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第七十三話

 ふわり、と、生み出した七つの刃が俺の周囲で浮遊する。
 それぞれとのリンクを確認して、俺は静かに《屈服》を解除した。

「っぎいいいっ!」

 待っていたかのように魔物たちが一斉に躍りかかる。
 瞬間、俺の魔力が迸った。

 ナイフが一瞬で加速し、音を超える速度でテリトリーに入った魔物の首を掻っ切る。
 そのナイフは高速で移動しながら次の獲物を狩る。それが七つ同時進行で行われ、次々と血飛沫があがった。その惨劇を前にしながらも、魔物たちは左右に展開して襲ってくる。
 だが、どこに移動していようが間合いに入れば同じだ。
 凶刃とも言える刃が魔物へ襲い掛かり、次々と命を奪っていく。

 時間にして、五秒くらいだろうか?

 積み上がったのは死屍累々。出来上がったのは血の池。周囲の木々には血飛沫が吹きかけられ、どんな殺戮が行われたのかと思うぐらいだ。俺に返り血がないのは、ナイフの角度を調整して浴びないようにしているだけだ。

 ふと、木々の上に登っていた魔物たちが上空から襲ってくる。

 だが、それも同じこと。
 ナイフが閃き、一瞬でゴブリンたちを切り刻む。
 血の雨を降らせながら、ゴブリンの首が足元に落ちてきた。

 しん、と沈黙が落ちる。

 《ヴォルフ・ヤクト》。
 狼の狩猟と名付けたこの技は、一定の範囲内の敵を全方位から切り刻むオリジナルのスキルだ。

 これが、俺の新しい戦闘スタイルである。
 ここ一か月、寝る間さえ惜しんで研究に明け暮れた成果でもある。

 まず、俺が両手に持つナイフ――お手製のオリジナル魔法道具(マジックアイテム)を起動させる。これは俺の魔力を吸い込み、一定の範囲に特殊な魔力磁場を発生させるものだ。
 次いで、《クリエイション・ダガー》でナイフを精製するのだが、この時、特殊な魔石を埋め込んでいる。ここが一番苦労した部分だ。
 魔石は本来、《クリエイション》で再現できるものではない。何故なら、全容が解明されていないからだ。
 ただ、魔力を貯めこみ、発散させる特性を持つ石、としか認知されていない。俺も研究してみたが、まるでダメだった。
 故に、オリハルコンやミスリルといった、構造体からして魔力を貯めこむ性質を持っている鉱石からイメージを膨らませ、俺の魔力にだけ感応するような疑似的な魔石を生み出したのだ。

 こうすることで、魔力磁場を介して俺の魔力、意思に呼応し、自在に操れるようになったのである。

 ちなみにこの磁場の効果範囲は七メートルだ。これぐらいの距離があれば、不意に攻撃を受けても反射で対応できる。
 もちろん攻撃だけでなく、防御にも使える。

「おい、どうした?」

 俺は一応魔物に向けて挑発を放つ。
 だが、一匹とて動かない。まるで恐怖に竦みあがっているようだ。
 おかしいな、魔物は闘争本能が異常に強く、特に集団で行動している際はちょっとやそっとの恐怖など捻じ曲げて襲い掛かってくるはずだ。
 それがない、というのは少しおかしいな。

 思っていると、怯えて動かない魔物を押しのけて、三匹の魔物がやってくる。

 筋骨隆々の肉体に、強靭な赤い鱗。厳つい表情は、魚と人間の中間。

「赤魚人か」

 独りごちると、三匹が構える。
 赤魚人は、淡水魚系水棲魔物の上位に君臨する。強靭な肉体からくる運動能力、鱗の防御力。更に知能が高く、水魔法さえ使いこなす。低レアリティの冒険者にとっての壁的な存在だ。

 さすがにこのクラスともなると、怯むことはしないか。

「じゃあ、とっととこい!」

 俺が声を放つと、赤魚人が飛びかかってくる。
 大袈裟なまでに地面を爆裂させて特攻してくるのは、ブラフだ。
 本命は、隠れるように左右へ展開した二匹。

 ちらりと意識を向けながらも、俺は《ヴォルフ・ヤクト》で真正面から特攻してくる赤魚人へナイフの刃を向ける。それを感知したか、赤魚人は筋肉を隆起させ、さらに鱗に魔力を通わせて硬度を上げる。
 なるほど、それでナイフの一撃を受け止めるつもりか。

 甘く見てもらっては困る。

 俺の思考を反映させるように、ナイフが急加速し、音速の領域で赤魚人の四肢を貫通した。

「ゴガアアァァッ!?」

 上がる悲鳴。
 だが、ナイフは一切の容赦なく切り返し、次々と赤魚人を切り刻んだ。
 刹那だった。
 左右に展開し終えたのだろう、赤魚人が魔力を高め、口から《アクアショット》を放ってくる。
 この魔法は水の弾丸とも言えるもので、直撃すれば腕の一本や二本、簡単に持っていかれる威力のある中級魔法だ。速度もあるが、連射できることが強みで、回避しても次々と追撃がやってくる。

 まぁ、ちょうどいいか。

 俺は冷静に思考しつつ、二対のナイフを左右に展開した。

「《クラフト》」

 敵の魔法が襲い掛かる寸前、俺の魔法が発動する。
 それは磁場を介して伝播し、《ナイフから魔法が発動》した。
 直後、見えざる壁に阻まれて水流の弾丸が弾かれていく。これに驚いたのは赤魚人だ。
 まさか防げるとは思ってなかったんだろうが、まだ甘い。続きがしっかりある。

「《フレアアロー》」

 もう一対のナイフに魔法が伝播し、ナイフの切っ先からマグマ色の矢が放たれる。
 不意を討たれた――というより、予想外の場所からの魔法攻撃に赤魚人たちは反応を遅らせ、直撃を受ける。

 ばぢゅっ!

 と、生々しい音を立てて蒸発した。

 また沈黙が落ちる。
 これが、《ヴォルフ・ヤクト》のもう一つの特性だ。効果範囲内であれば、魔法を伝播してナイフから放出させることが出来るのである。しかも今まで一発しか出せなかったものでも、ナイフからならナイフの数だけ放つことが出来る。
 いわば、立体機動砲台としての活躍も期待できるのだ。

 まぁ、伝播させる関係上、威力は多少減衰するし、ナイフに伝播させる数だけ魔力も消費するが。

 ともあれ、このトリッキーな攻撃は多彩で、非常に強力だ。
 一定範囲における同時広角度攻撃、及び、魔法における攻撃。まず初見殺しでもあるし、何より手数で相手を圧倒させられる。
 試験運用で使ってみたが、予想以上の効果だな。

「……で、どうしようかな、これは」

 俺はますますもって怯える様子の魔物を一瞥してため息をついた。
 これでは足止めにはなっても殲滅にはならない。俺たちの今回の役目は森から攻め込んでくる魔物の間引きである。

 とはいえ、こっちから距離を詰めることは出来ない。
 俺が突出してしまうと、他の二班の背中が露見し、攻撃されるかもしれない。

 撒き餌である血を中心に三角形で展開したのは、互いの背中を守るためでもあるのだ。
 それを崩すのは愚の骨頂だ。

「……仕方ないな」

 俺は魔法道具(マジックアイテム)の発動を中止し、代わりに《シラカミノミタマ》をオンにした。
 ぐん、と音が鳴るようにステータスが急上昇し、呼応して自動的に威圧が放たれ、魔物たちを完全に震え上がらせる。ちらほらと逃げる魔物も出てくる始末だ。
 今、この場にいるメンバーは全員俺の力を知っている。アマンダとエッジに関しては披露していないが、脅せば誰にも話すことはしないだろう。

「――《真・神威》」

 俺はさっと腕を真横に薙ぎ払った。
 直後、空気が戦慄き、光の亀裂が周囲へ走っていく。やや遅れて轟音が響いた。

 ――ばぢばぢばぢばぢばぢばぢっっ!!

 まるで容赦のない一撃は、扇状に全てを薙ぎ払い、炭化させていく。
 断末魔さえ許さないその必殺の一撃で、俺の担当する方角の魔物はほぼ駆逐された。ついでに見通しも良くなった気がする。

「っと、来るか」

 気配が動く。
 森の方の奥から魔物の群れが接近してきていた。こっちは戦意に満ち溢れている様子だ。

 そうでなくてはな。

 実戦でダガーはどれだけ運用できるのか、磁場の耐久時間はどれくらいか、どんな魔法がより効果的なのか。実験したいことは山ほどあるからな。
 接近してくる魔物を前に、俺は《シラカミノミタマ》をオフにして魔法道具(マジックアイテム)をオンにした。《シラカミノミタマ》はステータスをとんでもない数値にしてくれるが、逆に細かい制御が大変になるのである。もっと《ヴォルフ・ヤクト》に慣れてから《シラカミノミタマ》を使わないと、繊細な制御が出来なくなってしまう。

「よし、どんどんこい!」

 俺は接近してくる魔物の群れへ刃を向けた。
 ――また、血飛沫が舞う。
 返り血を器用に回避していると、テレパシーが飛んできた。ポチだ。

『主、森の中を通過する巨大な気配を察知した』
「こっちへ来るのか?」
『いや、撒き餌に釣られている様子はないな。このままだとこっちへ寄らずに森を出てしまう』
「それってマズいか?」

 訊ねると、一瞬だけ戸惑う空気が流れる。

『そうだな――マズいだろうな。何せ相手は、あの水竜だ』

 その爆弾発言に、俺は危うく《ヴォルフ・ヤクト》のコントロールを乱すところだった。

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