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第十二話

 沈黙が落ちる。
 どことなく居心地の悪さを感じていると、茂みからメイが飛び出してきた。それも素晴らしいくらいの笑顔で。

「ご主人さま、すご――――いっ!」

 そのまま凄まじい勢いで俺にダイブしてくる。っておい!
 俺は慌ててメイをキャッチする。どこのアニメのワンシーンだよ、これは。
 勢いに負け、俺はそのままメイを振り回すように二回転してからメイを着地させた。

「メイ、危ないだろ」
「あ、ごめんなさい。でも、あまりにすごくって」

 少し叱ると、とたんにメイは縮こまった。

「だから、ぶ、ぶたないで……?」

 そしてうるうるとした目で見上げてくる。

「誰がぶつもんかよ。次から注意してくれればいいんだ」

 俺はため息をつきながらもメイの頭を撫でてやった。
 ちょっと子供らしい仕草をしたと思ったら、また急激に怯える。どうも不安定だなぁ。まぁ、いずれトラウマが払拭されたら元気な子になるんだろうな。

 思いつつ、俺はメイから手を離して剣を鞘に収める。

 そのタイミングで我に返ったのは女騎士だった。

「な、なんだ……? 今のは……?」

 否、まだ我に返っているわけじゃあなかった。思いっきり茫然としてる。
 俺は半目になりながら騎士団連中を見渡す。
 なんだよ、ちょっと呆け過ぎじゃね?

「あ、あれだけいた魔物たちを、ものの一分くらいで……?」

 零すように言う騎士の一人。何故か脂汗だらだら流してる。
 あーまぁそりゃそうか。
 俺は一〇歳だ。しかも体格として見ればその中でも小柄。こんな子供がぽんぽんと敵を倒したら、確かに驚くのかもな。

「風、土、水、三つの属性を中級、否、上級にも近いレベルで容易く連続使役し、挙句、剣に属性付与させて次々と薙ぎ払うなど……なにものだっ」

 あーなるほど、ご丁寧に解説をどうも。

 俺は内心で納得した。

 今使った魔法は全て裏技(ミキシング)で合成されている。そのおかげで、威力か効果範囲かのどちらかを上級魔術レベルに上昇させることが可能だ。今使ったのはほとんど効果範囲に使ったので、そう見えたのだろう。
 特に最後のは身体能力強化魔法(フィジカリング)とカンストした《投擲》スキルを応用した上で風の魔法を重ねがけしている。しかも正確に敵の首だけを刎ねていくのだから、傍から見れば剣に風属性を付与して攻撃して見せたように見えるんだろう。

 まぁ、知らなかったらそうかもな。

 ちなみに武器へ属性付与させるのは魔法剣士という職業が好んで使う。一応魔法使いでも出来るが、あくまで魔法を乗せているだけなので、付与とは違う。俺のもそうだ。

「とりあえずさ」

 俺は場の空気を変えるために、騎士たちの方を振り返る。

「あんたら、無事?」

 そう問いかけると、ようやく連中は我に返ったらしい。

「あ、ああ、怪我をしている者もいるが、無事だ。すまない、礼を言うのが遅れたな。助かった。ありがとう。貴公の助力がなければ全滅していたやもしれん」

 やはりリーダー格らしい女騎士が率先して頭を下げる。
 まぁ、確かに全滅は有り得たな。
 色々と騎士団にとって不利な条件が揃っていて、そして相手にとっては有利な条件が揃っていたから。

「それなら良かった」

 俺はそれを口にせずに、ただそう言った。
 騎士団の連中は随分と長距離を移動していたのだろうか、かなりの疲労を見せていた。雑魚の魔物程度がいくら数で負けていたとはいえ、苦戦していたのはこのせいもあるのだろう。

「この道をまっすぐ行って、実をなしているアシタバの木を右へ。そうしたら泉があるから。そこは浄化されているから魔物もいないし、ゆっくり休めると思うよ」
「休めるのか! それはありがたい!」

 やはり相当に疲れているらしく、女騎士が喜びの声をあげた。

「この森に詳しい、ということは、この辺りに住んでいるのか?」
「まぁ少し離れてるけど、俺からすれば地元みたいなものだよ」

 少し警戒しながら俺は答える。
 そりゃそうだ。いくら相手が騎士団だからって、どこの出自かまだ分かっていない。不用意にこちらの情報を渡すわけにはいかなかった。
 とはいえ、悪い騎士団には見えないけど。

「そうか。勝手で大変申し訳ないと思うが、どうかもう少しだけ助けてはくれまいか」

 女騎士はそう言ってまた俺に頭を下げた。
 こんな子供に軽々と二回もこうするとは、プライドがないのか、本当に切羽詰まっているのか、それとも器量が大きいだけなのか。
 残念だけど、それを見極めるには情報が少なすぎる。

「あの、助ける内容にもよると思うんだけど、聞くだけ聞くけど」

 俺は少しだけ困ったように言う。
 相手が下手に出ているからといって、こっちが偉そうにふんぞり返る必要はない。

「それもそうだな。我々はスフィリトリアの第六騎士団のものだ。私はシーナ。第九班の隊長をやっている」

 女騎士──シーナは自分の胸に手を当てながら自己紹介した。
 スフィリトリアっていったら隣の領国じゃねぇか。なんだって国境を越えてこんなとこまで。しかも国境は確か深い森だったはずだぞ。
 俺は早くも危険な香りを覚えていた。

「俺はグラナダ。こっちはメイ」

 怪訝になりながら俺は最低限の自己紹介を済ませる。
 俺の警戒心を感じたか、メイは俺の背後へ回り込みながらしがみついてくる。

「助けて欲しいのは、あそこにおられる方なんだ」

 そんな俺を無視してか、シーナは馬車を指差した。
 騎士が敬語を使うってことは、やっぱ貴族か。
 フィルニーアからの情報のせいか、俺は貴族って言葉だけで嫌気が差していた。

「保護しろってこと?」
「そうだ。少しの間だけでいい。反乱が鎮圧されるまでの間だ」

 反乱って、おいおい、めっちゃ物騒だぞ。
 俺は思わず顔をひきつらせた。
 ってことはあの馬車の中にいるやつ、領主の子供か。しかも定席パターンなら娘。うわ超めんどくせぇ。

「でも、僕は子供だし……保護するって言われても」
「隠れるだけでいいんだ。そんな場所を教えてはくれないか」

 シーナは即答した。
 どうやら相当に追い詰められているらしい。

「隠れられる場所、か……」

 そう問われて、思い浮かぶと言えば俺の家しか知らない。

 この近辺の森はだだっ広いだけだ。田舎村からスフィリトリアにかけてだけでなく、北西、北南と繋がっている。スフィリトリアとの国境付近や、北西の山脈近辺に行けば森は深く、かなり危険な魔物も多いが、この辺りは野生動物が多い。
 魔物と言えば、クラッシュとホーンラビットが中心で、後はゴブリンとコボルトくらいだ。

 だからこそ、この森に特別安全な場所はない。

 強いていえばさっきの泉くらいだ。
 まぁ、魔物が近寄ってこないだけで、虎とかの猛獣はいっぱいくるけど。

「どうかされましたか?」

 静かな湖畔のような声がした。 
 とたん、弾かれたようにシーナが振り返る。

「姫様!」

 っていうか思ってたけど、この女騎士色々と情報しゃべり過ぎじゃね?
 思わず俺は内心でツッコミを入れた。
 いやまぁ、ありがたいんだけどね、こっちとしては。
 そんな俺の思いも知らず、シーナは兵士に目くばせで警戒させつつ、馬車のかんぬきを外して扉を開く。

「もうご安心を。賊は討ちました」
「そうなんですか?」
「はい。助けが入りましたので。かなり腕の立つ者です。魔物は一掃されました」
「そうなんですか! それはぜひお礼を申し上げねばなりませんね」

 ぎし、と、馬車の奥で物音がして、その声の主はやってくる。
 どんなトリートメントしたらそうなるんだ、と言いたくなるようなふわっふわの金髪は長く、ゆるふわウェーブ。端正な顔立ちは上品さに満ちていて、どこか困ったようにも見える大人しそうな表情は、まさに男殺し。

 うっわぁ、可愛い。

 ごくり、と生唾を飲み込むくらいの可愛さに似合う、薄い水色のドレス。装飾は最低限に、しかし、レースやフリルがあしらわれていて、上品さと華麗さは損なわれていない。
 歳の頃は俺より少し上、だろうか。
 その少女はするりとドレスを汚さない完璧な所作で馬車から降りてくる。

「あの、ありがとうございます。助かりました」

 美しくドレープをきかせながら、少女は一礼した。
 やば、見とれる。

「い、いえ、そんなたいしたことでも……」

 慌てて手を振りながら答えると、少女はにこっと笑った。

「いえ、本当に助かりました。私にとっては命の恩人。大恩に違いありません」

 うやうやしくまた一礼し、少女は言う。

「私の名前はセリナ。セリナ・ライフォードと申します」

 ん? ライフォード?
 って確か……。
 俺の疑問を察したか、シーナが胸を張って口を開く。

「そうだ。このお方はスフィリトリアの領主殿の愛娘にして、王族に名を連ねる姫様である」

 あー。やっぱり。
 俺は察した。 

 これ、超めんどくせぇ事件や。やべぇ、どんなフラグ踏み抜いたんだ俺は。

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