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第四十七話

 謁見は、謁見の間ではなく、小さな会議室のような場所で行われた。正装ではなく、いつもの格好で良いと言われたのもこのためだろう。

 略式ながら挨拶を終えたところで、王は俺たちとハインリッヒを席に座らせて口を開いた。
 中々に重々しい雰囲気で、俺とメイは自然と背筋が伸びてしまう。
 普段は街にお忍びでやってきたり、姪っ子にメロメロとアホな面が多いが、やはり威厳はある。

「済まないな、疲れているところに呼び出して。本来であればもっと休ませてやりたいのだが、この処理だけは早々に済ませておかないとならんのでな」
「いえ、構いません」

 一択しかない返事をすると、王は「すまない」と苦笑した。

「そういうことで、早速始めようと思う。今回呼び出ししたのは、昨晩の戦後処理についてだ」

 予想していたことだ。
 昨晩では俺の存在は非公開にすることで決まっていたが、どうするか、は説明がなかったからだ。
 目の前にいるハインリッヒが絡んでいるのは間違いない。

「魔物の大群をたった一人で制圧したグラナダ殿には申し訳ないが、今回のことを君の功績だと公表することは出来ん」
「でしょうね。俺はまだ冒険者ですらないですし、子供です」

 俺の言葉に、王は頷いた。

「左様。そのような年齢で魔物の大群を相手したとなれば、尋常ではない功績だ。聖杯(エヴィデンス)の所持が疑われる可能性だってある。そうなれば各国がこぞって君を確保しようとするか、やっかみをかけてきて国家間で戦争になる可能性もある」

 聖杯(エヴィデンス)とは、神の遺したアイテムで、超がつくレアアイテムだ。公式では大陸で一番の宗教が所持しているが、レプリカが何年に一回か公開される。つまり本物は見られない。それなのに、一目見ようと三日間並ぶ程の長蛇の列が出来るそうだ。
 なので本来は個人が所有出来るものではない。ただ、それだけに効果は絶大である。

 まぁ、俺は実際所持してるんだが。

 俺は思わずハインリッヒへ視線を移す。そのアイテムを何かのお駄賃代わりにくれたのが彼だからだ。
 感謝はしてるが、あの時は説明さえなかったのだ。フィルニーアがいなかったら誰かにバレていたかもしれず、そうなればどうなっていたか。
 非難の視線を送ると、ハインリッヒは苦笑した。

「これは君を守るためでもある。理解して欲しい」
「分かりました」
「そこで、今回の功績だが、ハインリッヒ。君の功績だということにしたい。構わないかな?」

 王はハインリッヒへ視線を移す。

「ええ、構いませんよ。国家間のバランスを保つのも役目ではありますからね」

 ハインリッヒは人当たりの良い、無難な笑みを浮かべている。
 現場、ハインリッヒは世界最強の戦力だ。それこそチートを地で行く人物で、しかも品行方正、超イケメンの完璧超人。アキレウスもびっくりだ。

 そんな彼だからこそ、今回の功績を挙げたと言っても誰も疑わないだろう。

 しかもハインリッヒはこの王国出身の転生者だ。王国としての威信を放つことにもなる。
 威信といえば、セリナもそうだな。無事にキマイラのテイムにも成功しているし、これもいずれ公表するのだろう。

 たぶん、筋書きとしてはハインリッヒと協力し、勇敢に戦ってテイムしたとか、そんな流れだろ。

「ですが、陛下に一言申し上げたいことがあります。不敬ではありますが、僕もやっていないことをやったことにした上で、公表した後は凱旋パーティに参席したりして時間を取られることになりますからね。それぐらいは許していただいても?」
「ああ、構わん」

 穏やかだが、有無を言わせない調子のハインリッヒに気圧され、王は返す。

「陛下は我々転生者の命を何と考えなのですか?」

 すると、ハインリッヒは一言目からバッサリと切り捨てた。
 王が目を見開き、俺もさすがに驚いて呆気にとられる。
 間隙とも言える沈黙へ、ハインリッヒは更に口を挟んだ。

「今回の騒動、キマイラが魔物の群れを率いていたという件ですが、調査はされたのですか? どうしてキマイラが大群の――それこそ、周辺の魔物を根こそぎ統率して攻撃してきていたのか」
「むっ……それは、もちろんのことだ」
「当然、調べはついていますよね? その理由を公表していないのは何故ですか?」

 鋭い舌鋒に、王は困ったような表情を浮かべた。

「正直におっしゃっていただきたい。どうして、王国お抱えの魔法使いが離反して、キマイラを召喚して魔物の群れを率いさせて攻撃してきたと言う事実を公表しなかったのか」

 ──は?
 今度こそ俺は呆気に取られた。
 おいなんだよそれ。実は内乱だったのかよ!?
 思いっきり非難の目線をぶつけると、王は申し訳なさそうに項垂れた。

「公表は出来なかった。済まぬ。王国の事情だ」
「ええ、理解しています。魔族の影響を一番退けている王国にかかる期待は大きい。そんな時に離反した上で王都を攻撃されていた、なんてことになれば、各国に悪い影響を与えますから。それは仕方ないと思います」

 頭を下げた王へ、ハインリッヒは理解を示しているようで弾劾の手を緩めていない。

「国家の運営は奇麗事じゃあない。言えないことがあるのは理解します。まして、離反した魔法使いが、グリエイト・ライフォード。王族の人間であれば尚更ですよね?」

 おいおい、怒涛の勢いで新事実出てくるぞ、どういうことだよ。
 ちょっとした混乱に戸惑っていると、王はもっと驚いていた。

「ハインリッヒ。どこでそんな情報を手に入れたんだ……」
「神託です。諜報員の方々は一切情報を漏らしていませんので安心してください」

 しれっと答えてから、ハインリッヒは鋭い眼光で王を捉える。

「それで? 三度の討伐に失敗したのも当然ですよね。相手が相手なのですから、彼は高名な召喚士ですからね。魔力さえあれば幾らでも魔物を呼び寄せられる。それ以上に、そんなヤツが相手だと悟られないためには、奥まで侵攻させてはいけなかった」

 だんだんと、ハインリッヒの語尾が厳しくなっていく。
 相当に怒ってる証拠だ。

「だからこそ、派遣させた軍隊の規模も少なく、魔物の攻撃を防ぐ程度にあえて抑えていた。冒険者たちへのクエストを制限していたのもそのせいですね?」
「……まったく。全部巧妙にやっていたのだがな」
「ええ。陛下の策略は驚くべきものでした。神託がなければ僕も気付けていたか怪しいですね」

 ため息を漏らした王は、ひどくやつれているようにも見えた。
 きっと、その離反でかなり神経を使っていたんだろうな。その割には王都に出てきてたけど、でもそれは今にして思えば、セリナを守るために動いていたのかもしれない。

「それで、やってきたのがグラナダ君だった」

 おっと、ここで俺が出てくるのか。

「彼は非公式とは言え、スフィリトリアの反乱鎮圧に貢献しているし、あのフィルニーア様の秘蔵っ子。更に魔族の襲撃の際も生き残った。挙句、セリナちゃんと仲が良いとなれば、使うしかなかった」
「使うしか、なかった?」

 俺はその言葉に引っかかって繰り返すと、ハインリッヒは頷いた。

「君なら魔物の群れと戦っても、キマイラと戦っても大丈夫だろうからね。実際、魔物の群れが二手に分かれて襲ってくる、なんて前代未聞の事態に巻き込まれたにも関わらず無事だったしね。でも、陛下はこうも考えていたはずだ。――グラナダ君なら、犠牲になってもいい、と」

 この状況でも、言葉を選んでくれるハインリッヒに感謝しつつも、俺は衝撃を受けていた。

 つまり、俺は死んでもいいと思われてたってことだ。

 さすがにこれで怒らないヤツはいないだろう。
 王国のためだか何だか知らないが、何も知らされてない、というか、知る由もない領域で俺の命は軽く見られてて、利用されてたんだぞ。
 それに、この話の流れならセリナも片棒を担いでいる可能性が出て来た。何せ、その離反者が召喚したキマイラをテイムしたいと言っていたのだから。

「……このことを、セリナは?」
「知らん。セリナも知らんことだ。あやつがテイムしたいと言い出したのは、本当に偶然だ」
「でもそれを利用したのは事実ですよね? 王族からの離反者は必ず処刑しなければならない。だが、彼は高名な魔法使いだ。急病で死んだことにするにしても、戦力の低下は免れない」

 俺の質問に王は否定したが、ハインリッヒがすかさず糾弾する。
 この人、本当に賢い。
 俺は畏敬にも似た感情を抱きつつ、話の流れをハインリッヒに渡す。

「だからセリナちゃんをその戦力にしようとした。違いますか?」
「……否定はせんよ」
「それも仕方のないことだと思います。彼女は王族であり、SSR(エスエスレア)ですからね。非常に貴重な存在だ。戦力とされるのはある意味宿命みたいなものであり、そこには関与しません」

 ハインリッヒは一つ一つ、王の考えを暴いていく。もはや丸裸同然じゃないだろうか。

「ですから、僕が許せないのはグラナダ君を軽んじたことです」

 それに対する返答はなく、短い沈黙が流れた。

「彼は転生者だ。一度は失った命を拾われて、ガチャの景品のような扱いをされて、ここにやってきた。だからこの世界の人たちよりも力に恵まれている。この異世界を救うために。でも、僕たちからすれば二度目の人生なんですよ。同じ、命なんです」

 怒りの根源をハインリッヒは吐き出す。その真摯とも言える眼差しは、どんな魔法よりも強い。

「そして命を投げ打つ覚悟のある兵士たちとは違うんです。彼は、まだ一般人だ」
「……そう、だな。ハインリッヒの言う通りだ。申し訳なかった。叱られて当然だな。いや、叱られるだけで済まされている分、私は僥倖なのだろう」
「その通りです。陛下でなければ僕は殺していたかもしれません」

 おいおいおいおい、とんでもないこと言っちゃったよこの人!
 ぎょっとして目を大きくさせるが、ハインリッヒはどこ吹く風だ。

「……分かった。今後はこのようなことをしないと誓おう。命を軽んじたりはしない。それと、今回の功績を公表しないことと、一連の事件に関して、グラナダ殿を軽んじたこと。この二つを加味して、特別の褒章を与えようと思う」

 誓約と、俺への褒章の増加。おそらくこれこそがハインリッヒの狙いだったのだろう。王の言葉に、ハインリッヒは満足そうに笑んでいる。

「相応の報奨金と、爵位――貴族階級を与えることでどうだ?」
「え、嫌です」

 俺は即答した。

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