第百三十二話
泥人形は核を攻撃すれば崩壊する。なんでわざわざ弱点を晒すのか。しかも自信満々に。
この情報漏洩っぷりはさすが王族ってところだろうか。
俺は辟易しつつも、容赦なく攻撃を仕掛ける。
核、ということは魔力が最も濃い場所だ。《アクティブ・ソナー》を使えば簡単に見つかる。
俺はすぐに調べ、そのまま攻撃に移る。
刃が閃き、一瞬で泥人形の核を切り裂く。すると、泥人形はあっさりと砂になって散った。
『な、なんだとぉ!?』
「いや、自ら弱点晒しといてなんだともないだろ。C級どころかE級の悪役か?」
『ふ、ふざけやがって!』
まともに動揺し、魔力を乱している間に俺は突進して間合いを詰める。
相手は驚いて動くが、俺の方が早い!
俺は刃を閃かせ、幾筋もの痕を残して切り刻んだ。
『っかはっ……!?』
「《フレアアロー》っ!」
俺が放った魔法は、バラバラになったグリエイトの胸を貫き、溶かす。
確実に絶命させたはずだが、グリエイトはすぐに再生を始める。
後何回復活するのだろうか。
『やってくれるっ!』
アストラル結晶の影響なのだろうか、一瞬で再生を終え、グリエイトはこちらへ腕を伸ばしてくる。まるでしわがれた魔女の手のようだ。
掴まれたら呪いの一つでも受けそうだ。俺はのけ反りつつ刃を操作し、その腕を斬り飛ばす。
『本当に厄介なものを!』
「厄介なのはお前の方だ」
俺は言い返しながら、飛びかかってくるグリエイトを八つ裂きにした。
『っがぁぁぁあぁあ!』
絶命の悲鳴が上がる。
飛び散る朽ちた肉片と骨、服。
だが、グリエイトはその場で再生する。魂は一つ消費させたはずだが、一向に気にする様子はない。それだけ大量の魂を保有してるってことか?
俺は最適な距離を取りつつ狙いをつけた。刃が閃き、またグリエイトを狙う。
『いつまでもやられると思うなっ!』
その宣言の通り、刹那にしてグリエイトは全身に泥を纏い、盾を作る!
ガキンッ、と鈍い音を立て、刃が受け止められた。
今のを防ぐか、硬いな。
とはいえ盾もタダでは済まない。亀裂を走らせ、あっさりと瓦解した。
破片が床に散っていく中、グリエイトはにやりと笑う。一撃を防いだくらいで、もう勝ったつもりか。
「《フレアアロー》」
そんなグリエイトに、俺は容赦なくマグマ色の火矢をぶつける。
じゅっ、と鈍い音を立ててグリエイトは蒸発した。
――なるほど。コイツ、戦闘に関しては本気で素人だ。
ぼこぼこと音を立てて再生していくグリエイトを見ながら、俺は分析していた。
あまりにも戦い方が稚拙だ。確実に中距離以上が己の戦闘レンジのはずなのに、間合いを詰められても平気で応戦していくる。そして、あっさりと負けすぎる。今だって俺が魔法を使えることを知っているはずなのに油断してたしな。
俺が苦戦をしていないのはそこが一番大きい理由だ。
同時に疑問が沸いてくる。
グリエイトの魂の残量だ。どれくらいあるか分からないが、まったく気にしていないのもまたおかしい。これだけ立て続けに殺されているのだから、少しくらい心配するか、もしくはまだまだ数はある! とか堂々と宣言して然るべしである。
それがないってことは、何かカラクリがあるな。
もちろんそれはアストラル結晶に関係することだろう。よし、ここはカマをかけてみるか。
「ったく、まだ再生するのかよ。後どれくらい倒したらお前、消滅するんだ?」
『はっはっはっは! この俺様をただの《死魂喰い》と思うな!』
「どういうことだ?」
『はっ! そんなこと教えてやるはずがないだろう! 秘密に決まっている!』
あ、ちょっと知恵ついた。
何故か胸を張って言うグリエイトを見ながら俺は小さくため息をついた。だが甘い。
「そのアストラル結晶が関わってるってのは分かってるんだけど?」
『ほう! 良く分かったな! 貴様、思ったよりも賢いじゃないか! そうだ、俺様はこのアストラル結晶から魔力を利用し、死んで消滅するはずの霊魂を復活させているのさ! だからいくら俺様が死んだとしても魂は消費されないってことだ!』
こいつ、チョロいな。男の、それも半魔族とも言える《死魂喰い》のチョロいとか誰得だよ。
とはいえ、これで情報は分かった。
後は色々と聞きだして始末するだけだ。なんでコイツがここにいるのか、色々と疑問だからな。
「へぇ、それは厄介だな」
『はっはっはっは! そうだろう! 幾ら貴様が奇妙な技を使おうとも、この俺様の前では無力! いずれ魔力は尽き果て、俺様に殺される!』
「かもな。けど、俺を倒したらハインリッヒが来るぜ? そうしたらどうなるかな?」
カマかけパート二だ。
コイツは確実にハインリッヒによって始末されているはずだ。
『ハインリッヒ……! そうだ、ハインリッヒ!』
予想通り、グリエイトは激烈な反応を示した。
「あんた、確かハインリッヒに始末されたはずだな?」
『そう、そうだ! 俺様は確かにアイツに殺された! あのクソ王が暗部を使って俺を殺した後に!』
「……どういうことだ?」
ワケが分からずに訊く。
『俺様はあの日、王都へ向けて進撃を開始しようとしていた。斥候も済ませ、王都の戦力も削ったからな。だが、そのタイミングでクソ王は暗部を使って俺を殺しに来た。不意打ちだったよ。それに俺は召喚士だったからな。あっさりと死んだ』
なるほど。
俺は思い出していた。俺が王都にやってきた魔物を大量に始末した後の謁見のことだ。ハインリッヒがグリエイトの存在のことを口にした時、王は驚いていた。理由はこれだったのか。
まぁ、あの時ハインリッヒは王の依頼ではなく《神託》によって動いていたってのもあるけど。
『けど俺様だって愚かじゃない。もし俺様が倒された時、自動的に召喚するように魔法陣を組んでいたのさ!
その発言から、グリエイトは召喚士としてはかなり優秀な術師であることが分かる。
まぁ、王から戦力として期待されていたようでもあるしな。少なくとも
『事実、俺は成功した! そしてその絶大な魔力で持ってキマイラを大量に召喚し、王都へ攻め入ろうとした。ハインリッヒがやってきたのは、その第一陣を派遣した後だった』
その第一陣を迎撃したのが俺たちってことか。
あれだけの数の魔物が第一陣ってことは、相当だな。もし第二陣、第三陣と攻められていたら、かなりマズい状況になっていたかもしれない。
それを救うために、ハインリッヒは単独で攻め入ったってことか。
グリエイトは忌々しそうに話を続ける。
『この俺様がせっかく用意した魔物も駆逐し、アイツは正面からやってきた。俺様は最大限抵抗したが、アイツは尋常じゃなかった。一瞬で容赦なく潰された』
まぁ、そうだろうな。
熟練した
『その上でアイツはこの俺様に聖別をくれやがった!』
聖別、というのは祈祷の一種だったはずだ。
穢れた魂を浄化し、昇天させるという高度な魔法だ。普通はかなり高位な聖職者が使えるかどうか、といった類だが、さすがはハインリッヒである。
『しかも二回だぞ、二回! 俺様が死んでも復活すると思ってたんだろうな! そうだよ、俺様は死んでも再召喚できるように幾つも術式を持っていたからな』
ハインリッヒも周到だったが、コイツはもっと周到だったってことか。
しかし腑に落ちないな。
ハインリッヒだったら、魂を浄化ではなく消滅させることも簡単だったはずだ。なんでそれをしなかったんだ? 何か理由があったのかもしれないが、これはハインリッヒの瑕疵だな。
『そして偶然にも、このアストラル結晶が生まれた! 魔族と出会って、契約も出来た。俺は天啓だと思ったね。コイツさえあれば、魔族になれば俺は無敵になれるんだから!』
そして魔物を新たに召喚し、戦力を蓄えてたってことか。
だとしたら随分なことだ。
また王都が攻められでもしたらことだからな。俺は密かにサインを送る。
「じゃあ、そのアストラル結晶から離したら、お前はただの《死魂喰い》ってことだな?」
『は? まぁそうだが、俺様がここから離れるはずが――』
「《エアロ》っ!」
「風王剣っ!」
発動させた暴風に、メイの風の刃が重なる!
それは猛烈な暴風となってグリエイトを襲い、一瞬で攫って外へ叩き出した。
俺は地面を蹴る。飛び出したグリエイトへ向かって高速飛行魔法を使って追いかけ、あっさりと追いつくとそのままさらに遠くへ蹴とばしていく。
『ぐはあぁっ!? き、貴様、こんなことをしてっ! 卑怯なっ!』
「俺からすれば何回も無条件で復活するお前の方が卑怯だ」
それに自分に有利なフィールド、間合いで戦うのは基本中の基本だ。
俺はグリエイトを地面に叩きつける。既にその場は戦場の跡で、クータかポチが散々に暴れまわった残骸が大量に転がっていた。
遠くでは戦闘の音が響いていて、まだ派手にやっているらしい。
『ば、バカな、どうして、こんな! せっかく揃えた戦力がっ……!?』
その惨状を見て、グリエイトが吼える。
「さて」
そんなグリエイトと対峙して、俺は《ヴォルフ・ヤクト》を向ける。
「最後だ。なんでそこまでして王都を攻撃しようとしたんだ?」
『決まっているだろう! 今のままでは俺は王位を継げないからだ。王族でありながら、王にはなれない。こんな悲しいことはないだろう? だから王都を牛耳ろうとしたまでさ!』
俺は下らない理由を聞いて、盛大にため息を吐いた。
「そんな下らない理由で、民衆が命を落とすかもしれない戦いを起こすとか、アホか」
『民草は草! しょせん踏まれるためにいるものよ!』
「下らねぇな。そんなんで攻撃されたらたまったもんじゃない。今日、ここで、お前は終わらせる!」
俺はそう宣言して、地面を蹴った。