第四十四話
放たれた稲妻は、一本の槍となって迫ってくる。
だが、俺は既にその場から離脱している。風の魔法を予め仕込んでおいたのだ。そうすれば、動けなくても回避できる。もちろん、動けないウルムガルトを巻き込んで。
――がああああああああんっ!
地面が穿たれ、何十もの金属が同時に叩きつけられたかのような炸裂音が響き、さらに地鳴りと共に衝撃波が周囲を薙ぐ。
俺はその余波を受けつつ、動けるようになるまで待つ。
「《クラフト》」
俺は咄嗟に魔力の壁を展開してそれを防ぎ、空中に浮いていた。
今のはヤバかった。
直撃喰らってたら黒焦げどころか、塵一つ残らなかっただろうな。
「ひぎぃぃぃいいい!?」
やや遅れて、ウルムガルトが叫んだ。窪んだ地面に真っ黒になった地面を見たのだろう。
だが、俺は今かまってやれる余裕はない。
何故なら、俺の中では必殺の切り札に近い《真・神威》が全く効かなかったからだ。
まさかこれはアレか?
『主! 何を考えている。アレは私の身体だぞ! 私のスキルなど効果があるはずがなかろう』
思ったところで、ポチから叱責が飛んでくる。
やっぱりそっちが原因か。
撃つ前にその可能性を考えられなかった俺がアホだけど、理由はちゃんとある。
「一年前はバッチリ効果あっただろ?」
『あれは完全に魔族によって汚染されていたからだ。あの時は体毛も闇色だっただろう?』
「言われてみればそうだったな」
『愚か者め』
「元々は誰の責任なのかな? どの口がいっているのかな?」
『……くぅーん』
「だからそういう時だけ犬になるなっつうの!」
しっかり言い返してから、俺は眼下で吠える相手を睨んだ。
これは相性の問題だ。
俺の必殺である《神獣の使い》としてのスキルが効果ないのだ。
となると、地道にやっていくしかないか。
俺が得意とするのは光属性で、補助特化の魔法のくせに地水火風といった基本属性が苦手になるというバッドステータスが付与される。これがネックになっていて、俺は習得できる簡単な魔法を裏技(ミキシング)で強化して発動させることで補っている。
とはいえ、これも通用しないと思っていい。
曲がりなりにも相手は《神獣》だ。極大魔法でもない限り不可能だろう。
と、なると、魔法はほぼ使えないと思っていい。
「うーん、詰んだかな?」
『いきなり諦めるのか、主』
咎めの声は控えめにやってきた。
「いや、諦めてねぇよ。魔法で攻めるのは難しいなーって思っただけ」
『そうだな。我が体毛はあらゆる魔法に耐性がある。主でも貫通させることは難しいだろう』
イヤな肯定に眉を寄せながらも、俺は息を吐いた。
あの毛さえどうにかすれば、どうにでもなるってことなんだな。
俺はウルムガルトを空中に浮遊させたまま、自分だけ着地する。
魔法が無理なら物理で攻める。これしかないだろう。
俺の考えが伝わったのか、ポチが否定的な感情を伝えてくる。
『言っておくが、当然単なる武器などあっさり弾いてくれるぞ?』
「相当な業物じゃないと無理って言いたいんだろ?」
『それでもほんの少し傷がつけば、だな』
「あーもうホント高性能だなお前は」
俺は思わず愚痴った。
まぁ《神獣》なんだから当然なんだろうけどな。
けど、それでも策がないってワケじゃあない。俺にはバケモノ染みたステータスがあるからな。
あまり好きじゃないけど、ここはごり押しで行かせてもらおう。
俺は意識を静かに研ぎ澄ます。
イメージは、薄い、本当に薄いガラス。そして、氷や鉄でさえ音もなく切り裂く鋭さ。
耐久性は犠牲にして、ただただ切断能力だけを求めてみる。
そんなイメージがしっかりしたら、俺は《魔導の真理》を使ってオリジナル魔法を組み立てた。
「――《クリエイション・ブレード》」
ひゅう、と魔法陣が地面に生まれ、そこから生成された刃が出現する。
それは透明なガラスの刃だ。それも二本。持つと驚くくらい軽かったが、使う分に不自由はないな。
俺はそれを何回か振って感覚を確かめ、二刀で構える。
『グルルル……』
唸るケモノに向け、俺は
ばぐん、と地面が爆裂し、その音と土塊を置いてけぼりにして俺は特攻する。
『ガァゥッ!』
おそらく音速の領域だったはずだが、ケモノは驚くべき反射を見せて横っとびした。
俺は強引に着地し、一瞬で方向を変えて跳ぶ。地面が直角の傷を残してぶっ飛んだが気にしない。
この軌道にはさすがのケモノも驚愕したか、目を見開いた。
「させるかっ!」
ぱり、と、体毛に稲妻が宿るが、それより早く俺は肉薄し、透明なガラスの刃を振るう。
音もなく振るわれたそれは、ケモノの体毛を斬り飛ばした。
「《ベフィモナス》! 《エアロ》っ!」
俺は魔法を発動させ、即席の足場を作って着地。あくまで即席なので破砕されるが、それを風の魔法で拾い上げ、ケモノへ投げ飛ばす。
ま、インスタントロックガンってやつだな。
『ウォンッ!』
即座に反応し、ケモノは吠えて衝撃波を放って蹴散らす。
こうなって当然だ。そもそも直撃してもダメージないだろうし。
石つぶてはあくまでもブラフである。
俺はその間に真横へ跳び、横からケモノへ襲い掛かっていた。
『!?』
驚愕するその暇に、俺は追いついて刃を閃かせる。
単なる斬りつけに過ぎないが、ステータスと強化しまくった
一気に空気が追い出され、同時に無数の毛が飛んでいく。
あっという間に、脇腹は素肌が見えるようになった。だが、それだけに透明のガラスの刃も耐久限界を迎え、あっさりと砕け散る。
仕方ないな。
俺は諦めて柄を離し、ぐっと拳を握る。
「うらあぁああああ――――っ!」
気合一発、腰をしっかり入れたストレートを、無防備になった素肌に叩き込む。
ドン、と鈍い手応えと、骨が粉砕される音。
直後、ケモノは身体をくの字に曲げて殴り飛ばされた。
『ぎゃいんっ!』
特有の悲鳴を上げながらケモノは地面に叩きつけられ、何度もバウンドしていく。
即座にポチが俺に感情を伝えて来た。
それに従って地面を蹴る。前ではなく、後ろに。
直後、雷が空から落ちて来た。
また凄まじい炸裂音が響き、地鳴りを轟かせる。
見上げると、いつの間にか怪しい雲が広がってきていた。
『上空に雷雲があれば、それを操ることも出来る。今のアイツでは時間をかけて呼び寄せるのが精いっぱいの様子ではあるがな』
それでも立派な脅威だっつうの。
内心で吐き捨てながら、俺は起き上がったケモノを睨んだ。体毛の再生は、してないな。
確認して、俺は再びガラスの剣を生み出そうと意識を集中させ。
『――来るぞ!』
ポチから警告がやってくる。
俺も同時に気付いている。ポチが言う時には横に跳んでいた。
『ゴアアアアアゥ!』
獣が大きく口を開き、咆哮と共に放ったのは、黒い渦だ。
おそらくも何も、間違いなく瘴気である。
ケモノは俺が回避したのを見て口を閉じ、地面を四本脚で蹴って特攻してくる。
なるほど、脇腹さえ守ればどうにでもなると思ってるのか?
だが、俺の予測は見事に裏切られた。
バチバチと《黒い》プラズマを纏い、ケモノがさらに加速する!
まさか、
とんでもない学習能力に焦りつつ、俺は更にバックステップする。だが、相手の方が速い。
「《エアロ》っ!」
俺は暴風を起こし、ケモノを追い払う。
だが、ケモノはすぐに着地し、咆哮の一つでその風も切り払う。
骨を粉砕してやったはずなのに、何でまだそんなに動けるんだか。
呆れながらも、俺は終わらせることにした。
今ので思いついたのだ。
俺は十分に
「《エアロ》」
『ぎゃいんっ!?』
それは上空から空気の塊で押し潰す魔法だ。
おそらくオーガでさえぷちっと潰せる威力があるはずだが、さすがにそれはなく、あまつさえ抵抗してくる始末だ。さすがに動きはかなり鈍いけど。
「《ベフィモナス》」
俺は更に魔法を発動させ、地面から出現した植物で手足の関節を極めながら拘束した上で、土も使って補強し縛りつける。
これで少しは動けなくなるはずだ。
俺は魔力を集中させる。さすがにこの状態で精密なガラスの剣は生み出せないな。慣れてたら別なんだろうけど。だったら。
ちらりと地面にばら撒かれたガラスの破片を見て、そこへ魔力を宿す。
「《エアロ》」
その破片を風で操り、次々とケモノの体毛を剥いで行く。
『ガルルルルルっ!』
ケモノは必死に抵抗するが、脇腹のダメージもあるのだろう、弱々しい。
あっという間にガラスの破片たちが体毛を奪い、背中はピンク色の素肌を見せる。これで、もう防ぐ手立てはないな。
『主よ。我はこの身体が欲しい』
「は?」
『分かっているだろう、このまま倒せば、主がどうなるか』
「そりゃ分かってるけど……」
俺は言葉を濁した。
このケモノを殺すには、かなりの覚悟がいる。端くれとはいえ《神獣》だ。もし殺せば自然の摂理を敵に回すのと同意とされ、あらゆる呪いがかかるのだとか。
一年前の時のように、完全に穢されているか、本人が望めば別らしいが。
とはいえ、今回の場合、相手に意思はない。
よって、自動的に呪いがかかってしまう。
しかし、今回はそれしかないし、呪いが掛けられても解除すればいいと思っていたのだが。
『傷をつけるだけでいい。そうすれば、我が乗っ取る。その上で内側から瘴気を吐き出せばいい』
「出来るのか?」
『うむ』
肯定に、俺はため息をついた。
「わかった。息合わせろよ。せーのっ!」
俺はガラスの破片をまた集め、一気に背中を斬る。
とはいえ、深く斬れるはずもなく、広範囲に血が滲む程度の傷しかつけられない。っていうか、素肌も結構固いな!
などと思っていると、俺の中から何かが少しだけ流れ出た。
ポチの魂の一部だ。
そう。俺が取ったのは、肉体に魂を宿らせることだった。
『まぁ、成功する確率は四割、というところだがな』
……………………は?