第七十四話
──水竜。
それは、水棲の魔物の中で、《神獣》を除けば最上位に位置する魔物だ。そもそも竜族はどこでも最上位に位置するけど。
ともあれ、低レアリティの上級生たちでは絶対に敵わない相手である。
姿を見ただけでもパニックになるんじゃないだろうか。
それこそ
もっとも、水竜は気質的には大人しいので、ちょっかいさえ出さなければ何もしてこないはずだが……。
『ばっちり興奮してるな』
ですよねー。
一瞬の期待は打ち砕かれ、俺は意識を切り替える。
さすがにアレを放置してたら戦線が崩れる。そうなれば大混戦になって、どれだけの犠牲が出るか分からない。
俺は即座に《ビーストマスター》の能力を発動し、《屈服》させて《威嚇》して魔物どもを追い払う。とにかく範囲を最大限にしたせいでかかりが薄い。多少は時間稼ぎになるだろうが、また戻ってくるだろう。
これに誰よりも先に気付いたのは、同じ《ビーストマスター》であるセリナだ。怪訝な表情を浮かべていた。
とはいえいったん魔物が引いたので、全員が集まってくる。
「グラナダ様、どうして逃がすのですか?」
「向こうに水竜が出た。行くぞ」
疑問に答え、俺は先陣を切る。
「す、水竜!?」
「って、あの水棲系最上位の……!?」
「とんでもないバケモノが出たものだな」
これに驚愕したのはエッジとアマンダで、シーナは平静を装いつつも冷や汗を浮かべている。
「テイムできますかねぇ」
「ご主人様なら出来ると思いますけど」
「グラナダ様なら余裕よねぇ」
おい。あんたら何物騒な会話してんだ。
というか、《ビーストマスター》ではドラゴンのテイムは不可能である。俺には懐いてくれるドラゴンはいるが、あるはそもそもフィルニーアがテイムしたものだし。
ドラゴンをテイムするには《ドラゴンテイマー》というアビリティが必要なのだ。
ともあれ、俺たちは現場へ急行する。
「それで、どうするつもりなんだ?」
訊いてきたのはシーナだ。
「すまんが、水竜が相手なら私は役立たずだぞ。というか、ここにいる君以外の全員が役立たずだ」
「さすがに役立たずはないと思うけど……」
とはいえ、戦力として数えるに心許ないのは事実か。
水竜が厄介なのはその堅牢な防御力だ。上級魔術さえ防ぎ、極大魔法でさえ防がれる場合もある。その上でレーザーブレスを使ってくるので、一瞬で蒸発させるという攻撃力もあるのだから冗談ではない。
唯一、動きが鈍いということが救いではあるが、それでも俺たち人間を凌駕してくるから卑怯だ。
そんな水竜の弱点は、その長い首にある、たった一点。喉仏だ。そこだけは脆弱で、果物ナイフでもさっくりと切れる。
とはいえ、水竜もそれは熟知しているので、当然守ってくる。
正面からぶち当たって強引に押しきるか?
いや、それだと目立つ。それに水竜を単独撃破なんてハインリッヒじゃあるまいし。
だとするなら、あれを使うしかないな。
「ちょっと集中するから、露払い頼む」
「分かりました」
メイに指示を出して、俺は森の出口まで移動する。
ようやく開けた視界の先に、水竜はいた。
体長十メートルを越える体躯に、長い竜。鋼鉄色の鱗。
しかもそれが二匹。
俺は気配を殺しながら、距離を図る。水竜までは大体二〇〇メートル。その先、上空には魔物の群れに吸い寄せられてきたのか、化け鳥がいる。
そいつまでは大体三〇〇メートル、か。
十分に射程圏内だな。
「《クリエイション・ブレード》」
地面に魔法陣を出現させ、俺は二本の剣を呼び出す。
ゆっくりと構え、全神経を集中させて『化け鳥』へ狙いを定める。
──落ち着け。
「《真・神撃》」
深く息をして、俺はスキルを放つ。
世界が加速し、何もかもが線に見える世界の過程で、俺の剣は水竜の首を通過し、終着点の目標としていた化け鳥を斬った。
音が戻ってくる。
振り返ると、光の軌跡は残っていて、水竜の首がずれていく。同時に傷口から稲妻が迸り、炭化させていく。俺の狙いはこれだった。
《真・神撃》は、対象までの直線状のあらゆるものを切断していく。よって、水竜を通過点として化け鳥を最終目標とすれば、切断出来る上にその場で止まらないので、誰かの目にもつかないのだ。
ばきんっ、と剣もまた堪えきれず砕け散っていく。
武器を破壊する代わりに対象と対象までの物体を切り捨てるという絶大な威力をもつこのスキルは、上手く使えばこういうことも出来る。応用すれば、元の居場所へ戻れるのである。
俺は空中で姿勢を整え、今度はさっきいた場所の代わりに木に狙いを定めた。
「《真・神撃》」
また世界が加速し、俺は一瞬で戻る。
一条の軌跡の残滓は、しっかりと水竜の首をはねていた。やはり途中の通過点として水竜の首を狙った結果だ。
首を落としながら炭化していく水竜を見ながら、一行は(特にアマンダとエッジ)唖然としていた。
「は? え? は? 一瞬で向こうにいって、一瞬で戻って来た?」
「マジかよ……水竜を、たった一撃で倒すとか……」
理解が追い付いていないらしく、アマンダとエッジはぶつぶつと呟いている。
「本当に、君には毎回驚かされるな……」
シーナは苦笑しか出来ない様子だ。
「ドラゴンを二体、しかも水竜を一瞬で二体も屠るとか、もはや人外だな。しかしどうしてだろう、君ならあり得ると思ってしまうよ……他のドラゴンスレイヤーが霞んでしまうな」
そういえば、ドラゴンを討伐したらドラゴンスレイヤーって呼ばれるんだっけ?
「まぁ、グラナダ様ですしねぇ」
「ご主人様ですから当然ですよ」
何故か胸をはるセリナとメイ。
お前ら、俺が何でも出来ると思ってるだろ。
「一応言っておくけど、アマンダ、エッジ。誰かに言うなよ。言ったら死ぬより辛い目にあわせんぞ」
念のために釘を刺すと、二人は窒息しそうな勢いで顔を青くさせた。この調子なら大丈夫だな。
「さて、ドラゴンも退治したし、森に戻って間引きの続きをするか」
そう言って森に入ってしばらく。異変が突如やってきた。
霧の奥から飛び出してきたのは、泡だった。それも人が軽く入れるぐらいの大きさの。
背筋が凍りそうになる。これは、危険だ。
「にげろっ!」
俺はそう叫んで、魔力を高める。
だがそれより早く泡が襲撃してくる!
早い!
「《真・神威》っ!」
俺は思いながらもスキルを放つ。扇状に稲妻が駆け巡り、範囲内の全てを炭化にしていく。
──やったか!?
泡に気配はない。故に視認しか方法がないのだが。
ぐっと魔力を吸われた反動に耐えていると、視界の端で泡を捉えた。マジか、今のを逃げたのか!
泡はかなりの速度でセリナへ襲い掛かる。
ダメだ、セリナの反射神経じゃ逃げられない!
やや遅れてメイとシーナが気付き、カバーに入るがこれも間に合わない。
アマンダとエッジは遠い。
「──ポチっ!」
俺の叫びに反応したのはポチだ。
稲妻を纏って弾丸となり、ポチが泡へ特攻する──が。
稲妻は無効化され、そればかりかセリナごと包み込むように飲み込んだ!
セリナは内側から破ろうと暴れるが、びくともしない。
──くそ、ふっざけんな!
ようやく俺の動きが自由になる。
「《ヴォルフ・ヤクト》!」
回収しておいたナイフを放り投げながら俺は
唸りながらナイフは直ちに泡を切り刻もうと刃を立てるが、全部弾かれてしまう。
更にメイとアマンダが踏み込み、それぞれ剣を振るう。だが、それもまた簡単に弾かれた。
「刃物が、きかない!」
「泡の粘膜が邪魔してるのか!」
「だったら、凍らせる!」
そこへ飛び込んだのはシーナだ。
「《氷隷》っ!」
湯気にも見える氷を刀に纏わせ、シーナは泡を斬りつける。だが、僅かに凍る素振りさえない。
これは、魔力そのものを拒絶してるのか。
それでいて物理攻撃も受け付けないとか、どんなんだよ。
とはいえ、《真・神威》でなら破壊できている。過度な魔力をぶつければ破壊できるのだろうが、そんなことをしたらセリナとポチが危ない。
セリナは何回た殴ったり蹴ったりしていたが、無駄だと悟ったのか、険しい表情になりながら座り込む。
『主、これは……アイツの術だ』
泡の中で大人しくしているポチがテレパシーを送ってくる。
『水牢の術。これを扱えるのは《神獣》とその眷族のみ』
「なに……?」
『湖の主とは、まさか《神獣》だったとはな……この力の波動は、間違いなく水を司るとまで言われる《神獣》、ヴァータのものだ。普段は隠遁してる大人しいヤツなんだがな』
吐き捨てるような調子でポチは言う。
そんな大人しいヤツが、こうして襲撃してきてるって、まさか魔族とか絡んでねぇだろうな。
嫌な予感に襲われていると、周囲に水が出現した。
いつの間に、と思う暇もなく、水は壁となりながら俺たちを囲む。
やがてその水の壁に、何かの映像が出現した。
「ククク……やっと見つけたよ、我が嫁よ」
シルエットのせいで良く見えないが、人型のようだ。
こいつがヴァータか? それとも――魔族か?
「初めまして。と言っておこうか。我が名はレスタ。ヴァータの跡を継ぐものだ」
そのシルエットは一礼してから、セリナを見ているようだった。
「まずは君との挙式を行わなければ。幸せな初夜になることを保証しよう。案ずるな。すぐに我の虜になるさ。それと新しい住処も必要だな。今、王都を滅ぼそうとしているから、もう少し待っていていくれ。そこを新居にしよう」
「おいコラ、何勝手に話を進めようとしてんだ?」
「おお怖い。こんな連中がいる国など滅ぼしてしまおう」
俺が抗議を上げると、シルエットはただそういうばかりだった。
「全ては我の覇道のため、さ」
そう言った直後、いきなりシルエットは動き出した。