第十一話
メイのレベルが上がらない。
魔物を何匹も倒しても、だ。
訓練させればスキルは覚える。そのことから、経験値は習得している様子なのだが、どれだけやってもレベルが上がらないのだ。
そういえば、フィルニーアから《レアリティ》によってレベルアップに必要な経験値が違うと聞いたな。
つまり、《レアリティ》が低ければそれだけ安い経験値でレベルアップしていく。もちろん、それだけに上昇値が低いのだが。
いや、それにしたって異常じゃねぇか?
俺の時も魔物を二匹倒したらすぐにレベルアップしたぞ。
悩んでいると、また近くで気配が生まれた。今度はクラッシュだ。風船に木の枝で四肢を強引につけたような見た目だ。子供の落書きでもまだマシかもしれないといったデザインだ。
なんでこんなバケモノがいるのか不思議だけど、コイツも弱い。どれぐらい弱いかと言うと、ゴブリンに遊ばれた挙句壊れてしまうくらい弱い。
メイが木刀を構え直す。
対峙は一瞬だった。
カタカタと手足を鳴らして威嚇らしいものを向けた瞬間、メイが飛び込む。
とても七歳とは思えない鋭い踏み込み。そして容赦のない一閃。
がしゃん、と、鉄クズでも崩れるような音を立てて、クラッシュは敢え無く飛び散った。
うん、ホント、こいつなんなんだろ。
当然入る経験値はホーンラビットより低い。だが、それでも経験値には違いなく、メイは確実に稼いでいるはずなのだが。
「メイ、どうだ」
再度の問いかけに、やはりメイは首を左右に振った。
まぁ、クラッシュ一匹倒したくらいで上がるとも思えなかったけど。
ともあれ、これは大きな問題だった。
メイは俺が喉から手を出して羨む
俺のステータスは後衛の魔術師型だ。しかも適性が光という思いっきり後方支援型。状況によっては前衛が盾になってもらう必要もある。
まぁ、俺の望む隠遁生活に戦闘なんてものは無い方がいいんだけど。
だが、降りかかる火の粉くらいは払えるくらい強くないといけない。特に田舎村の連中のために。
「ご、ごめんなさい、ご主人さま」
俺が考え込んでいるのを怒っていると思ったのか、メイは泣きそうな顔を浮かべて言ってきた。
「え? いや、レベルのことなら気にするな。何かあるかもしれんし」
「そ、そうなのかな……」
何か言いにくそうにメイはもじもじしだす。
なんだ、いったい。どこかしら嫌な予感がするぞ。
思いつつ訊く態勢を取るために膝を折り、メイより視点を下げる。
「どうした、何かあったのか?」
「い、いいえ」
「顔をそらすな。言いたいことがあるなら言う。お前は付き人だけど下僕じゃあないんだから」
俺は出来るだけ優しく言ってやる。
とはいえ、産まれた時から奴隷同然の農奴だったのだ。染みついてしまったものは簡単には払拭できないだろう。
それに、メイの刻印は消えていない。フィルニーアが消そうと色々としてくれたのだが、どうやら焼くと同時に魔力に染み込む墨も入れられていたようで、治癒魔法じゃダメだったのだ。
「う、うん、言っても、怒りませんか……?」
どこかビクビクしながら訊いてくる。
怯えている理由はそれか。
きっと奴隷生活で上手く自分の意思を伝えられなかったのだろう。きっと自己主張したら叱られていたのだ。
助けた日は助かったという安堵感からそういうことは無かったが、冷静になっている今、きっと植え付けられた恐怖心が芽生えているのか。
それを思うだけでムナクソが悪くなってくる。
密かに宿る怒りを抑えつつ、俺は頷く。
メイはそれでも何度か躊躇ってから、ようやく口を開く。
「あの……」
爆音が轟いたのは、その時だった。
腹の底まで響いてくる振動。ついで、暴風。
「伏せろっ!」
俺は咄嗟に叫びつつメイを抱き寄せてから伏せさせる。
ビシビシと背中に木の破片やら何やらが当たる。防具のおかげでダメージはない。
熱風……! 爆発魔法か何かか、こんな森でか!
俺は風が収まるのを待ちつつも毒づく。
以前、俺も森の中で《フレアアロー》を放ったが、あれは対象にぶつかると消滅する。威力も火傷を負わせる程度だし、すぐに燃え尽きるから火事になる心配もない。
だが、爆発魔法は違う。
こんなとこで火事になったらシャレになんねぇぞ、おい。
熱風が収まる。
俺はすぐにメイを連れて移動を開始した。
「静かに、俺の後をついてくるんだ」
俺はこの森を熟知しているからこその指示だ。
黙って頷くメイを背後にしつつ、俺は回り込むようにして爆心地へと急ぐ。
近くまできたところで、俺の耳は剣戟を捉えていた。
けたたましい金属の衝突。その頻度は高く、激しく打ち合っているようだ。
時折悲鳴も聞こえる。声の質からして人間じゃあない。
魔物と戦闘しているのか?
思いつつペースを落とし、物陰に潜みながらさらに近寄る。
ようやく視認できるところまで近寄ると、どうやら騎士団らしい一団が魔物と戦闘しているところだった。
「くそっ、しつこい連中だっ!」
ハーフプレイトメイルの兵士が叫び、ツーハンドレットソードを構える。対峙するのはゴブリンだ。あちこちで激しく斬り合っていた。
だが、騎士たちの方が押されている。
どう見てもあのゴブリン、正気を失ってるな。
一目でそう判断しつつ、多勢に無勢だとも判断した。
何やら鉄製の馬車を取り囲むように騎士が数人いる。指揮官は恐らくあの金髪をポニーテールに纏めた女騎士だろう。さっきから矢継ぎ早に指示を出していた。
対するゴブリンたちは、混成部隊だ。
主力はゴブリンとコボルトだろう。他はホーンラビットとシザーインセクトだ。
こりゃあ確かに厄介だな。
前衛のゴブリンは壁役も兼ねてるのだろう、重装備だ。対してコボルトは軽装備で、機動力を活かして戦っている。更に足元からはホーンラビット。鬱陶しく飛び回る昆虫型のシザーインセクトは上空からと、立体的な攻撃だ。
騎士団の連中はすっかり翻弄されてしまっている。
まぁ、この森は木々の密集度が高いし、足場が上手くないこともあるんだろうけど。
「ど、どうするの……?」
無声音でメイが訊ねてくる。怖いのだろう、不安そうに俺の腕にしがみついてくる。
「魔力爆薬は!?」
「在庫、ありません!」
女騎士がコボルトの首を刎ね飛ばし、返り血を浴びながら叫ぶ。返事をする兵士はもはや悲鳴だ。
舌打ちしてから、女騎士は鋭く地面を蹴る。
早い!
一瞬で間合いを詰め、軽装備のコボルトをまた切り伏せる。
だが、左右からゴブリンが襲いかかってくる。
女騎士は素早く構え、袈裟斬りに仕掛ける。だが、ゴブリンはその斧を使って防御に回った。
ガイン、と、重い音を響かせ、女騎士の剣が弾かれる。
へぇ。あの装備、かなり硬いな。まぁその分重いんだろうけど。
「ちっ!」
舌打ちしつつも、女騎士はゴブリンの反撃をバックステップで躱す。
こりゃ、手助けしないとどうにもならないか。
俺はちらりと騎士の連中が必死に守る馬車へ目くばせする。
決して豪華に飾っているわけではないが、造りは良い馬車だ。きっと貴族が乗ってる。
なんでそんなのがここにいるのか分からないけど、このまま無視するのも良心が痛む。とりあえずこの魔物たちだけでも加勢してなんとかしてやるべきか。
「メイはじっとしてろ」
俺は言い含めてから、ゆっくりと間合いを詰めつつ意識を集中させる。
裏技(ミキシング)で俺は《エアロ》を三重に混ぜ合わせる。威力を求めれば一匹をプレスできるけど、それじゃあ意味がないので、今回は若干の威力の上昇と、範囲の拡大を狙う。
「――《エアロ》」
両手を突き出して、俺は魔法を静かに口にした。
轟、と凄まじい風圧と、渦巻く風の音が響き渡り、文字通り暴風となって魔物の群れを横手から襲い掛かる。
「「ッギイィっ!?」」
まず風に翻弄されて吹き飛ばされたのは、シザーインセクトとホーンラビットだ。暴れる風にすくい上げられて彼方へと放り投げられる。
次いで、コボルトが風に負けてたたら踏み、ゴブリンもしっかりと踏ん張って足を止める。
俺は
最高速で木に駆け上り、枝葉に隠れる。
「ダレダッ!」
ゴブリンの一匹が吼えるが、俺は無視して次の魔法を唱える。
「《ベフィモナス》」
唱えたのは、植物を活性化させる魔法だ。いつもなら草木が成長するだけだが、ここに裏技(ミキシング)でちょっと細工を仕掛けてある。
直後、植物が急激に成長し、次々と魔物たちの足を絡めとる。
「「っぎぃっ!?」」
慌てて引きちぎろうとするが、植物のツタは容赦なく絡みついていく。
さすがにゴブリンのパワーの前ではそれでも引きちぎられていくが、コボルトは完全に拘束した。
すかさず俺は次の魔法を唱える。
「《アイシクルエッジ》」
これも裏技(ミキシング)で強化し、数を増やして放つ。《投擲スキル》を使っているので、正確に十匹以上いるゴブリンどもに氷の礫を足元に炸裂させた。パキン、と音を立てて下半身を氷結させていく。
次々と上がる悲鳴の中、俺は木から飛び降りて姿を見せた。
これで、全員身動きを封じた。
俺は残りのMPを確認しつつ、意識を集中させる。
これからやるのは少し時間がかかるし、チョロチョロされたら鬱陶しい。
「あんたらは近寄るなよ、まだ精密な狙いはつけられないんだ」
俺の唐突な乱入に唖然としている騎士たちへ一応忠告してから、剣を抜く。
裏技(ミキシング)の応用その一、だ。
「《エアロ》」
風の魔法を三種類重ね合わせ、剣に纏わせる。そして《投擲スキル》を使って、ブーメランのように投げ放った。
水平に高速回転しながら風を纏った剣は次々と魔物たちの首を刎ねていく。
これは予め入力していたコース通りに風を走らせ、敵を仕留めさせているのだ。
俺には風の刃の魔法は使えない。あれは中級魔法になるからな。だから切れ味を剣で代用した。剣の回転は風の魔法で補助をかけてるから弱まることはない。
対多数戦闘用に開発していたオリジナル術の一つだ。
とはいえ、予めコースを入れる関係上、動きまわる敵には意味がないんだけど。
思いつつも、剣は次々と魔物の首を刎ね飛ばし、そう時間をかけずに全滅させた。
ま、こんなもんだろ。
俺は回転して戻って来た剣をキャッチし、ふう、と息を吐いた。