第七十一話
魔物討伐実習。
これは本来、もっと訓練を重ねて行うカリキュラムだ。
何せ、特進科と呼ばれるこのクラスでさえ、実戦経験者は少ないのである。その上で、まして魔物の群れを相手にするのはかなり危険が伴う。
それもあってか、クラス中に動揺が走る。
いくらレアリティが高くて、レベルがそこそこあったとしても、実戦経験が初めてであれば誰でもそうなる。俺だって初めて魔物と戦った時は震えたもんだしな。
などと思いつつ、俺はちらりとクラス中を観察する。
この中で動揺してないのは、フィリオとアリアス、そしてセリナか。エッジは少し緊張している様子で、アマンダは顔色を悪くさせている。他の連中は完全に動揺している感じか。
「既に先輩諸氏たちが対処に当たっているが、魔物の群れは類を見ない数で、対処に困っている」
「軍に救援要請は?」
すかさず声を上げたのはセリナだった。
「しているが、どうやら王都の入り口の方にも魔物の群れが出現しているようでな。ほとんどがそっちに人員を割かれている様子だ。一応、橋の安全は確保してもらった上で何人か援護にきてる、って程度だな。冒険者向けの緊急クエストも発しているが、何人がこっちへ来てくれるのか分からない状況だな」
緊迫した様子で担任は言う。
ってことは、援軍はそんなに期待できないって感じだな。
湖の上という立地もあるだろうが、ここは冒険者を養成する学校だ。戦力があると思われているのだろう。まぁ教師陣は引退したと言えど歴戦の冒険者だし、上級生ともなれば実戦経験も多いだろうし。
もちろん見捨てられることはないだろうが、順番としては後回しかもしれん。
いくら貴族たちばかりだからって、民衆の防衛が最優先なのは当然だからな。
「そこでお前たちにも出て貰う。言っておくがこれは実戦だ。主に後方支援にあたってもらうが、それでも魔物と衝突しないとは言えん」
何が起こるか分からない。それが実戦だからな。
とはいえ、学園側としても犠牲は出すつもりはないはずで、作戦はしっかり立ててくるだろう。
「低レアリティの新入生は補給と救護係を担ってもらう。お前たちは非戦闘学科の生徒の避難誘導だ。橋を渡ることにはなるが、さっきも言ったように軍が安全を確保している。とはいえ、奇襲がないわけじゃないから気を引き締めろよ」
本当に後方支援だな。
これなら前線に出るより遥かに安全である。
「特に魔法を主軸にしてる奴等は主力になる。魔力水は支給してやるから遠慮なく使っていくように。ただし味方を巻き添えにするなよ」
生徒たちが頷くのを待って、担任は続ける。
「接近戦を主軸にしてる奴等は、まともに魔物と戦う可能性がある。魔法をかいくぐってきた連中を相手取ることになるからな。絶対に一対一で挑むな。常に数の有利を取って戦うこと。いいな」
これは重要なことだ。
数の上での有利は、ちょっとやそっとのアドバンテージではない。安全性も跳ね上がるというものだ。
担任はさらにタメになるアドバイスを矢継ぎ早に送っていく。時間はそんなにないらしい。
「それと、最後に。前線に参加してもらうメンバーを発表する」
え。
まさか、例外ありかよ!
いやいや、俺が選ばれるはずがないわな。
「これは模擬戦の結果や訓練の成績を考慮してのものだ。まずはフィリオ、アリアス、セリナ、エッジ、アマンダの五名。お前らは期待の
ほっと、安堵した瞬間だ。
「グラナダ。お前も出ろ」
「えっ、嫌ですけど」
「却下だ」
反射的に言い放った拒絶を、担任は一言で切り捨てた。ひでぇ。
「お前は付き人に
「ああ、そういうことですか」
「加えて、お前は魔物もテイムしているからな。アイツも戦力になるだろう。お前がしっかり指示してやれば、だろうがな」
「アッハイ」
つまり俺自身は要らないってことですね。
俺は無感動無表情に言った。
何故だろう、どことなく侘しいような虚しいような。いや、いいか。
事実としてアマンダとの模擬戦は見られてないし(ラッキーパンチってことで片づけたし)、エッジとのチーム戦ではアマンダが主力だったってことにしてるし。それに教官との模擬戦だって《シラカミノミタマ》をオフにしてるから連戦連敗だし。
つまり、教官への心証評価は極めて目立つものではない。
まぁ、妥当な評価なのかもしれんな。
思い直しつつも、俺はため息を漏らす。
「今呼ばれたメンバーは教室に残っておくように。後で迎えが来るからな。後は全員俺についてこい」
ガタガタと席を立つ音が立て続けになり、みんなが出ていく。
「グラナダくん、がんばってね」
「君なら大丈夫だと思うけどさ」
声をかけてくれたのは、ニコラスとセルゲイだ。
この二人は魔法使いなので後方支援でも後衛だ。そこまで心配はないだろう。ちょっとうらやましい。
「まぁ、なんとかやってみるよ」
俺は苦笑を返し、彼らを見送った。
廊下で担任は生徒たちを集め、さっさと引率していく。入れ替わりでやってきたのはメイとポチと、居残った付き人連中だけだ。
そして落ちたのは居心地の悪い沈黙だった。
なんとなく空気が重いので読書することにしようか?
それなら沈黙を守れるしな。
どこか後ろ向きな思考で俺はカバンを漁る。何にしようかと悩んでいると、ドアが開かれた。
「待たせたな。少し魔物を片付けていて遅れてしまった」
カツカツと音を立てて入ってきたのはシーナだった。
一瞬目が合って、シーナはニヤりと笑った。あれは分かっていたぞ、と言外に言ってきてるな。
遅刻の言い訳の通り、シーナは魔物を始末したのだろう、鎧に血がついていた。そんなシーナに続いて、二人の騎士が入ってくる。背中のマントからして近衛騎士だ。
おいおい、近衛騎士様が三人って豪華だな。
近衛騎士は王族の護衛にもつく、騎士の中でも高身分だ。実力と品性を兼ね備えていないといけないからな。
「私が言うのもなんだが、時間がない。素早く状況を説明する」
そう前おいて、シーナは早速持っていた地図を広げた。
学園の地図だな。
「さて、それでは二人ずつのペアになって──……」
「「一人でいいです」」
シーナの声を遮って訴えたのは、フィリオとアリアスだった。って声揃えたぞ今。おーい、だからって睨み合うなー。
もちろん俺が止めるつもりはない。
むしろ俺の中ではこの後、どうクラスメイトと関わって自分の立ち位置を維持するのかで頭がいっぱいだ。
「…………ほう。魔物の群れを相手にか?」
シーナは声の中に威圧を籠めて言う。
「これは内密の情報だが、湖の主の一族も動いている。下手しなくても上級の魔獣と戦うことになるぞ」
それ、もう内密じゃあない情報だな。
相変わらずの自動自白装置っぷりに俺は辟易した。
「構いません」
「敵ではない」
だが、二人は即答した。
よっぽど自信があるみたいだな、この二人は。
確かにこの二人は強い。もちろんクラスの中では、って限定だけど。おそらく実戦経験もあるのだろう、魔物の群れと聞いても怖じ気付いていない。
まぁ、蛮勇かましたアマンダって例もあるけど。
「そうか。だが単独行動は認められない。味方の犠牲は最小限に、敵の犠牲は最大限に。これが兵法の基本だ。今回の魔物の群れの襲撃は戦争と言っても良いんだ」
シーナの威圧が高くなる。
「たかだか新兵にもなってないような奴等が、偉そうにグダグダ言って良い状況ではないということだ」
いっそ強烈な一言に、二人も鼻白む。
「で、でも、こんな連中にっ」
「そうだ。格下と組んで効率が下がったらどうする」
「ほう。貴様らの意見は一理ある。良いだろう、遊撃隊としての許可を下ろす。ただし、我らの指示には従ってもらう。この近衛騎士たちとペアを組め。良いな?」
もし断ったら、とさりげなく脅しが入っている。
いつの間にそんな話術手に入れた。
「残りはすまんが予定変更だ。私が引率する。構わないな」
まぁ勝手知ったるシーナだしな。
俺が頷くと、全員が頷いた。
「よし、早速行動開始だ。各員、リーダーの元へ集まり、行動へ移すこと。戦いはもう始まっている。迅速に動けよ」
そういって、シーナは手を叩いた。
さてさて、これからどうなることやら。