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第百三十三話

 俺の動きに合わせてグリエイトが動くが、やはり鈍い。アストラル結晶から離れたせいか。
 ともあれ、俺は一瞬で間合いをつめ、刃を閃かせてズタズタに切り裂く。

『っがぁぁあああっ!?』

 激烈な悲鳴を上げ、グリエイトは絶命しながら地面を転がる。ややあってから、再生が始まった。
 まだ魂が残っているのか。
 アストラル結晶の傍にいた時よりも数倍の時間をかけ、グリエイトは再生する。この再生中に攻撃しても意味がないのが厄介なところでもある。

『っは、は、は!』

 再生を終えたグリエイトは、浮遊しながら俺から距離を取る。同時に、空中、地面を問わずに無数の魔法陣を展開した。これは――? 召喚!?
 魔法陣を読み取った直後、土気色の魔法陣が光を放ち、一気に魔物を生み出す。

『ぐるるるるるっ!』

 出現したのは、大量のブラックドッグだ。
 一斉に襲いかかってくるが、今の俺の敵ではないな。
 俺の意思に呼応し、刃が音を超えて一瞬で空間を駆け巡る。ぶしゅ、と、血が舞い上がり、ブラックドッグは一瞬で死体となって地面に転がった。

『んなぁっ!?』
「無駄だ。この程度の魔物、俺に触れることさえ出来ないぞ!」
『くっ! あっぎゃあああああっ!』

 刃が閃き、またグリエイトを倒す。だが、また再生が始まった。
 ちっ、これは本気で持久戦だな。俺は舌打ちをした、その時だった。

 空間がねじ曲がり、誰かがやってくる。言うまでもない。ハインリッヒだ。
 久しぶりに見る、鎧姿である。そして、その表情はいつになく険しい。

「グラナダくん。これ以上の攻撃はダメだ」
「出てきて早々不吉なことを言いますね。《神託》ですか」

 ハインリッヒは俺に背中を向けながら頷いた。まぁ、そうじゃないと出現なんてしないわな。

「彼は土の魔族と契約して《死魂喰い》になった。土の魔族はアンデッドと呪いに密接な関係があってね。だから彼も呪いに目覚める可能性が高い。そうなると、君に呪いが掛かる。君はまだ呪いを跳ね返す魔法は知らないだろう?」
「そうですけど」
「僕はそれを防ぐためにやってきたんだよ。僕なら呪いを受けずに済むから」

 そう言って、ハインリッヒは更に前に出る。グリエイトの再生が終わったのはその時だ。

『貴様は……ハインリッヒィィィィィッ!!』
「そう大声で叫ばなくても聞こえてるよ」

 言いながら、ハインリッヒは自分の周囲に七色の剣を出現させる。
 凄まじい魔力と威圧が放たれ、俺は息苦しさを覚えた。

「まさか、蘇ってくるとは思わなかったけど……仕方ない、こうなった以上、手加減はできないよ」
『貴様ァァァァアァアッ! よくも、よくもォォォォォォっ!』
「そこまで穢れた魂を浄化する力は僕にはないんだ。ごめんね」

 我を忘れ、グリエイトが飛びかかる。
 ハインリッヒは憐憫の声を出しながら、剣を抜いた。

 その刹那だ。

 七つの剣が閃き、一気にグリエイトへ突き立てる!
 剣の一本一本が強烈な光を放ち、凄まじい破壊だけをグリエイトへ送り込んでいく。それは衝撃波となって周囲に影響を与えた。
 なんて力だよっ……!

『あがっ、はがっ、ば、ばばばばば、ばかなっ!?』

 七色の光の剣に刺され、自ら光を放ちながら少しずつ散っていくグリエイトが叫ぶ。

「どうして《死魂喰い》が再生できるか……それは死の間際、体内に溜め込んだ魂に乗り移るからだ。つまり魂に巣食う病気みたいなものでね。それそのものを破壊すれば、何回も殺さないで、一回で済むんだ」
『な、がっ……!』
「だから、僕は今君そのものへ直接攻撃した」
『そんな、芸当がっ……!』
「僕だから出来るんだよ」

 静かに言い、ハインリッヒは手を掲げる。

「滅びろ」

 ぐっと手を握った。
 光が奔流となって周囲に流れ、グリエイトの魔力が散っていく。俺は眩しくて目を閉じた。

「終わったよ」

 ゆっくりと目を開けると、そこにはハインリッヒと、どろどろと蠢く黒い、人間サイズの泥のようなものがあった。
 今にもハインリッヒを殺そうという勢いで泥は迫っていて、ハインリッヒはそれを片手から防御魔法を展開して防いでいる様子だ。これが、呪いか。
 良くない魔力を感知しつつ、俺は泥をじっと睨んだ。

「それが、呪いですか」
「うん。強力な怨念の呪い。土の魔族に汚染されると、死の間際に発動させることがあるんだ。色々と条件があるし、そもそも土の魔族はほとんど活動してないしね」
「そうなんですか」
「対魔族学は二年生からだから、知らなくて当然だよ」

 ハインリッヒは苦笑しながら言った。

「この呪いは宿主を殺す。たぶん、僕でも受けてしまったら解呪は難しいと思う。殺されるが早いか、解呪が早いか……ともあれ、グラナダくんが受けなくて良かった」
「それはどうも。助けてもらったってことですね」
「そんな大袈裟なものじゃないけどね」

 言いつつ、ハインリッヒはその呪いに七つの剣を突き立て、消滅させていく。

「とはいえ……惜しい人を亡くした」
「グリエイトが?」
「まぁ、信じられないかもしれないけど、グリエイトさんは元々聡明な召喚士だったんだ。王族としての政務もこなしつつ、前線に立つような、オールマイティな人だったんだよ」

 俄には信じられない情報だなおい。

「ちょっと抜けてる部分もあったけど、でも気さくな人だった。でも、土の魔族によって精神を汚染され、ああなってしまったん
だ」
「そうなんですか?」
「土の魔族はそういう搦め手が得意だからね。内部から崩壊させようとしてくるんだ。日頃から警戒してたはずだけど、運悪くグリエイトさんはやられたんだろうね」

 それで離反、か。
 なるほど、それだけの人物だったんなら、裏切ったと分かれば相当な衝撃となる。だから王も内密に動いていたのか。

「だからせめて魂を浄化させて、と思ったんだけど……相手の執念の方が勝ったみたいだね」
「相当恨んでましたね」
「僕の失態かな。聖別を二回施しておけば大丈夫と思ってたんだけど」
「《神託》で見えなかったんですか?」
「わからなかった。僕が見えたのは昇天していくグリエイトさんだったから」

 ハインリッヒの表情は暗い。
 決して《神託》が外れたわけではないが、思う部分はあるのだろう。俺も正直に意外だった。結果的に《神託》によって選んだ未来が違ったのだから。

「ともあれ、迷惑かけたね、ごめん」
「いえ。俺は結果的にラッキーだったんで、大丈夫です」

 俺はちらりと砦の方を見る。
 今ごろアイシャはアストラル結晶を使って限界突破していることだろう。これで大金を支払うことなくゴーストを手に入れることが出来る。

「今回のことは調査しておくよ。あのグリエイトさんが倒されるってことは、少なからず高位の魔族が動いているはずだからね」

 俺はちらつく魔族の影に、少し不穏なものを感じていた。
 火の魔神、エキドナを消滅寸前まで追い込んでから、魔族の活動は激減した。それは目に見える形でも現れていて、王都も活気が増している。
 だが、現実として土の魔族、風の魔族、水の魔族には頂点とする魔神がいて、活動しようとすればいつでも可能なはずだ。
 単純になりをひそめているだけだ。

「そこら辺は任せます。じゃあ俺は砦に戻るんで」
「送るよ。ついでだし」

 言いながらハインリッヒは俺の肩を掴み、有無を言わさずに時空間転移した。ってこっちの心の準備くらいさせて!?
 抗議はしかし声にならず、一瞬の間に俺は砦の三階に移動した。

「ご主人様! それと……ハインリッヒさん」

 メイは俺を見付けて笑顔になり、ハインリッヒを見付けて敵意を露にする。実に分かりやすい。さすがのハインリッヒもばつが悪いのか、苦笑しか出来ないようだ。
 後でメイには報告しておかないとな。またハインリッヒが強引に何かしたのかと疑ってそうだし。
 思いながら俺はアイシャへ視線を移す。

「おかえり。ちゃんと限界突破出来たよ」
「それは良かった」
「コイツは本当に凄いねィ。一気に強くなれたよ」

 身体から溢れる魔力からして良く分かる。
 限界突破はそれだけ恩恵をもたらすものだ。

「あたしはもう満足したけど、コイツをどうするのかねィ。ハインリッヒ。あんた何か良いアイデアないか?」

 アイシャは顎をしゃくらせながら言う。
 どうやらハインリッヒはアイシャと知り合いのようだ。ちょっと意外だが、そこまで驚くことでもない。

「そうだね、アストラル結晶はなるべく処理しておきたいところだけど。魔族がやってきたら厄介だ」

 アストラル結晶は膨大な魔力の塊だ。魔族が欲しがるのも理解できる。何せ魔石を上回る魔力を内包しているからな。
 ハインリッヒは少しだけ考えてから、俺を見てきた。

「グラナダくん、これを素材にして武器を作ったらどうかな」
「武器を?」

 俺が訝ると、ハインリッヒは頷いた。

「君と、メイちゃんの武器だよ。これだけあれば、立派なものが作れると思うけどね」

 それは確かに名案だった。
 俺もそうだが、メイにも新しい武器が必要になる。メイに今渡しているものはフィルニーアの倉庫にあった業物だ。強度は大したものだが、魔法剣でありながら、魔力の乗りはイマイチだ。
 そこをカバー出来るなら、戦力は大幅にアップである。

 それに、もうすぐメイの誕生日だしな。

「……わかった。じゃあメイ、お前からだな」
「え、よろしいんですか?」
「当たり前だ。それにもうすぐ誕生日だし、プレゼントってことで」
「ぷ、プレゼントっ……!」

 ほろり、と、メイがいきなり涙を溢した。って、ええええ!?

「め、めめめめめめめめい?」
「嬉しいですっ……メイは、メイは……っ!」

 それからメイはひとしきり泣いて、俺は必死に泣き止んでもらおうと四苦八苦することになった。

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