第十五話
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―――――――――――――――――ぐっ。ってぇ。
痛みで、俺は意識を覚醒させた。
眠りから覚めるような感覚ではなく、強引に起こされた感じだ。そのせいで頭がぼーっとしているのに痛い。くそ、なんなんだ。
毒づこうとしても、声が出ない。
辛うじて目を開けると、視界は薄明るかった。近くで頼りなくロウソクの光が灯されている。そこは燭台なのだろう、壁が少し抉れていた。どうやら光源はそれだけらしい。
痛む身体を押して起き上がろうとすると、すっと左右から手が差し伸べられた。
「大丈夫か?」
「ご主人さま」
姿を見なくても分かる。シーナとメイだ。
俺はその介助に頼りながら上半身を起こし、周囲を見渡した。
まるで岩をくりぬいたかのような空間だ。床も壁も天井も岩。そして目の前には格子。
ああ、そうか、ここは牢屋か。
どうりで空気がべたついてどこか臭いんだ。
足元を見ると、ボロボロの薄い毛布にくるまっている状態だった。服は上半身が脱がされていて、あまり清潔とは言えない包帯で傷口が巻かれている。うっすら血が滲んでいて、どうやらテキトーな処置をされて寝かされていたらしい。
よく起きれたな、俺は。
「じっとしていてくれ。まだ、一回くらいなら回復魔法が使えるから」
そう言ったのはシーナだ。
ゆっくりと俺をまた寝かせ、傷口に向けて《ヒール》を唱える。
お世辞にも上手とは言えないが、少しだけ痛みが和らいでいくのを感じ取った。
頼りない淡い光は不安定で、明滅を繰り返している。魔力もそうだが、魔法の習得度そのものが低いからだろう。それでも俺の命を繋いでいるのは間違いなかった。
たぶん、テキトーな処置しかされなかった俺を、この魔法で助けてくれたのか。
よく見ると、シーナは額に汗をびっしょりとかいていて、顔色も悪い。そのくせ息が荒かった。
魔力切れが近い様子だ。
「……っふうぅっ」
力尽きたのか、シーナは大きく息を吐いて手を離した。そのまま仰向けになって寝転がる。文字通り精魂使い果たしたらしい。
だが、今の魔法のおかげで傷は塞がってくれたらしい。
痛みも大分和らいだ。
「ありがとう、シーナさん」
お礼を言うと、シーナは手を挙げて応じた。声を出すのも億劫な様子だ。
痛みがかなり減った分、思考回路が回り始めた。同時に記憶を揺り起こした。
俺は確か、ヴァーガルと戦って、あっさりと負けた。
斬られた瞬間までは覚えているが、そこから先はない。大方気絶したんだろう。当然だ、痛かったし。
それで、察するに捕虜にさせられたってとこか?
殺されなかっただけマシだろうが、どちらにせよこのままじゃ処刑を待つだけだな。
「メイは大丈夫か?」
頭を少しだけ動かして、すぐ傍にいるメイを気遣う。
メイは不安でいっぱいな表情を浮かべながらも、こくりと頷いた。
「シーナのお姉さんが、守ってくれたから」
「そうか」
「ご主人さまが倒れた後、シーナのお姉さんと、セリナのお姉さんが投降して、命乞いしてくれたの。それで、この牢屋に連れてこられたの」
そう言って、メイは左を見る。俺は上半身をもう一度起こしてから見ると、そこには牢屋の端っこで礼儀正しく座っているセリナがいた。しかも穏やかで涼しい顔で。
ど、どんな精神力してんだこの人……。
思わず顔を引きつらせていると、セリナがこちらを見て微笑んでくれた。
「ごきげんよう、三日ぶりですわね」
その衝撃的な一言に、俺は唖然とした。
み、三日ぶり……!?
確認で目くばせすると、メイも頷いた。
「うん。ご主人さま、三日、目を覚まさなかった。メイ、すごく心配だった」
「そ、そうか、済まなかった」
言いながらメイを抱き寄せ、背中を撫でてやる。すると、メイが小さく嗚咽した。
「この三日の間、何かあったの?」
「ええ、反乱軍が優勢だという情報ばかりがもたらされてきます。きっと、私への嫌がらせですね、ふふ」
変わらず微笑むセリナに、俺は寒気に近いものを覚えた。
いや、フツーもっと取り乱さないか?
「細かく教えていただけるものですから、戦況にすっかり詳しくなってしまいました」
「そ、そうなのか……」
どう返したらいいか分からず、俺は無難な相槌を返す。
すると、一息つけたのか、シーナがゆっくりと身体を起こした。
「ここはスフィリトリアの中心街の一つだ。いち早く反乱軍に制圧された町だ。ここを持つと持たないとでは、戦略的に意味合いが変わってくるから、重要拠点の一つだな」
まだ気怠そうに、シーナは現在地を教えてくれた。
「だからこそ、敵方もここに本拠地を置いてる」
それで俺たちもここに閉じ込められたのか。
「戦況はどうなんだ?」
「芳しくはない。だが、良く持ちこたえていると思う。戦線はじわりと押し込まれているが、本城は陥落していない。この辺りの戦線は維持できている」
「城攻めは本来プロでも難しいものですからね。農奴のみなさんが主力の反乱軍が、そう簡単に落としきれるとは思えません」
「だが、ヴァーガルが気になる」
ヴァーガル、と名が出てきて、あのすっげぇムカつく顔が再生された。
はじめて出会った転生者だ。
確か《レアリティ》は
考えてみれば当然だ。相手の方がレベルも明らかに高いし、経験も積んでいる。それだけステータス差があっても不思議はない。
「確か《レアリティ》が
セリナの確認に、シーナが頷く。
「あんなやつ、騎士団では見たことがない。おそらく反乱軍が雇った流れの転生者なのだろう」
「そうですね、私の記憶にもありません」
「そんなヤツがスフィリトリア最強を名乗るなどっ……! 愚弄にも程がある!」
握りこぶしを作りながら力強く主張した。
だが、事実として強い。
「でも、そいつが突入したら、さすがにマズいんじゃ……?」
俺は水を差すタイミングで言う。
「む、むう……」
「まぁ、確かに」
すると、二人も困ったように頷く。
「ともあれ、城は堅牢だし、陥落していない。そして相手も手をこまねいている。だからこそ、我らはこうして生かされていて、交渉の手段として使われているわけだ」
「人質解放の代わりに、城を明け渡せ、と?」
俺の言葉に、シーナは頷く。
だがそれは無茶な交渉だ。明け渡せば事実上降伏宣言にも等しい。娘の命のために、とはいくまい。
「私たちが出られない、ということは交渉は成立していないということだ。良くも悪くもな」
なるほど。
俺は理解した。
このままじゃあダメだ。万が一交渉が成立して、俺たちが解放されたとしても、すぐに捕まった上で処刑されるのがオチだ。反乱軍を鎮圧して解放してもらえば別だが、そんなもん天文学的数字レベルに低い確率だ。自分たちで何とかしないと。
俺はすぐに周囲を見渡して、小さい窓を見つける。夜空が見えた。
ってことは、こっちの壁の向こうは外ってことか。
窓にもしっかり格子がついていて、壁の厚さが大体分かる。目算だけど二〇センチくらいだ。
なるほど、これをぶち抜くのは確かに苦労しそうだ。しかもこの壁、石は石でも鉱石だ。床を触った感じ、かなり硬い。上級魔術でも何回か当てないと破壊出来ないかもしれない。
でも、どうにか裏技(ミキシング)があれば何とか出来るかも知れない。
手錠はかけられているけど、魔法までは封じられていない。シーナが俺に回復魔法をかけた所からも証明済みだ。
「状況は分かった」
俺は思索しながら、声を殺す。
「このまま天に運命を任せるなんてまっぴらだ」
「だが、どうしようもあるまい」
シーナの咎めに、俺は頭を振った。
きっと、シーナはあの状況で、捕まれば助かる可能性が一番高いと踏んで投降した。
それは正解だ。だが、同時に助かる可能性は誰かに委ねるという意味でもあった。そしてその誰かによって助かる可能性は極限にまで低い。
だったらやることは一つだ。
俺は真正面から二人を見る。
「ここから脱走する」
それしか助かる選択肢は──ない。