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第四十八話

 しん、と沈黙が落ちた。
 ハインリッヒは苦笑し、王は目をぱちくりさせる。だが、俺はさらに言い募ってやる。

「貴族なんて願い下げです。だって、土地を貰えるわけじゃあないんでしょ?」
「それは、そうなるな。すまんが、王国にはもう余っている土地がない。未開拓領地ならあったはずだが、強力な魔物と魔族の脅威がある場所になる。それでも良ければ、になるな」
「嫌です」

 俺は二回目の拒否を叩きつけた。思いっきり不敬かもしれないが、知ったことか。
 このオッサンは俺の命を軽く見て、何も教えないで戦場にぶっこんでくれたのである。言いたいことの一つや二つぶちまけてやらないと、俺の気が済まない。

 その雰囲気を察したか、王は黙って聞く態勢を取る。そういうとこは真摯だ。
 演技なのかもしれないが、やはり国を運営する以上必要なのだろう。

「土地がもらえないってことは、宮廷貴族ってことですよね? 俺に宮仕えなんてさせてどうするつもりなんですか」
「一応、年金も出るし、王城の役職につけば給金も出るね。王都で屋敷を構えることになるから、まぁ割と安泰された生活が待ってるんじゃないかな? 少なくとも、冒険者になるより、命の危険は遥かに少なくて済むとは思うけど……ある意味で飼い殺しではあると思う。宮廷貴族は土地を貰えない決まりだからね」

 つまり、生活が安定するってことか。
 ハインリッヒの言葉に王も頷いている。
 なるほど、確かに悪い話じゃないんだろう。王からしても、俺を飼うことが出来るしな。非常時の戦力としても見れる。
 けど、それで土地が貰えなくなるなんて有り得ない。

「だったら、やっぱり願い下げです。俺にはちゃんと目的があって、そのために冒険者へなろうとしてるんですから」
「目的?」
「──田舎村の復興」

 俺はただ一言、そう宣言した。
 俺の目的はあくまで隠遁生活だ。そこは変わらない。でも、隠遁するとしたらあの田舎村がいい。
 もう村人たちも、フィルニーアも帰ってこないことは知ってる。
 でも、それでも、あの村がいいんだ。

 そしてそのためには、正々堂々と真っ正面から土地を貰い受ける必要がある。何せ、土地を貰い受けるってことは、【貴族になる】ってことだからな。
 ここで変な手回しなんかがあれば、アホな貴族たちから僻みを受けていろんな妨害や邪魔をされる恐れがかなりある。そうなればどこに穏やかな生活が待っているというのか。

「俺は冒険者になって、そこそこ活躍して、そこそこで引退します。その時に、あの土地を貰い受けたいんです。そして、村を興して復興させたいんです」
「……なるほどね。あの村は確か今は王国直轄地になっているはず。魔族の汚染によって、領主が返納したはずだからね」

 その通りだ。実際のところ、あの田舎村を斬り捨てたところで領主は痛くも痒くもないからな。
 主だった街道が走っているわけでもなければ、何かしら特産品があるわけでも、これといって生産量が高いわけでもない。むしろそういったものからは隔絶した牧歌的な世界だったのだ。
 俺の意図を読み取ったハインリッヒは、どこか嬉しそうに続ける。

「王国の直轄地であれば、ある程度の成果がなければ貰い受けることは出来ない。だから冒険者になってそこそこ活躍するつもりなんだね? そしてネームバリューがあれば移民を募ることも出来るし」
「そういうことです」
「む、むぅ……」

 王は困ったように唸った。そして、ふっと笑った。どこか苦笑のようにも見える。

「まさか、ここまで正面切って断られるとは思わなかった。つくづく転生者というものは面白いな」
「心外です。僕等だって人間ですよ?」
「そうだったな。済まなかった。いや、そういう理由であれば、今貴族になるのは相当な不利だな。だとしたら与えない方がいい」

 王はあっさりと引き下がった。

「だが、だからと言って何もなしはダメだろうな」
「それは僕が許しませんから」
「分かっている。だから、どうだろう。グラナダ殿。君の願いを叶える、というのは。もちろん田舎村周辺の土地を渡せれば良いのだろうが、まだその時期ではないのだろう?」

 俺は肯定の意味で頷く。
 これは俺が功績を上げて成し遂げなければならないのだ。あのフィルニーアがしたように。

「では、何を望む」

 ストレートに聞かれて、俺は少し考える。

「そうですね。俺はもうすぐ王立魔導剣師学園(グリモワール)へ入学する予定です。だから、その学園に在籍する間の生活保障を望みます」

 これが、今の俺の一番だ。
 貴族とか階級とか、そんな煩わしくてしがらみに絡みつけられうようなもんは要らん。
 俺はそういうのとは無縁な生活がしたいのである。

「……そうか。分かった。住居の手配と生活費、学費の工面を負担しよう。それとは別に報奨金も出す。後は、そうだな、アレを渡そうか。おい、アレを」

 そう言うながら王は指を鳴らした。
 すると、一分としない内に執事がやってきて、その手にはスカーフで巻かれた何かを持っていた。
 王は受け取ると、すぐにスカーフを開け、小さな黒いボックスを露わにした。まるで指輪でも入っているかのようなサイズだ。

「これは国が重要な貴賓と認めた者にだけ渡す証でな」

 丁寧にボックスの蓋を開けると、中には指輪が入っていた。
 質素な造りのようだが、宝石部にはライフォードの刻印があった。

「これがあれば、王国内のどこにだって入れる。貴賓の証明だからな。この王城であったとしてもな。門番だろうと何だろうと黙らせられるし、謁見さえ優先権が与えられる」

 おいおいおい、それはどんなアイテムだよ。
 俺は思わず顔をひきつらせた。

 つまりあれか、王都内における史上最強の身分証明書ってことか。

 俺は転生者だがR(レア)という残念レアリティだ。きっと様々な障害がやってくる可能性がある。その時、コレが役立つならかなりの報酬と言えるだろう。
 差し出された指輪を受け取り、そっと指にはめる。うん、サイズもぴったりだな。

「うん。そういうことなら、有り難くいただきます」

 そう言うと、王はほっと胸を撫で下ろした。

「これからも何か要望があれば言ってほしい。それがあれば謁見出来るからな」

 いや、出来ればもう王城には来たくないんですけど。
 思わず本音を零しそうになったが、それは何とかとどめた。いや、だって没収とか言われたくないし。

「住居の手配はこれから行うとして、そうだな、夕方までには恐らくなんとかなっていると思う。家財道具の手配もあるし、学費や生活費の金額も決めていかねばならんから、一日は欲しいのだが」

 いや、むしろそんな短期間で何とかなるのかよ。

「はい、構いません」

 俺は内心の動揺を押し殺して返事をした。
 ま、まぁ、ともあれ、これで資金面での学園生活は安泰だな。フィルニーアが遺した貯金がたくさんあるからあまり心配してなかったが、少しでも村の復興資金に回したいからな。

 それから簡単なやり取りを済ませ、俺とハインリッヒは部屋を後にした。

「それじゃあ、僕はここで。色々と忙しいからね」
「あ、はい。ありがとうございました……って言いたいとこですけど」

 俺は笑顔のまま、ネックレスにしている光の球を手で弄んだ。
 瞬間、ハインリッヒの顔が少しだけひきつった。俺は見逃していない。

「覚えてますよね。俺にくれたの」
「……さぁ、どうだったかな」
「しらばっくれるのは良くないっスよ? さっきの王様との会話で神託とか言ってたじゃないですか」

 あの時は勢いのせいで指摘できなかったが、忘れたワケじゃあない。
 神託とは、分かりやすく言って未来予知だ。フィルニーアの遺した本に書いてあった。本人の意思とは関係なくやってくるものらしいが、未来が分かるというのは相当なチートだ。

「俺に渡したのも、その神託の影響ですか?」
「……一つ言っておく。僕の神託は万能じゃないし、見えるのは幾つもの可能性の未来だ。僕はその中で最善を選択して、行動しているだけに過ぎないんだよ」

 俺の言いたいことを察したらしいハインリッヒは、苦笑のような、悲しいような微笑みだった。

「……じゃあ、どの道、フィルニーアは……」
「すまない。そこまで細かい未来が分かるわけでもない。ただ、あの時、ああしなければ王国が滅びていてもおかしくはなかった。僕は遠くで足止めされていて、間に合わなかったからね」
「そう、ですか」

 俺は項垂れる。
 今でも、後悔してるからだ。もしかしたら、何か出来ていたら、フィルニーアは。
 そんな思いが分かったのか、ハインリッヒは俺の肩を優しく叩いた。

「僕もフィルニーアの弟子で、息子みたいなものだった。だから、気持ちは分かるよ。フィルニーアが死なない方法。もし分かっていたら、必死に考えていただろうね」
「ハインリッヒ、さん……」
「だから、今回のことは怒ったんだ。とはいえ、君がいなければ、王都が半壊していたのは間違いない。僕は僕で動いてたからね」

 少し憤慨する様子をハインリッヒは見せた。

「何かしてたんですか?」
「言っただろう? 今回のことのあらまし。それを知って、黙っているわけにはいかなかった。というか、黙っていたら、それはそれで王都も君も危なかったんだ。何せ、森の奥には例の離反した魔法使いがいて、キマイラが十匹いたからね。しかも、セリナちゃんがテイムしたものよりずっと完成度が高くてずっと強力なヤツ」

 は? 十匹?
 俺は思わず顔をひきつらせた。
 どれだけ強かったのかは、メイのあの様子を見れば分かる。もちろん俺だったら倒せる自信はあるが、それが十匹まとめてとなったら話が変わってくる。しかももっと強ければ余計だ。

「それを、片付けたんですか?」
「まぁちょっとだけ手こずったけどね。魔法使いが邪魔してきたから」

 あはは、と爽やかに笑うハインリッヒ。
 ダメだこの人あれだガチだガチもんのチートだよ。
 って当たり前か。世界最強の一人だもんな、この人。

「さて、僕はそろそろお暇するよ。君は学園に入るんだろう? 色々と障害あるだろうけど、これだけは言っておくね」

 人差し指を立てながら、ハインリッヒは真顔になった。

「力を使いすぎないことだ。君の力は正直言って尋常じゃないからね。もしそうなればどうなるか分からない。もちろん降りかかる火の粉は払えばいいけど、払い方にも気を付けてってこと」

 その鬼気迫る感情に、俺は悟った。
 きっと、そういったことで苦労したんだろうな、と。

「分かりました。気をつけます」
「それと、分かったとは思うけど、陛下には気を付けて。悪い人じゃあないけど、国のため、って大義名分で何でもしちゃうアホだから」

 おい、今アホって言ったぞ。
 思わず苦笑すると、ハインリッヒは少しだけ意地の悪いような、子供みたいな笑顔を浮かべた。

「これぐらい言わないとね。あと、すぐに囲いこもうとするから上手く逃げてね。でもまぁ、この世界の為政者は多くの資金を僕たちに注いでいるのも事実だ。そこは考えておいてほしいけどね」
「分かりました」

 俺は返事をすると、ハインリッヒはまた微笑んでから、窓に腰かけた。
 はい?
 と思ったのも束の間。ハインリッヒはそこからどこかへ飛んで行った。文字通り。

 ホントにチートだわ。

 一瞬で姿を消した余韻に浸りながら、俺は振り返る。

「…………あ」
「…………あ」

 そこに立っていたのは、ウルムガルト(全裸)だった。

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