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第二十四話

 え、え、え? マジ、マジなのか、マジだよなガチだよなリアリーだよな!
 内心で思いっきり動揺が渦巻いているのに、俺は動けないでいた。
 すると、俺の混乱ぶりが分かったのか、ハインリッヒはそっと人差し指を唇にあてた。

「今、君以外の人たちには隠蔽魔法をかけてるから大丈夫だと思うけど、あくまで認識をズラしてるだけのものなんだ。騒がれると気付かれちゃうから、お静かにお願いね」
「え、あ、は、はは、はい」

 何度も頷くと、ハインリッヒは満足そうに微笑んだ。
 いや緊張するだろ。緊張しない方が無理だ。なんてったって、いきなり目の前にイチローとか鳥山明大先生とか西尾維新大先生とか現れるようなもんだぞ? もっと言えばブラピとかビヨンセとか!
 ドギマギしていると、ハインリッヒが口を開く。

「それにしても、君みたいに若い子がひったくりを退治するなんて、すごいね」
「そ、そうですか?」
「うん。強いから出来るんだろうけど、正義感が強いんだろうね。カッコいいと思うよ」

 あーやべぇ、あのハインリッヒにそう言ってもらえると超嬉しい。

「あ、ありがとう、ございます」

 俺が一礼すると、隣で大人しくしていたメイも真似た。

「ふふ、君の付き人かい。とても可愛らしいお嬢さんだね」
「うん! メイ、ご主人さまの付き人!」
「そうかそうか、メイちゃんは元気だね。とっても良いことだよ。それを大事にしてね」

 ハインリッヒはそのイケボでメイをあっさりあやすと、俺に向けて手を差し出した。

「グラナダくん。僕の妻を助けてくれたお礼だよ。受け取って欲しい」
「え、いいんですか?」

 思わず聞き返すと、ハインリッヒは強く頷いた。
 恐る恐る手を差し出すと、そっと俺の掌に手が重ねられ、何かが手渡される。

「お守りだよ。いつか君の役に立つと思うから」

 手元に引き寄せてから握った手を開くと、そこには白く輝く石があった。確かにかなり強い魔力を感じられる。見てるだけで心が現れるような、強くなったような、そんな感じもする。
 もしかしてこれ、ステータスアップアイテムか?
 だとしたら、これめちゃくちゃ高いのでは?

「これって……でも、こんな凄そうなもの」
「いいんだ。僕には効果がないようだから」

 その声には力強さがあって、俺は断る気になれなかった。
 っていうか、あのハインリッヒからのプレゼントだ。一生モノの家宝である。

「ありがとうございます」
「いやいや、本当にお礼の気持ちだから。こちらこそありがとう」

 ハインリッヒは笑顔で言ってから、妻を連れてどこかへ行った。たぶん風呂から出たのだろう。色々と忙しそうだし。どうしてここにいるのかまでは分からないけど、きっと束の間の休息か何かだろう。
 あーこれ、一生の思い出だわ。本気で。

 転生者であれば誰もが憧れる存在と話て触れて、あげくアイテムまで貰ったのだから。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「どう? わたし、キレイ?」

 風呂から入ってもしばらく夢心地だった俺を現実に戻してくれたのが、そのセリフだった。
 どこの都市伝説の口裂け女だよ、アンタは。

 ……いや、ていうか、ホントに誰?

 落ち合い場所として選んだ、町の中心部にある噴水のある広場で待っていたのだが。
 俺は思わず目をこすってしまった。メイに至っては完全に警戒して俺の後ろに回り込んでしまっている。
 フィルニーア……だよな?

「なんだい、その反応は」

 予想外の反応だったのか、フィルニーアも困惑しているようにツッコミをいれてきた。
 いやだって。服装とかこそフィルニーアだけど、完全に別人じゃねぇか。シワだらけだった肌はツルツルになってるし、魔女らしい鷲鼻もどっか行ってるし、絶対に何人か殺して壺か何かで煮込んでるだろって感じの目付きもパッチリ二重になってるし。しかも折れ曲がっていた背中もしゃきんってしてるし。

 これがエステの力なのか……?

 ちょっとこの世界のエステと俺の知るエステとは違うのかもしれない。もはや整形手術とかそんな次元だろ。

「いやだって、誰か分かんなかったし」
「はぁ? どういう意味さね」
「キレーになったってことだよ」
「お、そうかいそうかい! いや、そうだろう、キレイになっただろう!」

 うわー、ころころ態度変えるなこの女。
 そんな毒は内心にしまいこみつつ、俺は相槌を打つ。
 あれ、そういえば荷物もちに任命した犠牲トリオはどうなったんだ?

「そうそう、あんたの用意した荷物もち、ちゃんと役人に突きだしておいたよ」
「あ、そう」

 どうやらやるべきことはやってくれたらしい。

「それで? あんたの方もどうやら収穫があったみたいだね」

 フィルニーアはニヤニヤしながら俺の胸で光るネックレスを見てきた。ハインリッヒから貰った後、アクセサリーショップで小道具を買って、ネックレスにしたのだ。
 ついでに余った材料でメイにも作ったら、めっちゃ喜ばれた。

「ああ、これか」
「とてつもない魔力を秘めているようだね。それ。SS級のアイテムじゃないかい?」
「マジで?」
「ちょっと鑑定してみるさね。念のためだ、路地裏にいくよ」

 こんな人通りの多い場所でするものじゃないってか。これはガチでヤバそうだな。
 俺とメイはフィルニーアに連れられて路地裏に入る。
 まぁ、路地裏っていうよりも閑静な住宅街だ。町並みはキレイだけど、この時間帯は静かだ。
 フィルニーアは俺にネックレスをさせたまま鑑定を始める。
 ネックレスを、ほわりと柔らかい光が包む。

「おや、こいつぁとんでもないね」

 フィルニーアは真剣な表情で言葉を溢した。

「これは、シラカミの宝玉さね」
「シラカミの、宝玉?」

 そのまんま言うと、フィルニーアが頷く。

「数ある魔物の中でも、神獣クラスがいるのは知ってるね?」
「ああ」

 言うまでもなく、魔物の中でも最上位の存在だ。この世界を脅かしているという魔族さえも簡単に打ち払ってしまう、この世界の君臨者だ。
 彼らは世界にとって必須の存在で、宗教じゃあ神様と崇め奉られとぃるし、一目見ようと探し回る探検者さえいる。その戦闘能力はまさにチートらしい。

「これは、ソイツの力の結晶だよ」

 ────────なんだって?

 俺は頭が真っ白になるのを自覚した。
 いや、神獣クラスの力の結晶? ってことは、神の力が宿ったアイテム? それって《聖杯(エヴィデンス)》じゃねぇの? 教会の本部の最深部で厳重に厳重に管理されてて、何年かに一回だけ、しかもレプリカが御開帳されるレベルで貴重なアレじゃねぇの?
 どんどん血の気が引いていく。
 確かそれを巡って国家間で血みどろの戦争になって、その結果、今の王国が出来上がったんだよな。

 イコール。これは戦争の種。

 な、なななな、なんつーもんをしれっとお駄賃だよー的なノリでくれやがるんだあの英雄はっ!?
 もしかしてアホか! いやもしかしなくてもアホだ!
 よく伝承歌(サーガ)には英雄はお人好しで天然なとこがあるって聞くけど、それを地でいってやがる!

 くそ迷惑! むしろありがた迷惑!

 内心で罵倒しまくってると、フィルニーアも微妙に気まずい表情で脂汗を浮かべている。あの破壊神で面の皮の厚さなら最強かもしれないフィルニーアが、である。

「……──これ、ハインリッヒ坊やから貰ったのかい?」
「え、そうだけど、なんで分かるんだよ気持ち悪い」
「親に向かって気持ち悪いとか言うもんじゃないよ! 状況で判断したまでさね。こんな一品物(マスターピース)もののランク付け出来ないような超級アイテムを手に入れられるのも坊やだけだし、ほいほいあげるのも坊やだけさね」

 なるほど。やっぱりアホかあの英雄。

「いや、っていうか、坊やって?」
「アイツが小さい頃、ワシが家庭教師をしてやってたんだよ。だからワシにとっては坊やさね」

 それはそれで凄い話である。
 英雄あるところにフィルニーアあり、ってどこかで聞いたことあるけど、それもガチネタだったのかよ。

「まぁ、貰った以上は仕方ないさね、手作り風になってるから、ヤバいアイテムだとパッと見は思われないだろうし、ちょっと細工して感知できないようにもしてやるさね」
「出来るのか?」
「やれないことを口にしてどうすんだい」

 おっしゃる通りで。
 窘められて、俺は素直に従った。
 フィルニーアはブツブツと複雑な理論を口にしつつ、指先から魔法陣を出現、それで白く輝く石を囲いこんだ。

「このアイテムの持ち主をあんたに限定させた。隠蔽の術式も組み込んだけど、何より力の流れをあんただけに向くように仕向けたさね。どうだ?」
「確かに……なんか力が上がったかも」
「ステータスで確認してみな」

 そう言われ、俺はステータスウィンドウを開く。これってどういうシステムなんだろうな。って思うけど、つっこむだけ野暮ってもんだろう。
 俺は自分にしか見えないようにしてからチェックする。

 《シラカミノミタマ》
 効果:シラカミの加護(【全ステータス補正】【固有スキル《神威》《神撃》《神破》開放】【スキルキャップ開放Lv1】【自動回復Lv1】【取得経験値増Lv1】【特殊魔法──《カミニエノノリト》開放】)

 ……なんだこのオンパレード。
 どれもこれも一つ持ってたら羨ましがられるものばかりだ。それのセットとか、どんだけだ。
 とはいえ、固有スキルはかなりの魔力を消費しそうだし、特殊魔法に関しては嫌な予感しかしない。これは後でフィルニーアに訊くとしよう。

「確認したようだね。さて、ここで買ったものは飛脚で村まで送ることにしたし、そろそろ帰るかね」
「あ、ああ」
「はい!」

 俺はどこかぎこちなく頷き、メイは元気よく返事をした。

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