第三十七話
王都の道は、俺から見ても整備されている。
そりゃ、現世のようなアスファルトじゃないし、綺麗にコーティングされてるわけでもない。でも、かなり造りの良いレンガが敷き詰められているし、掃除も施されていて歩きやすい。
道の幅も広いし、人もかなり多い。ってか、この世界にきて初めて見る人の数だ。
そういや、十万都市だってのは聞いたことがあるな。なんか納得。
湖に突き出すような形で作られたこの王都は、やはり水の都だ。整備された河川は豊富で、上下水道が整っている様子だ。これはかなり衛生的で、俺としてはほっとする。
そこから派生してからなのか、この辺りの出店は総じて美味しい。串焼き最高。ホント最高。
「ふむ。メイも随分と強くなったようだな」
「はい。シーナさんから教えてもらったトレーニングも欠かしてませんから」
「それは良い心がけだ。付き人としてもっと精進するが良い」
「はい!」
と、師弟の会話も弾んでいる。
軽く王都のメインストリートを堪能してると、こちらに手を振ってくる女性がいた。周囲には付き人がいるので、絶対に貴族か何かだ。
一応会釈しようと身構えていると、近づくにあたって見覚えがあった。
あ。あの、ふわっふわの金髪に、秀麗といって差し支えない格好。ほんわりとした雰囲気の美少女。
「セリナ?」
「そうだ。セリナだ」
答えたのはシーナである。
少し待つと、セリナはドレス姿であるにも関わらず、走ってこっちにやってきた。一年前は少し走るだけで息が上がるぐらい体力がなかった(これはシーナ談である)はずだが、今や息を切らしている様子はない。
セリナはスフィリトリアの姫様で、シーナの異父妹だ。つまり、王族である。
「お久しぶりですねぇ、グラナダ様。ああ、この日をお待ちしていました」
「うん。お久しぶり、セリナ……様?」
俺は一応気を使って《様》をつけた。
セリナは名目上も何も王族である。だからこそ付き人がいるのだろうし。っていうか、王族が平気でメインストリート歩いてていいのか?
思わず説明をシーナに求めると、ただ首肯されるだけだった。
まぁ、王族といっても末端だし、今はフィリストリアの姫だから、だろうか。何か役職をこなしているわけでもないし。それにたぶん、セリナは
確か、一年前にそんなことを言っていた。
つまり、今は王族でもあるけど、入学を控える冒険者見習いってとこか。
と、ここまで考えると、セリナは思いっきり柔和な笑みを浮かべつつも怒気を放ってきていた。あれ、どういうことですかコレ。かなり怖いんですけど。超怖いんですけど。
「様?」
ああ、そっちか。そういうことか。そうですか。
俺は納得して苦笑した。
「あー、悪い、間違えた。お久し、セリナ」
「良く言えました。褒めてあげますねぇ……と、少し身長伸びました?」
セリナは背伸びして俺の頭を撫でつつ言う。
一年前もセリナの方が小さかったけど。まぁ、確かに伸びたとは思う。この身体も成長期を迎えてきたってことだろう。
「まぁ、もう十二歳だしな」
そう言うと、セリナは嬉しそうに微笑んだ。
「私は十三歳。姉さん女房ってことですねぇ」
「なんかいきなり飛躍してない?」
「そうですかねぇ。ともあれ、入学を一年延期した甲斐がありましたよ」
「延期?」
怪訝になって訊くと、セリナは何故か嬉しそうに頷いた。
「はい。グラナダ様の強さを見て、自分自身をもう一度鍛えなおそうと思いまして」
「俺かよ。フィルニーアの方がぶっちぎりだっただろ?」
「あの方は例外です」
「確かに例外だけど」
この認識は絶対共通である。
「まぁそれに、グラナダ様と一緒にいたかったからですねぇ」
なんかしれっと凄いこと言ってないか?
俺が辟易としていると、セリナは俺の隣にいるメイに視線を移す。
「あら。メイちゃんも大きくなりましたねぇ」
「はいっ。大きくなりました!」
「はぁー可愛いですねぇ。髪も触り心地いいですし、いいですねぇ」
「ふふふ、セリナさんの手、柔らかいです」
二人は嬉しそうに笑っていた。どうやらスフィリトリアの一件の時もこうしていたらしい。
シーナが厳しく教えていただけに、きっとセリナが癒していたんだろう。いつの間にやっていたか分からないけど。あの時は俺も修行で精いっぱいだったしなぁ。
二人の他愛ない会話を微笑ましく見ていると、袖が引っ張られた。振り返ると、ウルムガルトだ。
「どうした?」
「え、あ、いや。ちょっと訊くんだけど、そこの女の子……セリナ姫様だよな? 僕、スフィリトリア出身だから分かるんだけど」
「ああ、そうだな」
しれっと肯定すると、ウルムガルトは絶句した。
「ね、ねぇ、君って何者なの……?」
「って聞かれてもなぁ。ただの田舎者で、村の復興を願って冒険者になろうとしてるヤツだ」
でもまぁ、確かに傍から見ればおかしいかもしれない。
何せ、王族と親しくしてるんだからな。そうでなくとも、ウルムガルトには俺の魔法やドラゴンまで見せている。ちょっとこれはやりすぎたかもしれない。
密かに反省していると、ウルムガルトは唸りながら納得していない様子だ。
「まぁほら、俺は転生者だし」
「確かに、転生者様は中にはそういう数奇な運命を、ということも聞くけど……ハインリッヒ様も各地に妻がいると話があるし」
「マジか。あの爽やかイケメン、ああ見えて好色か」
「英雄色を好む、というしね。それに、ハインリッヒ様の子供となれば戦力にもなるだろうから」
なるほどな。レアリティの遺伝か。
俺は納得しつつも何故か苦笑するハインリッヒの姿が浮かんできた。
「と、とにかく、護衛はそろそろこの辺りでいいかな」
「そうか。王都まで案内してくれてありがとうな」
「いや、こちらこそ貴重な体験をいっぱいしたよ。ありがとう」
そう言ってウルムガルトは手を差し出してきて、俺は握り返す。
「近衛騎士様も助けて頂いてありがとうございました」
「いや、あれは我らの不手際だ。むしろこちらが許して欲しい」
「そんな、とんでもないです。こうして無事に商売が出来そうでもありますし」
「そうか。寛大な心に感謝しよう。君の商売がうまくいくことを祈っている」
「はい」
そんなやり取りを経て、ウルムガルトは方角を変えた。
ロバを引いていくウルムガルトの姿が見えなくなるまで見送ってから、セリナが口を開く。
「そうだ、グラナダ様。学園に入学されるのですよねぇ?」
「うん。そうだけど」
俺は頷く。
俺の目的は田舎村の復興だ。そのためには冒険者になって活躍し、叙勲されることが一番の近道だ。つまりその名誉で持って田舎村の周囲の地主になって移民を募り、平和な村を作ろうと言うのだ。
もし俺が
とはいえ、それなりの功績を示せば地位も手に入る。ここはそういう場所だ。
そのために、まず
この学園は国中からエリートが集まる学園で、特進科ともなれば
「じゃあ、入学試験までの間、何かされる予定はあるのですか?」
「試験は確か三日後だろ? それまでの宿を手配した後は、王都の下見かな」
まだ試験に合格したワケではないが、王都の地理を把握するぐらいはしておいて損はないだろう。
幸いにしてこの王都はかなり大きい。三日なんてあっという間に過ぎるだろうし。それにずーっと引きこもっていたしな、少しは外の世界に触れたいってのもある。
ちなみに観光で遊び倒しても大丈夫なくらいの金はあるぞ。
無駄に侵入してきた冒険者たちをぶちのめして身ぐるみ剥いでたってのもあるが、フィルニーアが驚くくらいの財産を残してくれていたからな。
「それなら私が付き合いますよ。シーナ姉さまも付き合ってくださるでしょうしねぇ」
「そうだな。ここ最近は王都も平和だし、都合はつけられると思うぞ」
セリナの提案に、シーナも頷く。
それだけで、この二人が仲良しな様子が伝わって来た。スフィリトリアではシーナがセリナを姫様扱いしていたが、もう不要になったからだろう。
俺は提案に乗ることにした。
二人なら王都に詳しいだろうからだ。
「俺は構わないけど、メイは?」
「ご主人様がおっしゃるなら、私は付き従うだけです」
嬉しいことを言ってくれるメイの頭を撫でて、俺は微笑んだ。
「それじゃあ、早速ですねぇ」
セリナは手を叩いて嬉しそうに微笑む。あれ、なんだろう、嫌な予感がする。
「王城にいらっしゃいませんか?」
予感の通り、とんでもない爆弾発言がやってきた。