでいったらもっと跳ね上がるんだよ?」

 法外まっしぐらだな。
 いや、しかし使っている材料を見れば納得でもある。
 支払いは分割が出来るのだろうか。今の全財産をかき集めても足りない金額である。何年ローンなら支払えるだろうか、ちょっと計算しないといけないな。
 そんな俺の考えを見抜いたのか、アイシャはため息をついた。

「まぁ仕方ないねィ。本来なら内臓売り払ってでも稼いでもらうんだけど、特別だィ」
「特別?」
「依頼だねィ。あたしの限界突破に必要なこと。それだったら、五三〇〇万の価値はある」

 その言葉は、俺に拒否権がないことを示していた。

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