第五十四話
問題の貴族がいるのは、貴族街ではなかった。
陰険なアンダーグラウンドな街の奥、高級な娼婦館だった。
この周辺だけは道も舗装されていて、少しだけ明るい。
っていうか、王都って治安が良いイメージ強かったが、こんなとこあるんだな。
まぁ、悪は一か所に集めた方が治安を維持しやすい、とも言うしな。
とにかく問題は貴族だ。
俺はハンナに懐かれた少年の振りをして館へ案内される。
中はどこかムッとしていて、そこら中に女がいる。しかも、当然だが全員エロい恰好だ。化粧も色気を際立たせるものになっているし、仕草も常に誘っている。
「は。ガキには刺激が強いか?」
カジュは小ばかにした調子で言ってくる。よし、コイツ後でぶっ飛ばす。
だが今は我慢だ。
そっと目を逸らしていると、カジュは螺旋階段を上がっていく。
例の貴族は、その中でも最高級の部屋にいた。
カジュがノックしてから入ると、そこは豪華絢爛そのものだった。なんだか黄金のトイレがありそうな勢いである。どこの王城だよ。
などと思っていると、円形のベッドの上で貴族は女を侍らせていた。
うわぁ、いかにも悪い貴族って感じ。
なんでこの手の貴族はみんなデブでカエルみたいな顔なんだ? あと、白いバスローブだし。
「カジュ。貴様が来たということは……」
「はい。連れてきました。あのアイシャの妹、ハンナです」
言いながらカジュは身体を半身ずらし、ハンナを貴族に見せる。
すると、貴族はたるみまくった頬を醜く歪め、笑んだ。
これぞ醜悪ってやつだな。
俺は密かに魔力を練り上げつつ、貴族がやってくるのを待った。
「ほおおおおおおお! 貴様があのアイシャの妹か! ふひひ、意外とカワイイのぉ、後で抱いてやるとしようか。どうせ初めてじゃろう? 安心しろ、私は上手だぞ?」
奇声を上げたところから、ハンナが少し不快そうに眉を寄せる。おお、初めて表情を見たぞ。
ってことは、それだけ嫌ってことか、コイツが。
まぁ、確かにキモいわな。まだ一〇歳にも満たないだろう子だぞ?
「これでアイシャも我の言いなりになるな! すぐにでも身支度を整えよ! 愛する我が息子の限界突破の方法を占わせるのだ!」
貴族が誰かに命じながらベッドから出た、その瞬間を俺は狙っていた。
「《ベフィモナス》」
俺は魔法を発動させ、床を変形させる。
それはツルのようになって、デブ貴族を容赦なく絡めとった。
もちろん貴族だけではない。カジュも案内役の男も、周辺にいた執事らしき人間も、娼婦も、だ。騒がれるのが面倒なので、貴族以外の全員は口を閉じさせる。ついでにカジュだけはかなりキツめに縛り上げた。
「なぁぁぁぁあああっ!? なんだ、これは!?」
「魔法だよ。それぐらいわかれ、このハゲ」
狼狽して唾を飛ばしまくる貴族に向け、俺は言う。
「な、なんだぁ!? なにをほざいたんだ、このクソガキめ!」
「悪いけどさ、って全然悪いとも思ってないんだけど、アンタがアイシャを強引に占わせようとしてて、色々と罠にはめてるってのは事実なんだろ?」
さっきので言質を取れてるからな。言い訳はさせないぞ。
「だ、だからなんだっていうんだ! クソガキには関係あるまい! っていうかコレ貴様がやったのか!」
「そうだよ? それと、こんなことも出来る。――《ベフィモナス》」
俺は平然と言ってのけてから、また床を変形させた。
それは槍となり、貴族の頬をかすめる軌道を描く。つ、と、頬から出血する。
「マァァァァァッ!? わ、わ、私の頬から血が、血がぁぁぁぁぁあっ!?」
「ガタガタうるせぇな、少し黙れ」
「ふ、ふふふ、ふざけるなっ! 貴様、何をしているのか分かっているのか! 私は貴族だぞ!」
「はぁ?」
俺は思いっきり不機嫌を露わにした。
そして、ここぞとばかりに俺はグローブを外して指輪を見せつけてやる。
瞬間、貴族の顔が一変した。
「そ、そそそそそ、それはっ、国賓の証っ……!? な、なんでそんなものをっ……」
「決まってるだろ? 王から貰い受けたからだ」
俺は横暴に答えながら、貴族に近寄っていく。
「俺の仕事は、テメェのようなバカやる貴族を懲らしめることだ。アイシャを占わせるためだかなんだか知らないけど、ちょっとやりすぎだぞ」
「ひぎぃっ!?」
俺は言い終わってから、一発ビンタを喰らわせる。
「というわけだ。今すぐアイシャを無実だと言って解放させろ。んで諦めろ」
「そ、そんなことっ……」
「やらないって言うなら、殺す」
俺は即座にその言葉を使い、手のひらに炎を宿す。別にこんなクズみたいなことを平然と出来るようなヤツ、死んでもいいと思ってるしな。
いっそ冷たい目で睨んでやると、貴族は悲鳴のような引き付けを起こした。
「俺はお前を殺す権利も持っている。何せ、王が密かに結束させた裏組織の人間だからな」
ニヤリ、とニヒルに笑ってやると、貴族はますます顔を青くさせていき、だらだらと脂汗をかきだした。
「さて、どうする? このまま死ぬか? それとも――悔い改めて解放するか?」
俺の突きつけた選択肢は、貴族にとっては選択肢ではなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
アイシャが解放されたのは、それからしばらく経ってからだ。
アイシャはすぐに俺を家に招き入れた。なんでも言う事を聞く、といったからだ。
ちなみにあの貴族はあっさりと捕まった。その場で白状させたからな。実行犯である占い師四天王や黒ずくめ、更にはカジュも検挙だ。
まぁ、俺は許したとしても、法律が許してくれないわな。そこまでは知らん。
驚いたのは、カジュが実はアングラ組織の元締めだったってことだ。
意外な大物を検挙できて、刑務官も喜んでいた。
これでアングラ組織に風穴が開けられるらしい。それは良いことだとは思う。
「それで、あんたの限界突破の方法を占えばいいんだろィ?」
アイシャとハンナの家は、アパートの一室だった。
そこまで広くはないが、綺麗に整頓されている。まぁ、あちこちにゴーストズがいるんだけど。しかもアイシャが近寄るたびに讃えてくるし。
しかもアイシャはそれで居丈高になる。
こいつ、牢屋じゃあハンナに犬扱いされて悦んでたはずなのに。変態だな。まさしく変態だな。
「まぁ、そういうことになる。今の俺にはどうしても必要なことなんだ」
「なんとなく事情は察知したし構わないさねィ」
「分かるのかよ」
「テンセイ術を舐めちゃあいけないねィ」
ちっちっち、と舌を鳴らしながらアイシャは指を振った。
いつのまに占いやがったんだ、コイツは。
「とにかく、さっさと占っちまうか。アンタ時間ないんだろ」
そこまで分かるのか。凄いな。
一瞬詳しく聞きたくなったが、今はそれどころじゃあない。
「ああ、頼む」
「言っとくけど、今回は特別だからね。このことは……」
「他言無用だろ? 分かってる」
頷きながら言うと、アイシャはテーブルに水晶を出した。
何故か周囲のゴーストズがいきなり「える! おー! ぶい! いー! あ、い、しゃー!」とか言い出したが一切合切無視の方向だ。
いちいちツッコミなんて入れてられるか。
思っていると、水晶が淡く光り始めた。
神秘的な虹色で、思わず引き込まれそうになる。
「うん、見えたよ」
アイシャが満足そうに言い、水晶へ掲げていた手を離す。
「あんたの限界突破の条件は──『ディープキス』だね」
─────────────はぁ?
意味が分からず、俺は思いっきり硬直した。
え、あ、は?
いやいやいやいや。
「ちょっと待って何その出落ち感半端ない条件は。って、いうかマジなの? マジなの? フツーはなんか強い敵倒すとか、貴重なアイテム集めまくってなんかお祈り的なのして祝福されるとかそんなんじゃないの?」
「何言ってるか分かんないけど、まぁ珍しい方法ではあるねィ」
「なんでそんな平気そうなの」
「もっとアホらしい理由で限界突破とかあったからだよ。乾布摩擦とか、足の爪を一年間切らないとかねィ」
「どうなってんだこの異世界っ!」
「あたしに言っても知らないねィ!」
ごもっともな反論を受けて、俺は沈黙させられた。
と、とにかく、だ。現実を受け入れろ、俺。
方法は分かった。突破に時間が掛からないっていうのもまた理解できた。これはラッキーである。
だが問題は相手である。
誰とする?
いのいちに浮かんだのはメイだ。俺の付き人なわけで、事情を説明すれば出来るだろう。メイ自身が実は嫌だったとしても。そしてメイは表情に出さないだろう。
それにメイはなんかそういうの意図的に会話にしてない傾向があるからな……外しておいた方がいいだろう。
すると、後は──セリナか?
なんか身震いした。やめておこう。
じゃあどうする?
娼婦でも買うか? いやでも俺まだ子供だし。無理だろ。
「なんか悩んでるねィ」
ずい、と前屈みになりながら、アイシャは言ってくる。
「あたしがしてやろうかィ?」
衝撃的な一言だった。