第百十七話
学園祭で売り上げナンバーワンを目指す。
なんともベターな目標だが、その報酬が報酬なのだから仕方がない。
俺たちは早速作戦会議である。
「出店で売り上げナンバーワンかぁ。何をすればいいんだろうな」
「俺たちで作れて、気軽に手軽に、だろ? だったらケバブくらいじゃねぇの? もしくはサンドイッチ」
「後は串焼きとかかな」
「えー、スイーツでしょスイーツ。フルーツパンとか」
「それだと焼き上がるまで時間かかるだろ」
口々にクラスメイトたちが意見を出しあう。
だが出てくるアイデアはどれも似たりよったり、有象無象。そんなもので売り上げナンバーワンなど目指せるはずもない。
というか、着眼点からして間違っている。
最初から自分たちである程度出来るもの、ありきで考えてしまっているのだ。それではいけない。そもそも今出てきてるやつは露店ストリートにいけば全部あるし、しかも相手はプロ。俺たちが作るものとは次元が違う。
しかも安い。しっかり貴族も買いに来ているぐらいだ。
そんな舌の肥えた連中を唸らせなければ、売り上げナンバーワンなどまず不可能だ。
……となると、何があるだろうか。
可能性があるとすれば、やっぱり元の世界にいた頃の知識だろう。たこ焼き、から揚げ、ホットドッグ、クレープ。色々とあるな。
だが侮ることなかれ。
ここは転生者がいっぱいいる世界である。あの阿〇さんでさえ流行しているのだから、その手のファストフードは既に出揃っている可能性が非常に高い。
「とりあえず、露店ストリートにいって調査する必要があるんじゃね?」
俺がぼそってそう言うと、クラスがしん、と静まり返った。
あれ? もしかしなくても俺、今まずいこと言った?
一気に集まる視線に戸惑う。
「「「それだッッッ!!!!!」」」
またもやクラス全員の意見が一致した。ていうか担任まで。
ということで、早速俺たちは露店ストリートへ向かうことになった。必然的に仲良しグループが出来上がって視察することになり、俺は自然とSSR(エスエスレア)グループにいた。
ここ最近、俺はこのグループにいることが多く、クラスメイトもそれを認識している。
フィリオたちがレアリティを気にしなくなったから、というのも大きいが、よく話してしまうからだ。まぁ必然的にそうなるわな。濃厚に関わってる連中だしな。
「……にしても、見事にあるな」
「そうだね」
一通り屋台を見通して、俺とフィリオの転生者ペアは唸った。
から揚げ、リングポテト、焼きそば、焼きトウモロコシ、フランクフルト、クレープ。……果てはお握り専門店やら、卵かけご飯専門店なんてのもあった(サルモネラ菌とか卵の衛生状況大丈夫なんだろうか?)。後、ラーメンも。ほとんど出揃っていると言えるだろう。
一応味見として買ってみたが、どれもこれも美味い。ここはどこの日本だと言いたくなるくらいだ。
いや、国際色は豊かだったな。ケバブとかもあったし、バナナジュースとかココナッツジュースとか。フライドバターなんてものもあった。あのバターに砂糖をまぶしまくって衣をつけて揚げるという狂気の沙汰としか言えない食べ物(?)だ。
問題は、だ。
これらを再現したところで勝てるはずがないってことだ。相手はおそらく転生者がもたらした知識をもとに改良している。歴史と腕が違う。
俺が料理人だったら別だったんだろうけど……。
「ちょっと困りましたねぇ、これは」
「うん、困ったわね」
口々に食べながらセリナとアリアスは言う。
エッジとアマンダも各々で好きな飯を食べている。もうこれだけでどれだけ胃袋キャッチされてるか分かるってもんだ。
「僕が優れたコックだったら違ったかもしれないのに……僕って本当に何もできない、ダメなやつだな」
そしてバッチリ入る卑屈モード。
最近はホントになんでもかんでも卑屈になるな。誰もせめてないっつうのに。
「お前が言うと色んな奴が立つ瀬ないからやめとけ。それより今はアイデア出せアイデア」
「アイデアかぁ。でも、出店で出せそうなものってほぼ出尽くしてるよね?」
「そうなんだよなぁ」
並ぶ数々の食品を見て、俺はため息をつく。
これはアレだな、食べ物で奇抜なとこを狙うのは難しいな。目玉商品になれそうなものはあらかた出尽くしてるから、それを打ち出しても注目を浴びる可能性は低い。
だとしたら視点を変えてみる、か。
俺はから揚げを一つ齧る。
カリッとした衣の奥からじゅわっとした塩気と肉汁の旨味。そして肉のぷりぷりした食感に、柔らかく滲み出てくる肉の味。うん、美味い。しっかり二度揚げもされていて、完璧なプロの技だ。
やっぱこれを再現するとなると大変だ。
「うーん、どれもこれも、この味を再現するってなったら苦労しそうね」
「そういえば、店舗ってどれくらいのサイズを予定してるんだ? 二店舗出すんだよな?」
特進科のクラスは一つしかないせいか、他のクラスと比べて人数が多い。そのため、二つの店舗に分かれてやることが決まっている。
「そこそこ大きいはずだけど、どうかしたの」
「いや、大きさが分かれば、何かアイデアでないかなって」
「えっと、確か、あそこのカフェテラスと露店二つ分くらいのスペースはあるはずよ」
アリアスが周囲を見渡してから指を差した。
そこには丸テーブルが六つあるカフェテラスだった。
……ふむ。
あれだけ広かったら、いろいろバラエティ豊かに出来そうだな。
「とりあえず戻るか。新しいメニューとかもしかしたら誰か掴んでるかもしれないしさ」
「そうですねぇ」
セリナが同調しながら串焼きを齧る。濃厚なタレがたっぷりついているせいか、どこか食べにくそうだ。
けど、ああいう濃い目の甘みのあるタレ味って人気あるんだよなぁ、なんでか。
……ん?
濃いめの味付け……タレ。ちょっと待て。俺たちはもしかして、とんでもないものを見逃してないか?
ガタッと音を立てて俺は立ち上がる。全員の視線が集まる中で、俺は宣言した。
「なぁ、もう一回露店を見て回ろう」
「え、いいけど、どういうつもりよ」
訝るアリアスに、俺は説明を入れる。
「確かに、そんなものなかったような気がするな」
メンバーの中で一番買い食いをしていたエッジが、口の端のタレを舐めとりながら言う。
「ということだから、もう一度確認したい。いいか?」
「ま、そういうことなら付き合ってあげてもいいわよ」
いのいちに髪をかき上げながらアリアスが言う。
「まぁ、私はもともと反論してませんしねぇ」
「俺も、グラナダが言うなら何も言わないぞ」
「ダメダメな俺が、少しでも協力できるなら」
「俺は全然かまわないぜ。食い足りないしな」
残りのメンバーは全員自動参戦である。
ちなみに今回、メイは完全不参加である。付き人クラスは付き人クラス単独で出し物をするためだ。
まぁ、このクラスは特進科クラスの結果によって行先が決まってるので、そこまで競争意識はなさそうな感じではあるが。
俺としては敵に回らなかっただけ御の字である。メイの料理はかなりのものだからな。
あの味が敵に回ったらと考えると身震いする。マジで。
それから俺たちは露店をもう一周してから、クラスへと戻った。
二周もしたとあって最後組ではあったが、話し合いは始まってそう時間は経っていないようだった。
「というわけで、やっぱり作り置きが出来るヤツとか、簡単なヤツとかが良いと思うんだ。火を使った調理は避けるべきだと思う。危ないしな」
いや、火事になったら魔法で消せよ。簡単だろアンタらなら。
思わずツッコミを入れたくなったが、俺はそれを呑み込む。今は俺の出番じゃあない。
目で合図を送ると、フィリオが唐突に立ち上がった。
「ちょっと待ってほしいんだ」
その声で、全員が沈黙する。
もうすっかり毒気のないフィリオだが、やはり声を出すと未だに静かにする力があるのだ。
「悪いけど、火を使うのを避けるとか、作りやすいものを選ぶとか、そういうことを言ってたら一位になんてなれないと思うんだ。売り上げは戦争だって先生も言ってたしね」
ちなみにその担任はクラスを無断外出させたこをが問題になって校長室へ呼び出されている。
まったく戻ってくる気配がないので、こってりと絞られていることだろう。
「売上で一位を取るなら、本気でやろうよ。これだけ人数がいるんだから火の管理だって出来るだろう? それにここで妥協するのは良くないとも思うし」
クラスがしん、と大人しくなる。どこかばつが悪そうだ。
「せっかくの学園祭なんだからさ、もっと楽しくやろうよ。全力でやってみようよ。俺が言うのもなんだけどさ、もうちょっと、こう、みんなで仲良くやりたいんだ」
「そうだな、俺もそう思う」
このタイミングで、俺が口を挟む。すると、エッジ、アマンダと続く。
こうなったら、もう流れはこっちのもので、すぐにクラス全員がその流れに乗っかった。
これは俺ではダメな役割だ。俺はクラスの中じゃ発言力ないしな。そもそも静かにさせることが出来ないのだ。その点、フィリオなら効果は抜群だ。プラス、これはフィリオに自信をつけさせるためでもある。
最近のフィリオはなんでもかんでも卑屈になり過ぎだ。
これは自分の能力を下げる原因にもなる。さすがにそれは頂けない。実際、ハインリッヒの後継者と言われるくらいに才能に恵まれてるんだから。
「それじゃあ、改めてやるってことで……アイデアが一つあるみたいなんだ。グラナダ」
しっかりとまとめたところで、フィリオが俺を呼ぶ。
耳目が集まる中、俺は立ち上がった。うう、ちょっと緊張するな。
「うん、店の出し物なんだけど……目玉商品として、角煮まんを作ろうと思うんだ」
その一言に、誰もが首を傾げた。