第五十二話
「──はぁ、はぁ、はぁ」
俺は乱れた息を整えながら、草原に寝転がった。
あまりの恐怖に俺は王都から逃げ出していた。
周囲に気を配るが、気配はない。ゴーストたちも追いかけては来れていないようだ。
ようやく安堵して、俺は腰にぶら下げていた水筒を口につける。ああ、水が美味しい。
ひと息ついてから、俺はすぐ傍で座り込んでいる少女を見た。
「ったく、なんだったんだ? アイツらは……あんなのに狙われてたのか?」
「違う、姉様の、親衛隊」
「良くわかんねぇんだけど。っていうか敵って言ってなかったか?」
俺はツッコミを入れるが、少女はただ頷いた。
「敵、私の魔力、奪うから」
いやダメだ全然わかんねぇ。
どう言うことだよ。
俺はなんとかして限界突破の方法を占える占い師を探し出した上で限界突破しなければならないのである。この子には悪いが、ややこしい事態なら付き合ってはやれない。
「とりあえず、困ってるなら憲兵所いくか? そこまでの護衛ならしてやるぞ」
どのみち王都までは戻らないといけないしな。
だが、少女は無表情のまま頭を振った。
「そこ、だめ、敵」
「なんじゃそりゃ。憲兵所も敵って意味わかんねぇぞ」
「姉様、罠、捕まった」
「捕まった?」
少女はこくりと頷く。
「だから、所持権利、私」
「所持権利?」
「親衛隊、維持のため、魔力奪う」
ん? んんー?
つまりあれか、この子の姉貴が何かの罠に引っ掛かって捕まって、そのせいでアイツらの管理権限がこの子に移動した。そのせいで、アイツらを維持するために魔力を吸われ続けてるってことかい。
あーもう難しいな。
会話のジクソーパズルかよ。
「で、なんでその姉様は罠に引っ掛かって捕まったんだよ」
「限界突破、方法、見える」
「限界突破の、方法が、見える?」
…………………………──ほっほーぅ。
ビンゴだこのやろう。やろうって誰だ。とりあえずやろうだ。
俺は内心でガッツポーズをとった。
「ダメ、忘れて、秘密」
「いや無理だし。俺、その占い師探してたんだよ」
「ダメ、なんでも、する」
おっとここでそんな言葉が聞けるのか。
抑揚なく懇願の言葉をはいてくる少女だが、俺は心を鬼にする。俺も自分の命運がかかっているのだ。
「俺は今すぐ限界突破しないといけないんだ。じゃないと、俺の将来が真っ暗になる」
「でも、それでも、ダメ」
「じゃあこうしよう。俺がその姉様を助け出してやる。君だって魔力をずっと奪われるのは辛いだろ? 何せ魔力欠乏までしてたんだからな」
痛いところであろう部分を指摘すると、案の定少女は黙りこんだ。
「俺は俺の目的さえ達成できれば良いんだ。そのためには君の姉様の力が必要だ。だから助けてやる。大丈夫。こう見えて俺は結構強いぞ」
「でも、相手、貴族」
「貴族が絡んでるのか?」
「前、貴族、しつこかった」
つまりあれか。貴族が占い師の存在を嗅ぎ付けて言い寄ったは良いけど、バッサリ拒否られたのか。それでなんとか自分のものにしようと陥れて投獄させたってとこか?
なるほど。中々のB級悪役である。
ってことは、その貴族を後悔するまでぶん殴って解放させてやれば良いんだな。
見えてきた小さな一筋の希望に、俺は心を軽くさせた。
よーし、ぶちのめーす!
「じゃあ、とりあえず姉様へ会いに行くか」
「でも、姉様、牢獄」
「大丈夫だ、任せろ」
俺は安心させるように笑顔を向けてやった。
そこからは超特急だ。隠蔽魔法をかけて空をかっ飛び、刑務所へと移動する。
王都は計画都市であり、牢獄も効率的運用するため一ヶ所だけだ。その分規模は大きく、軍の基地もあることから警備は厳重の一言だ。
だが、そんなもんどうにでもなる。
今の俺には時間も余裕もない。やるしかないところにまで追い込まれている。手段や方法は選べない。
とはいえ、俺だとバレたくないので変装はしておくべきだな。
「《クリエイション》」
ちょっと木の枝を拝借し、仮面を造る。後は髪を黒く染めてやれば完成だ。
なんか黒髪って久しぶりだなー。
こっちでの俺はオレンジ色だから、なんだか懐かしい。
って、感慨に浸ってる暇はないない。
俺は少女──ハンナを連れて刑務所までやってきた。
当然のように門番がいて、長柄の槍を構えている。正面突破するつもりはないので、俺は静かに門番へ近づいた。
「あのー、面会希望なんですけど、受付ってしてもらえるんですか?」
「面会? ここの職員にか?」
思いっきり怪訝になりながらも、門番は真面目な声で返事をしてきた。
「あーいえ、投獄されてる方です」
「……君はバカか? 罪人と面会など出来るはずがないだろう」
呆れられた。
やっぱそんな制度あるはずないわなー。現世じゃあるまいし。だが、ここで引き下がれるはずもない。
俺は早々にグローブを外し、質素ながらもキラキラと輝く指輪を見せ付けた。
すると、瞬く間に門番の顔色が変わった。
「俺、こういうものなんですけど。どーしても話をしたい人がいましてね? なんとかならないかな?」
「ぬぐっ……少々お待ちを」
門番はすぐにその場を後にした。
数分後、俺とハンナは無事に刑務所の中へ招き入れられた。さすが国賓と認められる指環。権力万歳だな。
とはいえ、偉そうにする必要はないので、俺は粛々と要望を伝えて、極めて平和的に案内してもらった。
王都の牢屋は地下にある。廃棄されたカタコンペを利用したものらしく、いりくんだ造りだが、辛うじて男女や刑による住み分けは行われているらしい。
ということで、俺とハンナは女子用の独居房へと通された。
しかしこのジメジメっとした空気に蝋燭の火は嫌な記憶を思い出させるな。
スフィリトリアへ連行された時のことを思い出しつつ、俺は松明を持ちながら先行する刑務官についていく。
さすがにスフィリトリアと違って、ここはコークスで出来ていない。しかもしっかりと魔法を阻害する術式がそこらじゅうに張り巡らされていて、俺も魔力がうまく使えない。
「おい、起きろ」
ふと、刑務官が足を止めて声をかける。
狭い個室で、長い紫髪をドレッドにした女は格子にもたれかかっていて、気だるそうな表情を刑務官に向けた。
「あぁ? なんだィ、今日のゴメンカイは終わったはずだねィ」
「新しい客人だ」
「あぁ?」
お世辞にも品が良いとは言えない返事がやってきて、俺とハンナはようやく前に出た。
顔を認めた瞬間、女──ハンナの姉、アイシャの表情が一変した。驚愕、戸惑い、混乱。そして、激怒。
凄まじい反射でアイシャは飛び上がると同時に身体をひねり、格子にしがみついて俺を睨んでくる。
「テメェ! ハンナをどうするつもりだィ!」
いきなりの喧嘩腰かよ。
不快感を覚えながらも、それだけの経験をしたのだろうと自分に言い聞かせる。
「手篭めにするつもりかィ? どうやってハンナを連れてきたかしらないけど、タダじゃ済まさないよ!」
「いや、落ち着け。俺はこの子に手を出すつもりはねぇよ」
「嘘だッッ!!」
今にも噛み付いてくる勢いでアイシャは吠える。なんだ、敵対心剥き出しの野犬か何かか。
自分で言い得て妙と思いながら、俺はため息をつく。
そしてそのままハンナに視線を移す。
心得たようにハンナは一歩前に出てから、
「姉様、いいから、ステイ」
と、犬をしつけるように言った。
「ハンナ!? あんたこんなとこで何してんだィ、早く逃げな!」
だがアイシャに聞くそぶりはない。
すると、ハンナは格子へ更に近寄り、アイシャのおでこをデコピンした。
「姉様。いいから、ハウス」
「んくぅっ!? こ、このどエスな妹の感じっ……やば、濡れそう」
なんなのこの女。
顔を赤らめて悶えるアイシャを睥睨していると、アイシャは追撃をかけた。
「姉様、いいから、伏せ」
「くくぅっ!? 私に地べたを這えと! この不潔で不衛生でどぶ臭いこの床を!」
いやあんたさっきまでその床に座り込んでたやないか。
ツッコミは内心で止めておくと、アイシャは何故かハァハァ言い出して地面にべったりと腹這いになった。
本気で犬じゃね?
「姉様、この人、味方」
話を聞かせる(?)態勢を整えたらしいハンナは、たどたどしい口調で言う。
「味方……?」
「そういうことだ。あんた、罠にかけられて投獄されたんだろ。ちょっとこの子が魔力欠乏症になって助けたんだけどさ、その流れで聞いたんだ」
「魔力欠乏症……!? そうか、薬が無くなったのかィ。それだけ日数が経過していたなんて……」
苦虫を潰したようにアイシャは苦悶する。
まぁ、こんな昼も夜も分からないとこにいたら、時間感覚なんて狂って行くわな。
「というわけで、俺が一時的に魔力水をあげたから助かったけどな。でも、またすぐにそうなると思うぞ」
「非常時の守りとして管理権限を移譲したのが仇になったかィ」
「つまり、だ」
悔しそうにするアイシャへ、俺は突きつける。
「俺はこの子の恩人でありながら、まだこの状況をなんとかしてやろうとしてる、と言ったら、あんたは何か礼をしてくれるか?」
「……っ」
卑怯だとは思う。
だが、手っ取り早くいくにはこの手法がピッタリだ。
「いいだろィ、なんでも言うこと聞いてやるよ」
その言質を取って、俺は笑みを浮かべた。