第十九話
これ、ヤバいんじゃね?
思っていると、ドラゴンが降下してくる。
「ご、ご主人さまぁ」
いつの間にか駆け寄ってきていたメイが不安そうに俺にしがみついていた。
いやまぁ不安なのは分かるけど。さすがにアレは無理。絶対に無理。
俺はさっきまでぶちギレてた反動か、完全に戦意を喪失している。
この世界のドラゴンっていったら、例に漏れず、魔物の頂点に君臨する一つだ。
当然くっそ強い。どれだけ強いかって言ったら、
今降りてきてるのは小型だし、そこまでではないんだろうけど、だからって俺が敵う道理はない。
いや、だって俺はさっきまで死闘繰り広げてたんですよ? 満足な装備もないし魔力だってあんまり残ってないし! っていうか身体中痛いし!
「ぬおっ!? なんだあれはっ!」
「ドラゴン、ですねぇ。これはまずいです」
「しかし、なんとかしないと……!」
ようやく復活したのか、森の方からシーナとセリナが姿を見せてくる。たまらず俺は助けてと目線を送ると、シーナとばっちりあった。
そしてシーナは俺のアイコンタクトを受け取ったのだろう、力強く頷いて──そのまま引っ込んだ。
「なんて勇気のある少年なんだ……私たちにここへ隠れていろと……!」
ちょっと待てすっげぇ語弊があるんですけど!?
俺は慌てて訂正しようと目線を送るが、シーナはくっと涙を堪えている様子で目を合わせてこない。
「くそっ、せめて何かあればっ……!」
「さすがに私の権威も通用しませんしねぇ」
そうだね、ドラゴンに人間の王族の権威なんてくそでもないわ! ちくしょう、やるしかねぇか!
内心で毒づきながら、俺はそれでも身構える。どこまで通用するか分からないが、何もしないで食われるとかマジ勘弁だし。
ドラゴンって何が効果的だったっけ。そうだ、氷だ、氷。一応爬虫類だし。
「これ。人さまのペットに向けて魔力を高めるんじゃない。アホ息子め」
思って魔力を高めると、ひどく聞きなれた声がやってきた。
見上げると、ドラゴンの頭からひょこ、と尖った三角帽子が見えた。
あれは。
「フィルニーア!」
名前を呼ぶと、フィルニーアは顔をのぞかせた。鋭い眼光、鷲鼻、皺だらけの顔。間違いない。
「ほっほっほ。ようやくわかったか、この愚か者め」
ドラゴンが羽ばたくたびに起こる風に揺られつつ、俺は顔を綻ばせた。メイも顔を覗かせて、ぱぁっと表情を明るくさせる。
フィルニーアはドラゴンを滞空させたまま飛び降りてくる。とはいえ、着地寸前で箒にまたがって空中に浮いたけど。足腰が弱いとか言って、立たないんだよな、この人。
「フィルニーアさまだぁ! すごーい!」
「おお、よしよし」
目を輝かせて駆け寄るメイを抱き上げ、フィルニーアは相好を崩す。
うーむ。傍から見てまさに孫とババァ。
「ちょっと。今失礼なこと考えなかったかい?」
瞬間、フィルニーアが鋭く睨んでくる。さすが、カンが鋭い。
「んなワケねぇだろ。むしろ安心して今にも腰が砕けそうだよ」
実際、もう腰からぷるぷるしてるし。立ってるのもかなりのやせ我慢だし。
言うと、フィルニーアはからからと笑った。
「それを言うならワシもさね。王都でフィリストリアで反乱が起きたと聞いて、嫌な予感がして急いで帰ってみればあんたらいないし。その代わり、領主の使いが困り果てて家の前にいたからねぇ。それで急いで探知してみれば、あんたらの反応がフィリストリアにあるって言うじゃないか。慌ててテイムしていたドラゴンを連れてここまでやってきたんだよ」
テイムしていたドラゴンって……ああ、あれか。確か五年くらい前、田舎村にちょっかい掛けて来た子供のドラゴンをぶちのめしたんだっけ……。それでテイムして育てたのか。ホント、フィルニーアって色んな意味でチートだな。
ちなみに子供のドラゴンでもタイマンで挑むのは無謀だと言われている。
滅多に攻撃を通さない鱗に、まだ未完成ながらも村一つ焼き払う分には申し分ないブレスの攻撃力、そして機動力。どれもこれも規格外なのだ。
それを倒すフィルニーアはホントに規格外ってわけだ。
そりゃ一国の危機に助けを求められるだけはある。
「まぁ無事でよかったさね。さぁ、乗りな。……そこの物陰に隠れてる小娘二人もだよ!」
フィルニーアが声を張り上げると、こそこそと隠れていた二人も出て来た。
当然、俺が非難の目線をぶつけたのは言うまでもない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ドラゴンが空を飛ぶ。
すげー、雲が下に見える。俺はドラゴンの背中から顔を覗かせて眼下の景色を眺めていた。
すぐ隣では、メイが俺にしがみつきながら恐る恐る景色を見下ろしている。
これだけの高度を取るのは、ドラゴンが一番飛行しやすい高度ということもあるが、あまり人目に付かないようにするためだ。まぁ、確かにドラゴンなんていたら大騒ぎだしな。
ふと後ろを見ると、フィルニーアがシーナの治療を行っていた。
ちなみに俺の治療は既に終わっていて、マントを借りて上着代わりにしている。そうじゃないとこの高さでこの風は凍える。マジで。
「ほれ、これで終わりじゃ」
フィルニーアはシーナのおでこを叩いて言った。
「あ、ありがとうございます!」
シーナは感激した様子で言い、その隣にいたセリナも頭を下げていた。
こうして見ると、フィルニーアは本当に尊敬されてるんだなぁって思う。まぁ、戦争でも活躍したし、偉大なる魔法使いとか、英雄とか呼ばれてたし、当然かもしれないな。
俺たちは今、スフィリトリアの中心へ向かっている。今も激戦が繰り広げられているだろう領主がいる城だ。フィルニーアの持つ情報によると、反乱軍は大半がそこに集中しているらしい。そこを一刻も早く陥落させるため、向こうも焦っているのだろう。
まぁ、王都からでなく、他の領国からの介入があるかもしれないしな。
基本的にそういう連中は手出ししてこないけど。メンドクサイだろうしな。
それに万が一、自国の戦力が大きく削られることになれば、他の領国から狙われてしまう可能性だってありうる。
ともあれ、タイムリミットがあるのは相手方も同じということだ。
「そういや、相手が勝っても介入があるんだろ? それぐらい相手も分かってるよな?」
俺がふとした疑問を口にすると、反応したのはフィルニーアだった。
「討伐軍のことさね? ああ、確かにあるだろうねぇ。そうなったら更地にされて領地は分割、ってことになるだろうけど……でもそれはちゃんとこちら側が陳情した場合さね。反乱を起こされた方に非があった場合はこの限りじゃない」
「つまり、反証を用意するってことか」
俺の言葉に、フィルニーアは頷いてからシーナとセリナを見た。
「例えば領主が暴政を敷いていて領民が苦しんでいた、とかね?」
「そんなことっ!」
「分かってるさね。領主が改革を行って、領国経営は上手くなった。けどそれは同時に税収を増やしただけともとられる。王都だっていちいち領国の細かい経営状況なんて把握してないからね」
フィルニーアは淡々と言って、シーナの反駁を封じ込めた。
「だから、そこを利用して幾らでも文書なんて改竄できる。そしてそこに一定の正当性があれば、もう王都は手が出せなくなるのさ。反乱軍にはその程度の知恵が回る奴がいるんじゃないか?」
すると、セリナが思い出したように手を叩いた。
「ああ、そういえば。反乱軍についた財務兼法務兼軍事大臣さんが詳しかったと思いますぅ」
なんだその一極集中大臣は。
呑気に言うセリナに俺は咎めの視線を送るが、任命したのは彼女ではないので罪はない。
でも、その一極集中大臣は間違いなく今回の反乱軍の中心にいるだろうな。
「まぁどっちにしろ、相手が焦ってることに変わりはないさね。本来ならもう落城させているはずだろうからねぇ」
「良くわかるな、そういうの」
「反乱に乗じなかった地方領主たちが出兵の準備をしてるからね。連中に対しての抑えもそろそろ効かなくなってくる頃合いだし、そういう情報も掴んでるからね」
ほんと、このババァの情報網どうなってんだ。
「とにかく、ワシに介入依頼してきた書状には、王都に頼るつもりはなさそうさね。まぁ借りを作れば何を要求されるか分かったもんじゃないからねぇ。貴族世界ってのはそういうもんだし。だから、ちょっと申し訳ないけど派手に行くよ?」
そんな俺の目線を無視して、フィルニーアはニヤりと意地悪く笑う。
「どうするんだよ」
「決まってるさね。今、反乱軍の大半は領主の城に集まってる。そこに奇襲しかけてぶちのめす。それだけさね?」
しれっととんでもないパワーワードを放ってくるフィルニーアに、俺は顔を引きつらせるしかなかった。
そうか、そういうことか。そのためにこのドラゴンを連れてきたんだな。
狙いとしては、ドラゴンに暴れるだけ暴れさせて反乱軍を壊滅。もちろんフィルニーア自身も魔法を使って薙ぎ払うんだろうけど、表向き全てドラゴンのせいにするつもりだ。
そうしたら、確かにフィルニーアが動いた、とはならないし。
うわー。ホントえげつねぇ。
「あーそうだ、そういえば忘れてたね」
フィルニーアはわざとらしく思い出したかのように手を叩いた。
すると、ドラゴンが咥えていた簀巻きにされた何かが目を覚ます。一瞬、キョロキョロと周囲を見渡してから、とりあえず自分が危機的状況にあるらしいことは悟ったようだ。
「むご、ふご、ふぉごぉっ!」
そして上がる悲鳴、というか訴え。
だが、それをフィルニーアが聞くはずがない。何故かって、顎を砕かれてぶっ倒れたヴァーガルを最低限治療してから簀巻きにしてドラゴンに咥えさせたのはフィルニーアだからだ。
「あんた、よくもうちの大事な息子をボロボロにしてくれたね?」
その声は地獄の深淵からの声みたいで、とりあえず怖い。
「まぁ転生者で
……と、一息に言ってから、フィルニーアは真顔で親指で首をなぞって、下に向けた。
「苦しみながら、死ね」
最後の言葉に反応して、ドラゴンが口を離す。
もちろんそれはヴァーガルを落とすということで。雲が下に見える程からの高度からだ。絶対に助からないだろう。魔法を使えばその限りじゃないだろうが、ばっちり猿轡噛まされてるからそれも出来ない。
「ふょぎょおおおおおおおおおおっ!?」
悲鳴を上げながら、ヴァーガルは落下していく。
その行く末を、フィルニーアは嗤って手を振った。