第十四話
俺は思わず絶句した。
シーナはその間に紋章を鎧の中へしまいこみ、真剣な表情を見せる。
「な、妹、姉って、あんた、王族っ……!?」
大声を出しそうになるのを我慢しつつ言うと、シーナは黙って頷いた。
なんでそんな……!?
次の言葉が出てこないでいると、シーナは真剣な表情のまま口を開く。
「事情があってな。今は新人騎士として身分を隠している」
「まさか、内偵?」
「良く分かったな。今回の騒動、実は少し早くから気付いていてな、密かに調査していたんだ。新人騎士というのも、王都からの転籍ということで片付けてもらってな」
カマをかけたら、あっさりとシーナは吐いた。
ほんと、この人に秘密は打ち明けられねぇ。
重要な情報は絶対に吐露すまいと固く誓いつつも、俺は疑問を浮かばせていた。
「その割には、このお粗末な展開?」
「連中の動きの方がはるかに早かったんだ。まるでこちらの動きを見抜いているかのように……」
それってもしかして、情報源あんたじゃ……?
沈痛な表情を浮かべているので、指摘するのはやめておこう、うん。
「これは類を見ないクーデターだ。すぐにでも鎮圧しないといけないのだが、スフィリトリアは辺境の田舎だ。騎士の練度も高いとは言えないし、魔法使いも少ない」
「それだけ平和ってことだったんじゃ?」
「見せかけの平和だったがな」
シーナの表情は険しい。
「利権だよ。地主は多くの権利を持っているから、色々と搾取していたんだ。そのせいで領主の収入は減り、公共や福祉への投資が出来なくなり、先細りだったんだ。実際治安は悪化していたし、各地で横領も発生し、農奴の扱いも悪くなった」
あれ、この話題ってもしかして、メイに繋がったりする?
メイは奴隷同然の虐待を受けてこっちに逃げてきていた。スフィリトリアから逃げてきたとなれば、相当な危険を冒したはずだが、SSR(エスエスレア)というレアリティが幸いしたのだろうか?
ともあれ、隣国が相当危うい状態にあったのは理解した。
俺は水をまた飲みつつ話の続きを訊く。いつの間にかメイも隣に座り込んでいた。
「それを改革しようとしたのが今の領主だ。地主からはかなりの反発があったが、上手く制御していた。そのおかげで税収が増え、領地に再び活気が蘇ろうとしている。だが」
「その矢先のこの反乱ってか?」
「領主はもともと病弱な方でな。過労もあって倒れてしまった。その隙を狙っての決起だ」
うわー、やっぱ腐ってるなぁ。
そういう場合、大抵が大臣やら何やら、能力はないくせにとりあえずトップに立ちたがるバカがやらかすんだよな。
「連中の狙いは領主様と、姫様の命だ」
「そこにあんたは含まれないのか?」
「私は父親が違うからな」
シーナは少しだけ困ったように微笑んだ。
おっと、これは地雷くさい。
俺は即座に引き下がる。王族の事情なんて死んでも首を突っ込みたくない。
「今の血縁を滅ぼせば、代替わりは簡単だからな。もっとも、それに民衆がついてくるかは別だが……おそらく、混乱はすぐに収まるだろう」
「スフィリトリアはほとんどが一次産業だからか?」
「そうだ。だから地主の権力が強い。どうしても彼らが是と言えば是となる」
なるほどな、過剰なまでに農奴を締め付けているのは、そういう部分があるからか。
「つまり、この反乱を鎮圧できないとマズいってことか」
「こんなこと許されることじゃあない。王国から討伐軍がやってきて、更地にされてしまうだろう。そうなったら誰が一番困る。住民たちだ。私達にとって、それは最悪のシナリオと言える」
俺は少し難しい顔をした。
ってことは、本国にいるだろう貴族に頼るのも出来ないってことか。もしそうすれば、利権を喰らいつくされてしまうからな。
「だから独力でどうにかしないといけない」
「けど、戦力的に厳しいんじゃないの?」
「そのために、騎士団団長は助っ人を頼みにいったらしい。その名は伝説の魔法使い、フィルニーア・アベンジャー様だ」
その名を聞いて、俺は硬直した。
「かのお方を味方にすれば、魔法で……って、どうした、その表情は」
「あ、あー。えっと、言うけど、フィルニーアはたぶん、しばらく捕まらないと思うぞ。一週間くらいは家に帰らないみたいだから」
「な、なんだと!?」
驚愕の声を上げ、シーナは立ち上がる。
「それでは遅い。一週間も待っていたら、どれだけ戦況がっ……!」
「俺に怒られても困るんだけど」
「あ、ああ、済まない」
一応抗議すると、すぐにシーナは座り込んだ。
だがショックは隠せないようで、相当混乱している様子だ。
なるほど。フィルニーアを護衛として雇うなりなんなりして、到着まで時間を稼ぐ。それでダメだった場合を考えて、セリナを逃がしたのか。リスク高いなー。まぁ、それを選ばざるを得なかったんだろうけど。
「ともあれ、すぐにでも救援が必要なんだ。それこそ猫の手でも借りたいぐらいに」
「なんで俺をチラチラ見ながら言うのかな」
「君が強いからだ」
シーナは正直に言ってのけた。
面と強いと言われて、俺も鼻白む。今までずっとフィルニーアと一緒にいたせいで、俺は全然自分のことを強いと思ったことはない。だから、正直ちょっと嬉しかった。
まぁ、でも一般人からすれば
「けど、俺はまだ子供だし、そんな反乱をどうにかするなんて無理だよ」
「しかし……いや、少し黙ろう。言葉を考える」
いや諦めろよ。
内心でツッコミつつも、シーナが本当に黙ったので、俺はメイを見た。そう言えば、メイが何か言おうとしていたのだ。
「メイ」
「はい」
「さっき、何か言おうとしてたよな? なんだったんだ?」
訊ねると、メイは少しだけ迷う素振りを見せたが、やがて口を開いた。
「あのね、メイ、レベル上がらないの知ってた……ました。黙ってて、ごめんなさい……。付き人なのに、レベル上がらないなら、すてられると思って……」
言ってる内に、メイは涙を目いっぱいにためだした。
俺はそんなメイの頭をぽんと撫でてやる。
「んなことか。気にするなよ」
てっきりもっとスゴい何か言われるかと思ってたぞ。
「レベル上がらないのは原因があると思う。フィルニーアならなんか知ってるだろうし、大丈夫だよ。そんなんで捨てないさ」
「ごしゅじん、さまぁ……っ」
「ああ、よしよし」
抱きついてくるメイの背中を撫でながら俺はあやしつける。
「よし! 言葉が見つかったぞ! いいか」
「良いかもなにも──……!?」
言葉の途中だった。
気配が生まれる。シーナも感じ取ったのか、さっと立ち上がりながら剣を構えた。
少しだけ遅れて俺も立ち上がり、後ろを振り返る。
がさ、と、茂みをかきわける音。隠す気すらない気配――否、敵意。
俺はざわざわと背筋を凍らせつつも剣を抜き、メイを庇う。
「へぇ、さすがに気付くか」
出てきたのは、大剣を肩に担いだハーフメイルの男だった。一見騎士にも見えるが、無骨に伸ばされた紫の髪はボサボサで、顔は痩せこけているようで、無駄な無精ひげがフケツだ。
だが、見た目は問題じゃあない。
コイツ、めちゃくちゃ強いっ……!
オーラとも言うべきなのだろうか、持っている雰囲気が桁違いだ。
「どーもぉ、哀れにも逃亡を図った騎士団のみなさーん。俺に見つかったからには諦めてくだちゃーい」
そう言う男は、大剣を軽々と振ってみせた。
風圧が音をなして俺の頬を乱暴に撫でる。威圧も込められていたのか、俺の両足が竦んだ。
「貴様っ、何者だっ!」
その中でも、シーナは毅然と対抗する。鋭い気合の入った剣の切っ先を向ける。
だが、男はへらへらと笑いながら首を傾げるだけだ。
「あれー? 同じ騎士サマなのに俺を知らないのー? さてはモグリとか?」
「何?」
訝るシーナに、男はピアスの施された舌をでろん、と出した。
「俺の名前はヴァーガル。スフィリトリア最強の騎士にして転生者サマだよーん」
衝撃が走った。
俺と同じ……転生者!
しかも相手は成人してる。ってことは、レベルも段違いで相手の方が上だろう。何より転生者ってことは……。
俺が考える合間に、兵士たちも異変に気付いたか、警戒を露わにしつつ剣を構えていた。
「あ、一応言っておくけど、レアリティは
やっぱり! レアリティが高い!
思った瞬間、ヴァーガルは地面を蹴っていた。視界にはもういなくて、ただ巻き上げられた雑草がひらひらと落ちているだけだ。
って、どこへ!?
慌てて左右を見ると、右に跳んでいた。そこには数人の兵士がいて、迎撃の態勢もままならないままヴァーガルの大剣の一振りで薙ぎ払われる。
「「うがあああっ!」」
上がった悲鳴は重なり、鎧を乱暴に切り裂かれた兵士が血だまりを作りながら倒れていく。
な、なんてことを!
死んではいない。だが、放置出来るケガでもない。
おそらく、ヴァーガルはわざとその程度のケガでおさまるように手加減したんだ。
ヴァーガルに切り飛ばされた際に手放したであろう兵士の剣が、俺のすぐ近くに降り注いで地面に突き刺さった。
「馬車で逃げられたら嫌だしさー、まずは弱いヤツから潰すってのは定石じゃん?」
へらへらと背中を反らし、ヴァーガルはこっちを見て挑発してくる。
うわ、こいつすっげぇムカつく。
「貴様、私の部下になんてことをっ!」
「敵なんだし仕方ないでしょ?」
怒りに身を任せ、シーナが飛びかかる。跳躍しての大上段からの切り落としは、ヴァーガルの大剣の腹であっさりと受け止められてしまう。
鍔迫り合いをすることもなく、シーナはあっさりと弾き飛ばされてしまった。
それだけではない。
弾き飛ばしたシーナへ、ヴァーガルが低い姿勢で地面を蹴って追う!
あれだけの大剣で、よくもあれだけ素早く動ける!
俺は焦りながらも、目でヴァーガルを追いかける。ちょうど、ヴァーガルから死角になった。
今なら、不意をつける!
「この、《投擲》っ!」
咄嗟だった。地面に突き刺さった剣を抜き、投擲スキルで投げていた。
剣は高速で突っ走るが、ヴァーガルは一瞥しただけであっさりと叩き落す。
うげっ、マジか! 見えてないのに感じた!?
「ちょっとー、物騒だね」
ヴァーガルは片足で着地し、一瞬で標的を俺に切り替える。
やべっ、くっそ早い!
俺は回避運動を取ろうとしたが、身体がもたつく。そうだった
「くそっ!」
俺は仕方なく剣での迎撃を試みる。
くそ、しくった。どうする?
ヴァーガルはただ物騒に笑うだけで、何一つ脅威を見せようとはしない。当然だ。相手の方が強い。
完全にテンパった頭でも、俺はメイを見る。なんとか、メイだけでも逃げられないか? ──いや、無理だ。
メイには
「この一撃、防げるかな、ボウズっ!」
「くっ!」
嘲笑うように、ヴァーガルが飛びかかってきた。
斜め上からの叩きつけだ。回避は出来ない。
俺は思考を中断し、素早く剣を掲げて一撃を受ける。ギャリ、と剣戟が耳の傍でなり、直後にとんでもない重さが全身を圧し潰すようにやってくる。
「うぉぉっ!」
その圧力に負けて腕が曲がり、膝が屈して地面に叩きつけられる。
ヤバい、ステータス値に大差ついてる! せめて魔法が使えれば、くそっ!
「ご主人さまっ!」
そこへメイが飛びかかる。手にした木刀で殴りかかろうとするが、ヴァーガルは脇腹で一撃を受け止め、ニヤァ、と嗤ってから蹴とばした。
「きゃああっ!」
「メイッ!」
悲鳴を上げながらメイは地面に叩きつけられ、呻く。
「なんだぁ? 付き人か? だったらお前も転生者かよ?」
「ぐっ……! だったら、どうだってんだ!」
「あはははー。いやぁ残念だと思ってさぁ? せっかく転生したのに、まだガキの状態で死ぬんだからさ」
意地で言い返すと、ヴァーガルは嘲りながら言う。
俺は必死に押し戻そうと力を籠めるが、びくともしない。それどころか、少しずつ刃が迫ってきている。
「あははははー。それじゃあ、さ、よ、な、ら」
ぐ、と、押しかかる力が強くなって。
そして、刃は俺に食い込んだ。