第五十三話
面会を終え、俺とハンナは地上に上がった。
アイシャからの話はこうだ。
自分に特殊なことを占って欲しいと(間違いなく限界突破のことだろう)言ってくる貴族がいて、ひたすらに断り続けていたらしい。
そうしたら、ある日、でっちあげの刑罰を突きつけられて投獄されたとか。
まるっきり俺が予想したことそのもので、苦笑しか出なかった。
とはいえ、ここからが厄介だった。
接触してきた貴族は、ただの一度も顔を見せず、しかも名前も何も言ってこなかったのだという。且つ、毎日のように一回だけ代理人が面会に来るらしいが(占うと言えば解放してやるという条件らしい)、今日はもう終わったらしい。
つまり、代理人から貴族を割り出すには明日を待つしかなく、もちろん言うまでもなく俺はゲームオーバーだ。一応刑務官に代理人の情報を訊いたが、やはり知らなかった。
これは骨が折れそうだ。
少しでも何か知らないかとアイシャから情報を聞き出すと、自分が投獄されるきっかけになったでっちあげの罰だが、どうやら占い師四天王が絡んでいるらしい。というか、連中が絡んでいないとでっちあげられないような罰だったとか。
そうと決まれば早速というやつである。俺はまた占い師たちがたくさん住む場所へ移動した。
時間にして、もう二時間が経過している。余裕ないな。
俺はまた《アクティブ・ソナー》で四天王の位置を確認する。それぞれの反応は近く、どうやら一か所に集まっているような感じだ。これはもしかして、好機か?
俺は即座に移動する。
ちなみに、アイシャにお願いして例の親衛隊ゴーストズは俺に権利を委託してもらった。これならハンナの魔力が削られないからだ。
なるほど、地味にガリガリと削られていくな。
扱いに慣れれば省エネモードとかもあるそうだが、今の俺にそこまでの必要はない。魔力はたっぷりとあるしな。
「さて、と、ここか」
俺とハンナは一軒の細長いバーのような外観の家に辿り着いた。『CLOSE』のプレートが掛かれていて、いかにも寂れている。まず誰も入らないし、視界にも入らないだろう。
だが、このバーは防音設備になっていることを、俺は見抜いていた。
なるほど、隠し事を話すのはちょうどいいってか。
ドアノブにも手をかけるが、しっかりとロックが掛かっている。しかもただのカギじゃない。しっかりとガチガチに固めてある。ご丁寧に魔法までかけられていて、その上で隠蔽魔法までかけられている。
俺自身、隠蔽魔法を得意としているから(隠蔽魔法は光魔法だからな)見破るのは難しくない。
「それじゃまぁ、早速いきますかね」
俺はコキコキと拳を鳴らしてから、ドアに掌を押し付ける。
ドアの向こうに、気配が二つ。残念だ、敵意が隠しきれてねぇぞ。
俺はほくそ笑みながら、魔法を発動させた。
「《ベフィモナス》」
魔法陣がドアに吸い込まれる。瞬間、ばぐんっ! とドアはへしゃげ、さらにバキバキと砕けながら家の中へ向けて破片を飛び散らせた。
「ぎゃあっ!?」
「な、なんだぁ!?」
上がる悲鳴を無視して俺は家の中に入った。ちょっと切ってるかもしれないが、命に支障が出るようなケガはしていないはずだ。
中は嫌なお香の臭いが充満していた。
もしかしたら麻薬系かもしれない。俺は即座に魔法を唱える。
「《エアロ》」
空気を循環させるように渦巻く風を呼び起こし、煙を散らせていく。
すると、獣油特有の橙色っぽいランプで照らされた室内が露わになる。細長い外観同様、そこはカウンター席が連なるだけの狭い場所だった。
そこに座っているのは、いかにも占い師ですっ! と全力主張している女が四人と、黒ずくめの男たちが
三人。いかにも組織的な香りがする。
「んだテメェ!」
「通りすがりの正義の味方ってヤツ? ちょっと犯罪の臭いがしたからやってきた」
吼える一人の黒ずくめの威嚇を鼻で笑い飛ばしながら言ってやる。
すると、一人が露骨に嫌悪感を示した。
「え、なにそれ、ダサい」
「うん、ダサい」
「何その仮面。だっさ」
「センスの欠片もないよね」
と、四天王が口々に言う。
よし、こいつらにはもう手加減してやらねぇ。元よりするつもりないけど。
俺はさっと魔力を高め、
「《フレアアロー》」
カウンターの奥にある酒の並ぶ棚へ放った。
嫌な音を立て、棚は酒ごと蒸発し、どろどろと溶けていく。その熱は一気に室内の気温を上げた。
対照的に、全員の顔が青くなっていく。
「とりあえずさ、余計な話をするつもりないんだわ」
俺はまず端的に表明する。
こういう時は短くハッキリというのが肝要だ。
「素直に答えれば半殺しで済む。余計な口ごたえしたら殺す。いいな?」
「ちょ、それってどっちにしろ見逃さないってことじゃんか」
「《クリエイションブレード》《エアロ》」
俺は地面から剣を生み出し、さらに風を纏わせて振るう。
けたたましい破砕音を響かせ、石造りだったカウンターはあっさりと半壊した。
パラパラと粉塵が落ちてくる中、俺は剣を連中に向ける。
「次はないからな。いいから質問に答えろ」
なるべく声を低くさせて言うと、全員が沈黙した。
「まず、お前ら、誰に頼まれてアイシャを罠にかけた」
「し、知らな」
「死ぬ?」
「はいすみませんでした。イスリーナって言う貴族に雇われてやりました」
イスリーナ? 偽名だな。たぶん。
刑務所にまで匿名性を発揮させている貴族だ。こんな連中へ名前を明かすとは思えない。
俺は即座に判断すると、次の質問に移った。
「そいつのとこへ案内出来るか?」
「あ、はい。代理人のカジュってやつのトコになら。そこの小娘、ハンナを連れてこいって言われてるんで」
なるほど。確かにアイシャにとってハンナは大事な妹であり、逆鱗だ。確保すれば否応なしに言う事を聞かせることは可能かもしれない。
だが、ゴーストズが阻んで捕まえられなかったのだろう。
ゴーストは一般人が太刀打ちできる魔物じゃないからな。
「じゃあソイツんトコ案内しろ。ハンナ、ちょっと協力してくれ。絶対危ない目には遭わせないから」
俺が言うと、ハンナは黙って頷いた。
「え、あ、でも、あ、はいわかりました謹んで案内役を務めさせていただきたいと思います、ハイ」
俺が無表情のまま剣を向けてやると、男はあっさりと言う事を聞いた。
よし、じゃあ案内役はゲットしたってことで。
「お前ら、用なしだな」
「……へ?」
「人のことダサいとか言ってくれた罰だ。《エアロ》」
「「「え。」」」
笑顔で俺は暴風を解き放ち、店内をメチャクチャにしながら連中を風で叩きのめす。悲鳴は上がった気がするが、炸裂音でかき消されている。
とはいえ、衝撃で気絶しただろうが、死んではいない。打撲か、悪ければ骨折程度で済む程度には加減したからな。
俺は男を案内役にして、さっさとその場を後にした。
向かったのは、その占い師たちが住む一角でもさらに奥の方、更にアンダーグラウンドな香り漂う場所だった。娼婦館が立ち並び、怪しげな店が立ち並んでいる。
そこのボロい宿屋に、カジュってやつの代理人が滞在していた。
ハンナを連れて来たのは、カモフラージュである。
代理人、という立場の人間は、大抵きな臭く、地下組織の人間だとフィルニーアから教わった。もし俺が脅迫して案内させたとしたら、その組織の中枢で一斉に襲われましたってことになりかねない。
もちろん全滅させることは可能だろうが、そういう組織には大抵そこそこ強いヤツはいるもので、もし苦戦でもしようものなら時間のロスは果てしなく痛い。
それなら、ハンナには申し訳ないが、わざと捕まったフリをしてもらって、貴族の元へ案内させる方が圧倒的に早いはずだ。
男は宿屋のマスターにチップを払い、二階へ上がる。その一番奥がカジュの部屋だった。
「なんだ」
ノックすると、陰険そうな声が返って来た。
「俺です。ハンナを捕まえてきました」
男がそう言うと、すぐにドアが開かれた。
姿を見せたのは、思ったよりもしっかりした格好の男だった。切れ長の目つきは鋭く、いかにも切れ者って感じだ。こいつがカジュか。
カジュはちらりと俺とハンナに目をやる。
「そのガキは?」
「ハンナに懐いてるガキです。離れようとしないので、一緒に連れてきました」
「ほう。なんで仮面なんてつけてんだ?」
「どうやら目が陽射しに弱いようで……」
これは俺が用意した理由だ。
「ふうん」
言いながら、カジュは俺を舐めるように見てくる。
ここぞとばかりに、俺はわざと怯えるような表情を見せてやった。
「ふん、まぁ大人しくついてくるなら別にいい。後で始末すればいいだけの話だからな」
物騒なことを言いながら、カジュは不敵に笑った。
「よくやった。それじゃあすぐに行くぞ。もう待ちきれないと暴れているらしいからな」
その言葉に、俺は俯きながらほくそ笑んだ。
よーし、その貴族。泣かしてやる。