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第十話

「ということだから、メイ。訓練を始めるぞ。いいか?」
「はい!」

 明朝、小鳥が囀る頃、俺は森を少し切り拓いて作られた広場にいた。
 フィルニーアはすでに出掛けていて、もう俺とメイヤー(メンドーだからメイと略す)の二人しかいない。
 よって、早速訓練といくわけだ。
 この田舎村で隠遁生活を企む身としては真逆のことをしているようにしか思えないけど、いくらメイがSSR(エスエスレア)でもレベル一はいただけない。ステータスは低いし、戦闘スキルだって何も習得していない。こんなんで敵と遭遇しても勝てるはずがない。田舎村だからって魔物がいないわけではないのだ。
 俺は練習用の木刀をメイに手渡す。

「まずは素振り一〇〇からだな。いいか、剣はこう持つんだ。それでこう振り上げて、身体がぶれないようにしっかりと腰を落とすようにして、右と左の足はこうやって、バランスとるんだぞ。んで、全身の力を伝えるようにして振り下ろす!」

 説明しながらも俺は実践する。
 空気を鋭く弾き飛ばす音を響かせて、木刀が振り下ろされた。

「おー、すごいです!」
「まぁ所詮スキルレベル三なんだけどな……」

 俺は苦笑しながら言った。
 一応剣術の基礎は出来ているレベルではある。とはいえ、騎士と戦っても勝てるかどうか分からない。
 メイは戦士型だってフィルニーアが言ってたし、すぐにスキルレベルも物理攻撃とかのステータスも追い抜かされるだろう。何てったって、あのSSR(エスエスレア)だしなぁ。

「ほら、素振り乱れてるぞ」

 思いつつも俺は指摘する。
 小さめの木刀を選んだつもりだが、メイにはそれでも大きいらしく、木刀に振り回されている感じだ。
 しょうがないなぁ。
 メイがたたら踏んで後ろ向きに転がりそうになったところを、俺は助けてやる。背中を抱えてやると、思ったよりも小さくて華奢だ。
 これ、筋トレが必要だな。
 たぶん身体能力強化魔法(フィジカリング)を覚えさせれば解消されるんだろうけど、フィルニーアから禁じられている。十分な筋力もないのに覚えてしまうと、そっちに甘えてしまうかららしい。

「ほら、腕はこう、全体を意識して。握り方も違う。ちゃんと柄を握って。それと、こっちは柄の上の方、こっちは柄の下の方。手はくっつけない。逆に取り回し辛い」
「は、はいっ」

 文字通り俺は手取足取り教えるのだった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ふわり、と、ワシは風を纏いながら地面に着地する。
 夜明け前に家を出て、二日。身体能力強化魔法(フィジカリング)加速魔法(イグナイト)を併用して箒を最大加速させてようやく辿り着いたのは、王都じゃ。
 あの田舎村からならば馬車で二週間はかかる距離だが、魔道を究めたとも言われるワシ、フィルニーアなら余裕じゃい。

 王都は直径にして十キロにも及ぶ大都市だ。大きい湖に突き出すような形で存在していて、守りに硬い。その上で高さ十メートル以上の城壁で囲まれているのだから、この国で一番の堅牢さじゃの。
 中心には王城が備えられていて、何重にも堀で囲まれている上に、常に兵士たちが巡回している。

 そのおかげで治安が驚くくらい良く、商売も繁盛しているし、土壌も手伝ってか、周辺の田畑も生育が良い。
 だからこそ王都なのだろうし、貴族も住み着けば、その金を少しでも搾り取ろうと質の良いものが集まってくる。

 つまり、上質なものを仕入れるには最適なのじゃ。

 田舎村で隠遁生活を送るつもりだと言ってきかないバカ息子にもようやく付き人ができた。それも上物じゃ。
 しかもヒロイックに救出なんぞしたもんだから、忠誠心も大したもんさね。

 これをツキと見ずにどうするというのか。

 早速、付き人に似合うだけの武器や防具の調達に来たというわけじゃ。ついでに今も真っ当な貴族をやっている孫の名前を借りるという旨の書状も手渡すために。
 街は人がたくさん行き交い、だからこそ広く舗装された道は色とりどりのレンガで敷き詰められている。脇道には花壇があって、道に面している家の窓にも花が飾られていて、ぽかぽか陽気も手伝って実に華やかで平和だ。
 とても世界に危機が訪れつつあるとは思えない光景じゃな。まぁ、加護があるから当然なのだろうが。

「お、おばあ様!?」

 さて、家はどこかのぉ、と思いつつ貴族街へ忍び込もうとした矢先じゃった。
 声をかけてきたのは、白いドレスに身を包み、従者に日傘を差させながら歩く淑女だった。ツバの大きい帽子をめくりあげ、顔を見せてくる。
 孫のアリシアじゃ。これは都合が良い。
 ワシは箒を駆ってすぐに移動した。

「おばあ様、このような所で魔法なんて……」

 アリシアは早速咎めてくるが、まだまだ甘い。

「隠蔽しているに決まっておろう。この愚か者。周囲からはただの老人と会話しているようにしか見えん」

 さすがに街中で魔法を使えばどうなるかくらい心得ておる。
 というか、ワシの姿そのものが王都に晒すわけにはいかないのじゃ。何せ生きる伝説とじゃからのう。

「さすがは魔術の達人ですね」
「お前には効果ないようじゃがのう? 普段から隠蔽破りの魔術を展開しているとは何事じゃ」
「それが貴族というものですわ」

 呆れて突っ込むが、アリシアはただそう微笑むだけ。
 まぁ、大方貴族同士の水面下で行われている諍いか何かじゃろう。首を突っ込むつもりはない。
 ワシはそれを態度に示しつつ、したためた書状を渡した。

「これは?」
「ちょっとした事情があってな。お前の名前を使いたいのじゃ」

 含みを持たせて言うと、アリシアは察したように頷いた。

「それは構いませんよ。他でもないおばあ様の頼みとあらば。ですが、その程度なら送ってくるだけで良かったのでは?」
「ついでに色々と仕入れたいものがあったからの」
「ああ、なるほど。そっちがメインなのですね」

 カンの鋭いことだ。
 思わず苦笑すると、アリシアは微笑みを一切崩さない。このしたたかさ、誰に似たのかのう。

「それならば、良い鍛冶屋さんを紹介しますが?」
「どこまでお見通しなんじゃ、お前さんは」
「嫌ですわ、単なる読心術です」
「身内にそんなもん仕掛けるんじゃないよ!」

 思わず反射的に叱りつけてしまった。
 いや、そうじゃろう。
 だが、アリシアはこれっぽっちも効いた様子はない。

「仕方ありません、これも貴族の処世術です」
「ああそうかい」

 言われてワシは思い出した。もう二〇〇年近くも前のことだからすっかり忘れてたわいさ。

「ああ、でもちょうど良いところでしたわ、おばあ様」
「なんじゃ?」
「ここのところ、スフィリトリアを中心として、まだ少しではありますが、良くないことが起きています」

 アリシアの顔から微笑が消える。
 どうやら相当に深刻な事態の様子じゃの。規模は小さくとも、看過できないものなのだろう。
 というか、スフィリトリアって隣の領地じゃないか。

「良くないこと?」
「はい。最近領主が病床に伏しているようなのですが、治安が乱れ始めているようです」

 さすがに王都の貴族だけあって耳が早い。
 そういえば、ワシに薬を売って欲しいと言ってきたヨソモノがおったねぇ。あれは領主の手のモノだったかい。
 あの時は病状がイマイチ良く分からなかったので、気付け薬と栄養薬くらいしか売ってないさね。

「どういうことさね。スフィリトリアは法整備もしっかりしている方だったはずだね?」
「それもそうですが、古くからの土着の主が多いのも事実です。今の領主は色々と改革を行ってきた人物なので、それによって甘い汁を吸えなくなった一部の主が反発しているようです」

 なるほどね。
 古くから住み着いてきたが故の利権か。それは時として領主にとって邪魔でしかないし、発展の妨害にも繋がる。だからこそ排除したんだろうねぇ。

「どうか面倒ごとに巻き込まれないよう、ご注意くださいね」
「ありがたい忠告をどうも。気を付けて森に結界でも展開しておくよ」

 生憎、ワシはあの田舎村から離れるつもりはないね。

「それならいいのです。そうだ、鍛冶屋さんの紹介をしないといけませんわね。紹介状もしたためたいと思いますし、家に来て少し休んでいかれませんか?」
「ああ、そうだね。長旅で疲れてるところだし、そうさせてもらおうかね」

 ワシは一もなく頷いた。
 田舎村にいるとどうしても世俗に疎くなってしまう。この際だ、アリシアから情報を手に入れるとしよう。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 がさ。
 森の茂みで何かが蠢く。俺はすでに魔法でその正体を知っている。ホーンラビットだ。ウサギに角が一本生えただけの魔物で、まぁ角は脅威だけど、肝心の突進力が高くない。だが、無駄に凶悪で飼いならすことも出来ず、さらに周囲の生態系を乱す程の繁殖力と食欲を持つ、まさに害獣。
 そんなホーンラビットが飛び出してくる。

「メイ!」

 俺が名を呼ぶと、メイが鋭い反応を示し、今にも角で突き刺そうとしていたホーンラビットを木刀の横薙ぎで応戦する。
 固い音が響き、角を殴られたホーンラビットが横に飛ばされる。
 受け身など取れず、床にその白い体躯を打ち据える。

「たぁっ!」

 そこへメイが飛びかかる。まだたどたどしいが、剣術のスキルレベル一が発動し、ラビットの頭を打ち据えた。
 断末魔もなく、ラビットは死を迎えた。

「これで、七匹目、だな」

 俺はホーンラビットが死んだのを確認してから口にした。
 最初こそ叩くのに抵抗感のあったメイだったが、付き人としてやっていくという覚悟からだろう、もう何も躊躇っている様子はなかった。

 女の覚悟ってのは、かくも怖いものなんかねぇ。

 思いつつ、俺は腰を上げる。

「レベルは上がったか?」
「……いいえ」

 パーソナルウィンドウを確認してから、メイは残念そうに首を左右に振った。
 俺はメイに気付かれないようにため息をつく。

「そうか、じゃあ次だな」

 訓練を始めて三日目。
 俺は早くも壁にぶつかっていた。

 メイのレベルが、上がらないのである。

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