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第三十六話

 ウルムガルトの護衛を引き受けてから、一週間。
 俺たちはようやく王都の前まで辿り着いていた。いやー、遠かった。

 師匠だったフィルニーアはたった二日で移動したっていうんだから、尋常の沙汰じゃないな、やっぱ。

 ドラゴンに乗ってたから、道中は極めて平和だった。 
 もちろんドラゴンなんて見つかったら大騒ぎになるので、隠蔽魔法を使っている。
 傍から見れば、小鳥が飛んでるようにしか見えないはずだ。

 ちなみに俺たちが乗ってるドラゴンは、フィルニーアがテイムしたドラゴンだ。フィルニーア亡き後、このドラゴンは俺に懐いた。たぶん、俺の両腕がフィルニーアだったからだと思う。今は《ビーストマスター》の能力でしっかりと主従関係を結んでる。
 これも、フィルニーアが遺してくれたものだと思ってる。
 ともあれ快適な空の旅ってやつだ。

 まぁ、ウルムガルトはずっと放心状態だったけど。

 王都に近づいて、俺たちは物陰に着陸した。さすがに王都まで行ってしまうと気付いてしまう可能性があったからだ。
 そこからはロバに荷物を持たせて移動である。

「ああ、あれが王都の城壁だよ」

 ちょうど森を抜けた丘の上で指を差したのは、ウルムガルトだ。
 俺とメイは乗り出すようにして覗いて、思わず感嘆の声を出した。
 丘の下、街道の先に、高さ一〇メートルはあるだろう城壁が緩やかな円を描くようにそびえたっている。

「おお、すごいですね、ホントに湖へ突き出すような形で王都があります」

 少し興奮したように言うのはメイだ。
 ああ、そういえばメイは、フィルニーアから王都の話を聞いて興味持ってたな。かくいう俺も興味がないわけじゃなくて、むしろちょっとワクワクしてる。

 水の都と呼ぶにふさわしいその王都は、俺がこの世界へ転生してきて一番の大きさだ。ついでにいうと、俺が想像してた異世界の都市って感じがする。
 俺たちは少し急いで王都へ向かうことにした。

 それにしても、遠目からでも分かるくらい大きい門だな。
 俺は感心しながら荘厳な門を思う。高さにして五メートル以上はあるだろう。あれだけ大きいと、厚みも大したもののはずだし、まず鋼鉄製だ。一度閉じられたら、まず開けることは無理だろう。
 たぶん、それを目的として無駄に大きく作られたんだと思う。

 そんなことを考えながら、数十分。俺たちはちょっとした行列に並んで、やっと順番が回ってきた。

「止まれ。王都へなんの用事だ」

 長柄の槍を威嚇のように見せ付けながら、フルメイルプレートの兵士が声をかけてくる。
 表情は見えないが、明らかにめんどくさそうだ。
 この行列を見たらそうなるのは分かるけど。

「行商でやってきました。彼らは護衛です。商会の紹介状もここに」

 少し緊張した様子で、ウルムガルトは行商手形を見せた。
 兵士はそれをちらりと確認してから、ウルムガルトを見る。

「なんだ、子供じゃないか。お前、ホントに行商か?」

 兵士は疑念をぶつけてくる。
 確かにウルムガルトは、俺より少しだけ上ぐらいの見た目で、世間的にはまだ子供だろう。この異世界の成人は十八からだ。

 ちなみに俺は十二歳である。ついこの前、誕生日迎えた。メイは確か八歳だ。
 兵士は俺たちにも視線をぶつけてくる。あー、護衛とか言いながら俺たちも立派に子供だな。そりゃ疑うか。

「ホントです! 商人として一人前になるための試験で、王都まで行商に来たんです!」

 ウルムガルトは強く言い返すが、兵士は笑い飛ばすだけだ。

「はっはっは。無駄だ無駄。おままごとは他所でやれ」
「おままごと? この荷物を見てもですか?」

 ウルムガルトは顔を真っ赤にさせて、相棒だと言っていたロバと、積んでいる荷物を見せる。ロバも心なしかシャンとしてる気がするな。

 でも、この兵士には通用しない。

 俺の読み通り、やはり兵士は笑い飛ばすばかりだった。
 ウルムガルトにとって屈辱のなんでもないだろう。っていうか俺もちょっとムカつく。とはいえ、暴れれば良いってワケじゃない。そんなことして許されるのは、フィルニーアくらいだ。

 さて、問題はどうするか、だ。
 ぶっちゃけて、俺とメイはフツーに入れる。行商手形じゃなく、通行手形を持っているからだ。とはいえ、ウルムガルトは恩人だ。
 何せ、固有アビリティの《魔導の真理》を利用して作ったオリジナルの体力活性魔法を使ったら、鬼のように腹が減ってしまって動けなくなったトコを助けてもらったんだから。
 さてどうしようかな、と思い悩んでいると、懐かしい気配がやってきた。あ、これはラッキー。

「なんだ、騒がしいな」

 がちゃ、と、金属質の音を立ててやってきたのは、麗しい金髪を携えた目つきの鋭い美女だった。兵士たちとは違う材質の(絶対高級品だ)鎧に身を纏い、その雰囲気からして切れる刀のようだ。翻すマントは朱色で、王都のシンボルが刻まれている。

 これは、王都に仕える騎士の中でも高位に属する近衛騎士団の証明だ。

 そのネームバリューがどれだけのものかと言うと、目にした瞬間、兵士が背筋を正して敬礼するぐらいだ。

「こ、これは近衛騎士様っ!」
「良い。それよりもなんの騒ぎだ。行列が滞りつつあるようだが」
「はっ、この子供たちが王都に入ろうとしていまして、なんとか遠慮してもらおうとしていたのですが」
「子供?」

 女近衛騎士は怪訝に眉を寄せ、俺たちを見て。きょとん、と目を見開いた。
 ああ、懐かしいな。
 俺は自然と笑みが零れる。

「ま、まさか……グラナダ、か……?」

 俺の名前を呼ぶ女近衛騎士――シーナに俺は肯定した。

「久しぶりだな、シーナ」

 そう言うと、シーナの相好が一気に崩れる。あ、ちょっと女子っぽい。

 彼女はシーナ。騎士の格好をしているが、実は末端とはいえ、王族である。スフィリトリアで反乱の気配があると知り、騎士して潜入その動向を調査していたが、反乱が起きてしまった。その時、異父妹を連れて逃げていたのを俺が助けたことがある。
 その後、俺は見事に反乱に巻き込まれて死にかけて投獄されて、脱獄までしたんだけどな。

 ちなみにその反乱はフィルニーアがテイムしたドラゴンを引き連れてあっさりと鎮圧した。極大魔法を湯水みたいにぶっぱして、領主町を更地にしたけど。

 シーナは相当に嬉しかったのか、こっちへ駆け寄ってきてくれた。

「おお! 本当に久しぶりだな! 元気にしていたか!」
「うん。フィルニーアの葬式以来だな」
「ああ、そうだな。今でも思い出すよ、あれは辛かった。今でも胸が苦しくなる」

 その言葉を出すと、シーナは少し表情を陰らせた。
 田舎村に襲撃してきた魔物を滅ぼした後、俺は静かに葬式を行った。そこにシーナと、異父妹、そして英雄と名高いハインリッヒも参列してくれた。豪華でもなんでもない、本当にしめやかに。
 あの場で、色々な話し合いがもたれた。
 魔族を退治したのはハインリッヒだ、ということにしたのもその時だ。

 もし俺が退治したってなったら、大騒ぎになるからだ。

 年齢的なこともあるし、そもそも俺は《神獣の使い》で、所持してるアクセサリーに聖杯(エヴィデンス)級の《シラカミノミタマ》がある。これは十分に戦争の種になるのだ。

「けど、こうして出て来たということは、村はもう良いのか?」
「うん。大方の除染は終わった。後は自然に任せれば大丈夫」
「そうか、それは良かった。しかし、昨今の報告では冒険者たちがチョコチョコと侵入してきているようだが?」
「そっちも大丈夫。誰も入れないようにした」
「ああ、なるほど」

 シーナには俺がフィルニーアから《魔導の真理》を継承したと伝えてある。

「で、話を戻すんだけど」

 俺は一言で話題を切り替える。懐かしい話もしたいところだが、今はそれどころじゃあない。
 それに、話は後でも出来るしな。

「とりあえず、俺は今この行商人の護衛してるんだけど、行商手形を持ってるのに入れないんだよ」
「……何?」

 瞬間、シーナの顔色が変わり、悪鬼の如きの表情を兵士たちへ向ける。

「貴様ら、どういうことだ」
「え、いや、その、あの……」

 完全に蛇に睨まれたカエル状態だな。
 しどろもどろになっている兵士たちを見ながら、俺は密かに息を吐いた。

「済まないが、その行商手形を見せてはくれないだろうか」

 シーナは真面目な表情でウルムガルトに訊ねる。

「あ、はい、これです」

 状況についていけず、唖然としていたウルムガルトが行商手形を手渡す。シーナは「ありがとう」と言ってからそれを検分し、また兵士を睨みつけた。もうそれだけで兵士たちは死にそうだ。

「この行商手形は本物だ。例え子供であっても通すのが道理。どういうことだ?」

 問い詰めるが、やはり兵士たちは答えられない。

「貴様らには後で話がある。確かクリフォット殿の部隊だったな? 彼にも申し伝えておこう。どんな話になるかは想像がつくだろうが、それまで少しでも挽回できるよう、職務に精励せよ。いいな」
「「は、はは、ははははいっ!」」

 びしっと敬礼する兵士たちを両脇に除けさせ、俺たちはシーナの先導で王都へ入ることが出来た。
 なんだか、早速前途多難な気がしなくもないけど、大丈夫なんだろうか?

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