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第百十二話その2

「よし落ち着けセリナ。いきなり殺人とか厄介な言葉使うとかどういうことだ? 説明してくれ」

 俺はセリナの背中をさすりながら言う。セリナはさめざめと泣いていて、アリアスが慌ててハンカチを持って顔を優しくぬぐってやっていた。一応水に流れにくい化粧なので、そう簡単には崩れないだろうが、大きいイベントの前である。
 とはいえ、こんな状態ではそのイベント――パレードに参加できるかどうか怪しいところだ。

「はい、実は、求婚されてしまいましてぇ」
「えっ、本当なの? こんなタイミングで?」

 アリアスが口元を押さえながら驚く。
 確かに異例といえば異例だな。こんなパレードを前にして、しかも王城の中で求婚してくるなんて。
 この辺りは王城の中でも高位の人間しか入れないエリアだ。従って、相手も相応な身分を持つ貴族ということになる。

「はい。それもあのグレゴリウスに」
「「うげっ」」

 セリナが言った瞬間、アリアスとフィリオが揃って顔をひきつらせた。ハインリッヒも驚いていた。 
 同じ貴族でも、地方の有力者貴族であるエッジとアマンダは分からずに首を傾げるばかりで、俺に至っては完全にちんぷんかんぷんだ。
 分からないで説明を求める視線をフィリオに送ると、フィリオは沈痛な表情を浮かべた。

「グレゴリウスっていうのは、三大貴族の一つ、アーヴァニア家の人なんだけど……その、情熱的というか……」
「変態なのよ、平たく言うと」

 言いにくそうにするフィリオに代わって、アリアスが能面のような無表情で言った。
 その氷のような口調に俺はなんとなく察しがついた。

「すっごい好色家でね。それこそ男女構わず手を出そうとしてくるのよ」
「だ、男女、構わず……?」

 俺は思わず迷わず顔をひきつらせた。
 ちょっとまて、どういうことだそれ。いや、まんまか。まんまだな、どう考えても。

 俺は動揺を示しつつもセリナの頭を撫でてやる。

「困ったことに、好色家なところ以外は完璧超人なのよね。アーヴァニア家でも重鎮なポストにいるはずだけど……そうでしたよね、兄様」
「うん、そうだね。その好色家がなければ、三男でありながら当主の座につけたであろう逸材だね」

 なんだそのハイスペックは。
 っていうか、それ完璧超人じゃないしそもそもアリアスはどこでそんな言葉を知った!

「今日はパレードだから登城してきたんだね。確かにセリナちゃんは綺麗だし、今はドレスアップしているから余計なんだと思うよ」
「うう、求婚されるならグラナダ様が良いですねぇ……」
「いや待て、そもそもセリナは王族だろ? それなのにいきなり求婚とか、不敬に当たるんじゃねぇの?」
「立場的には王族だけど、スフィリトリアの領主の姫になるわ。大貴族の姫ではあるけれど、向こうも王族と血縁なのよ。だから格としてはアーヴァニアの方が上ね。求婚しても違和感はない……と思う」

 セリナの願望は無視して問うと、アリアスが難しい顔で答える。
 ハインリッヒが否定してこない辺り、あながちハズレでもないのだろう。まぁ三大貴族なら王族との血縁関係も強いのは納得だし、不思議はないと思っていいのか。

 くそ、だとしたら、王の特権で弾くってことは出来ないのか。

 それが一番後腐れのない良いアイデアだったんだが……。
 俺は何度も頭を撫でてやるが、セリナは泣き止む様子がない。セリナは普段の言動こそ痴女そのものだが、その実良く考えているし、王族の姫だけあってそういう事情には詳しい。つまるところ、自分では断るのが難しいと知っているのだ。

「……セリナがここまで嫌がるってことは、相当なヤツなのか?」
「確か五〇近くて、全身油まみれって感じのオッサンだったわね」
「おいアリアス。さっき好色なとこ以外は完璧超人とか言ってなかったか?」
「……容姿含んでなかったわ、ごめん」

 睨みつけるように言うと、アリアスは素直に謝った。

「まぁ、今でも確か四〇人くらいと結婚してるはずだったね」
「多いな!?」
「子供は一〇〇人超えてたはずだけど」
「さらに多いですね!?」
「いやぁぁぁ、孕まされるぅ……」
「しれっととんでもないこと言うなセリナ」

 さすがにツッコミを入れつつ、俺は驚愕を続ける。
 この世界は一夫多妻制で、有力貴族ともなれば妻の数は一種のステータスだとフィルニーアから聞いたことがある。だが、本妻以外と子をたくさん為すことは珍しいとも言っていたな。後継ぎ問題のこともあるからだ。
 本妻で三人、それ以外の妾はせいぜい一人。それが常識的とされるラインらしい。

 しかし、このグレゴリウスってオッサンはそれをぶっちぎってるようだ。

「待遇の方は、まぁ、あまり良い噂は聞かないわねー……」
「マジか」
「確か、ウチも一人叔母が嫁いでいったけど、二年で確か亡くなられたな……死因は確か、腹上死」
「それってフツー男に使う言葉じゃね?」

 フィリオが沈痛な表情で、そして言いにくそうに死因を口にした刹那に俺はツッコミを叩き入れた。

「一応女性でも当てはめるね」
「そういう指摘いらないです!」

 ハインリッヒにもツッコミつつ、俺は考え込む。
 アリアスとフィリオの話を総合すれば、待遇は絶対に良いとは言えない。正直に言って、女を道具としか思っていないのだろう。そんなのクソくらえだな。
 しかし、やんわりと断るのも難しい状況でもあるのか。だからこそセリナは逃げ出してきて、ハインリッヒがこっそりと助けて連れて来たに違いない。
 そして、思い余ってセリナはブチギレてグレゴリウスを……有り得る。すっげぇ有り得る。

 セリナはSSR(エスエスレア)の《ビーストマスター》だ。今やテイムしている魔物のラインナップはかなりのもので、正直言うとクラスでも最強を名乗れる領域にある。
 そんなセリナが暴れればどうなるか、火を見るよりも明らかだ。

 そうなるとセリナも罪に問われることになるだろう。
 下手しなくてもスフィリトリアにも影響があるはずだ。いや、それを抜きにしても、そもそもセリナの個人的な感情が最優先だ。

「セリナ」
「……うぅ、はい……」
「そのグレゴリウスってヤツのとこに行くのは、もちろん嫌なんだな?」
「……はい」
「分かった」

 俺はぎゅっと、安心させるためにセリナを抱きしめた。

「なんとかしてやる。悪いけど、みんなも協力して欲しい。もちろん立場が危うくなるとか、そういうのになったら手を引いてもらって構わない」

 俺がそう言いながら周囲を見渡すと、何故か全員が笑った。

「そりゃ、協力はさせてもらうよ、グラナダくん」

 口火を切ったのはハインリッヒだった。

「ここにいるみんなは、もう君のことを信頼してるからね。それぐらいは惜しまないさ。ねぇ、アリアス?」
「ふぇええっ!? え、そ、そそそ、そうね。ま、まぁ、協力の少しくらいはしてあげても良いかなって思わなくもないわね。あ、でも勘違いしないでよね。信頼とかそんなんじゃなくて、そ、そう! お返しよお返し。恩返しってやつね!」

 何故か顔を赤くしながら言うアリアス。
 まぁそう言ってくれるなら嬉しい限りだ。とにかく協力が取り付けられるんだからな。

「俺に関しても協力は惜しまない。何せ、あんな傲慢でダメだった俺を助けてくれたんだからな。恩義は返して当然だ」

 フィリオが自分の胸に手を当てながら言う。

「ま、俺とアマンダは言うまでもないだろ」
「そう言う事だな。願わくば友として協力したいとこだけど」
「何言ってんだ。お前らはもう仲間だろ」

 苦笑する二人に言うと、何故か二人とも顔を赤くさせた。ってやめてもらえませんか背筋凍ります。

「まぁ、そういうわけだから、何とか出来るように頑張ってみる。だからセリナ、もう泣くな」
「ああ、グラナダ様ァァァっ!」
「おおっ!?」
「嬉しい、うれしいですねぇ、こんなこと言ってもらえるなんて、セリナは愛されています!」

 あ、ああ、ああああ愛だぁ!?
 ちょっとまてこれはアレか勘違い地雷を盛大に踏み抜いたか!?

「グラナダ様、今からここで夜伽を……はうっ!」

 思いっきり発情した顔になったセリナの後頭部に俺は手刀を入れて卒倒させる。
 あーヤバい。みんながいるんだぞコイツは。
 俺は気を失ったセリナを控室にあったソファに寝かせる。

「い、今のはいったい……」
「気にするな。そんなことよりも、今後のことをどうするか、だ」
「パレードが近いからね。対策は参列しながら考えようか。笑顔を振りまきながらこっそりと話し合う。僕等の距離はかなり近いからね」

 しれっと難易度の高いことを提案するハインリッヒ。
 いや、俺、営業スマイル作るのが精いっぱいなんですが?

「グレゴリウスは手が早いし、手回しも早い。手を打つならこっちも早くしないといけないよ」

 そんな俺の心中を見抜いたかのようにハインリッヒは言う。
 そしてこれは同時に拒否権の許さない言葉でもあった。

 これは、仕方ない、か。
 助けるって言ったんだ。覚悟決めないとな。

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