第百十二話
それから一週間後のことだ。
色々と目まぐるしい日々だったが、ようやく生活も回るようになってきた。主な障害はやっぱりパレードへの招待やらそれ関連だったけどな!
メイとポチを連れてようやく家に帰って、一息どころか半息くらいしかついていないのに、王城から使者がやってきたのである。ほとんど拉致同然に俺たちは城へ連れていかれ、そこでセリナたちと合流。集団で謁見することになった。
そこで王から形式ばった労いを受け、功績に報いるために報奨金が出るということと、パレードへ参列するように、というお達しだった。打診ではなく命令だったのは、王の威信を見せつけるため、らしい。
実際は俺が拒否することを公式に封じるためだったと思うけど。セリナもそう言ってたし。
そういうわけで、俺は翌日、早速パレード用の衣装をしつらえるために王都の中心街へ出向き、バカみたいな金を払って服を作ることとなったのである。
入学式の時にも正装は作っていたので、一応、催事大臣に(そんな役職あるとは思わなかったけど、謁見の時にいた)打診してみたら、地味だと一蹴されてしまった。
そういう流れで、俺は真っ赤っかな正装を手に入れた。マントまで赤いし。ワンポイントとかで入ってるの全部金だし。なんだこの肩にあるヒレヒレ。金繊維とか意味わかんねぇ。
成金趣味としか言いようのない貴族礼服が出来上がったわけで、俺は当然超嫌な顔をするわけで。
そうしたらそれが気に入らないと言われて笑顔教室なんてものに連れていかれた。
ええ、もう、みっちりと営業スマイルを手にしましたよ。
グラナダはスキル《営業スマイル》を手に入れた!
ってテロップが流れそうな勢いだコノヤロウ。
とはいえ、営業スマイルは地味に色々と役立ちそうな気がするので、悪いことではないと思う。
ちなみに付き人であるメイもドレスを、ポチも礼服を作ったが、それはまた別の話だ。
その流れで学園生活は再開した。
クラスメイトからは帰ってくるのが遅かったので心配された。
だが、もっとも耳目を集めたのは、フィリオの変貌っぷりである。
「みんな、今まで傲慢でごめんな」
フィリオのその謝罪はクラスに恐慌さえもたらした。
中には夢だと卒倒するヤツもいたり、天変地異の前触れだと祈りを捧げるヤツもいたり。分からないでもないが、あー、うん、分からないでもない。
エッジの時も実はちょっとした騒ぎにはなったが、基本的な態度は変わらなかったので、あくまでもちょっとした、程度だった。アマンダの時は(省略)。
まぁ、それでちょっぴり傷ついた様子のフィリオをそれとなく慰めたら感涙された。
「お前は、こんな僕のためにまた情けをかけてくれるのか……」
などと言いつつ、何故か顔を赤くしながら熱視線を浴びるようになった。寒気がした。そして何故か阿〇さんが脳裏に浮かんだ。
これはアレか、貞操の危機か。おいどういうことだ、久しく忘れてたのにこんな身近なヤツからそんな事象が発生するのかよ。
などと思いながら、俺は習得したばかりの営業スマイルで逃げた。
すっかり気持ち悪く……更生したフィリオ騒動がほんの少しだけ落ち着いた頃、そのパレードの日はやってきた。
まだ霧も収まらない朝から御者が迎えに来て、俺たちは王城へと出向いた。そこで朝食を済ませ、色々な最終確認をした上で着替えを済ませ、メイクまで施された。
男でもメイクするのかよ、と思ったが、貴族ではフツーのことらしい。
毒とか成分入ってないよな? と一瞬イヤな予感が駆け巡ったが、全部自然由来のものだった。
この異世界の化粧事情は結構進んでいるようだった。
他にも色々と準備を済ませ、俺たちは控え室に案内された。セリナとアリアスはまだ着付けの途中でいない。
「さて、そろそろだな」
懐中時計を確認して、フィリオはどこか緊張している様子で言った。っていうかさっきからソワソワしすぎだろ。
「何を緊張してるんだ?」
そんなフィリオに声をかけたのはアマンダだった。こっちは全然余裕の態度である。というか慣れている感じだな。確か、アマンダも貴族としての地位は高い方だったな。だから、パレードに参列するってことは初めてでも、意外とこういう空気に慣れているのだろう。
まぁ、それを言ったらフィリオもそのはずなんだが。
ちなみに俺は緊張していない。ただひたすらメンドクサイだけである。
「あ、ああ、緊張、というか、その」
「気に病んでるのか?」
フィリオの懸念しているらしいことを、アマンダは一撃で射貫いた。
それで俺も合点がいった。
「ああ。俺なんかが、パレードに参列しても良いのか、って……。復興だって保障だって、まだまだこれからだって言うのに……それに、学園に戻ったのだって、少しまだ引っかかってるんだ」
「十分やってると思うけどな」
「俺もそう思うぜ」
同調したのは、控室の机に脚を乗せてのんびりしているエッジだった。相変わらず態度というか、そういう部分だけは不良である。まぁ、注意するつもりもないけど。
「けど、俺は戦ったけど、エキドナに手も足も出なかった……」
「それは担当したエキドナが強かっただけだろ? そこらへんはちゃんとハインリッヒさんからも聞いてるし、気に病む要素じゃないだろ? むしろハインリッヒさんが駆け付けるまでしっかりと持ってたってことの方が凄いと思うけど」
「そうそう。俺らだったら持ってたかどうかかなり怪しいトコだったぜ」
「割と失礼だぞそれ。まぁ事実だけどさ」
微妙に心外そうな表情を浮かべながらアマンダは自分たちに手厳しいフォローを入れるエッジを見た。
「まぁ、なんだ。お前はクラスでも間違いなくトップクラスなんだから、そう落ち込むなってことだ。じゃないとハインリッヒさんになんて追いつけねぇぞ」
「あ、ああ、そうだな。そうだったな……うん、頑張るよ。後継者って名に恥じないように」
エッジの励ましに、フィリオは少しだけ表情を取り戻した。
しかしまぁ、見事なまでに卑屈な感じになったな、フィリオは。元々がそうなのかもしれないけど。
「そうよ。兄様の後継者を名乗りたいんだったら、もっともっともっと強くなるべきね」
言いながら控室に入ってきたのは、深紅のドレスに身を包んだアリアスだった。
全身フリル塗れと言っても過言ではないその姿は、バラをイメージしたものらしい。ポニーテールの髪の毛も、しっかりと盛られている。ティアラも深紅だ。
ちなみにフィリオは真っ白なタキシードで、アリアスと隣同士で参列することから、この色合いになったらしい。
「それに、この私と歩くんだから、シャンとしてもらわないと困るんだけど」
「あ、ああ、そうだね、ゴメン」
「すーぐ謝るんだから……」
どうやらアリアスは卑屈モードのフィリオに不満があるらしい。かといって傲慢だった頃のフィリオには嫌悪しているので、微妙なところなのだろう。
アリアスは盛大なため息をついてから、ふと周囲を見渡した。
「あれ、まだセリナ戻ってきてないの?」
「一緒じゃなかったのか?」
「うん。別々の部屋だったから」
うーむ。ちょっと嫌な予感がするな。
ここは王城だから、物騒なことではないと思うのだが。もしかしたらドレスのサイズが合わないとか、そんなところか? いや、さすがにそれはないはず。となると、何があったんだろうか。
一応俺はこっそりと《アクティブ・ソナー》を撃つ。
セリナの反応を探していると、何やら周囲をけたたましく動く大きい魔力があった。
たぶん、セリナだな。何を急いで動いているんだ?
と不審になったタイミングで、いきなり目の前に膨大な魔力が生まれた。
なんだ、と思う間に空間が歪み、ハインリッヒが姿を見せる。そこには浅緑のマーメイドドレスに身を包んだセリナもいた。
「セリナ、遅かったじゃない」
アリアスが声をかけると、セリナはその場に座り込んでしまった。
その様子に全員がぎょっと驚愕した。ハインリッヒもすっかり困った表情である。
「どうしたんだ、セリナ。何があった」
声をかけるが、セリナは放心した様子だった。ぽかんと口を開けて、目は焦点があっていない。
俺は即座にハインリッヒへ視線を送る。何か知っているはずだ。
「いや、偶然僕も助けただけなんだ。事情は良く分からないけど、とりあえず追われてた。で、いきなり転移したから、ちょっとショック受けてるだけ」
「追われてた?」
俺がおうむ返しに言葉を繰り返すと、セリナがびくっと肩を震わせて我に返った。
そしてセリナが俺を見つけると、いきなり泣きながら抱き付いてきた。
「セリナ!?」
「グラナダ様、どうか、どうか助けてくださいまし。このままだとですねぇ、私、殺人をおかさなければならないかもしれません……」
そんな物騒極まりない発言に、俺は思わず顔をひきつらせた。