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第四十九話

「わきゃああああああああっ!?」
「うおおおおおおおおおおっ!?」

 ウルムガルトと俺の悲鳴が重なった。
 いや待ってちょっと待って、なんでウルムガルトが全裸でここにいるわけ!?

 慌てて俺は目を逸らすどころか背中を向ける。

 俺の中の紳士力の全てを振り絞った結果である。もちろん俺は悪くない。絶対に悪くない。
 だというのに、俺の背中を衝撃が襲い掛かった。

「ぐへっ」

 不意打ちに肺から息が漏れ、俺は呻きながら地面に倒れた。
 け、蹴られたなこれは!
 っていうか俺の防御力どうなってんですかねぇ! それとも貫通攻撃かこのやろう!

 思いながら俺は反射的に起き上がり──

「起きるなこのばかっ!」
「なんて理不尽っ!?」

 見事に俺は踏みつけられてしまった。
 だが、俺もやられっぱなしではない。腕立て伏せの要領で身体を起こし、ウルムガルトをはね除けた。

「きゃっ」

 ぼてん、と、情けない音がした。しりもちでもついたか。だが自業自得ってもんだ。

「あのさ、いきなり人を蹴飛ばしたり踏み潰すしたり、どういうことだよ」

 とりあえず振り返らないで俺は抗議をあげる。

「そ、そそ、そんなのっ、あんたが」
「ここは誰もが通る廊下だし、俺はただ歩いてただけ。それなのにウルムガルトがそんな格好でいきなり姿見せたからだろ?」
「それは、そうだけど……」

 あ、これはもしかして泣かれるパターンか。
 昨日のフラッシュバックがやってきて、俺は迷った。優しく言ってやらないといけない、よな。

「だって、部屋に女の子の服しかないし、私の私服が洗濯に出されてて、それで……」
「服を求めて外に出たら、ばったり、か?」
「…………うん」

 だったら最低限バスタオルくらい巻いてくれよ。
 ツッコミは内心で押し留め、俺はため息を漏らす。

「まぁ、いきなりの事だったろうから、べつに蹴飛ばしたとかは怒らないけどさ、まぁ、そうだな。メイドがいるだろうから、その人に手配して貰えれば良かったんじゃないの?」
「………………………あ、そっか」

 もしかしなくてもアホか。
 しっかり内心でツッコミつつ、俺は堪える。我慢だ。もしここで泣かれたら質が悪い。

「仕方ないな。俺が手配しておくから、お前、部屋に戻ってろよ」
「え、いいの?」
「部屋から出てきたってことは、何かの用事でメイドいないんだろ? そんな格好で出歩くつもりか?」
「それは無理」

 即答が返ってくる。いや、なんでビミョーに不機嫌な声?

「だろ? だったら部屋で大人しくしとけって。な?」
「…………わかった。ありがとう」
「じゃ、俺はこれで」
「あ、待って」

 早々に立ち去ろうとすると、ウルムガルトが引き留めてきた。
 反射的に振り返りそうになったが、なんとか押し留める。

「あの、ありがとうね。城に招いてくれて。それと、守ってくれて。おかげで良い商売になった」
「そうなのか?」
「うん。魔物の素材はゲット出来なかったけど、出兵はあったから、その食糧補給って名目で高く買い取ってもらったんだ。全部。もちろん、僕が自分で交渉してね?」

 なるほど。そういうことか。
 ウルムガルトは曲りなりにとはいえ、国家に物資を買い取ってもらえたのだ。そこで小さいながらもパイプを通したのだろう。必ず今後の商売で有利になる。

「それなら良かったんじゃねぇ?」
「うん。だから大手を振って一度家に戻れるよ。また近いうちに来ようとは思ってるけどね」
「そっか。じゃあお別れだな」
「うん。君は学園に入るんでしょ? だったらまた会えると思うし、ご贔屓にしてくれてもいいんだよ?」
「あーまぁ値段とか品揃えにもよる」

 そう答えると、何故か沈黙が落ちた。

「……………………ばか」
「え? なんで?」

 思わず振り返りそうになると、即座に背中を叩かれた。

「分かりなさいよ! もう! 君だったら贔屓にしてあげるから顔見せなさいって言ってるの! 王国に来た時は学園に連絡して知らせてあげるから!」

 あれー?
 なんで俺はこんな怒られてるんだ?
 分からずに首を傾げていると、また背中を叩かれた。

「と、とりあえず、服、お願い」
「分かった。分かりました」

 俺はため息をついて、さっさと歩きだした。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 そして、入学試験日。

 俺とメイは学園へ向かっていた。
 王国でも最高峰と謳われるこの学園は、湖の上にある。

 そもそも、王都そのものが湖に突きだした形で円形都市として存在していて、王都の外周の半分以上は湖に面している。
 学園へは、その王都の湖側からかかる橋から向かうことになる。

 ついでに俺の住居は、その橋の手前にある町に用意された。というか、この町には学園の生徒が住むブロックがある。
 基本的に金持ちが住む地区のようだった。

 ちなみに寮もきっちり存在していて、基本的に金がない連中が住むのだとか。
 転生者とかは基本的に高レアリティで貴族階級のはずなので(ヴァーガルのような例外ももちろんいるけど)金には困らないと思うのだが、ここには学園の方針が絡んでいた。

 もちろんこの学園は間違いなくエリートの集まりだ。
 だが、同時に騎士の養成学園でもあり、様々な研究学科も存在する。また、低レアリティ向けの冒険者育成クラスもあるらしい。つまり手広くやってるってことだな。

 これに関しては、良い情報だった。

 俺としてはエリート共に囲まれて胃が痛い日々を送ることを覚悟していたわけで、低レアリティ向けのクラスへ入ればそんな日々ともオサラバ出来るってわけだ。
 聞けば、エリート共とは校舎そのものが違うらしく、顔合わせするわけでもないらしいし。

 そんなこんなで、俺は列に並ぶ。
 受験希望生はかなりの人数だった。それだけ人気なのだろう。
 というか当然だ。冒険者になるにはこの学園を卒業しなければならないからな。

 こういう学園は国に一つしかなく、他国でも競争率はどこも同じようなものらしい。しかも卒業した後は、その国所属の冒険者となり、国中を巡りながら活躍する流れになる。
 もちろん他国へいって様々な依頼をこなすことも可能だが、斡旋される量は少ない。ハインリッヒのような特別規格外になれば別なんだろうけど、俺はそんなものになるつもりはない。

 よって、田舎村とその周囲を正々堂々と貰い受けるには、この学園を卒業して功績を上げなければならないのだ。

 しかし、長いな。
 受付は長机を幾つも繋げて人員を大量に配置して対処していたが、追いついていない。

 およそ二〇分くらい並んで、ようやく受付が回ってくる。俺は早速その低レアリティ向けのクラスの受験を申し込みした。

 のだが。

「はい? 試験に受けられない?」

 受付早々に、俺は受験を拒否された。って待てやおい!
 思いっきり詰問したくなるのを堪えながら、俺はひきつった笑顔を受付のねーちゃんに向ける。

「どういうことですか?」
「えっと、失礼ですが、グラナダ様は転生者であられますよね?」
「ああ、そうですけど」
「転生者にのみ与えられる特別条件をご存知で?」

 申し訳なさそうに言われて、俺は思い出した。

「確か……能力値が基準値を超えたら入学できる、だっけ」
「そうです。基準値を満たしていれば、年齢に満たなくても受験できます。つまり、それだけ転生者は能力値が高く、また、同時に期待値も高いんです」

 まぁそれは分かる。
 例としてはシーナだ。俺と同じレアリティだが、強化する前でも数値は俺の方が高かった。
 だからこその特別措置なのだろう。ついでにその能力値は定期的に測定されるらしいが、俺はフィルニーアに頼み込んでその機会の悉くを折ってたんだけど。

「よって、転生者という肩書を持つ方々は、全員もれなく特進コースの受験しか出来ません」
「んなアホな……俺、《レアリティ》はR(レア)ですよ?」
「え?」
「え?」

 あれ、なんですかそのすっごい意外そうな表情。っていうか唖然とした表情。
 あー、あれですか。転生者なのにR(レア)っていうの出会うの初めてなんですね、そうなんですね。
 内心で悟っていると受付のねーちゃんは数秒間たっぷり口を開けてから、やっと我に返る。

「あ、あの、ほ、本当に……?」
「そうですけど。ほら」

 俺はステータスウィンドウを開け、名前と《レアリティ》を表示させる。他はきっちり見えないようにしているけど。最近知ったけど、このステータスウィンドウは遥か昔、転生者が生み出した魔法なのだとか。
 便利だから全世界に広まったらしい。

 そんな余計なことを考えている間、受付のねーちゃんはやっぱり唖然としていた。

 うーむ。バカにされるとか失笑されるとか、そんな反応は予想してたけど、まさか絶句するとは。ある意味こっちの方が精神的ダメージはデカい気がする。
 ってか、いつまで口開けてんだ。思わず何か入れたくなるな。入れてやろうか?

 と思ったタイミングで、受付のねーちゃんはまた復活した。

「あ、あの、え、ええと」
「というわけで、俺は一般の方の受験をしたいんですけど」
「え、ええ……」

 笑顔で言うと、受付のねーちゃんは困った表情を浮かべる。

「おやおや、どうかされたのですか?」

 そんな受付のねーちゃんに声をかけたのは、何故かピエロの格好をしている恰幅の良い男だった。背丈も俺より少し低いくらいで、なんだかダルマみたいだ。
 そんな男は、俺を一瞥してから受付のねーちゃんへ視線を戻す。

「あ、ああ、学園長。実は……」

 え、マジ? この人が学園長かよ。ちょっとどころじゃなく意外。まぁ異世界ってこんなもんか?
 縋るような表情で受付のねーちゃんは学園長に説明した。

「ふむ……なるほどね。確かに、転生者は一般クラスへの受験は禁止されているし、それを曲げることはできない。しかし」

 学園長はまた俺に視線を持ってくる。なんか値踏みされるような感じだ。
 ちょっと不快なので眉を寄せると、学園長はニコ、と笑う。

「申し訳ありませんが、あなたは特進クラスへも受験できませんね」

 それは、とんでもない爆弾宣言だった。

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