第百十六話
その後も念には念を押すように、あらゆるパターンで不利を押し付けないように誓約させ、俺はようやくグレゴリウスを解放した。
ハインリッヒたちの護衛で城へ逃げ戻っていく様を見送って、俺はようやくため息をついた。
「よくやったな、クータ」
俺はポチから降りて、まず振り返ってドラゴン――クータの頭を撫でてやる。ちょうど眉間の間をくすぐるように撫でてやるのが一番好きなのだ。
クータはまるで猫のようにゴロゴロと喉を鳴らす。
『ぐるるるる』
そう言えばクータとこうするの久しぶりだな。
王都に住むようになってから、クータと会うことそのものが減ったからだ。たまに抜け出して、こうした人気のないところで会ってやったりはしているのだが。
やはり少し寂しいのだろう。俺はたっぷりと撫でてやることにした。
「お前も変身魔法が使えるようになれば、もっと一緒にいられるんだけどなぁ」
クータの中は間違いなく変身魔法が使える。ただ子供だから覚えていないだけだ。こうして魔法陣で補助してやれば出来るし、簡単に元へ戻って見せたのだから。
俺としては田舎村の復興が第一だが、クータと一緒に過ごす場所も欲しい。
あの日、フィルニーアと共に戦った戦友であり、失ったという同じ痛みを抱える同士だからだ。
「グラナダ様ァァァァァっ」
いつの間にかアリアスがセリナを連れてきていた。ダウンしていたので、近くに待機させていて、セリナのテイムした魔物たちに見張らせていたのだが、どうやら復活したらしい。
っていうか何その高速移動!? 残像! 残像見えてますから! どんだけ早いの!
などと思っている間にセリナは俺にフルダイブを仕掛けてきた。
「っと! 危ないだろ!」
俺は注意しながらも受け止めるが、セリナは俺の首に手を回して抱きしめてくるばかりだ。
その勢いは凄まじく、俺は何回か回転することになった。
勢いをしっかり殺してから俺はセリナを下ろす。だが、セリナは俺から離れる様子はない。
「これで、大丈夫ですよねぇ?」
「ああ。大丈夫。スフィリトリアに迷惑かけないように誓わせた上で諦めたし、きっちり緘口令も出したし。もし破ったらどうなるかってのも言ってあるし、大丈夫だろ」
半ば脅迫ではあるが、自主的に求婚も取り下げさせた形だ。
まぁグレゴリウスはセリナのことをドラゴンと思ってるし、それ以上に国を守る超越的な存在まで出て来たわけだから、破るはずない。もしそれでもやってきたら、今度は容赦しない。
自分でも詭弁極まりない作戦だったが、そこはハインリッヒのネームバリューがたっぷり効いた。あのハインリッヒが跪くのである。それだけでとんでもない存在であることを認識させられるのだ。
「また、またなんですねぇ、助けてもらったのはっ……」
俺にしがみつきながら、セリナは涙声で言う。
「セリナ……?」
「スフィリトリアの時も、湖の魔物の時も、今回もっ……グラナダ様は、本当にヒーローです。英雄です。私にとってはもう、完璧ですねぇ」
「おいおい、それはほめ過ぎだろ」
とはいえ、確かにセリナは良く助けてる気がする。
まぁ立場的にそれだけやっかみやトラブルを受けてしまうのだろう。それに関してはセリナが悪いはずがないので気にすることはないのだが、色々と痴女なセリナでも気にしているのだろうな。
俺はセリナの頭を撫でる。
「ありがとうございます。グラナダ様」
「どういたしまして、だ」
そう言うと、セリナはいきなりぽろぽろと泣きだした。って、ええ、え、えええええっ!?
「本当に、本当にっ……今回ばかりは、本当にっ……」
「ああ、スフィリトリアが絡んできてたものな」
「はい……民のことを思うとっ……! 自分を殺さないといけない、でも、でもって……!」
セリナは俺より一つ年上なだけだ。
そんな子が、ここまで思いつめてしまった。やはりグレゴリウスは残酷な奴だと思う。完全な私利私欲のためにやらかしたんだからな。
本来ならぶっ飛ばしたいとこだが、さすがにそれをすると色々とマズいので今回は出来なかったが。
「でも、もう大丈夫だろ?」
「……はい」
「だったら、もう泣くな。笑って戻ろうぜ」
「そうですよ、セリナさん。はい、ハンカチをどうぞ」
メイも微笑みながら近寄ってきて、ハンカチを差し出す。
「ありがとう、ありがとうっ……!」
「メイも良くやったな。いっぱい助けてくれてありがとうな」
俺は近くにちょこっとやってきたメイの頭を撫でる。待ってましたとばかりにメイは笑顔をいっぱいに浮かべた。そこにドン、と俺の背中を押す圧迫感。クータだ。
ああ、そういえばそうだった。
「うんうん、クータも頑張った頑張った」
『ぐるるるるる』
俺はまた眉間の間をくすぐるように撫でる。
ま、これでとりあえず一件落着だろう。
『主』
そう安堵していると、どこか緊張感のある声でポチがテレパシーを送ってくる。
「なんだ?」
『私を撫でてくれないのか?』
その間抜け極まりない一言と、どこか求めてくるような視線に、俺は辟易する。いつからお前はそんな甘えたキャラになった、この駄犬め。
「ねぇ、ちょっと」
アリアスがどこか不満そうに声をかけてくる。思わず見やると、どうしてか仁王立ちなのに少しだけ視線を逸らしている。微妙に顔も赤い。
「どうしたアリアス」
「……ょ」
「は? 聞こえないんだけど」
「あ、ああ、あ、あ、私も頑張ったって言ったのよ! だから、その、その……何かないわけ!?」
「えええええ…………」
突如の訴えに、俺は本気で困惑した。何を言ってるんだコイツは。
「あ、ああ、そのありがとな。アリアスがいてくれて助かった。うん、ありがとう」
「そ、そそそそそそそそれほどでもあるけどねっ!」
あるんかい。
「で、でででも、次も助けてあげても、その、良いって思ってあげてるんだかね、感謝しなさい!」
その発言に、俺はどう答えていいか本気で困惑したのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そんなセリナの危機から二日後。
ついにその時はやってきた。
「ということで、今日は学園武闘祭について説明するぞ」
朝のSHRの時間、担任は教室に入って教壇に立つとまずそう言った。いったい何がどうということなのだろう、というのはもう誰もツッコミを入れない。口癖だ。
「知ってるやつは知ってると思うが、もうすぐ学園武闘祭がある。まぁこれは一種の祭りみたいなものだから、大いに楽しんで欲しい。出店とか出し物とか、色々とやるからな」
と、担任はそこまで言ったところで、何故か殺意にも似た威圧感を放った。
とたん、SR(エスレア)の生徒たちが僅かに息を詰まらせ、フィリオたちも表情を変えた。
一瞬で楽しそうな雰囲気が消し飛ぶ。
「学園祭までは一か月。それまでに何をするか、だが――お前らは特進科だ。当然、求められているものが違う。それは例え学園祭であったとしても、だ」
言わんとしてることが分かるような分からないような。
「ナンバーワンだ。ナンバーワンを狙え!」
「「「………………はい?」」」
突拍子が無さ過ぎて全員が首を傾げた。すると、担任は黒板に音を立ててチョークを刻みつける。
鮮やかな文字で書かれたのは――『売上トップをねらえ!』だった。
おいちょっとまて。
思わず顔を引きつりそうになる。
担任は黒板を破壊する勢いで――というか今亀裂入った――叩き、生徒たちを睨んでくる。
「いいか。学園祭と言えど戦争だ。お前らは出店を出し、売り上げトップを叩き出す。そうすれば、全員にボーナスが出る」
「「「ボーナス?」」」
「学園祭には密かにランキングっていうのがあってだな。実は内申点にも響く。これは大々的に公開されないが、学園として毎年実施していることだ。これでトップを奪う!」
「あの、ボーナスってどういうことなんですか?」
また黒板に亀裂を走らせて熱弁する担任に、アリアスが問いかける。
「単純に報奨金が出る。それだけでなく……夏のバケーション見学で良いところへ連れていってもらえる!」
沈黙が、一瞬だけ落ちた。刹那。
「「「おおおおおおおおおお――――――――――――っ!?」」」
奇声が上がった。
バケーション見学。
これはいわゆる遠足だ。修学旅行みたいなものだ。
毎年行われている行事で、魔法や剣術に関する技術の視察と称して泊まりにいくのだが、実際はただ遊びにいくだけである。
どこに行くかは毎年変わるらしいのだが、まさかこの学園祭の成績に左右されるとは。
ちなみに学園は三年制度で、チャンスは三回あることになる。
「いいか、お前ら、必ずトップを取れ! いいな!」
「「「ウオおおおおおおおおっっっ!!!」」」
おそらくそれは、このクラスが始まって以来、もっとも団結した瞬間だったと思う。
かくいう俺もしっかりテンションを上げて同調している。決してやれやれとは思っていない。だって考えても見て欲しい。バケーションである。旅行である。そりゃイイとこ行きたいでしょ!
それに、俺はこんなノリが嫌いじゃあない。
だって、転生するまではこんな行事とは無縁だったからだ。ずっと病院にいたからだ。だから学園祭とか本とか漫画とかアニメとかで見ても、パッと実感がわかなかった。
それが味わえると思ったら、ちょっとどころじゃなく嬉しい。
とはいえちょっとテンション上げ過ぎたらしい。後で珍しくはしゃいでたな、とアマンダとエッジにからかわれるぐらいだった。