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第七十七話

 何回目の破砕だろうか。

 俺はようやく最深部へと辿り着いていた。
 途中、大蛇と遭遇したり、セイレーンと遭遇したりしたが、どれも撃破して進んだ。もちろん他に大量の罠や魔物が潜んでいたのだろうが、強引に突破してきたのでほぼスルーである。

 最深部は、広いホールになっていた。
 正面にはその湖底が一望できる一面の球面グラスになっていて、ステージのようにもなっている。

 相変わらず壁も天井も白いが、装飾が過度なほどに施されていた。いわゆる玉座のようなものなのだろうか。周囲を見渡しながら歩を進めると、ぼう、と、白い炎が生まれた。

「まったく……本当に無茶苦茶だな、貴様は」

 怨嗟さえ混じった声を放ちながら、白い炎は姿を象る。
 一言で言えば、青い魚人。
 とはいえ、赤魚人よりもさらに人間に近く、どちらかと言えば人間に鱗が生えたようなイメージだ。

「そいつぁどうも。で、セリナたちはどこだ?」
「フン、随分と急いてるのだな? 案ずるな、まだ手は出しておらん」

 鼻で余裕を表現しつつ、レスタは指を鳴らす。すると、天井から青く光る球体が下りて来た。

「貴様が無様に負け、泣きながら命乞いをし、そして情けなく殺される様を見せつけようと思ってな」
「アホか。誰がそんなもん見せつけさせるか」
「ほほほほ、強いことを言うな」

 呆れて言うが、レスタはそれを強がりだと判断したらしい。

「少しは誇ったらどうなのだ? 我が覇道の第一歩、余興の餌になれるのだぞ?」
「あ?」
「我はこれから革命を起こす」

 ゆっくりと、レスタはその両腕を広げる。何の演説だ、これは。

「今まで大人しく隠遁としていたが、力あるものが何故世界に蔓延らない? 何故、力あるものが力を行使して弱気を挫かない? 何故、脆弱なものが我に跪かないのだ? 大人しくしていようというジジイの意図が我には理解できん」

 おいおい、コイツ何を言ってるんだ?

「我以外は全員、地べたを這いずり回っていればいいのだ」

 どこまでも黒い発言に、俺は寒気さえ覚える。
 コイツ、狂ってんのか?
 一瞬本気でそれを疑って、訂正した。狂っているのだ。あんなことを真顔で言えるなど、狂っている以外に何がある。

「我が故の、我がための世界を作る」
「それで、こんなことを起こしたってのか? たくさんの血が流れたぞ」
「崇高な行為に犠牲は不可欠だ。それに弱いから死ぬのであって、我に関係はない」

 コイツ、自分でけしかけておいてっ……!

「ホホホホ、だが、あの娘だけはまだマシだ。その美しさは強さだ。だから、さんざん可愛がって虐め抜いて、屈辱の限りを与えてから、我が子供を孕ませてやるのさ。その後は、我が配下を慰めてくれればいい」

 そう言えば、森の時でもそんなことほざいてたな。
 つくづく、クズだな。

「なんか、子供の理想垂れ流してるけど、頭大丈夫か?」

 そう切り出すと、レスタの顔が引きつった。

「貴様、誰と対峙しているか分かっているのか? 神に近しい存在だぞ」
「その眷属ってのが抜けてると思うんだけど」

 ちくりと刺してやると、レスタは不機嫌に舌打ちした。あ、ここ地雷か。

「その減らず口、まっさきに斬ってやろうか?」
「あのさぁ」

 俺はメンドーになって話題を切り裂いた。
 こっちはとっととセリナを連れて帰りたいだけだ。

「脅しばっかりでもう飽きた。えっと、なんだっけ。親か爺か知らないけど、その方針が嫌でダダこねて地上へ攻め込んで、その上で地上の人間をオモチャにして性的欲求を満たしたいんだっけ? ガキか。いやガキだからこんなことするんだろうけどさ」

 俺は矢継ぎ早に言い募り、さっさと終わらせることにした。

「幾ら何でもやっていいことと悪いことがあんだよ。神に近しい存在とかほざくならさ、それぐらいの分別くらいつけろよ。こっちとしてはスッゲェ迷惑なんだよ。今すぐ帰れ。んでセリナ返せ。あと――」

 俺は全身から敵意と怒りを放つ。

「死にたいって思わせてやるよ。覚悟しろ」
「――……上等だな!」

 いうなり、レスタは虚空を握る。光の粒子がその拳から放たれ、トライデントを形成した。
 なるほどな。さすが《神獣》の眷属。それぐらいはやってのけるか。
 一気にレスタから解放された威圧を感じつつ、俺は前に出る。

「メイは下がってろ」
「はい」

 メイに指示を出してから、俺も魔法道具(マジックアイテム)のスイッチを入れた。

「《ヴォルフ・ヤクト》」

 ず、と、俺を中心に魔力磁場が生まれる。
 《シラカミノミタマ》をオンした状態で使ったのはこれが初めてだが、範囲がかなり広がったな。
 内心で思いつつ、俺は次の魔法を発動させる。

「《クリエイション・ダガー》」

 生み出したのは、七つではなく、二十一もの刃だ。
 しかもずっと刃が鋭いし、魔力の誘導が効く。反面、細かいコントロールはやはり難しそうだ。
 まぁいいか。今回は手加減抜きだし。

 俺は意識を切り替えていく。

 最初に仕掛けたのはレスタだ。
 地面を蹴り、一気に距離を詰めてくる。その速度だけは立派だが、そこはもう俺の間合いだ。

 一瞬の加速で七つの刃が音速を超えてレスタへ向かう。正面と上、そして左右からの同時攻撃だ。

「──ほう!」

 だが、レスタは急停止してトライデントを振り回す。ただ闇雲に振っているのではない。ほんの僅かずつ違う着弾順を見抜き、丁寧に狙いをつけて弾いていく。

 金属音が鳴り重なり、刃はことごとく弾かれた。

 なるほど。磁場フィールドが広いとこういう弊害があるのか。相手との距離があるせいで、相手に反応させる余裕を与えてしまう。
 これは盲点だった。考えれば当然ではあるが。

 加えて、レスタの技量の高さだ。
 攻撃に対する嗅覚もそうだが、それだけに頼らない技術がある。なるほど、偉そうに言うだけのことはあるのか。

「どうした、その程度かっ!」

 初撃を防いだことで余裕が出来たか、レスタは野蛮な笑みを浮かべながら突っ込んでくる。
 速いな。
 トライデントの間合いは槍と同じく広い。俺がもう一度攻撃する前に終わらせるつもりか。

「まずはその四肢をもいでやろう!」

 裂帛の気合いを籠め、レスタがトライデントを繰り出す。直線的ではない。寸前まで狙いの分からない、柔軟な突きだ。

 俺は咄嗟にバックステップし、距離を取りながら刃を牽制に放つ。レスタは鼻息一つで嘲笑い、その刃を撃墜した。
 綺麗な打ち落とし方だ。地面に叩き落とされた刃は無惨にも砕かれてしまう。

「接近戦は苦手か?」

 そういって、レスタはまた接近してくる。
 素早く俺は刃を差し向けるが、レスタは左右に振りながらフェイントを入れ、狙いを定めさせない。
 その上で速度が一段階上昇していた。
 やっぱりな。あれが全力じゃなかったか。もし接近を許して回避していたら、急激に速度を上げて仕留めるつもりだったのだろう。
 俺の予測では、もう二段階は速くなるな。

「《ベフィモナス》」

 接近を拒否するように、俺は地面を踏みしめて魔法を発動させる。
 ぼこっと床が隆起し、幾つもの壁を産み出す。

「甘い!」

 予測していたのか、反射か。
 レスタは産み出した壁をトライデントの一撃で粉砕して接近してくる。待ち構えていた刃がレスタを左右から襲う──が。

 レスタは身を捩りながらその刃を躱し、体勢を立て直しながら接近してくる。
 ギアが上がった。
 その刹那を狙って刃をまた差し向けるが、レスタは見切ったと言わんばかりの鋭さで三つの刃を叩き落とす。生まれたのは僅かな隙。

「《エア──》」

 俺は魔法を放とうとナイフの持つ手を突き出した。
 瞬間、レスタの姿が消える。ギアをトップに入れた証拠だ。
 軌跡さえ終えないはずの速度。――と、レスタは思っていたのだろう。

「《――ロ》」

 発動したのは、風の魔法。
 だが、射出口は俺の手ではなく、俺の頭上に展開していた刃たち。
 それぞれが風の塊は放ち、背後に回り込んだレスタを穿つ。

「っぐあっ!?」

 風の弾丸をまともにくらい、レスタがその場に叩きつけられる。
 俺はすでに振り返っていて、追撃の準備を終えている。放ったのは、上からの刃だ。

「なっ、くっ!」

 レスタは慌てて苦痛に表情を歪めながらもブリッジの要領で飛び起き、さらに後ろへ逃げる。

 ガガガガッ! と地面に刃が突き刺さる。

 だが、その着地点にはもう刃がいる。
 レスタの接近を感知し、刃が射出、レスタの裏ももから貫通した。

「ぎゃあああっ!?」
「《フレアアロー》」

 叫ぶ間に、俺は魔法を解き放つ。 
 貫通した刃から炎が吐き出される。顔面を狙ったつもりだったが、レスタは反射的に腕を跳ねあげて矢を受け止めた。
 何かのマジックのように腕が消し飛び、蒸発の音だけを残す。

「っがあ、あ、あああああああ、あ、あ!」

 悲鳴を上げながら、レスタは膝から崩れ落ちる。
 俺はそれを睥睨しながら、刃を手元に集結させた。

「さて、お仕置きの時間だ」

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