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第七十八話

「お、お仕置き、だと……!?」
「そうだ」

 俺は冷たく言ってやる。
 今回の戦いを引き起こしたのも、セリナを拉致したのも、全部、己の腐った理想を叶えるため。
 革命と言えば聞こえは良いが、結局、コイツの場合は自己満足に過ぎない。何より、自分より弱いヤツは消えればいいだの、力を使って何が悪いだの、いい加減気持ち悪い。

「お前のために散っていった魔物が可哀想、とまでは言わないけどさ」

 俺は一歩前に出る。

「特に何かしたわけではないセリナを辱めようとしたり、王都を支配しようとしたり、ってのは、かーなーりいただけない。ましてその理由が理由だ。アホか」
「き、貴様っ……」
「そう言えば、お前、シーナが妹の名を叫ぶときに、愉しいとか言ってたな」

 また一歩前に出る。
 そのたびに、レスタは尻を這わせて下がっていく。

「肉親の叫びを何とも思わないってのは、ちょっとどうかしてるぞ。それもクズい行動だな」
「……何を言う出すかと思えば……」
「あ?」
「ガチャの景品如きが、この我に意見するものではないっ!」

 刹那だった。
 俺の足元に巨大な魔法陣が出現し、更にそこから伸びて来た青白い腕が俺の全身を掴む。

 ――む、力が、吸われる!?

 感知して俺は剥ぎ取ろうとするが、身体が動かない。

「アッハハハハハハハハハハハハ!! 分かったか、分かったかぁぁぁぁぁ!!」

 哄笑が響き渡った。
 俺が力を失っていく分、レスタに力が漲っていく。
 これは、力の逆転現象? 俺の力が、レスタに宿っていく!

「貴様は転生者なのだろう? 知っているぞ、現世で死んだ魂なのだろう? それを女神の勝手で拾われて、景品としてここへやってきた情けない存在だ」

 レスタの腕が再生していく。
 それは俺の魔力をふんだんに使っての再生だった。
 くそ、冗談じゃねぇな。
 俺は何とか抵抗しようとするが、魔力の喪失を留めていられない。

「その罪滅ぼしか何だか知らないが、貴様ら《ガチャの景品》にはちょっとした加護が付与される。それは我らが力の一部を貸与してやっているようなものだ。故にステータスを始め、あらゆる面で優遇される。まぁ貴様は失敗作のようだがなぁ?」

 失敗作だと?
 おいこら今てめぇ何つった!

 確かに俺は残念レアリティとして生まれたけど、失敗作とは思ってねぇぞ!
 だが俺の怒りは声にならない。

「知っているぞ。我は神に近しい存在。貴様が産み落とされた瞬間、どれだけの嘆きがあったか。あまりの出来の悪さに放逐されたその様までな!」

 また哄笑が沸き上がる。

「それがまぁ良く生き残ったものだ。そして生意気にもこの我の前に立ちはだかれたものだ! 色々と幸運が重なったか? 貴様の力を分析すると、随分と色々な力を借り受けたようだな?」

 ステータスウィンドウが強制的に開かれる。
 急激な勢いでステータス値が減少し、固有アビリティも消えていく。
 待て、ちょっと待て! それは!

 俺は焦燥を声にすることさえ出来なかった。

 抵抗も出来ず、力が吸い取られていく。同時に思い出さえ吸い取られていくようで、俺は心が張り裂けそうになった。
 待て、やめろ、やめてくれ――。
 そんな願いは、しかし誰にも届かない。

「単なる仮初めのクセに、デカい面を叩くのではないなぁ?」

 ニヤニヤと笑いながら、レスタの身体が白く輝きだす。
 まさか、《シラカミ》の力が宿ったのか?

「面白い。愉快だ。実に愉快だ。何もない貴様は、ただの役立たずだ。特別だと思っていたか? このゴミクズめ」

 レスタが再生させた腕の指を鳴らす。
 すると、どこからともなく大量の水が落ちて来た。

 まさか、水没!?

「愚か者め。なんのために貴様を地下まで誘導したと思っているんだ?」

 レスタは俺を睥睨して、嗤った。

「余興だ。死ぬまで抗って見せろ」

 魔法陣が消える。
 同時に俺は解放されたが、がっくりと膝をついてしまった。身体に、力が入らない。
 《シラカミノミタマ》は輝きを失っていて、効力がない。それだけでなく、《ビーストマスター》や《魔導の真理》さえ奪われた状況だ。
 辛うじてレベルは保持されているが、単なるR+(レアプラス)でしかない数値だ。

「ごぼっ……!」

 水がとんでもない勢いで満たされていく。
 水位と合わせて俺は上昇していくが、天井まで水が満たされるまでそう時間はかかるまい。そして、いつの間にか赤魚人が姿を見せていた。

 これが、余興か。

 赤魚人と水中で戦うのは無謀だ。
 まして、今の俺の力でどこまで戦えるのか。否、ある程度は戦えるだろう。力は抜かれたが、もう《ヴォルフ・ヤクト》は身体に染みついている。発動そのものに問題はない。
 だが、それも俺の魔力が尽きるまでだ。

 今の残量でどれだけ持つ? 一分? それとも――?

「はは、は、アハハハハッはは八ハハハッ! 素晴らしい、素晴らしいな、貴様の持っていた力は!!」

 考えていると、背を仰け反らせながらレスタが笑う。
 全身から稲妻を迸らせ、さらに魔法の光を灯していく。

「これこそ我が力に相応しい! あは、はは、はははひゃひゃひゃひゃっ!」

 異変は、もう既に始まっていた。
 ぼこん、と、レスタの全身が膨れ上がる。

「ひゃひゃ? な、なんら、情報がとんでもらくはいっれ、あひ、あひひひ?」

 ワケが分からない様子でレスタが声を途切れさせる。
 次の瞬間、その全身から放つプラズマが、けたたましい光と音を立ててレスタの全身を焼いた。

 ばちばぢばぢばぢばぢばぢばぢっ!!

 レスタの身体が跳ね上がっていく。まるで見えない何かに打ち上げられるかのように。 

「あぎぃぃぃいぃいぃっ!? げひ、げひいいっ!?」

 どう見てもあれは、力が制御出来ずに暴走させている。
 おそらく、《シラカミ》の力がひたすらに暴れているのだろうが、俺の時には一切なかった現象だ。

『まったく、当然だな』

 テレパシーがやってきたのはその時だ。ポチである。
 既に《ビーストマスター》の力まで失っている俺とは契約が消えているはずだが、ポチにその様子はない。

『主よ、もう少しで力が元に戻る』
「どういうことだ?」
『この私が、あんなゴミを主にすえると思うのか?』

 実にごもっともな返答である。
 ポチは《神獣》である。俺は単なる偶然に偶然が重なって《ビーストマスター》の力が通用したが、本来そんなものでなんとかなる存在ではない。
 レスタがそんなことを知っているはずがなく、暴走を引き起こしたってことか。

 アレでも《神獣》の眷属なのだからそれぐらい気づけよ、と思うのだが、よっぽど舞い上がっていたか、それともポチを侮っていたのか。

 ポチの予見通り、俺に力が戻ってくる。
 もちろん《神獣の使い》だけでなく、《ビーストマスター》と《魔導の真理》もだ。まさかこっちまで戻ってくるとは。

『その二つの能力も、レスタを拒絶したようだな』

 ポチの声がまた届いてくる。

『その《ビーストマスター》にも《魔導の真理》にも、フィルニーアの強い情念が籠っている。お前以外を認めるはずがない』
「フィルニーア、が……?」
『どっちもその力を宿すのに相応しい器となれるよう、主は教育を受けてきたのだろう』

 その通りだ。
 《ビーストマスター》の制御そのものはセリナに習ったが、《ビーストマスター》としての知識はフィルニーアから密かに教えてもらっていた。《魔導の真理》だって、本来は魔導の知識の塊なのだ。俺がこの異世界へ転生してきてからひたすらに魔法の理論を叩き込まれていたから理解出来ていて、行使することが出来る。
 そもそも《ビーストマスター》だって、フィルニーアが敵を屠っている間に継承したもので、もしかしたら狙って継承させようとしていたのかもしれない。

 なんだ、そうか、そうだったのか。

『私の力もそうだ。確かに主従関係のおかげで力の暴走は起こらなかったという側面はあるが、それ以上に君は優秀な魂の持ち主だ。だからこそ選んだんだよ』
「優秀な、魂」
『今はそれ以上言う必要はないな。さぁ、主。力をはき違えた愚か者に天罰を下せ』

 ポチに促され、俺はただもがいているだけのレスタを睨んだ。
 水はもうかなり入り込んでいて、天井が近い。足元には赤魚人たちが泳いでいて、今にも攻撃してきそうな雰囲気だ。それに、メイだってマズい。

「ご、ご主人様っ……」

 なんとか沈まないようにメイが近寄ってくる。
 俺はそんなメイの頭を撫でてやってから、《魔導の真理》を使って、オリジナルの魔法を構築した。

「《アクア・ブレス》」

 発動させたのは、水中呼吸の魔法だ。
 こんな便利な魔法、今までなかったのが不思議ではあったが、考えてみれば水中は非常に危険だ。この術があったからって身動きが素早くなるわけではないので、開発されてなくてもおかしくはない。
 もしかしたら古代魔法(エンシェント)にはあったかもしれないけど。

 まぁ、今はいい。

 俺は水の中で呼吸しながら、魔法道具(マジックアイテム)のスイッチを入れた。

「――《ヴォルフ・ヤクト》」

 今度こそ、終わりにしてやる。

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