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第十三話

 つまりあれだ。

 この姫様はスフィリトリアの領主サマの大事な大事な大事な大事な一人娘であり、王族に名を連ねる存在ってことは、スフィリトリアにとってVIPの中のVIPってことだ。
 そんな姫様を連れてこんな森にやってきたってこと。加えて反乱の鎮圧とか言ってること。

 察するに、スフィリトリアでデッカい花火が打ちあがってるってか!

 冗談じゃねぇ。姫様が逃げ出さないといけない事態ってかなり切羽詰まってんじゃねぇか。

「さぁ姫様。お体に障ります。中へどうぞ」

 俺が沈黙していると、シーナが早々に馬車の中へ入れてしまった。
 大事にされているのか、それとも病弱なのか。
 シーナは扉を閉めてかんぬきを入れ、こちらを振り返る。

「重要かつ秘匿にしたい案件故、詳しいことは言えないが……我々はこの姫様を守りたい」

 力の限りメンドクサイ顔をしていたのだろうか、シーナが咎めの視線を送りつつ言ってくる。
 だがそんなことはもうどうでもいい。
 俺の目的は田舎村での隠遁生活だ。意地でもこんな火種どころかガソリンを全身にぶっかけまくってるような危険人物を近寄らせるワケにはいかない。

「そう。それじゃあ頑張って。メイ、行くぞ」
「おい待て」

 しゅたっ、と手を挙げて立ち去ろうとした矢先、シーナが俺の腕をひっつかんだ。

「いやいやいや」
「イヤイヤイヤじゃなくて、だ。助けてくれ。頼む」

 強引にはがそうとするが、いつの間にか身体能力強化魔法(フィジカリング)が切れていたらしい。がっしりと掴まれていて離せない。

「でも、俺子供だし、なんだか大変そうだし。力になれることなんて」
「少なくとも、私達の誰よりも強い」

 シーナの声は真剣そのものだった。

「情けない話、我らは騎士といえど、新兵なんだ」
「新兵?」
「そうだ。騎士になりたてのぺーぺーだ」

 言い直さなくても分かるし。つかなんでそんな連中が大事な姫様を護衛してるんだよ。
 俺は思わず咎めの視線を送る。

「仕方ない。歴戦の猛者たちは全員戦場に駆り出されてるんだ」
「そんなヤバい状況なの?」
「反乱はいきなり起きてな。相手は古くからの地主連中だ。しかも大臣や騎士団の幹部連中も誑かしていたようで、領土の大半が一気に戦場になった。おかげでこっちの指揮系統はめちゃくちゃ、騎士団の団長が取りまとめてはいるが、危険だからと姫様を脱出させたんだ」

 秘匿と言っておきながらやっぱりペラペラしゃべるなこの人。
 思いながらも口にはしない。

「鎮圧できそうなの?」
「相手方の多くは農奴だからな。数では確かに不利だが、いずれ鎮圧できるとは思う」

 つまり憶測だな。
 俺は楽観視しているように、いや、騎士団を信じ切っている様子のシーナを横目に、反対のことを考えていた。

 もし鎮圧できそうであれば、わざわざ新人連中を使って国外逃亡させようとは思うまい。

 フツーに考えて危機的状況だろ。
 思っていると、また周囲で物音がした。
 さっと警戒した瞬間、飛び出してきたのは矢だった。

「危ない!」

 シーナの反応は素早かった。一瞬で剣を抜き、その矢を弾き飛ばす。
 すると、敵が飛び出してきた。ゴブリンが――五匹!

「また魔物か!」

 毒づきながら兵士たちが剣を抜く。くそ、こんなとこじゃ俺もメイも巻き込まれる!
 逃げることは出来なさそうだ。仕方なく俺も魔力を集中させて構える。

「メイ、あの馬車のとこまで逃げろ」
「は、はいっ」

 まだメイは一対一でしか魔物と戦わせていない。いきなりゴブリン五匹と対峙なんて無理だ。いくらこっちに味方がいるとはいえ、だ。

「「っぎいぃぃっつ!」」

 ゴブリンが一斉に打ちかかってくる!
 それぞれ剣、斧、槍と得物は違う。俺はバックステップで距離を取り、魔法を唱える。
 まだ裏技(ミキシング)には慣れ切ってないから、いつもより魔法に時間がかかる。

「迎撃だっ!」

 その間にシーナが指揮し、兵士たちが壁となって迎撃する。

 ガチャガチャとけたたましい金属の音がなり、俺の視界が封じられる。

 ああもう。風の魔法でぶっ飛ばしてやろうと思ってたのに。身体能力強化魔法(フィジカリング)が切れている以上、横手へ高速移動も出来ない。仕方なく俺はアレンジを変えた。

「《エアロ》」

 放ったのは、プレスだ。
 暴力的な風の塊が落下し、ぐちゃりとゴブリンの一匹を圧し潰す。
 舞う血飛沫に、ゴブリンたちが動揺した。

「《エアロ》!」

 そこへもう一発、風のプレスを見舞う。これでゴブリンたちは完全に浮足立ったな。

「今だ、総攻撃っ!」

 すかさずシーナが命令し、自分も飛びかかっていく。
 兵士を盾にしつつ斜めから回り込み、その剣をゴブリンの横腹を狙い突き刺す。

「ギャアッ!?」」

 ゴブリンたちの悲鳴が重なり、残ったゴブリンたちはあっけなく倒された。
 辺りにまた血腥い臭いが立ち込める。俺は死体を確認して、安堵の息をついた。

 総じて装備がボロボロだ。ってことは、コイツらは野生のゴブリンか。

 またタイミング悪く出て来たもんだ。
 血の臭いに誘導されてきたのだろうか。

「とにかくここを離れた方が良さそうだな」

 血の付いた剣を布で拭いながらシーナは渋い顔で言う。
 秘匿とかそういう能力はないが、中々どうして、指揮能力はあるようだ。
 俺は汗を拭ってからメイのところへ駆け寄った。

「やっぱりご主人さま、すごい!」

 メイは笑顔でぴょんぴょん跳ねながら褒めてくれる。あー可愛いぞちくしょう。
 思いながら俺はメイをまた抱きしめる。

「また助けられたな」
「今のは仕方なく、だよ。俺たち、こう見えて忙しいので」

 微笑むシーナに向けて、俺はさっと距離を取ろうとする。
 だがそれは叶わなかった。

 またがさがさと茂みから物音がして、今度はコボルトどもが飛び出してくる。

 これまた格好は野生そのものだが、俺は違和感を覚えていた。
 野生だったら、もっと早くから気配を感じるのに! 内心で毒づいて、俺は気付く。

「そういう、ことか!」

 この野生の見た目は、ブラフだ! 実は訓練された魔物だな! 見た目で騙してるけど、実は追手だ。こんな狡い真似の狙いは一つ。野生の魔物からも狙われてるぞって思わせて、精神的に揺さぶる算段だ。
 俺はすかさず意識を高める。

身体能力強化魔法(フィジカリング)っ!」 

 身体能力を強化し、剣を抜く。

「グルルっ!」
「遅いっ!」

 円月刀を構えながらコボルトが飛びかかってくるが、俺の方が早い。
 逆に懐へ飛び込み、その脇腹を深々と切り裂いてやる。

「馬車を動かせ! 俺が道案内するから、泉へ退避だ!」

 俺は声を荒げて指示をする。
 もうそれしか方法はない。
 俺はメイを守りつつ風の魔法を解き放ち、コボルトを追い返しながら移動を開始した。

 結局泉に着いた頃には、俺は魔力を使い果たしてしまっていた。
 それだけ魔物の攻撃がひっきりなしだったのだ。
 最後は俺が霧の魔法をばらまきながら逃げるという手段を取って、相手から逃げた。
「な、なんとか、撒いたか……?」

 息も荒く、シーナは泉の近くでがっくりと膝をついていた。

「たぶんな」

 その隣で、俺もぐったりと座り込んでしまう。
 くそー、魔力がマジでもう残ってねぇ。裏技(ミキシング)に慣れてないせいで、魔力消費がキツい。とはいえ、ここは安全地帯だ。
 フィルニーアが浄化した土地で、魔物の類は近寄れない。加えてこれだけ魔物が闊歩していれば猛獣たちも近寄ってはこないだろう。暫く休むには最適と言える。

「ご主人さま、大丈夫?」
「ああ、なんとか」

 いやもう実際は立つことも出来ないくらいしんどいけど。
 俺のやせ我慢を察したのか、メイは泉の方へ走っていき、腰からぶら下げていた水筒に水を汲んでもってきてくれた。

「はい、どうぞ」
「ありがとう」
「えへへっ」

 お礼を言うと、メイはとても嬉しそうだった。
 ああ、奴隷だったからな、こうやって礼を言われるのが凄く嬉しいのか。
 俺は納得しつつ、水筒に口をつける。この水もフィルニーアが浄化しているので煮沸消毒しなくても飲める。むしろ微量だけど体力と魔力を回復してくれる効果がある。

 それを伝えると、兵士たちも我先にと飲みにいった。

 よっぽど疲れてたのかな。まぁ新人の塊らしいし、仕方ないか。
 様子を見守りつつ、俺は地面の心地よい感触に安堵した。この辺りの草は柔らかい芝生みたいで気持ちいいんだ。

「グラナダ殿」

 そんな俺に声をかけてきたのは、シーナだ。

「助かった。本当は関わり合いになりたくないだろうに」
「そう思うならさっき腕を掴まないでほしかったな」
「すまない」

 毒を吐くと、シーナは苦笑しながら詫びて来た。

「だが、それを承知でまたお願いしたいのだ」
「え?」
「改めて、我が妹……セリナを守るために協力して欲しいのだ」

 そう言って、シーナは胸元からネックレスを取り出して見せてくる。
 そこに刻まれていたのは、鷹と剣を模した紋章――王族の証だった。

しおり