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第百一話

 ――メイ――

 光が、迸りました。
 巨大で、黒い棺のような十字架が消滅した瞬間、空から閃光が二つ、降臨するように溢れ出て来た炎を薙ぎ払います。
 それは廃墟と化した街並みさえを分断しつつ、炎を四つに切り裂きました。

『あががああああああああああああああっ!?』

 あがったのは、エキドナの悲鳴です。
 あの閃光は《シラカミ》様の力。ただ切断一点のみに集中したそれは、一瞬で魂さえも分断します。

 通常ならそこで消滅してしまいそうなものですが、そこは魔神です。

 四つに分断され、四つの炎になりながら拡散していきます。そのうちの一つが、こっちへやってきます。

「さすがですねぇ、予測がバッチリです」

 すでにテイムした魔物を放出した状態で、セリナさんは表情一つ崩さず言ってのけます。
 相変わらず、この人の胆力というか、そういうのは凄まじいですね。

 セリナさんの周りには、ウンディーネ、ウィンドフォックス、ガイナス・コブラ、キマイラ。そして、つい最近セリナさんの仲間になった、《神獣》の精霊――ノーマンです。
 この六体が、セリナさんの主力です。

 かなり強力な布陣で、もしかしたらご主人様を除いたら最強かもしれません。

 そもそもSSR(エスエスレア)の《ビーストマスター》はかなり稀有ですし。
 そんな魔物たちの前に、私は陣取っています。左右にはエッジさん、アマンダさんです。

 前衛は私たち三人が担当し、適時魔物たちが私たちのカバーに入るという布陣です。さらにセリナさんが状況把握しつつ魔法も使って援護してくれる形です。
 私は意識を集中させ、身体能力強化魔法(フィジカリング)をかけました。

 前衛での主力は私です。

 私が相手に攻撃を仕掛け、両脇の二人がフォローです。
 現状、接近戦では私が一番強いので仕方ありませんね。

「準備はいいですか?」

 少し固いですが、声掛けすると、エッジさんとアマンダさんは頷きました。

 赤い閃光が落ちてきます。
 それは地面に直撃し、周囲のものを巻き上げながら地面を揺らします。更に炎を撒き散らし、燃え尽きたはずの建物たちへ再び火を着火させました。
 パラパラと落ちてくるレンガの瓦礫。

 めくれあがった大地のその中心部に、炎の髪を携えた、上半身は女、下半身は燃える炎の蛇――エキドナ。

 四分割された魂とはいえ、その威圧感は健在です。
 ビリビリと全身が痺れ、心が臆してしまいそうになる中、私は剣を強く握りしめます。

 ご主人様はここにはいません。
 ご主人様はたった一人で、こんなバケモノと対峙しているからです。それを思うと不安でなりませんが、まずは目の前の敵です。さっさと片付けて、さっさとご主人様への援護に駆け付けなければ。

『敵、テキ、てき?』

 ずりずりと這いながら、エキドナは近寄ってきます。

『アハハハハハ。そういうことかい。このアタイを四分割して、それぞれで撃破しようって腹積もりかい? それも、魂が元に戻る時間までに』

 こちらの狙いを看破してきたエキドナは、とても嬉しそうに笑います。

『うん、良いね、イイネ、いいね。これなら痛みを感じられそうだ』

 エキドナは自分の身体を確認してから、全身に炎を宿します。
 それだけで威圧感と気温が増して、否応なしに汗が出てきました。

『まぁ、問題は、あんたら、アタイと遊べるのかって話だけど……まぁ構わないね!』

 言いながら、エキドナが仕掛けてきます。

 ――速い!

 私は即座に地面を蹴り、大剣を振るいます。
 ごう、と風を唸らせての袈裟斬り。エキドナはそれを片腕で受ける姿勢を取ります。

 ガンッ!

 と、硬い金属質が衝突する音が響きました。
 驚愕がやってきて、私は咄嗟に後ろへ下がります。直後、炎の舌が周囲を舐め回しました。
 危なかった。回避していなかったら、今頃。

 いや、それもそうですが、あの驚異的な防御力はなんでしょうか。剣が通用しません。
 言ってる暇はないですね。
 私は着地と同時に姿勢を整え、すぐに地面を蹴ります。

「風神剣っ!」
『ほう!』

 風を纏い、私は再び斬りつけます。
 今度はもっと早く。疾風が如く。
 低い姿勢で、潜り込むようなスタイルで接近し、私は剣を跳ね上げます。
 そのトリッキーな軌道についてこれず、今度はエキドナの片腕を捉え、跳ね飛ばしました。

『!?』

 驚くエキドナ。そこへ、すかさずエッジさんとアマンダさんが入ってきます。
 私への反撃を防ぐためと、畳みかけるためです!

「風王剣っ!」
「風王拳っ!」

 二人のスキルが発動し、暴風が次々とエキドナに襲い掛かります。

『っがぁっ!』

 悲鳴を上げながらエキドナが風に翻弄されて飛ばされます。
 その隙をセリナさんは逃しません。

「いきますねぇっ!」

 セリナさんの号令一下、キマイラとウィンドフォックスが左右から挟撃します。そこにウンディーネと精霊さんが結託し、氷の嵐を生み出します!
 それは強力な一撃となってエキドナを翻弄します。

『っがっ……はぁっ……!』

 体の半分以上を氷に鎖しながらも、エキドナは嗤います。

『良いね、いいね、イイネェっ!』

 氷を一瞬で溶かし、エキドナは咆哮をあげます。
 その威圧に心臓は捕まえられそうになりますが、構わずに私は大剣に魔力を籠めます。

『楽しませろよぉ!』

 そう言いながら、エキドナはその手に膨大な炎を宿しました。
 脅威と熱を感じ取ったのも束の間、その炎が弾けるように不定形になり、次々と炎の弾丸を放ってきます!

 私は大剣を盾のように構え、魔力を高めました。

「火王盾っ!」

 発動した赤いヴェールのような幕が私の前に出現します。そこに赤い弾丸が突き刺さりますが、柔らかく包まれて消えるだけ。
 ですが、雨のような弾丸はその幕の処理能力を上回って突き刺さってきます。

 ──これは、マズい!

 焦燥も束の間、幕が燃え上がって消えます。
 弾丸は、まだ!

「精霊さん、お願いしますねぇ」

 セリナさんの声がしたのは、その時でした。
 キンギョ──(とご主人様はおっしゃってました)のような姿の精霊さんが、空中を水のように見立てて泳ぎ、次々とその炎の弾丸を消滅させていきます!

 静かでいて、強力。

 それがこの精霊さんなのでしょう。
 ガイナス・コブラが動きます。大蛇と呼ぶに相応しい体躯を、恐ろしい速度で動かし、攻撃を掻い潜りながらエキドナに向かいます。

「シャアアアアッ」
『ぐっ!?』

 間合いに入ると同時に飛びあがり、エキドナの喉元に食らい付きます。
 ゴキゴキと骨の砕ける音に加え、緑か紫か、不気味な色の煙がガイナス・コブラの口から溢れます。

『これはっ……毒かいっ!』
「離れて!」

 セリナさんが叫びます。素早くガイナス・コブラが離脱し、入れ代わりで私が剣を構えて突撃します。
 私たち単体ではエキドナに勝てる道理はありません。故に、このチームワークで戦うのです。ヒットアンドアウェイを繰り返し、こっちの損耗を最低限に、相手の損耗を最大限に。

 これはご主人様のアドバイスです。

『面白い、オモシロイ、おもしろいっ!』

 私の風を纏った剣を両手で受けとめながらエキドナは嗤いました。どうして、この魔族は嗤えるのでしょう。

『楽しませておくれ、もっと、もっと!』

 左右からエッジさんとアマンダさんが魔法を撃ちます。私は強引に剣を弾いて離脱し、直後に暴風がエキドナを切り刻みました。
 ──ですが、血を撒き散らすでもなく、エキドナはその傷口から炎を猛らせて回復させていきます。

 これは、使わないと行けないんでしょうね、あれを。

 私は覚悟しながら剣を構えました。

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