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第七十二話

 俺たちが配備されたのは、学園でも西北側だった。こっちは森があって、その奥に海岸線があることから、入り乱れている状況だ。混線模様とも言う。
 しかも魔物が展開したのか、霧が発生している。

 当然、こちらもバカではなく、不用意に森へ入らず、森から出てきたところを仕留めていく、という戦法だ。

 だが、敵の数が多い上に戦線が低レアリティの上級生たちで構築しているせいで徐々に圧迫されてきているらしい。

「で、森の中へ入って魔物を殲滅? 新入生にさせることじゃあないだろ、これ」

 森の中へ入りながら、俺は愚痴る。
 敵の数が多いなら間引けばいいじゃない的な、脊椎反射よろしくな作戦である。

「だからこそ、だろう?」

 だが、シーナはむしろ胸をはって言う。

「相手は水棲の魔物だ。地上で戦うのであれば脅威は高くない。むしろゴブリンの方が手強いくらいだ」
「まぁ動きも鈍いし、強力な連中はそもそも水から出てこれないからな」

 これが海の魔物となれば脅威レベルの段階が上がるのだが。

「赤魚人は少し警戒すべきだが、数は少ない」

 相手は水棲ゴブリン、水棲コボルト、半魚人が主力らしい。どれも水辺で遭遇すると気を付けないといけないが、森の中では愚鈍な的でしかない。
 まぁそれでも毒もちがいたりするから油断できないし、攻撃を受けるわけにはいかないけどな。

 ちなみにワガママ言いまくった二人は主戦場となっている草原にいる。今頃激しい戦闘を繰り広げているだろう。

「というわけだから、と、この辺りでいいか。森からそんなに深くないし、動き回るには悪くない」

 確かに森の中にしては動きやすい空間だ。
 おそらくここで爆発か何かあったんだろうな。木々はなく、背の低い草が生えた、円形状の広場みたいな所だ。
 見通しは霧のせいで悪いが、風の魔法で散らせばいい。

 シーナは懐から革の水筒を取り出した。

 なんだ、と思う前にポチが嫌な感情を表に出す。

「これは家畜の血だ。これで魔物を呼び寄せる」
「まったく、俺たちは撒き餌かよ……」
「私は幸せですけどねぇ、グラナダ様といれて」

 肩を落とす隣で、セリナは朗らかだ。反対側ではメイもウキウキしていた。

「メイも嬉しいです。久しぶりにご主人様のお役に立てると思うとっ……!」

 とてもこれから戦場に向かう雰囲気ではない。
 まぁ、森の中から気配はかなり感じるけど、強さは全然大したことないしな。

「よし、中心地にばらまくぞ。フォーメーションは覚えているな」

 シーナの確認に、各々頷く。
 三班に分かれ、撒き餌である血液を中心に三角形を作るイメージで配置される。

 編成はシーナ、セリナ、ポチと、メイ、アマンダ、エッジ。そして俺だ。

 俺は単独でもどうにでもなるし、セリナは《ビーストマスター》なので強力だ。接近戦をシーナとポチでカバーすれば問題はない。
 だが不安なのはアマンダとエッジだ。
 能力的に不足はないが、精神面では極めて不安が残る。そこを経験豊富で、かつ殲滅力の高いメイの出番だ。
 下手しなくてもメイだけで戦線維持出来そうだしな。二人はサポートさせたら良いだろ。
 などと考えながら二人を見ると顔を青くさせていた。

「っていうか、なんかさっきからテンション低いぞ、お前ら」

 思わずツッコミを入れると、二人は何かに怯えているようだ

「いや、森だからさ……」
「いや、霧だからよ……」


 しっかりとトラウマが刻み込まれているようである。
 っていうかエッジはともかく、アマンダまでどういうことだ。あれか、アリシアが何かした後遺症か。
 このままでも面白いとは思うが、戦力として期待できないのは痛い。最低限働いてもらわないと困るのである。

「まぁ、ビビるのはどうでもいいけどさ、お前らんとこにはメイがいるんだぞ」

 ビビってんなら、もっと怖い目に遭わせてやればいい。

「もしメイに何かあってみろ。……──殺すぞ?」

 真顔になりながら威圧を放つと、二人は飛び上がった。

「は、ははははははいい」
「わ、わわかわかわかわ」

 よし、これで大丈夫だな。
 二人のことを気にしていたらしいシーナに目線を送って合図をすると、シーナは頷いてから分厚いナイフを取り出して水筒に切れ目をいれる。

 どぼどぼと、ドロドロになったクラッシュゼリーのような血液が地面に落ちていく。一気に生臭くなるが、我慢だ。

 周囲の気配が、劇的な反応を示す。

 おーおー、効果覿面だな。
 素直すぎる反応に呆れながら、俺は戦意を高めた。

「くるぞ! 全員、戦闘配備!」

 シーナが怒号を飛ばす。
 同時に俺は《エアロ》を放ち、周囲の霧を凪ぎ払って視界を確保した。
 直後、森の影から一斉に影が飛びかかってくる。コボルトたちだ。
 とはいえ、動きは驚異的でもなんでもない。しっかり目で捉えられるし、とても早いとは言えない。

「それじゃあ、いきますねぇ。みんな、出ておいでぇ」

 セリナの呼び掛けに応じ、セリナが蓋をあけた試験管のような筒から何かが飛び出てくる。
 ウンディーネ、ウィンドフォックス、ガイナスコブラ。そして、キマイラ。セリナの主力たちだ。
 特にガイナスコブラ、キマイラは凶悪だ。

「やっちゃってぇ」

 セリナの命令に従い、彼らは一斉にコボルトたちへ襲い掛かる。そもそもの格が違うのに、地上と言うコボルトたちにとっての悪条件。
 もはや勝負ではなく、ただの狩りだ。
 切り刻まれ、噛み砕かれ、押し潰され、引き裂かれ。
 刹那にして血飛沫が舞った。

「わんっ!」
「いくぞ!」

 そんな惨劇をも乗り越えて、今度はゴブリンたちが特攻してくる。そこに立ちはだかったのは、ポチとシーナだ。

 一瞬の加速でポチは肉薄し、その白い体躯に稲妻を纏わせて突撃、三匹のゴブリンに風穴を空けた。
 ざっ、と地面を抉りながら着地して方向を直角に変え、横手から新たなゴブリンに奇襲をかける。その牙が、爪が閃く度に、魔物の命が散っていく。

 一方のシーナも凄まじい。
 冷気の軌跡を残しながら剣を鮮やかに流し、次々と魔物を仕留めていく。約一ヶ月半しか経過していないが、また一段と腕をあげている様子だ。

 ま、こっちは安全パイだしな。

 意識を移すと、メイたちも戦闘が始まっていた。

「でやあああっ!」

 気合一発、低い身長を活かしてメイが飛び込み、大剣を振り回して魔物どもをぶち上げていく。
 振り抜いたところをゴブリンが躍りかかろうと爪を伸ばすが、メイは回転力を活かして剣をさらに振り回し、腕ごと薙ぎ払った。
 そこで終わらない。
 メイはさらに一歩踏み込み、横薙ぎに払って三匹まとめて斬り飛ばした。

 豪快の一言につきる攻撃だが、実に繊細な重心移動と鋭い斬り方だ。
 おそらくシーナとやりあっても勝てるだろう。シーナには申し訳ない話だが。

「はあああっ! 風王拳っ!」
「だあああっ! 風王剣っ!」

 その左右で、エッジとアマンダが攻撃を繰り出していた。
 風の拳が唸り、剣が唸り、左右からメイへ攻撃しようとしていた魔物を屠っていく。メイと比べられるレベルではないが、鋭くなっている。
 ステータスには恵まれているので、この程度の敵に後れを取るとは思えないが、実戦経験がないから、その点が不安だったのだが、俺のハッパで(脅しとも言う)乗り越えたらしい。

 こっちもまぁ、大丈夫そうだな。

 ひとまず安心して、俺は正面を向き直る。
 魔物どもは俺に近寄ることが出来ない。当然だ。《ビーストマスター》の能力で《屈服》させているからな。もちろん、このまま《主従》させて同士討ちに持っていくのも手ではあるが――。

 俺はナイフを抜いて構えた。
 その柄尻には赤く輝く石が埋め込まれている。これは魔法道具(マジックアイテム)だ。もちろんオリジナルである。この一か月、寝る間を惜しんでようやく完成させた一品だ。

 多数の魔物を相手に、俺は一歩前に出る。

 この先、《シラカミノミタマ》が使えない場面が出てくるかもしれない。今のように、メイの助けが期待できない時があるかもしれない。そんな時、地力でも戦える能力が欲しい。
 そんな思いで完成させたスタイルだ。

 俺のステータスは魔法使い型の万能型。接近戦もそれなりにこなせると言えば聞こえは良いが、魔法を究めたとしても完全魔法使い型には及ばない。故に、魔法を突き詰めるだけではダメなのだ。
 そして、出した答えはこれだ。

「《クリエイション・ダガー》」

 静かに唱えた魔法に呼応し、地面に小さい魔法陣が七つ出現し、鋭い切っ先を持つ刃が出現する。
 同時に俺は魔法道具(マジックアイテム)を起動させた。

「――《ヴォルフ・ヤクト》」

 それが、俺の名付けた技だ。

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