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第百十八話

「カクニマン……? 何だいそれは」
「聞いたことないな。どういうものなんだい?」

 反応を示したのは、ニコラスとセルゲイだ。
 クラスメイトも大体同じ反応である。

「うん。時間をかけて甘辛くトロトロに煮込んだ豚肉を、もっちりした白い蒸しパンみたいなので挟んだものだよ。ちょっと寒いくらいだし、ちょうど良いんじゃないかな」

 王都周辺の季候は比較的に緩やかだが、学園祭が始まる時期は北からの風が流れやすく冷えやすい。それを乗り越えると夏がやってくるのだが。
 ということで、温かいものは結構好まれるのである。

「へぇ、なんか美味しそうかも」
「まぁ百聞は一見に如かず、って言うし、作ってみても良いと思う」
「おう、実はもう材料も仕入れてあるんだぜ」

 時間的には昼を少し回ったぐらいだ。今から作れば、ちょっと遅めのおやつになるだろう。

「じゃあ早速調理室を借りないとね。借りれるかしら」
「確か使っていない調理室があったから、そこを押さえれば大丈夫かと思いますねぇ」

 アリアスの言葉にセリナが同調し、じゃあ、と立候補したクラスメイトが早速動き出す。
 このクラスは意外と行動派が多い。
 問題は担任がいないのに動いても良いかどうか、なのだが。まぁ、大丈夫か。
 しばらく待っていると、あっさりと使用許可は下りたらしい。

 早速俺たちは調理室へ移動して、まずは下拵えから入る。

 まずは生地作りからだ。
 使うのは強力粉と薄力粉とミルク。そこに砂糖と塩、油。そして発酵させるためのイースト。それを少し熱めくらいのお湯で混ぜ合わせ、練り合わせていく。この時、手を温めておくと良い。
 これは体力勝負なんだけど、今の俺なら余裕である。むしろ機具を壊さないようにするのが大変だ。

 それでしっかり捏ね上げ、耳たぶくらいの固さになったら一次発酵させる。

 その間に豚肉も下拵えだ。
 大き目のサイズに切って、良く熱したフライパンで焼き目をつけ、余分な脂を抜く。さらにネギと一緒に下茹でしてアクを抜いてから、醤油、砂糖、ハチミツ、出汁を入れてひたすらに煮込む。

 その頃には生地の発酵が終わってるから、ガス抜きをして切り分け、形を整えてから少し水分を含ませておいて乾燥しないようにする。
 後は蒸し器を沸騰させて火加減を調整しつつ蒸し揚げれば、ふっくらと膨らむ。

 角煮が出来たら、その生地に挟めば完成だ。アクセントにレタスを入れると良いな。

「ということだ、食べて見てくれ」

 まだ作りながら、俺は出来立てを渡していく。
 クラスメイトは「白くてふかふかしてる」「熱いね」「でも美味しそう」「甘い香りとタレの香ばしくて良い香りがする」とか口々に言う。
 そして一人が、はくっ、と口に入れて――、目を見開いた。

「んんっ! 美味しい!」
「生地がもちもちしててふっくらしてて、ちょっと甘いのね。でも角煮が味濃いから、うまく打ち消して、もうほかほかでっ!」
「いいねこれ、タレとかも生地が吸い込むから、あまり手が汚れないし」
「うんうん、良いかもー」
「っていうか肉やばくね? めっちゃ柔らかくてプルプル!」

 よし、大好評だな。
 俺はほくそ笑んだ。焼き鳥とかの串焼きがメジャーになってて、この味が受け入れられないはずがないのである。
 よし、目玉商品はこれで出来上がったな。
 あとはドリンクやサブメニューを充実させればいい。他にもアイデアはたくさんある。

「じゃあまずはこれをみんなで作れるようになっておこう。後、他にもいくつかメニューあると良いんだけどなぁ」
「それに関しては、転生者のグラナダが考えてくれたら良いと思うけど」

 悩むと、セルゲイが美味しそうに頬張りながら言う。

「これって、君たち転生者の世界の食べ物でしょ? だったら、そっちの方が合うのあるんじゃない?」

 正論だった。言われてみればその通りである。

「これに会うとしたら、ランチセットならエビチリ、とかかなぁ」
「カンシャオシャーレンなら確かあったはず。食べたことあるぞ」
「マジか、フィリオ」

 思い出す仕草で言うフィリオに、俺は思わず顔を向けた。

「ああ。材料も王都なら手に入るはずだ。ケチャップがあれば割と簡単に作れるはずだし」
「じゃあそっちは任せていいか?」
「え、俺なんかでいいのか?」
「むしろお前以外に誰がいるんだって話だ。頼むぞ」

 即座に言い返すと、フィリオは泣きそうな顔を浮かべてから、何度も頷いた。
 いや、料理を頼まれたぐらいでそんな泣くぐらい喜ばないで?
 とはいえ、これでフィリオに少し自信が着くならそれでいい。

「それじゃあ早速作り方から覚えないといけないのね。早速教えてくれるかしら」
「おいアリアス。言いながらエプロンつけ間違えるなよ」
「え? どこ?」
「いや、全部。表裏逆だし。なんで背中のヒモ部分が前に来てるんだよ。いったい何をカバーするつもりだ」
「え?」

 アリアスはきょとんを首を傾げてから、俺のつけているエプロンと自分を見比べる。

「はぎゃ――――――――っ!?」
「いきなり叫ぶなっ!」
「ちょ、ちょっと恥ずかしいじゃないのよそういうのつける前から言いなさいよね!」
「いつ言うタイミングがあったんだ今の流れでっ! っていうかさっさと外せっ!」
「言われなくても外すわよ、ってあれ、あれ!?」
「なんで外すのにむしろ結んでいってるの!? 天邪鬼なの? すっごい天邪鬼なの!?」
「分かってるけど、あれ、あれれれっ!?」
「はいはい、アリアスさんは可愛いですねぇ」

 慌てふためきながら、何故か両手首まで(どうやったんだ)結んだタイミングで、セリナがくすくすと笑いながらフォローに入った。
 まるで魔法のように紐をほどいていくのを見ながら、俺は誓った。

 アリアスには絶対料理をさせてはいけない、と。

 あれはダメだ。絶対にダークマターが出来るパターンだ。絶対マグマっぽいの作る。絶対だ。
 っと、そろそろ追加が出来るな。
 俺は時間を確認して、蒸し器へ向かい、出来栄えを確認してからみんなへ配る。

「さて、と」

 俺も自分の分を食べようと角煮まんを掴んだ、その刹那だった。
 針を刺すような、本当に僅か、ピンポイント。
 微細すぎて、俺も一瞬気付くのが遅れた。そんな違和感だった。

「――っ!?」

 違和感のままに振り返ると、窓の向こうで何かが動いた。本当に、僅かに。
 今の、動きは。
 ぞくり、と、俺は背筋を凍らせる。
 同時に気付いていた。俺の掴んだ肉まんに、ごくごく小さな針が刺さっていることに。おそらく、これは毒が仕込まれている。

「悪い、ちょっとトイレ」
「おー、分かった」

 返事を聞いてから俺はエプロンを外して調理室を後にし、そのままダッシュして校舎から飛び出す。
 瞬間、俺の視界のギリギリ内側を何かが通過した。影だ。

 誘導されてるな、これは。

 罠だと思いながらも、俺は飛び込むしかなかった。
 周囲に誰もいないのを確認してから、高速飛行魔法を使い、窓を慎重に避けながら屋上へ向かう。
 ただ広いだけの空間に着地して、俺は周囲を睨む。

「いるんだろ。そこに」

 カマかけで声を放ってみると、屋上の柵のところが蠢く。
 黒い風が生まれたと思ったら、そこには全身黒ずくめの人間――暗殺者がいた。
 間違いない。アリアスを狙っていた、あの暗殺者だ。

「ほう、さすがだな。気付いたか」
「気付くも何も、思いっきり誘ってただろうが」

 俺は魔力を高めながら言う。
 くそ。マズいな。
 まだ《ヴォルフ・ヤクト》の発動に必要な魔法道具(マジックアイテム)は完成していない。かなり厳しい状況になる。クリエイションブレードと風の魔法でそれらしいことは再現できるが、精度も速度も段違いだ。
 もし戦闘になったら、本気を出さざるを得ない。

「ククク、お前さんだから気付けたまでよ。毒を仕込んだのも気付いたのだろう?」
「まったくもって。食い物を粗末にするなよ」
「これは失礼。あわよくば、と思っていてな」

 暗殺者は愉快そうに言ってから、柵の上に飛び乗った。
 確か片腕を失ったはずだが、バッチリと復活している様子である。

「さぁ、挑戦状だ、グラナダ」
「は?」
「お前に暗殺依頼が寄越された」

 衝撃的な発言に、俺は目を見開く。
 暗殺依頼? 標的は――俺?

 どういうことだよ、それは。

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