第九話
下僕? 今、下僕って言ったよな、メイヤー。
何、この子あれか、実はドMか何かか。歪んだ生活でそんなんになっちゃったのか!
理解が追いつかず石化していると、フィルニーアが盛大に笑い声をあげた。
「はっはっはっはっは! こいつぁ良いね。労せず付き人が出来たじゃないか!」
「どういうことだよ」
訝りながら訊くと、フィルニーアはさらに一頻り笑ってから解説を始めた。
「転生者には付き人がつきものさね。一人ないし二人。戦闘においてもパートナーになるし、私生活でもサポートしてくれる存在さね。もうそろそろ探す頃だと思ってたけど、ちょうど良かった」
ゲームで言えばサポートキャラみたいな存在か。
納得しつつも、俺は不満を隠せない。
「俺はこの田舎村で隠遁するつもりだぞ。それでも必要なのかよ」
「必要さね。転生者の付き人ってのは、この世界の住民からすれば憧れなんだ。例えレアリティが残念でやる気ゼロのアホウでも箔がつくってもんさね」
「さりげなくディスるのやめてくれませんかね? 仮にも息子でしょ俺?」
「アイスルムスコダカラー」
「途中でめんどくさくなって略すぐらいなら言わなくていいよっ!?」
死んだ魚の目と無表情のダブルコンボを決めつつ言うフィルニーアに俺は涙目でツッコミをいれる。
「ともかく、付き人をつけないでいると、箔をつけたがる貴族とかが色々とやってくるんだよ。しかも箔をつけたいだけだからメンドーなヤツを押し付けてくるさね。んでもって、そういうやつを付き人にすると、貴族同士のメンドー極まりない政治的背景とか、争いとかに巻き込まれることになる。そうなると隠遁生活も何もないね」
「うわそれ勘弁」
もう聞くだけでうんざりだ。
その辟易さに苦みさえ感じて、俺は舌を出す。
「それに比べたら、この子は良いさね。見た目もそうだけど、気立ても悪くない。状況的にあんたへ強い恩義を感じてるから、裏切ることもないし、最高に近い忠誠心で付き従ってくれるだろうさね」
そう言われると、俺も悪い気はしない。
「問題はステータスだけどね……もし何かしらで戦闘になった時、足手まといになるなら厳しいさね。特にご主人様は残念だから」
「残念とか言うんじゃねぇよっ!」
「かっかっか。メイヤー。付き人になりたいならステータス画面をお見せ」
俺のツッコミを笑い飛ばし、フィルニーアはメイヤーに指示する。
メイヤーは黙って頷いて、すぐにステータス画面を見せた。
メイヤー《SSR》
まず飛び込んで来た文字に、俺は目を点にさせた。フィルニーアも同じ様子だ。
「え……
「こりゃたまげたねぇ」
俺は信じられなくて何度も見直すが、やはりメイヤーの隣にはキラキラと輝くSSRの文字がある。
な、なんで農奴の少女がこんなレアリティなんだよ……!?
驚愕に声を失っていると、いち早くフィルニーアが我に返った。
「メイヤー。あんた、ステータスを誰かに見せるのは初めてかい?」
「うん」
「なるほど。だからバレなかったんだね」
納得したようにフィルニーアは言う。
この世界において、転生者じゃない
この場合はどうなるんだ?
そう思ってフィルニーアを見ると、かなり難しい顔をしていた。
「農奴がこのレアリティを持つなんて聞いたことはないね……どうなるか分からないけど、すんなりと貴族になれるとは思えないね」
「だろうな……貴族ってプライド高いって言ってたな」
「一般人でも高いレアリティを持つと、名誉貴族っていう半貴族になるんだ。そこで大きい功績を叩き出してはじめて貴族になれるさね。そのためには既存の貴族のバックアップは欠かせない。だから、仮にこの子が名誉貴族になれたとしても……潰される可能性が高いさね」
老婆特有の低い声で言うフィルニーアの表情は険しい。
そうだ。フィルニーアも
だが、そうだとしても簡単ではない何かがあったはずで、相当に嫌っている要因だろう。座学で貴族のことを語る度にこき下ろしていたのを俺は思い出す。
「仕方ないね。あんた、ワシの養子になりな。そうすれば簡単に手を出されないはずだから」
「おい、いいのか?」
「これはあんたのためでもあるからね、構いやしないよ。それに今更子供の一人や二人増えたところで問題なんてないね。あ、でも苗字が同じだとマズいから、それは変えておこうかね」
どこか嬉しそうにフィルニーアは言うと、早速手続きのためか、巻物とペンを呼び寄せる。
ホントーにお人よしなんだよな、この人。
俺は微笑みながらその様子を見守る。
「あ、あのそれで、わたし、下僕に、なれるの……?」
「そうだけど、その言い方は好きじゃないな。んー、よし、パートナーだな。メイヤー。お前は俺のパートナーだ」
不安そうに訊いてくるメイヤーの頭を撫でながら言ってやると、メイヤーは嬉しそうに顔を赤くさせて笑った。
「ありがとう、ありがとうっ……ご主人さまっ!」
………………?
ごしゅじんさま?
ワケが分からず、俺は助けを求めるようにフィルニーアを見る。すると、
「当たり前さね。パートナーって言い換えても付き人ってことに変わりはないし、付き人ってことは主従関係によって結び付けられてる。この子があんたをご主人様って呼ぶのは当然のことさね」
「んなっ……」
「それともそう呼ばれるのは嫌なのかい?」
いや、そんなことは決してないんだけど。
男たるもの、一度は可愛い女の子に「ご主人さま」と呼ばれたいものである。
それをどう答えていいか迷っていると、フィルニーアは嫌と判断したらしく、ため息をついた。
「潔癖だね。まぁいいけど、さすがにそれは体面的に悪いから直させるんじゃないよ」
「ぐっ……分かった」
しぶしぶ了承した様子で俺は頷いて、内心でガッツポーズを取った。
「あ、そうそう。この子、レベル一だろう。使い物にならないから、明日から特訓さね」
老眼鏡をかけ、巻物に何かをしたためながらフィルニーアは言う。
「けど、ワシはこれの手続きもあるし、買い物もある。しばらくは戻ってこれないから、あんたが先生をやるんだよ」
「俺が?」
「現状、あんたの方がレベルも高いしステータスも上さね。それに《ミキシング》も習得してるんだろ? なら、この森に生息してる魔物に後れを取ることもないし」
「気付いてたのかよ」
目を細めて言うと、フィルニーアはこっちを見ることなく頷いた。
「ワシを誰だと思ってるんだい。とりあえず一週間くらいは戻ってこれないだろうから、そうだね、この子のレベルを五にしておくように。あんたもそろそろレベルを本格的に上げないといけないし、午前中は基礎訓練、午後からは実戦訓練だよ」
俺は今まで、積極的にレベルを上げてこなかった。それはフィルニーアの指示だったからだ。レベルが低い方がスキルレベルが上げやすいかららしい。
「この子はステータス値からして前衛タイプ、つまり戦士に適性があるさね。そっちの基礎スキルを習得させるのも忘れないこと。そうさね、投擲スキルと剣術でいい。武器と防具は好きなの与えな」
「分かった」
矢継ぎ早の指示に、俺は頷いた。
こういう時のフィルニーアは本気だ。っていうか、反論できる何かもない。何故なら、俺も完全に同意するからだ。フィルニーアの育成方針は長年の経験から来ていて、本当に無駄がない。
「良い返事だ。じゃあ頼んだよ」
ペンを置いて、フィルニーアは俺の頭を撫でた。
皺だらけで、でも大きくて温かい手。
現実世界で何度もしてもらった、母や父の手みたいだった。