第四十三話その2
なんでこんなところに!
私はすかさず刀を抜き放つ。
いくらキマイラと言えど、誇り高きドラゴンを従えているとは思えない。理由は単純だ。そもそも種としての格が違うからだ。
つまり、野生ということか? いやしかし、その割には――。
「あら、あらあら」
違和感を抱いていると、セリナの顔が何故か綻んだ。
私はますます怪訝になりながらも、降下してくるドラゴンを睨みつけ、ようやく気付く。
この既視感(デジャヴ)は、まさか――。
フィルニーア様が飼っていたドラゴンか!?
『グォォオン』
低く唸りながら、ドラゴンはゆっくりと着地する。その繊細さは驚くべきもので、これだけの巨体なのにそよ風一つ起こさない。
近くで見れば、ますます確信が沸いてくる。この手綱も、顔に走る一本の傷もそうだ。
確か黒矜種(ダイアナプライド)だったはずだ。気高い上に知的、それでいて竜種の中でも上位に位置する戦闘能力を持つ。
「あら、もしかして」
そんなドラゴンの威厳を前にして、私は少し動けなかった。
だがセリナは平然としていて、むしろ安堵さえしている様子だ。これがR(レア)とSSR(エスエスレア)の差なのだろうか?
などと考えていると、ドラゴンはまた小さく嘶いてから、メイに鼻を近づけた。
「魔力が……安定化していく?」
ドラゴンがメイに息を優しく吹きかける。それだけで、あれだけ異常な熱を持っていたメイの余計な魔力が流れ去り、循環が正常に戻っていく。見る間にメイの表情が楽なものに変わった。
「凄いですねぇ」
「うむ。さすがドラゴンだ……」
「そこじゃないですよ、姉さま。グラナダ様のことですねぇ」
「は?」
意味が分からず訊き返すと、セリナはうっとりとした表情を見せていた。
「だって、フィルニーア様亡き後、あのドラゴンはグラナダ様が所有しているはず。つまり、今ここにドラゴンがいて、こうして助けているのはグラナダ様の指示があったからのはず。ということは、グラナダ様はこうなることを予想していたということです」
「!」
指摘されて、私は驚く。
ということは、グラナダ殿はメイが苦戦することも、こうなることも想定したということだ。
もちろんそれを是とする性格ではないだろう。だからこその保険を用意していたのだ。
「さすがとしか言いようがないな……」
一年前のスフィリトリアの時もそう思ったが、あの時よりも桁違いだ。
とても十二歳とは思えない思慮深さ。これは転生者故の知啓なのだろう。
私はただただ脱帽するばかりだったが、あることに気が付く。
いや、ちょっと待て。
私の予測は、セリナも思い至ったらしい。険しい表情になっていた。
「問題は、グラナダ様が保有している戦力の全てを、こちらに投入してるってことですねぇ」
「幾ら何でもそれは危険ではないか?」
私の言葉に、セリナも頷く。
私は素早く周囲を見渡す。再生の終えたキマイラの威嚇と、ドラゴンの登場によって魔物たちはもうどこにもいない。散り散りになって森へと戻っていったことだろう。
そのため、飛竜に乗った魔法使いたちも降りてきていた。
「向かおう、今すぐに!」
「そうですね、あのドラゴンさんがいれば、グラナダ様の場所が分かるでしょうしねぇ」
メイの治療が終わったのか、ドラゴンはちょこんと(とてもそんな身体ではないが)座りながらこっちをじっと見ていた。
敵意がないドラゴンの目とは、ここまで美しく気高いのか、と思わず跪いてしまいそうになるが、私はそれを堪える。
とにかく今はグラナダ殿のことである。
目線だけで察したのか、すやすやと眠っているメイをドラゴンは咥え、ゆっくりと背中を向けた。
乗れ、ということだろう。
私はセリナと目線を合わせ、一度頷いてからそこへ向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――グラナダ――
俺は久々に冷や汗をかいていた。
いや、戦闘で冷や汗をかくのが、だ。ずっと引きこもってたから、強い敵と戦ってこなかったからってのもあるけど、何より、今対峙しているのは特別だ。
見とれるような白く美しい獣毛に、
間違いない。紛れもなく《シラカミ》だ。
そもそも俺はその《シラカミ》から力を授かって(というか同化して)《神獣の使い》のアビリティを手に入れたんだからな。
つまり、相手は《神獣》になる。
この世界、ライフォードの自然の摂理とまで言われている魔獣で、もちろん神聖視されている。
「なーんで、そんなもんがここにいるのかな? いや、それ以前の問題か」
俺は低い声でつぶやく。
本来であれば《シラカミ》はその名の通り、白く気高いオーラを纏う。だが、今目の前にしているのは全く異質なオーラ――瘴気を纏っている。
瘴気は大地を穢し、腐敗させる負の結晶だ。
つまり、《神獣》とは正反対の性質と言える。
ということは、考えられる可能性はただ一つ。
「まさか、また魔族か……?」
『いや、違うな』
独りごちた瞬間、俺の内部から久々に声がやってきた。
あまりの懐かしさにちょっぴり涙が出そうになったぞ、おい。こんな状況だってのに。
俺の内心の動揺をよそに、俺の頭に響いてくる声は言い募ってくる。
『あれは我が身体の一部だ、主よ』
「それはなんとなく分かるよ。なんとなく感じるものがあるからな。けど、俺が言ってるのはそこじゃなくて、なんで瘴気に汚染されてるんだってことだ」
『我の身体の一部だからだ』
「いや答えになってませんよ!?」
俺は思わずツッコミを入れていた。
ちなみに内側に響いてくる声は、《神獣》である《シラカミ》サマである。
魔族に長い期間かけて苛め倒され、切り離した身体の一部に意識を移動させて転生し、逃げ出したは良いものの、見事に子犬になってぶっ倒れ、俺に拾われてポチって名前つけられたけど。
だから今でも俺はちゃんとポチって呼んでる。
ちなみに、その時に《ビーストマスター》の能力でちゃっかり主従契約を結んでいるので、《シラカミ》サマなのに俺のペットである。
まぁ《シラカミ》サマならそんなの無視できそうなもんだけど、一度でも屈して契約した以上、それを破ることは出来ないそうだ。例えカミサマであったとしても。
「おい、久々に出て来たからボケてんのか? 若年性ですか? いや、年齢的には……」
『仮にも《神獣》に向かってなんと不敬な……まぁ、主らしいがな』
「おっと、それは悪かった。とはいえ、説明してくれ」
俺はしっかりと相手を睨みつけ、威圧をかけて縛りながら訊く。
さすがに《シラカミ》だけあって《ビーストマスター》の能力が効かない。
『うむ。アレは、魔族に倒される直前に分裂させた我の一部だ』
「ってことは、かなり前のことか」
『ああ』
ポチの同意に、俺はため息をついた。
つまりアレか。
目の前にいる《シラカミ》は、魔族に倒され、田舎村に封印される直前に切り離して逃がした身体。そして、そこから長い時間かけて穢され、いよいよダメだとなって転生したのが、一年前、俺の前に現れたポチだってことだ。
考えるに、ポチとしてはあの肉体に転生したかったんだろう。
アレはポチからすれば予備の端末ってとこだ。
けど、バッチリ失敗してたら意味ねぇだろ。
俺は内心で咎めの空気を送ると、ポチから気まずい感情が流れて来た。
『転生する際、身体が見つからなかったのだ。てっきり朽ちたと思っていたのだが……』
「なんか元気に暴れてる様子ですけどねぇ?」
『おそらくだが、アレは器なき肉体だった。故にこそ、瘴気を吸収してダメになったのかもしれん』
「は?」
『魂は穢れを浄化する作用がある。もちろん負荷をかけられ続ければ汚染されるが……その機能があの身体にはないのだ。故に、瘴気を常に溜め込んでしまうことになる。長年かけて汚染されたのだな』
いやそれって、つまり。
「魔族と同じようなことを、天然で再現したってこと?」
俺のツッコミに、ポチは答えなかった。
「おい答えろや」
『……くぅーん』
「そういう時だけ犬っぽい声出すな!」
叱りつけてから俺は前を向き直る。
つまりアレはポチの残骸で、ポチのやらかしたモノってことだ。あーもう。つまり、後始末をしてやらなきゃならないだろう。
曲がりなりにも俺はポチの主だしな。
「天然モノってことは、魔族程の汚染度じゃあないんだな?」
『うむ。大きさからしてそう思って良い』
確かに、大型犬よりも大きいくらいだ。
『しかし、それだけに私の能力も使役できるはず。油断するなよ』
「分かってるよ」
俺はため息をついて身構える。
特に、今は俺一人だからな。ドラゴンはメイのとこに送ったし。
ぐ、と、魔力を最大限に高めた。
相手には悪いが、ここは一撃で決めさせてもらおう。
「――《真・神威》!」
放ったのは、扇状に広範囲を薙ぎ払う神雷の一撃。
空気が切り裂かれ、叫び、阿鼻叫喚の破壊をもたらす。
無数の稲妻が甲高い地鳴りを轟かせつつ、相手を穿つ!
――だが。
手応えが、ない!?
驚く間もなく、今度は向こうが全身に稲妻を展開する。
あ、ヤバいか、これ。
思った矢先、その稲妻が放たれた。