第百十一話
学園武闘祭。
もう単語を聞くだけでどんなものかイメージ出来る。絶対に出来る。大方学園で最強を決めるとかそういったイベントに違いない。なんだもう。血気盛ん過ぎるだろ。どこの少年漫画だ。
まぁ、冒険者を養成する学校なのだから、そういうイベントがあっても不思議はない、か。
俺はため息をつきそうになる。
ぜーったいにメンドーなことになる。出場資格とか、どういう形式になるかによって異なるだろうけど。とはいえ、トーナメントにしろバトルロワイヤルにしろ、俺は特進科なのだからそこそこの成績を残してそこそこで敗退する必要があるのだろう。
でも、誰に敗北すればいいんだ……?
可能性があるとしたらアリアスくらいか? 確か、ハインリッヒが上手く誤魔化してくれたらしいし。でも後のメンツは絶対に無理だな。いや、まぁお願いすれば協力してくれるだろう。
俺としては、やっぱりそこそこの成績で冒険者になって、そこそこの功績を上げて、その褒章で正々堂々と田舎村を譲りうけるつもりなのだ。
そして待ち受ける隠遁生活! ここに俺の理想がある。
「ああ、学園の祭りの一つですね。それがどうかしましたか?」
「うむ。実は、学園側から要望が来ていてな。かつてのOBたちを集めて何か出来ないだろうか、と」
「OBたちを、ですか?」
訝るハインリッヒに、王は頷く。
「今年は学園が創立されて一〇〇周年でな。それで、大々的にイベントをしたいらしい。学園長から毎日、というか数時間おきに嘆願の手紙を送ってきおる。それでほとほと困っておるのだ……」
本気で困っている様子だ。
っていうか何してんだあの学園長は。嫌がらせにも程があるだろ。というかそれこそ不敬罪じゃね? いや、でもだからこそ嘆願の手紙にしているのか。内容そのものはおそらくバカ丁寧に書かれているだろうし。それにそもそも学園の要望を無下にすることも難しいのだろう。
何せ、学園は冒険者という貴重な戦力を輩出する場所なのだから。
うーむ。立場まで利用してくるとは、うん。無茶苦茶だ。
違う意味で感心していると、王はことさらに大きなため息をついた。
「そこで、今まで功績の遺したOBたちに声をかけておるのだ」
「その一人として、僕にお誘いを?」
「うむ。お前なら目玉になるからな」
「そうですね。確かに僕が来るとなれば、大きな宣伝にはなるでしょうね。あの学園長のことです、きっと僕は絶対に誘うように書いているのでは?」
ハインリッヒの言葉に、王は疲れ切った表情で頷いた。
ああ、さもありなん。
「良いですよ。これから魔族の動きが鎮静化していくのであれば、僕も暇が出来るはずですし」
ハインリッヒはあっさりと快諾した。
「そうか。良かった……これで王城にいきなりナメクジが大量発生する呪いもかけられずに済む」
地味に嫌な呪いだなそれっ!?
危うくティーを噴き出すところだった。そんなバカらしいことも嘆願の手紙に書いてあったのか?
「それって、ある意味脅迫になるのでは……?」
「学園長とは長い付き合いでな。私にしか分からないような暗号でそう書かれておった。他にも朝ごはんが何故か失敗して出てこない呪いや、ドアの角に足の小指を強かぶつける確率が高くなる呪いなどといったものもあった」
「本気でみみっちいですね」
「私もそう思うが……かけられると地味にイヤなのだ」
かけられたことあるんかい。
変なところでお気楽だな、この王国は。
思いながらもそっと胸にしまいこみ、俺は代わりにため息をつく。
「とにかく、許可が出て良かった。私としても一安心だ。よし、それではそろそろ失礼するとしよう。これから街を視察しにいくのだ」
為政者としての役目、というものか。
そういえば現世でもこういう災害みたいなのが起きたら視察に来てたな。しっかり気にしてるぞアピールってやつだ。もっとも、しっかりした為政者ならそこで民の声を聴いて動くんだろうけど。
この王様はどうだろうな?
「民からも意見を細かく聞いておきたいからな。なるべく時間を取りたいのだ」
しっかりした為政者ではあるらしい。
まぁ国のためならバカになるからな。別に不思議はないか。
「分かりました。それでは、また後で」
「うむ。おお、そうだ、グラナダ殿」
「はい?」
「今回も大活躍だったみたいだな。あのエキドナと単騎決戦で勝ったんだって? 私の願いとしてはこのまま大物の冒険者になって欲しいところだが? 君ならハインリッヒの後継者になれるだろうに」
「お断りします」
俺はキッパリと言い切る。ここで曖昧な返事をしたら、どう付け込まれるかわかったもんじゃない。
「俺の目的は田舎村の復興です。それ以上は望みません」
無駄に痛いだけの戦いなんてぶっちゃけゴメンだしな。
もちろん、田舎村に被害が出るってなったら話は別だけど。その時は全力で抵抗させてもらう。
「それに、ハインリッヒさんの後継者ならフィリオやアリアスがいるでしょうに。セリナやエッジ、アマンダもいる。今年は特に粒ぞろいのはずですし」
「うむ。彼らが冒険者になれば、相当な戦力になるだろうし、世界へ羽ばたいていく人材だと思っている」
王は頷きながらも、まだあきらめきれない様子だった。
いや、無理だからね?
「まぁ良い。それでは、また」
王はそれだけ言い残すと、テントを後にした。
残ったのは俺と、ハインリッヒ。そして気絶させたセリナ。俺は小さくため息をついた。
「さて、ご飯食べないとね。まだ温かいし」
気分を切り替えるようにハインリッヒは食事を再開した。
「そういえば、その武闘祭ってなんですか? 字面からして腕試しっぽいんですけど」
「ああ、ただの学園祭だよ? 戦うとかそういうのは無いけど」
「そうなんですかっ!?」
「うん。昔はそういうこともやってたみたいだけど、今は学園祭。出店とか、催しものとかしてる。父兄だけじゃなくて、一般の人にもオープンになってるんだ」
スープの具を食べながらハインリッヒは説明してくれた。
つまりあれか。昔はそういうノリだったけど今は違うってヤツで、その名前だけが名残として残ったってことかよ。
まったく、人騒がせだな。
「まぁ演物としてデモンストレーションはするかもね。少なからず他国のエージェントたちもやってくるから」
うわキナ臭いこと聞いた。
「それって、王国の戦力調査のためってやつですか」
「そうだね。いつもは学園になんて入ることは出来ないから、ここぞとばかりにやってくるよ」
もちろんそれは王国も把握しているはずだ。
ってことは、この学園祭、国の威信を放つためでもあるか。
「もちろんそこで勧誘活動したら追い出されるし、そういうことが起きないよう、うちのエージェントたちも見張りにやってくるんだよ。実際はかなりピリピリしたイベントなんだよねぇ」
「……黒いっすね」
「大人の事情ってやつだよ。子供には子供の事情があって、僕や君にも事情がある。それと同じことだよ」
すでに達観しているらしいハインリッヒはさらりと割り切りの言葉を口にした。
「この国を守るため、というのもまた、心が腐るんだろうね」
「それ聞いたら、ますます俺は貴族とかになりたくなくなりましたね。見栄としがらみだけじゃないですか」
「……一応、貴族になるつもりだよね?」
「田舎村を復興するため、にですけどね」
もちろん田舎貴族に徹するつもりだが。
正当な理由で正当な功績で土地さえ譲り受ければ、よほど上等な土地でない限り、変なやっかみを受けることはないだろうからな。
「それなら良かった。政治って簡単じゃないし、それで心が腐ったのかと思った」
「その心が腐ることが嫌だから、今頑張ってるんですよ」
「あ、そうだったね、ごめん」
ハインリッヒはそう言うとパンを口にした。ゆっくりと咀嚼してから、また口を開く。
「そうだ、帰ったらすぐに正装を手配しておくといいよ。仕立てとか意外と時間かかるし」
「仕立て?」
「うん。パレードに参列することになるからね」
おうむ返しに訊くと、ハインリッヒはしれっと返してきた。
はい? いや、パレードって何さね。
分からずに首を傾げると、ハインリッヒは人差し指を立てた。解説する気配だ。
「今回の功績の一つだよ。王都に魔物の群れが襲ってきた時、僕が撃退したことになったでしょ。あの時もパレードやってるしね。まぁ、前回の王都に魔物がやってきた時はなかったけど。あれは全員で撃退したようなものだし」
そう言えば、やってた気がするな。
もちろん俺は参加していない。パレードが始まった時はもう入学していたからだ。
「今回はエキドナを大きく弱体化させたってことを名目に僕が筆頭だけど、君たちも協力者として参列することになると思うよ」
「え、そうなんですか」
「すっごい嫌そうな顔したね。けどこれは避けられないと思うし、素直に参列した方が良いよ。それに一応在学中の功績ってことになるから、冒険者になった時、少しは優遇されると思う。主に依頼の意味で」
俺はその言葉に反応した。
冒険者になった時、そこそこの成績があればそこそこの依頼を受けられるからだ。そこに少し箔がつくってことだろう。功績を上げていくためのスタート位置が良いというのは、それだけ短い期間で田舎村の復興が出来るということになる。
「そういうことなら、仕方ないですね」
それでも億劫なことには変わりなく。
俺は重いため息を吐いた。とりあえず、パレードのクリア。それが俺の次の目標のようだった。