第五十一話
王都の東。
ここはベッドタウンだ。とにかく人が住めるように建設された地域で、かなり入り組んでいる。そのために上下水道が網の目のように整備されていて、とにかく高低差がある上に橋が多い。
ぶっちゃけると、ちょっとした迷宮よりも迷宮だ。
うっかりすると迷ってしまい、丸三日は彷徨うという噂さえある場所だ。
何故かそういうところに占い師が住みこむというのはこの世界でも同じのようで、俺は占い師たちが店を営んでいる小さな横丁に来ていた。
なんか、変に紫色の煙とか漂ってるんですけど。
しかも薄暗いし、じとーってしてるし。
俺はその中に入ってから、魔力を高めてから探査魔法を発動させる。
だが、反応は薄い。というか、阻害されている感じだ。
不思議に思ったが、周囲を見て納得した。あらゆる場所で何故か魔力が放たれているのだ。この横丁はオブジェ感覚で
これじゃあ、雑然とし過ぎてて、どれが魔力の高い占い師か分からんな。
俺は小さくため息をついてから、オリジナル魔法に切り替える。
「《アクティブ・ソナー》」
そう言って、薄くさせた魔力の波動を撃った。前回は初めてだったこともあって強かったが、あれから何回も練習してコツは掴んである。
今じゃあ、よっぽど魔力の感知に優れている人間じゃない限り悟られることはない。
俺はしばらく待って、戻ってくる波動を調べていく。
強い反応は、三つ。中くらいが一つ。
たぶんこれは事前の情報による占い師四天王とかいう連中だろう。優れた占い師であることは知っているが、残念ながら限界突破の方法は占えないことを知っている。
この四つをまず除外して、俺はもう一度放った。
だが、残りの反応はどっこいどっこいだ。魔法使いとしては余りに脆弱である。
「あの」
声をかけられた。と、同時に、誰かが俺の眉間に手を添えていた。
…………はい?
俺は一瞬、訳がわからなかった。
いやだって、幾ら集中しているとはいえ、俺に触れるなんて、どうやったんだ?
っていうか!
ハッと我に返り、慌てて飛び退く。咄嗟に魔力を高めて掌に集めながら相手を睨みつけて――気付く。
俺の眉間にそっと触れたのは、白いレインコートに身を包んだ少女だった。フードから漏れる髪の毛は鮮やかな紫だ。瞳の色は灰色で、肌は驚くぐらい真っ白。おまけに表情は空っぽ。
その異様とも言える雰囲気には敵意はない。俺は魔力を拡散させた。
「すごい、早い。あと、強い」
少女は、抑揚のない調子でそう言った。ますます不思議である。
「そ、そうか」
「あと、ちょっと怖い。ちょっと殺す気だった」
「それは悪かった」
俺は素直に謝る。
油断していたのではないのに、いきなり触られてビビったのは事実だし、敵意を膨らませたのも事実だ。少女からすれば、ただ触っただけだろうに。って、なんで触ったんだオイ。
「でも、いきなり触られてびっくりしたんだよ」
「だって、眉間に、皺、すごい」
そんな理由かよ。俺は呆れて苦笑するしか出来なかった。
っていうか、なんでこんな微妙に言葉がカタコトなんだ?
背格好はメイと同じくらいだ。だとしたら八歳前後なのだろうが……。
「あー、ちょっと集中してたから、眉間に皺が出来てたかもな」
俺の《アクティブ・ソナー》はかなり微細なコントロールが求められるからな。ちなみにこの魔法を最大出力で放つと、ちょっとした衝撃波になる。
まぁ魔力効率最悪だから使わないけど。
「っていうか、だからっていきなり触るのはダメだろ」
「でも、呼んだの、君」
少女は無表情のまま俺を指差す。
は? 呼んだ? 俺はこの子のことなんて知らないんだけど。
不審になってまた眉を寄せると、少女は首を傾げた。それもゆっくりと。
「だって、魔力、撃ってた」
ほう。
俺はその一言に感心した。
つまり、この子は俺の《アクティブ・ソナー》を感知したってことだ。この横丁にいる占い師四天王とかいう連中には一切バレていないというのに。
だが、同時に違和感もあった。
この子からは、一切の魔力が感じられない。
俺は注意深く魔力を感知しようとするが、やはり分からない。っていうか、え? おかしくね?
通常、どんな人間でも魔力はある。この異世界では、体調を整えるために最低限の魔力が循環されているからだ。そのせいで、現世よりも身体能力が高い連中が多い。
だが、この子には、それすらないのだ。
「気付いた。偉い、褒める」
驚愕が表情に出ていたのだろうか、少女は端的にそう言った。
「ずっと、探して、待ってた」
少女はゆっくりと歩き出そうとして、ぐらり、と、その身体を傾けた。
やば、こける!
悟った俺は地面を素早く蹴り、少女に駆け寄ってキャッチする。
少女は、予想以上に軽かった。まるで、今にも消えてしまいそうな状態だ。
「おい、大丈夫か?」
「大丈夫、ない、ヤバい」
だろうな。
思いながら、俺は少女の状態に思い当たりがあった。
魔力欠乏症だ。
魔力を限界まで振り絞った上でさらに魔法を行使した際、体内を循環する魔力まで浪費してしまうことがある。こうなると身体に異変が起こり、しばらく動けなくなってしまう。多くの場合は一時的なもので回復するが、最悪の場合はそのまま衰弱死する。
「とりあえず、魔力を補給するか?」
俺は腰に巻き付けていたポーチから魔力水を取り出す。
そうおいそれと渡せるものじゃあないが、命には代えられないだろう。
少女はさっきよりかは素早い動作で魔力水を受け取り、ゴクゴクと喉を鳴らした。
「甘い。辛い。痛い」
少女の表情はやはり変わらない。
だが、見る間に少女に魔力が漲っていく。っておい、マジかよ。
俺はあふれ出てくる少女の魔力に少し驚く。
フツーに
だが、合わせて気付いていた。
その魔力が漏れ出ていく。徐々にだが、確実に。
「おい、魔力をセーブしないとヤバいぞ」
「無理、それが、できない」
「どういうことだよ」
怪訝になって訊いた瞬間、周囲に敵意が生まれた。
さっと目を細めて見渡すと、いつの間にか半透明の影に囲まれていた。辛うじて人間の姿ではあるが、人間じゃあない。
警戒していると、少女が俺にしがみついてきた。
「ダメ、敵、危険」
「分かってるよ」
姿形に加え、この独特の魔力からしてゴーストの類だろう。
俺は素早く魔力を高める。
ゴーストはかなり厄介な魔物として知られている。霊魂、というか、残留思念に高密度の魔力がまとわりついているからだ。
物理攻撃はもちろん、魔法でさえ効果を半減させる。唯一、聖属性が特攻ではあるが、俺はまだ習得していない。
教えてもらう前にフィルニーアが逝ったからな。
とはいえ、弱音を吐く必要はない。例え半減させたとしても、それを上回るダメージを与えれば良いだけだ。
「……ァ……ァァ」
影の一匹が声を出す。怨念か、と警戒を高めると──
「アイシャ」
「キョウモ」
「カワイイ」
「キュート」
「ダキタイ」
と、口々に言い放つ。
……──はい?
「「「ア、イ、シ、テ、ルゥゥゥゥ────っ!」」」
と声を唱和させ、いきなり影がキレッキレのダンスを披露しはじめる! な、ななな、なんだこいつらっ!?
混乱しながらも、俺の記憶がフラッシュバックする。
そう言えば覚えがある。この動き。そうだ、アイドルだ。なんかのアイドルコンサートのテレビ中継でこんな動きしてる奴等見たことあるぞっ!
「ダメ、逃げる、今すぐ」
俺にしがみつきながら、少女が懇願してくる。
「「「ナンダオマエ」」」
──ひっ!?
「「「ドウシテ」」」
な、なんだ、この尋常じゃない殺気は!
俺が、震えてる、だと……!?
「「「アイシャ、ノ、トナリニイル」」」
完全に気圧され、俺はじりじりと後退する。
どうしてか、こいつらは相手にしてはいけない気がする。とにかくそんな気がする。
「「「ファンクラブ絶対条項ヲワスレタカっ!」」」
いや知らねぇよそんなもんっ!
そもそもファンクラブってなんだ!?
あーもうホントに意味わかんねぇ!
俺は舌打ちして、隠蔽魔法を自分にかける。
これは逃げるが得ってもんだ。
認識を薄くさせ、そのまま
ぐん、と加速する世界の中で、俺は家の壁をかけあがり、更に屋上から飛び出して飛行魔法を発動、一気に離脱した。