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第百話

「お前ら……!? なんでここに!」

 俺は驚きのまま声を上げた。まさか現れるとは思わなったメンツである。

「実習の帰りだよ。一足早く終わったから、みんなで合流して帰ってたんだ」

 よく見ると、彼らのパートナーたちも付いてきていた。
 素早く目くばせすると、セリナが颯爽と動いてパートナーたちを引き連れてどこかへ行った。

 そして俺はハインリッヒへと視線を移す。僅かに咎めの色を入れているのは、まさか現れるのを知っていたんじゃないかという疑いだ。
 だが、ハインリッヒも本気で驚いている様子だ。

「まさか。予定外だよ、僕としても、ね」

 それから苦笑を浮かべたところで、エッジとアマンダはハインリッヒを見つけて驚愕した。

「って、うぉ、まさかあの人!」
「ハインリッヒさんじゃないか!」

 なんだその有名人に出会っちゃったヤバいみたいな反応は。
 あ、有名人か。それも超がつく。世界中を飛び回っているせいで神出鬼没だしな、しかも。

 あまりに俺とのエンカウント率が高いせいか、認識はあっても理解が薄れてた。ちょっと考えれば二人の反応の方が正しいのである。

「な、なんでこんなトコにいるんですか?」

 誰もが口にする言葉であり、同時にそれは地雷だ。
 待ってましたとばかりに、ハインリッヒは爽やかな笑顔を浮かべる。

「ちょっと困ったことになっててね。君たちは確か――学園の特進科の生徒さんだったね?」
「はい! アマンダです!」
「俺はエッジです!」
「ああ、聞き覚えがある。二人ともSSR(エスエスレア)だったはずだよね」

 ハインリッヒが確認すると二人は嬉しそうに頷いた。そりゃ覚えて貰ってたら嬉しいわな。
 それがハインリッヒの毒牙でもあることを二人は分かっていない。分かってても俺は止めないけど。もちろん、今後のやり取りでハインリッヒが強要したら口を挟むけど。

「じゃあ、申し訳ないんだけど、ちょっと助けてほしいんだ。けど、ハッキリ言ってかなり危険だ。命の保証だってしかねない。君たちはまだ学生だから、正直に拒否する権利もある。もう一度言うよ。お願いはしたいし助けてほしい。でも、危険が高い。それでも構わないなら、協力してほしい」

 ハインリッヒはそこまで念を押す。

 じっと見据えられた二人は、その威圧に尻込みし、ごくりと喉を鳴らした。
 やがて少し考えるように唸ってから、しっかりとハインリッヒを見直す。

「大丈夫です。やります」
「俺で出来ることがあるなら」

 これは、二人の意思だ。
 危険だ、ヤメロ、なんてバカげた言葉を挟んで良いものではない。俺は沈黙を守った。

「有り難いね。今年の特進科は素晴らしいよ」
「もちろん、私も協力しますからねぇ」

 言いながら姿を見せたのは、セリナだった。随分と戻ってくるのが早い。

「パートナーの皆さん、お疲れだったみたいでぇ。寝袋に入ったらあっさりと寝ちゃいました。しばらくは起きないんじゃないですかねぇ」

 しれっと言うセリナはやはりセリナだ。
 思わず顔を引きつらせていると、セリナがゆっくりとした動作なのに有り得ない速度で俺に接近してくる。一体なんの魔法だ。

「ああ、グラナダ様。私、本当に心配してましたねぇ。無事で良かったです」
「まぁ、今は無事だな」
「あら含みがありますねぇ。でももう大丈夫です。私がしっかりいますからねぇ」

 気が付けば腕まで絡めとられている。
 本当に王族か、この姫様は。
 辟易していると、ハインリッヒは顎をさすりながら何かを考えていた。

「ふむ……よし」

 ハインリッヒは手を叩く。

「今からメンバーを四つに分ける。僕とグラナダ君は単独。それと、アリアス、フィリオ、イベルタ。後はセリナ、メイちゃん、エッジくん、アマンダくん。この四つだ」
「あら、あららら?」
「悪いけど、抗議は受け付けできないよ。相手はあのエキドナだからね」

 ハインリッヒは一切受け付けない態度でセリナの抗議を跳ね返す。

「と言うわけだから、もう一度状況説明と作戦概要を説明する。みんな、心して掛かって欲しい」

 そしてハインリッヒは説明を始めた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 夜空を舞う。
 俺とハインリッヒは、高速飛行魔法を使って封印された巨大な十字架――エキドナへ向かっていた。

 街は既に焼き尽くされていて、本当に廃墟街になっている。つい夕方まで人で溢れかえっていた街だというのに。街路樹も燃えカスになり、もはや気配さえない。
 その破壊の中心に、巨大な十字架はある。十字架に縛りつけられている鎖は、かなり少なくなっていた。接近している今でさえ、一本が弾けて消えていく。

 中でエキドナが徐々に封印を解除していっているのだ。

 さすがに魔神と呼ばれるだけある。
 今展開されている封印術式は、人類が使える最大最強のものだと言うのに。

「なぁ、ハインリッヒさん」
「どうしたの?」

 並走するハインリッヒに向けて、俺は声をかける。

「アリアスは生存ルート、辿り着いたのか?」

 俺はウルムガルトの護衛と、もう一つ、アリアスを死ぬという運命から救う役目がある。
 エキドナの出現で色々となってしまったが、もしそれが続いているのであれば、話は変わってくる。

「分からない。僕が見たアリアスの唯一の生存ルートは、まだ日が明るい時だったんだ」
「ってことは……?」
「新しい《神託》が下りてきて、エキドナの覚醒を知らされたから、その時にねじ曲がってしまったのかもしれないね。だから、助かったのかダメだったのか、僕が見えなかったルートに入っていると思う」
「煮え切らねぇな……」
「申し訳ないことだよ」

 ハインリッヒは苦虫を潰したような表情を浮かべる。
 端正な顔つきをより強固なものにしている傷は、どうやら治すつもりはないようだ。

 一応念のため、俺は《アクティブ・ソナー》を撃っておく。

 まぁ、あの暗殺者はそれでも引っかからなかったんだけど。

「とりあえず、周囲に潜んでいる影はないな」
「ねぇ、それ、思ってたんだけど。探査魔法の改良版だよね?」
「なぁ、そんなものですけど。どうしました?」

 訊ねると、ハインリッヒはいつものイケメンスマイルになっていた。

「優れた暗殺者は、己の魔力を完全に殺すことが出来るんだ。もちろん気配もね」
「えっ」
「だから、君のその魔法を潜り抜ける達人はいる。まぁ極々一握りではあるんだけどね」

 つまりそれはアリアスがそんな達人に狙われたってことなんですが。

「だから、相手の生命オーラ、波動を感知出来るようになれれば、暗殺者でも隠れられないと思うよ」
「それって死ぬほど難しくありませんか?」
「死ぬほど難しいと思うよ。でも、君なら出来るんじゃないかな」

 ハインリッヒは何でもないといった様子で言ってくれた。
 とはいえ、ヒントはヒントだ。これからまた書籍を漁り倒して研究すれば、可能性はあるだろう。

 もしかしたら、新しい魔法へのヒントになるかもしれないし。

 心に留めて置きながら、俺は話を戻す。

「ってか、そんな状態だったら、アリアスと俺を離すの危ないんじゃないですか?」
「危険は承知だよ。エキドナに殺されるルートだって有り得るし。でも、イベルタがいれば大丈夫だし、それにフィリオくんが頑張ってくれるだろうし」

 喜々としてハインリッヒは言った。
 ちなみにそのフィリオは、改心というか、人格が変わっていた。
 とはいえ、捻じ曲げた、というよりかは、捻じ曲がっていた性格が元に戻ったって感じだ。かなり気さくな感じで驚いた。出会った頃に比べて、随分と楽そうにしているし。

 どうも、フィリオは世界を救う、ということに尋常ではないプレッシャーを感じていたそうだ。その上で自分が唯一絶対だ、なんて教育を受けてきたから、これはゲームだ、と思い込むようになったらしい。

 うーん、子育ての失敗だな。
 親とはかくも難しいものだが、もう少し考えて頂きたいものである。

「さて、と、準備は良いかい?」

 いつの間にか、俺たちはかなりエキドナに接近していた。
 徐々に封印が解除されつつあるからだろうか、熱がかなり伝わってきていた。

 俺はこくりと頷く。

「それじゃあ行こうか。この力で魂を四つに分割する。そうしたら、その魂は東西南北に飛び散るから、そこへ追いかけて戦闘を仕掛ける。北と東は既に配置されているから、僕等は南と西だ。僕が南へ向かうから、西を頼むよ」
「分かりました」

 ハインリッヒは俺の返事を聞いてから、ボックスを開ける。
 眩いばかりの光が放たれて、いつでも力を解放できそうだ。
 それを確認してから、ハインリッヒは光を撃って、結界を担当している連中に合図を送る。

 封印の解除と同時に放つ。それが、ハインリッヒの作戦だ。

「魂は四分割。けど、君と僕は少し大きめに切る。大丈夫だね?」

 残り二つの負担を減らすためだ。
 それは俺も了承している。確認に頷くと、ハインリッヒはエキドナを見下ろした。

「《世界の摂理、世の不条理》《駆け抜ける白は鮮烈に》《刹那の切断は時を嘆く》」

 呪文を詠唱し、ハインリッヒはボックスを掲げた。

「《悉く薙ぎ払え》《悉く斬り払え》《悉く鮮烈に》」

 エキドナの封印が解除される。
 爆散するように黒い棺の十字架が霧散し、その破片を周囲へ散らす。同時に、眩いばかりの炎があふれ出て来た。

「――《神撃ノ舞》」

 刹那、ハインリッヒは力を解放した。

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