第十八話
俺は全身に魔力が漲っていくのを感じた。今なら何でもできそうだ。
確かな威圧を持って一歩前に出るが、ヴァーガルは余裕の態度を崩さない。
「あっはははははは、怒った? 怒っちゃった? でもさでもさでもさ、無理なんだって」
ヴァーガルは大剣を引き抜く。その細腕で軽々と振り回し、威嚇してくる。
まるで力の差を見せつけるかのように。
――それが、どうした。
俺には関係ない。もう、コイツは許さないって決めたんだ。
メイとは出会ってまだ一週間くらいだ。まぁ三日は寝てたんだから、実質は数日だけど。でも、それだけで分かる。メイがどれだけ酷い目に遭わされて、どれだけ怯えて暮らしてきていたか。話だけじゃあない。その普段の態度からも分かるんだ。
こんな、こんな小さな女の子が。
こんな理不尽、許されてたまるかよ。
俺は驚くほど冷静にキレていた。未だかつてないぐらい思考が回り、アイツをどうするか考える。
「あっれー? キレた? キレちゃった? そっかそっか、お前転生者だもんな、世界を救うとか思ってるまだクッソ若いガキンチョだもんな!」
「うるせぇ、囀るな。クセェんだよ」
「……あー? お前、誰にモノ言ってくれちゃってんの?」
冷たく言い返すと、ヴァーガルに不機嫌な色が宿る。
「お前、レアリティ幾つよ?
それはつまり、例え俺が
舐めてくれるぜ、ホント。
「――
予想通り、沈黙が一瞬だけ落ちる。そして。
「R(レア)? マジか、マジかよ! アッハハハハハハハハハハハ! くっそウケる! マジで! 本気でウケるんだけど! 転生者なのに残念レアリティとか! もはやネタだなおい、そんなヤツが、この俺に逆らおうってのか? 文句言ったってのか?」
爆笑しまくるヴァーガルが、一瞬で真顔になる。
「ふざけんな。死ね」
瞬間だった。
ヴァーガルが地面を蹴った。
凄まじい勢いで突撃してくる。だが、前と違ってしっかりと見える!
俺は深く腰を落とし、直前まで引き付けたところでバックステップで回避。ブン、とすぐ近くを振り下ろされた大剣が通過するが、見えているなら怖くない。
ドン、と炸裂音を叩き出し、地面がめくれあがる。
さすがに大剣だけあって、一撃の破壊力は大したもんだ。
けど、同時に振りが大きすぎて隙だらけだ!
「だぁあっ!」
俺は近くの木の幹を強引にへし折り、そのまま横殴りに叩きつける。
一瞬だけヴァーガルは驚いた表情を見せるが、咄嗟にだろう、大剣を起こして木の幹を受け止める。
メキメキと音を立てた後、木の幹はあっさりと砕けた。
その破片がバラバラと散らばる中、俺とヴァーガルは一瞬だけ睨み合う。
先に動いたのは俺だった。
砕けた幹を持ったまま、切り返しに動き始めた大剣を蹴って跳躍、後方宙返りしながら木の枝へ着地してそのまま身を隠す。ヴァーガルの大剣はバカみたいに空を切るだけだ。
「すばしっこいな! だったら! ――《エアロ・ブレイレイン》!」
――魔法の発動が早い!
俺は即座にそこから脱出した。
刹那、猛烈な風の刃が炸裂し、その木の枝周辺を全て抉り斬った。
俺は更に空中でくるくると回転してから着地する。足場の悪い河原だ。
その石を跳ね飛ばすようにして地面を蹴る。
「おらああああああっ!」
ヴァーガルの打ちかかりだ。
勢いをつけての大剣の振り下ろし。ドン、とまた爆裂を起こし、石を巻き上げていく。
「逃げてばかりか? コラァァァアッ!」
「ちゃんと反撃もしてやるよっ!」
俺は言い返しながら木の幹を《投擲》スキルでぶん投げる。
かなりの速度で射出されたが、ヴァーガルはあっさりと反応して叩き落す。さっきも思ってたけど、あの大剣はかなり頑丈らしい。
さすがは
けど、なんでかな、負ける気がしない。キレてるからかもだけど。
「――《エアロ》」
俺は風の魔法を解き放つ。俺が狙っていたのはコレだ。
ヴァーガルの真上から、ゴブリンさえプレスする超重力の魔法。これを喰らえば、いくらヴァーガルでもタダでは済まないはず!
「――《エアロ・ブレイレイン》!」
だが、その魔法が魔法によって打ち消される!
目を瞠って驚愕すると、ヴァーガルは余裕の笑みを浮かべる。だが、それはただの見せかけだ。
「甘ぇよ、俺は風適性だぞ。魔力の流れくらい感知できる。お前、R(レア)のくせに結構ヤバいの使うんだな?」
――なるほど。適性があるとそういうのも分かるのか。
フィルニーアとは時々魔法で実戦訓練をしていたが、フィルニーアはどんな属性の魔法でも見切ってた。だからフィルニーアだけがバケモノと思ってたけど、そうじゃないのか。
密かに学習しつつ、俺はプランを変更する。
ちょっとだけ言うと、あの《エアロ》は不可視だし、視界の及びにくい上空からの攻撃だから対単体に対してかなりの攻撃力を持つ。だからフィニッシャーだった。とはいえそれが通じないのであれば、それに頼り切るのは愚策だ。
「それに身体能力も高そうだし、けどまぁ、俺には通じないがな!」
そう言って、ヴァーガルはまた地面を蹴る。
確かに身体能力強化魔法(フィジカリング)の効果は相手の方に軍配が上がりそうだ。ああ見えて、鍛えるべき部分は鍛えていそうだし、そもそも子供と大人の身体能力に差がある。
でも、ついていけないレベルじゃあない。
むしろ反射神経や、瞬発力だけなら俺の方が上だ。
接近してくるヴァーガルを冷静に分析しつつ、俺はその能力を活かして横殴りの一撃を回避する。
すぐ傍で嫌な風圧が鳴るが、気にしない。
俺はすぐにその場を離脱する。武器があれば別だろうが、さすがに徒手空拳でハーフプレイトメイルで覆ったヤツと戦いたくない。
「ほら、やっぱり逃げた! 無駄に状況判断だけは良いな! だがそれが命取りだ!」
見切られてた?
ヴァーガルは高らかに言い放ちながら、地面に大剣を叩きつける。直後、地面が炸裂し、大粒の石が大量に飛んでくる。さすがにこれは躱せない!
「くっ!」
両腕をクロスさせ、身体を小さく丸めて防御の構えを取ったが、それでも石が大量に俺を打つ。
激痛に呻き、そのまま背中から地面に倒れこむ。
だが俺は即座に横へ転がり、何回か転がってから勢いを利用して起き上がった。
「ほお!」
俺が倒れた場所に大剣を突き刺して、ヴァーガルは嗤う。
ったく、やってくれる!
俺は毒づきながらも、体内で魔力を高める。身体が痛いのは上半身裸だからだ。ゴツゴツした地面を転がったせいであちこち切れた。
せめて得物が一つあれば、こんなことにはならなかったんだけど。
思いつつも、俺は次の魔法を放とうとして――気付く。
誰かがメイを羽交い絞めにしているところを。
ヴァーガルと同じくハーフプレイトメイルだが、長い髪と体つきからして女だ。
「はっはっは。お前、バカじゃね?」
そこに生まれた隙を、ヴァーガルは逃さない。
俺は咄嗟に回避運動を取って大剣の切り上げを躱したが、バランスを崩す。
「《エアロ・ブレイク》!」
そこへ準備していたのだろう、魔法が俺に向けられる。
炸裂したのは暴力的な風の塊だ。
「《エアロ》っ!」
咄嗟に俺も風の魔法を放つが、威力の減衰しか出来ない。無数の風の塊にしこたま殴られて、俺は前後不覚になりながら地面に転がった。
ってぇ……!
全身に走る痛みに呻きつつ、俺はなんとか身体を起こす。
すると、メイを羽交い絞めにした女がヴァーガルの傍に駆け寄っていた。
「あのさー。俺も転生者サマだぜ? 付き人くらいいるっつーの」
バカにした様子の声で、俺は気付いた。そうか、そうだった。
「あれ、悔しそうだね? だーれが
唾を吐き捨てながらほざくヴァーガル。
――くそが。やってくれやがる。
狡い。本当に狡い。
だが、俺にまだ手がないわけじゃあない。
俺は確かに残念レアリティだよ。認める。まだガキだし、弱い。それも認める。
けど、お前なんかに負けることなんて、認められない。俺は、まだ、負けてない。
一気に集中を高め、俺は魔力を宿す。
「……《ベフィモナス》」
小声で解き放ったのは、大地の魔法。
直後、河原で悲しくもひもじく生えていた雑草が急成長し、ヴァーガルとその付き人の女に絡みつく!
「な、なんだ!?」
動揺する二人をよそに、俺は次の魔法を放つ。
「《エアロ》」
風魔法で、俺は周囲の石を浮き上がらせる。そして、そのまま二人へ思いっきり射出する!
予めプログラム入力するように操作しているから、回避運動取られたらダメだからな。特にメイが盾みたいにされてるし。
がががっ! と、打撃音と悲鳴が重なる。
たまらず女がメイを離す。
「走れ、メイっ!」
「はい!」
慌ててメイがその場を離脱する。
「テメェっ! くそ、草がまきついてっ……! 《エア・カッター》!」
ヴァーガルが風魔法を放ち、植物を切り裂いて自由になる。
それは織り込み済みだ。
「《アイシクルエッジ》」
俺は次の魔法を放っている。
発動場所は、ヴァーガルの周囲の地面だ。びきびきと音を立て、ツルのようにそれは伸びながら範囲を狭め、ヴァーガルの足元にはりつく。
俺が自分の前に出したら魔法の発動に気付かれるからな。
「なんだぁ!?」
あがる驚愕の声。あっという間にヴァーガルの下半身が氷に鎖された。
「こんなもん、魔法でっ……」
「《エアロ》」
何かを発動させようとしたヴァーガルの口に、俺は石を激突させた。
「あがぁあっ!?」
歯をバキバキに折られ飛ばされながら、ヴァーガルが情けない悲鳴を上げる。さらに石が飛来し、何度もヴァーガルの顔面を打って沈黙させた。ついでに付き人の女にも石をぶつけて昏倒させる。うん、これでいい。
俺は痛みをこらえてゆっくりと起き上がる。
「色々と言ってくれたけどさ」
この魔法は、しっかりと集中させないといけないからな。
「お前、
「あが、はがぁあがぁっ!?」
「何言ってるかわかんねーし」
俺は鼻で嘲笑ってやりながら言う。
「まぁ確かに俺は残念レアリティだけどさ、それに負けるお前ってなんなの? バカなの? ゴミなの? ゾウリムシ以下なの? まぁいっか。どっちでも」
俺は両手の拳に、渦巻く風を纏わせる。
俺は全力で地面を蹴り、ヴァーガルに肉薄し、そのまま拳を腹に何回か叩きつけてやる。
内臓が抉れるような、重い重い音。
「うごぼげぇえへぇげぇへぇっ!」
血と吐瀉物を撒き散らすヴァーガル。汚ねぇ。
俺はそれを一旦回避し、ステップを刻む。
「お前だけは、拳で殴っておかないとな?」
俺はまた懐へ飛び込み、今度は強烈なアッパーカットを見舞う。
がづんっ!
すぐ近くで鈍い音がして、手応えはしっかり顎を砕くもの。
首から引きちぎれそうなくらいの勢いで顔を跳ね上げて、ヴァーガルは後ろへ倒れていく。
あー、スッキリした。
無様に倒れ、涙と鼻水をだらだらにし、前歯の全部を失ってふがふが言ってから気絶したヴァーガルを睥睨して、俺は胸を撫で下ろした。
だが、それも束の間のことだった。
『グルオオオオオオオオオオオオオオンッ!』
轟いたのは咆哮で、上空では荒々しく翼を羽ばたかせ、空気を追い出す音。
ぞっと背筋を凍らせながら見上げると、そこにはドラゴンがいた。
――うっそでしょ?
俺は、ただ顔をひきつらせた。